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Sweet Dadaism

無意味で美しいものこそが、日々を彩る糧となる。

硝子の眼 XIII。

2006-06-15 | 物質偏愛
 「さよなら。」

そう云ってあのいけすかない男は、はらはらと沢山の泪を撒き散らしながらわたしを見た。男は、冷たい掌をわたしの髪と頬にそっと当てるから、わたしはすぅと身体が寒くなる思いがした。窓から差し込む、薄曇りだからこそ眩しい光をその背に纏わせた男はこれまたどこまでも眩しい白いシャツを着て、その姿がまるで身体から氷のように冷たい光を発しているように見えた。うっかりとその姿を「きれいだ」と思ってしまったわたしは、少しだけ忌々しい気分になった。

 もう幾つ前の夜のことだったか、わたしは同じような光景を見た。
その時も、眩しい光を背に負ったあの優しい男が、声にならない嗚咽を震わせながら、暖かい泪をわたしの顔やそこらに落とした。わたしはあの時ほど、この眼を閉じることができたならと願ったことはない。しかし今は、眼を閉じることすら惜しいと感じる程に、白に溶けかかる男の姿を見詰めている。

わたしは知った。
この眼を閉じることができたらよいのにと願う自分の気持ちや、身勝手で切実な泪に濡れる人間の姿はとても珍しく、とても痛くて、だからこそとても美しい。
どのみち眼を閉じることも顔を逸らすこともできないのだし、「人形」であるわたしには人間が心や痛みと呼ぶ類のものを持ち得ないのだろうけれど、恐らくそれにかなり近しいと思われる何やらきりきりした忌々しさを感じるから、それを徹底的に味わわなくて何になろう。それが「人形」というもののさだめであるならば。


 溢れ落ちる泪に、男は眼鏡を外した。眼を通じてわたしを喰らい尽くさんとするかのようにその細い眼を見開き、瞬きもせぬまま泪越しにわたしを見詰めた。男の眼の中にわたしの姿が映る。

 あぁ、わたしはこのような顔をしていたのだ。
 わたしはこのように冷ややかで残酷な顔をしていたのだ。

あの優しかった男もこの眼鏡野郎もまるで申し合わせたかのように優しくにやけた細い眼をしてわたしに微笑みかけていたから、てっきりわたしもそれと似たような顔をしているものだと思っていた。

いまはじめて、わたしは自分のことが少し嫌いになった。
人形とは、なんと無慈悲ないきものなのだろう。そして、それぞれの真剣な思惑によって「さよなら」を云う人間とは、なんと身勝手ないきものなのだろう。どれだけの情愛に満ち溢れていたとしてもだ。



 数日ののち、あの優しくて優雅な眼をした男が迎えにきて、わたしは懐かしくも狭苦しい部屋に詰め込まれた。その部屋は、いつかと同じ珈琲のような香りがした。

 わたしは心の中でその珈琲にも似た香りを脇へと追いやった。
 わたしの衣服に微かに残る紅茶の香りが浸蝕されてしまう。
 暗い部屋の中に、眼鏡野郎を包んでいたあの白い光がぼんやりと浮かぶ。
 




硝子の眼。
硝子の眼 Ⅱ。
硝子の眼 Ⅲ。
硝子の眼 Ⅳ。
硝子の眼 Ⅴ。
硝子の眼 Ⅵ。
硝子の眼 Ⅶ。
硝子の眼 Ⅷ。
硝子の眼 Ⅸ。
硝子の眼 Ⅹ。
硝子の眼 XI。
硝子の眼 XII。



靴修理。

2006-06-05 | 物質偏愛
 靴の修理をするのが好きだ。

靴は革靴に限る。
スニーカーでもサンダルでも、革靴に限る。

皮は艶やかになり、歩いた道のぶんだけ重ねられた皺と幾多の引っ掻き傷が油を吸い込み、眉間の皺が緩むかのように穏やかな表情になる。苛々した気持ちのぶんだけ、あるいはわたしに弾む気持ちを与えてくれたぶんだけ磨り減った踵が新たな捕材で復旧され、またいつでもわたしに新たなうきうきと、新たな苛立ちを与えてくれる準備を整える。

この靴はわたしをマルタやアフリカへと運んだ。
中世の石畳の音をコツコツと響かせてわたしの足を冷やし、砂漠の砂に埋もれてわたしの足を灼熱の砂から護った。
子供の頃に思っていたときよりも、地球はずっと小さくなった。海を越えた向こうにある大陸にも殆ど変わらぬ調子で響く靴音がわたしを誘い、見知らぬ街の路地や広場を、まるで知っている場所のように歩くことができた。

靴とは不思議なものだ。
足の付属品であるはずなのに、足の感じる不安を緩和し、あるいは無きものにして躊躇するわたしの足を確実に前へと運ぶ。靴によってわたしは運ばれる。どこへ?

不慣れな街へ繰り出すときに気に入りの靴を履いてゆくのは、別段それが足に馴染んでいるからという訳ではない。それが心に馴染んでいるからだ。
この靴があれば、恐らくわたしは進むことができる。
この靴であれば、きっとわたしは恐怖に立ち竦むことはない。
この靴であれば、あの軽やかな音に背中を押して貰うことができる。

そんな靴に敬意と感謝を表して、再び三度の艶を与え、靴底を整える。
背筋を伸ばして、新たな場所へ向かうときに。

硝子の眼XII。

2006-05-28 | 物質偏愛
今日は何の日だっただろうか。

ただ阿呆のように晴れ渡り、住宅街の間を抜ける風は折々に強くなって新聞の切れ端やビニール袋を厭な音をたてて巻きあげたりして、そんな無邪気な不安定さをこれ見よがしに突きつける季節。
いや、季節なんてほんとうはいつもそんなものだ。季節はその美しさを私たちのために演じてくれるのではないし、意地悪にも私たちを不快がらせるための悪戯を仕掛けてくれるのでもない。季節はいつも不安定で、だからこそ情緒的で、そのくせとっても論理的だから腹が立つ。結局のところ私はそれに手出しができなくて、それを享受するしかなくて、だいいち私はそれに惑わされて、そんな自分に満足するようにできている。

季節というのは、その顕現というのは、だからこんなにも厄介だ。
だからというわけではないけれど、今日は私の記念日だ。
 人形になれなかった記念日だ。


彼は私に云った。
「君の肌はこんなにも柔らかくて湿っていたっけ。」

つい一瞬前まで、彼にしがみついてどこか遠く東欧あたりの夕焼け空の色を脳裡に描いていた私は、その言葉によって冷や水を浴びせられ、現実に引き戻された。
彼は私の肌、特に背中や腕のあたりを撫ぜる癖があった。私はいつも、自らの肌の上を飽きずに往復する掌の感触のお陰で、自分がそこに在ること、自分の肌とそれ以外のものとの境界を知り、安堵して眠りに落ちるのが常だった。
それなのに、彼はまるで私の境界を初めて知った人のような言葉を発した。

「知らなかったの?」

そう云おうとして、やめた。
仮に、彼がそれを知らなかったのならば、どんなにか。

「えぇ、残念ながらね。」

そう云い換えて、くるとうつ伏せに起き上がって、煙草に火を点けた。
彼は押し黙ったまま、煙を吹かす私の背中にその掌を往復させた。そのとき、彼のまなざしが何処を向いていたのかを私は知らない。

湿気た肌。熱い熱情を内に押し込んだ肌。
それを知りながら、かつてはそれを愛しながら、なにかを知ったがためにいつしかそれを拒否して、ついには忘れた。

短くなった煙草を挟んだ指先にちょこんと乗る、紅の爪紅。ちりと胸の奥が焦げるような音がしたから、私は煙草を持ったままの爪の先をきりりと噛んだ。
無闇に近付いた煙が私の顔をふわと包んで、煙の痛さに泪を流した。

紅い爪をしていたって、所詮私は泪を流すことができる。




 ※【硝子の眼(Ⅰ~XI)。】まではこちらから



初夏の風。

2006-05-06 | 物質偏愛
 桜も散り、端午の節句も過ぎた。
風は湿気を纏ってどこかしつこく絡んでくるし、木々はその溢れかえる生命感をこれ見よがしに枝葉から垂れ流し、葉の表に反射した眩しい陽光が風に揺らめいて私の瞳を刺し貫く。

爽やかな服を着た、極めて自己顕示欲の強い、ぎらぎらした暑苦しい季節。
そう、きっと、真夏よりもずっと強くしなやかで、厭らしい鞭のような笑顔を纏った季節。


 この季節の眩しさに私が目を細め、ちっと舌打ちをしたらそれが合図。私の身体と心にほんのちょっとの不慣れな引っ掻き傷ができる頃には、あるひとつの儀式に向かうための準備が整う。
それは、扇子を新調するということ。

この厄介な季節のスイッチが入って、一旦湿気やじっとりとした暑さを感じてしまったらもう扇子は手放せない。考え事をする際には右手で握った扇子を左の掌や腕、肩にぴたぴたと叩き、苛々した気分をリセットするためには扇子の要のほうを机にぱちん!と叩きつけて涼やかな音を立てたりもする。
「あれ、冬場にはどうやって考え事していたのだっけ」と晩秋の頃にはよく思う。
まるで落語の席のように、一本の扇子は私の思考と生活と仕草と一体化する。半年の間だけ、思い出したかのように。


最初に買った扇子は、藍色の紙張りで骨も藍、両面に白い筆で紫陽花が描かれたもの。
次のは翡翠色の布張りで、黒い骨にその艶やかな色がとてもよく映えた。
次は、「からす」という漆黒の紙に柿渋の骨。少し大きかったけれど、よい風情をしていた。

迷いに迷った挙句、久々に新調したのは透かし模様の入った紙で、裏張りは草色と萌黄色のちょうど中間のような色の布。澄んだ水が流れる川面に向かって瓢箪がしゅるしゅると下がる夏の情景が描かれている。いや、切り抜かれている。

骨は竹の色をそのまま残し、無駄な透かし装飾もなく、瓢箪の図像をイメージさせるに相応しいフォルムの凹凸のみで形作られる。秀逸なのは、柄の中ほどから少し要寄り、丁度きゅっと握りたくなる場所が柔らかい曲線を描いて細くなり、こちらの指を受け入れてくれる構造になっていること。閉じたまま横から眺めたとき、隙のない優雅な曲線を示している扇子は決して多くない。 


扇子は風を孕み、かたちは風を纏う。
ぴしゃっと扇子を畳んだその先をつと差し向ける。

「ねぇ、なにか私を愉しませることして頂戴。」

扇子が一本あるだけで、ふとそんなことが云いたくなる。


庭。

2006-03-01 | 物質偏愛
 庭がすきだ。
庭といっても、貴族趣味な寺などにあるそれではなく(それはそれで、勿論芸術的見地から大層好きである)、自らの家に付属しているやつだ。
幼い頃、実家には幼い私が十分満足できる程度の広い庭があった。芝生に寝転がることができたし、木と遊ぶこともできた。当時あった樹木や下草を私はよく覚えている。

椿、山茶花、木蓮、紅葉が三種、黒松、つげ、躑躅、皐月、モチノキ、庭梅、蝋梅、百日紅、紫陽花、桔梗、南天、蘇鉄、竹のなにか、万年青、龍の鬚(ジャノヒゲ)、羊歯、苔・・・
記憶にあるだけ、及び名前が判るだけでこれだけある。

 子供の頃は目線がとても低いし近い。かつて庭にあった木を想起する際には、大まかな木の形状や色だけでなく樹皮の様子や触り心地、葉の光沢や僅かな重さの違い、花や実の様子まで事細かに記憶している。残念ながら、大人になってから知った木々について、同じように想起することはできない。大人になるということは、そういうことではないはずだとかねて思っていたにも拘わらず、自分の目が貧しくなってゆくことに一抹の侘しさと危機感を感じることは、否定できない。

 庭の木々には、色々ないきものがきた。蝉や赤とんぼを手で捕まえられるようになったし、カミキリムシの斑点や触覚の形状に惚れ惚れして、なぜこれが害虫と言われるのかをいぶかしんだ。こんなに綺麗なのに。
夕刻になると、食餌となる小さな虫が地面近くを飛ぶのに合わせて、蝙蝠が降りてくる。小石を空に投げ上げて、その石に途中まで蝙蝠がついて来る空中滑降を愉しんだ。決して自分の手の届く高さまでは降りてきてくれないところが、よかった。

 四季折々に何らかの花が咲くようにはなっていたけれども、私は夏の庭がいちばん好きだった。ホースを掲げて庭に水を撒くと、夏だけにしか感じられない庭の生きた香りがぶわりと辺りに充満する。土の香りとも木の香りとも違う、何にも似ていないその夏の匂いは私にとって生命の匂いそのものだった。庭は水と霧を纏ってきらきらとうるさいくらいに輝いた。水撒きを終えるといつも、庭と同じようにびしょびしょの露にまみれる私は決まって叱られた。


 いつか自分が庭を持つことがあるのなら、黒松と紅葉が欲しい。叶うならば苔と石も欲しい。
大人になった私は、たとえ広い庭があってもそこで転げたり遊んだりすることはなく、その空間の中で遊んでいる幼い私の姿を脳裡に描きながら、硝子越しに庭を眺めるにすぎないだろう。幼い私を安心して遊ばせてやれるだけの空間、幼い私が生命の匂いを覚えたあの場所を、心の中ばかりでなく物理的にも構築したいだけなのだ。
庭は、子供だった頃の私を飼う場所。




硝子の眼 XI。

2006-01-31 | 物質偏愛
 僕の選択は正しかったのだろうか。

先日、育ちの良さを覆い隠すことができない柔らかい風情をしたあの若者がやってきた。憔悴してうっすらと隈を浮かべながら、痛々しい笑顔を持って彼は僕に挨拶をした。そして、決して僕をなおざりにするのではない滑らかさで、テーブルの上に視線を向けた。
「あぁ、ミズキ・・いや彼女はあそこにいるのですね。見たところ、元気そうですね。よかった。」
振り向いた彼は僕に泣きそうな笑顔を向けた。
「えぇ。」
その笑顔は、それ以外の返事が思い浮かばない程のまさに慟哭であった。

どうかしましたか、と尋ねるほど気安い仲ではないし、知らん振りできるほどの演技力も僕にはない。辛うじて、「何か暖かいものを。紅茶と珈琲とどちらがお好みですか。」と笑顔で声をかけてみた。その時の僕の笑顔は彼のように柔らかくはなかっただろうし、不吉な予兆を感じ取って酷く怯えて引きつったものであっただろう。

紅茶を挟んで、彼は最初僕の顔色を窺うように、そして徐々に俯いてしまいには独り言のように半ば自嘲気味にぽつぽつと話し始めた。
最近、不眠が続いていること、就職も決まって卒業を控えていて近々独り暮らしを始めること、友達と遊んでいても今ひとつ愉しめないような気がすること。脈絡もなく彼は空に向かって言葉を投げた。

今の僕にはその気持ちがよく判る。全ては「ミズキ」を手放してしまったからだと。そして彼は忍びきれずに「ミズキ」の居る僕の部屋に足を運んだ。
僕は戦慄した。もしも僕がとび色の瞳をした彼女を手放したなら、目前の彼はその時の僕だ。色彩のある世界の甘美さを知った僕からそれが失われたとしたとき、僕の世界が再び白一色のそれに戻れるなんてあり得べくもない。彼は身をもってその恐怖を、その墜落を僕に見せつけた。


「・・いいですよ。」
僕のものではない僕の声が聞こえて、はっとした。
それは砂漠の向こうから聞こえてくるような、どこまでも冷たい声だった。

彼に同情したのではない。彼に見せられた自分の未来と現在の彼の憔悴した姿が僕の中で混濁したにすぎない。彼は、確かにいつかの僕だ。僕が僕を無意識に護ろうとしたとしても、それは強ち間違いではない。

 彼は泪を流して首を震わせながら顔を覆った。
僕の申し出を拒絶する勇気を放棄してしまった彼には明日の僕の姿が見えている。
僕は魂の抜けたようになって、呆然と白いテーブルの上の彼女を見遣った。彼女は相変わらずの冷たい瞳で、僕のほうをまっすぐにただ見ていた。彼がこんなにも泣いていて、僕がこんなにも腑抜けになっているのに。彼の嗚咽がミズキと呼ばれる彼女には聞こえているのだろうか。


先程までの彼のように蒼白になった棒立ちの僕が、彼女のとび色の瞳に映っているのが見える。



硝子の眼。
硝子の眼 Ⅱ。
硝子の眼 Ⅲ。
硝子の眼 Ⅳ。
硝子の眼 Ⅴ。
硝子の眼 Ⅵ。
硝子の眼 Ⅶ。
硝子の眼 Ⅷ。
硝子の眼 Ⅸ。
硝子の眼 Ⅹ。




硝子の眼 Ⅹ。

2006-01-14 | 物質偏愛
 今日、わたしは誕生日というものを知った。
最近では珍しく、男と女が仲睦まじそうに食卓を囲んでおり、並んでいる皿やその中身はいつもよりも豪華に見える。常ならば私の前に置かれるはずの珈琲カップは、今日に限っては綺麗な色でぱちぱち弾けているシャンパンだ。

誕生日というものは、そのものが存在を始めた最初の日のことを云うらしい。それを毎年毎年飽きもせず祝うのが通例のようだ。ひとりひとりの人間が皆違った誕生日を持っているということなので、毎日どこかで誰かの誕生日の祝いが行われている訳で、それを想像するとなんとなく愉しい気分になる。

女が、男の誕生日プレゼントとして渡したものは、赤いビロウドの豊かなドレスを着た、私より少し背丈が大きいくらいの少女で、私と同じように冷たい温度をしたものだった。つい先刻まで愉しそうだった男の表情が一瞬で不機嫌そうに歪み、それを見て女が微笑んでいたものだから、部屋の中はおかしな空気になった。

そのとき、わたしはこの赤いドレスの少女のように、小さくて冷たい肌をした者が他にも居たことを知った。多分、もっともっと沢山、至るところに同じ仲間がいるのだろう。女が、わたしを指差し、そして同じように少女を指差し、同じ「ニンギョウ」という言葉を使って何かわたしたちのことを話していたことから、わたしたちのような者のことはみんな「人形」というのだと知った。

しかしわたしは前の家ではずっと「ミズキ」と呼ばれていたから、多分自分はミズキというのだと思うが、赤いドレスの彼女は多分ミズキというのではなくて、また別の呼び名があるのではないかと考えた。そしてこの男のように、わたしたちにも知らないだけで「誕生日」というものがあるのかもしれないと思った。

わたしは赤いドレスの少女に心の中で呼びかけてみた。しかし返事がないままあらぬ方を見ているので、わたしはこの少女をなんと呼んでいいか結局判らなかった。
後になって思ったことだが、もしかしたら赤いドレスの少女が同じようにわたしに向かって呼びかけていたかもしれず、お互いにそれに気付けないのだとしたら、人形というのはなんて不便なものだろう。人形は人形どうしで交流したり愉しんだりするようにできてはいないということだ。

わたしはこの日に色々なことを知ったけれど、きっかけになった赤いドレスの少女は、次の日にはもう居なかった。男が少女を気に入らなくて、女に突き返してしまったようだった。彼女はどこかで、「人形」じゃないなにか別の名前で呼んで貰えるのだろうか。


 わたしはミズキというのだけれど、男はそれを知らないから、わたしに向かっていつも「ナナ」と呼びかける。
人形というものは、本当に、なんて不便なものなのだ。



硝子の眼。
硝子の眼 Ⅱ。
硝子の眼 Ⅲ。
硝子の眼 Ⅳ。
硝子の眼 Ⅴ。
硝子の眼 Ⅵ。
硝子の眼 Ⅶ。
硝子の眼 Ⅷ。
硝子の眼 Ⅸ。



硝子の眼 Ⅸ。

2006-01-10 | 物質偏愛
 好きだったはずのモーツァルトが癇に障って、ひったくるようにリモコンを拾い上げて音を消した。
微弱な振動で震えていた部屋の空気が凍り付いて、無音と錯覚する静けさが一瞬訪れた。その一瞬後に、窓の下を歩く人々の足音や息遣いの気配、葉を失って丸裸になった木々の枝がぎしぎしと擦れる音、離れた風呂場の換気扇から漏れる低い電気の音、冷蔵庫が身震いする音、それらが互いに重なり合って、しかし確実に和合することのない独立した音として聞こえてくる。

 近頃まで私はそれらに名前を与えることを怠り、それらの皆を「雑音」という名で呼び、音楽を消した部屋の中の状態を「無音」と呼んでいた。そういう名を与えたことに対する不具合はこれまでなかった。ただ、そういうものだと思っていた。

 彼は美術館や博物館が好きで、私はよく同行させられた。綺麗な絵や見も知らない昔の機器や装飾を見るのは私にとっても興味深かったし、私にいちいちその詳細を説明する彼のそこだけ異様に生き生きと輝いた眼を見るのがなにより好きだった。いつも白い彼の肌はときに薄っすらと上気したようになり、そんなときは類なく饒舌になった。饒舌の波が過ぎると、ある時はある作品の前で、ある時は帰りの電車の中で、きまって彼はぽうっとした何かに焦がれるような顔をして反動のように押し黙った。

 彼が美術館や博物館が好きだった理由を、今なら少しだけ理解できる。
彼は、自分にはどうしても手の届かない無音の世界に憧れて、その世界の住人になることを意識的にか無意識にか、望んでいた。閉ざされて時の止まった(厳密にはその表面の物質レベルでの変質が至極ゆっくりとしたスピードで進行しているとしてもだ)絵画の中や、それを封じ込めるアクリルケースの中を見ていた。描かれているもののもっと向こうにある何か空気のように掴みどころのないもの、こちらの世界で蠢いている自分には掴むことのできないものに焦がれていた。その興奮が彼をいつもより饒舌にさせ、その焦燥がしまいには必ず彼の口を閉ざしたのだ。


無音の世界。

かたちも色も思いもあるのに、音のない世界。
それが、彼が欲しかったもの。
彼が、住みたがる場所。
彼が、なりたいもの。


せめてもの抵抗と、消したばかりのモーツァルトを再び部屋に流し、部屋いっぱいをその音が充たしてしまうようにとヴォリュームをひねった。
この部屋のあるたったひとつの、ほんの小さな容積がその音に決して浸食されることがないことを知っているくせに。
知っているからこそ。



硝子の眼。
硝子の眼 Ⅱ。
硝子の眼 Ⅲ。
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硝子の眼 Ⅵ。
硝子の眼 Ⅶ。
硝子の眼 Ⅷ。

硝子の眼 Ⅷ。

2005-12-14 | 物質偏愛
 世界には、こんなにも沢山の色があったのだっけ。

なぜ僕は今まで、そのことを知らなかったのだろう。
そしてなぜ今頃になって、そのことに気付いたのだろう。

僕はもともと、白という色が大好きだった。子供の頃に写生大会があると、いつも空を白く塗るものだから、「空の色はこんなじゃないでしょ。もっと晴れているでしょ」といつも先生に青色で塗るように強制されたものだった。そんな具合だったから、学生時代には部屋じゅうを白で溢れかえるくらいにしたくて、様々な形をした、様々な艶を持つ、実はそれぞれ微妙に異なる白い色をしたものを、お金の続く範囲でこつこつと蒐集しては部屋いっぱいに陳列した。

本棚に収まるほどの、人体と、もうなんだか忘れてしまった小型哺乳類の骨格模型。朝鮮半島の白磁のレプリカ。白硝子だけで出来ている小さなシャンデリア。綺麗に抜けた自分の親不知。日本国内や東南アジアで拾ってきた色々な形の貝殻。塗り絵用に販売されている、輪郭線だけの北斎の富岳百景。建築学部から無理に譲り受けたデッサン用のトルソ。白い色した砂や貝や硝子の破片だけを入れて貰ったオーダーメイドの万華鏡。最も気に入りだったのは、様々な関数を立体で表した数十個セットの石膏模型たち。
5年の間にそれらは着々と僕の部屋を占領し、僕の心をどこまでも白く清浄に浸食していった。

 引越しに際して、その殆どの白を処分しなくてはならなかった。幾つかの小さなものや折り畳めるものをなんとか手元に残して、どうにも大きくて仕様のないものや、またいつでも手に入るだろうものを泣く泣く手放した。友人たちにも、リサイクルショップでもなかなか引き取って貰えないものばかりだった。
白く澄んでいた僕の心は、どんどんと色褪せてゆくに違いないと予感した。
紅い生物を食せなくなったフラミンゴがその羽の色を急速にくすませてゆくように。

 今の家に持ち込んだ最も大きな白は、部屋の一等地を占める白い艶やかなテーブルだ。これは学生時代に奮発して買った最も高価なものだったという思い入れもあるし、何より実用的だった。これを手放すなんて全く考えることができなかった。
実に長い間、朝に夕にその艶めきを変化させる白いテーブルが、僕の心の安定剤となっていた。朝にこのテーブルに向かうことで僕は悪夢をリセットし、夜にこのテーブルにつくことでその日の疲れや膝下に引き摺ったあらゆる面倒を一分の憐憫もなく斬り捨てた。 


 なのに。

 今になって僕の目を奪うのは白いテーブルの艶でなくて、その白の上にちょこんと座る人形のドレスの藤色であり、唇の紅であり、金色の髪であり、とび色の瞳。

白は空の色でも僕の心の色でもなく、何か別の存在がそこに在ることを示すための受け皿としての世界の色であった。白が絶対だった僕の心には僕しかいなくて、僕そのものが僕の世界だった。
空を白く塗っていた僕は間違っていた。だけど「空は青よ」と云った先生もまた間違っていた。白にいろんな白があるように、空は数え切れないほどの空の色を持っていて、水は「透明」という言葉の向こうに確かな水の色を持っていた。

 僕の心は色褪せるどころか、日々様々な色を混濁させるようになった。
 藤色の微かな波と鋭いとび色を中心として、心が綾に織り成されてゆく。
 相変わらず殺風景なはずの僕の部屋が、色彩に溢れてゆく錯覚。
 
 僕は、色彩に溺れて息がつげない。




硝子の眼。
硝子の眼 Ⅱ。
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硝子の眼 Ⅵ。
硝子の眼 Ⅶ。





粒子のきらめき。

2005-12-09 | 物質偏愛
 サハラベージュ。

その名前に一目惚れして即購入してしまった。
石灰岩の淡い黄色に氷砂糖を砕いたような石英の透明な粒子が混じった砂が太陽をはね返して乱反射する。それがサハラの色だ。
近くで見ると、その乱反射が不安定でとても硬質な眩しさに撹乱されて焦点が合わなくなり、何度も目をしばたたかせてしまう。なのに遠くで見ると、柔らかいほんわりとした光を表面に纏う、どこまでも続く貴族的なビロードのうねりだ。

硬質なのに柔らかく暖かい、きらきらしたあの厳しい大地の色を爪に纏うことができるなんて!

なんて素敵なことだろうと妄想が驀進し、是も非もなく購入。
まだ綺麗だった冬の雪色をしていた爪をあっさり落とし、サハラの色を塗り始める。

・・が。

石灰岩の色じゃなかった。あの艶じゃなった。
銅を含んだ、粒子の細かい砂岩の色だ。布の織り目さえものともせず服を通り越して肌に纏わりつく桃色に輝く微粒子。
これは、ヨルダンの、ワディラムの砂漠の色だよ。


あぁそういえば、サハラって、「砂漠」って意味だったね。
ならば、どこの砂漠の色でもいいんだ。

私の記憶する全ての砂漠の色を、揃えたい。


硝子の眼 Ⅶ。

2005-12-05 | 物質偏愛
 四六時中テーブルに腰掛けさせられているものだから、最近では日々の移ろいがとても遅く感じられるようになった。

朝日が差してきて、人々の足音がざわざわと聞こえてくる頃に、眼鏡野郎がのそのそと起きてくる。珈琲の香気をゆっくりと愉しむ間もなく男は家を出てゆくが、ひとりになったわたしはゆっくりと冷めてゆく珈琲の色と香りを知ることができるようになった。

冷え切った部屋にじんわり立ち昇る湯気と、表面に薄っすらと模様を描く湯気の子どもたち。波が立っている訳でもないのに、白い膜が褐色の液体の全面を覆うかと思えば、カップの端にきゅぅっと身を寄せたり、縄跳びの縄が地面を撫ぜてゆくように膜が蛇腹のように押し縮められて流れたりすることをわたしはずっと知らなかった。白い膜はある一定の時間が経つと、示し合わせたかのようにすっと一斉に居なくなってしまう。そして沈黙が残り、褐色の液体は白いカップの内側にくっきりとした円を描いて、冷めながら少しずつ、ほんとうに少しずつ蒸発してゆく。
煮詰められた褐色の細い線がカップの内側に三周ばかりできる頃に、男は帰ってくる。


 男のげしげしいう咳は最近やっと静かになったものの、いっときはそのげしげしいう音とともに、私の冷たい爪と同じ色をした液体を、ほんの少しばかりだがこの白いテーブルに飛び散らせたからわたしはびっくりした。見たところ、人間の身体には見たことのない色が突然口の中から出てきたものだから、わたしはなんだか今まで内緒にしていたものを唐突に見せられたような驚きと苛立ちとを同時に感じた。

男自身は別段驚く風情でもなく、白いテーブルに綺麗な色の模様を作ったそのしぶきを無言で綺麗に拭き取っていった。わたしはもう少しその色を見ていたかったので更に割り増しの苛立ちを覚えた。まぁいいか、またいつか見られるだろうと思っていたのに、あれ以来その色をわたしに見せてくれることがない。

秘密の一部を打ち明けたのなら、全部話してほしいと思うだろう。
一度口付けをされたなら、またして欲しいと思うだろう。
ほんとうにあの男といったら、無粋極まりない。つまらない。


 眼鏡野郎はどうやら「一度きり」わたしを驚かせたりするのがすきなようだ。

昨晩は、窓から見える銀杏という綺麗な色をした木の葉を両手いっぱい拾ってきては、座っているわたしのドレスの裾あたりを囲むように撒き散らした。長らく外気にさらされていた葉は勿論凍えるように冷たいのだけれど、しなしなとした柔らかさと水の香りがして、それになによりドレスの色とのコントラストが綺麗で、ドレスの裾に絢爛としたレースの裳裾を取り付けたように華やかなものだったから、わたしはかなりその趣向を気に入った。もしも踊ることができるのなら、幾重にも重なるレースの葉を引きずりながら、そして両の手を空に向けながら、水の香りを振りまいてくるくると回ってみたかったくらいだ。

 現実的には踊ることはできないのだし、無益な欲求を覚えさせる契機となったことについてはやっぱり苛立ちを覚えないでもないけれど、今回ばかりはまぁそれでもいいか、と思う。




硝子の眼。
硝子の眼 Ⅱ。
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硝子の眼 Ⅵ。



硝子の眼 Ⅵ。

2005-11-27 | 物質偏愛
 人工的な人肌の温度、とでも云おうか。
ベッドサイトのテーブルランプの灯かりは、私の欺瞞も昔の男の優しさも馴れ合いも全て一緒くたにして輪郭を露わにしてしまうから、闇に溶け込むぎりぎりの光量に微調整を加えて、私は煙草に火を点す。

「煙草、やめたんじゃなかったのか。今の彼、気管支が弱いんだろう。」
「普段は吸ってないわ。ひさびさよ。」

 煙草を挟む左の中指の爪は紅く彩られていて、その先がほんの少しだけ欠けていることが僅かながら忌々しく、すぅと大きく天井に向けて煙を吐き出した。
私は煙草の真ん中のほうを挟む癖がある。あんまり粋じゃないな、と云って端のほうを持つようにと私に根気よく教え込んだかつての男が隣に寝ていることもあって、すっかり忘れていた昔の吸い方を無意識ながら再現しようとしていることに苦笑する。

「確かに、こうして逢うのも久々だけどな・・とはいっても、最後に逢ってからまだ一年も経ってないか。もうすっかり卒業してしまったかと思っていたその紅い爪に揃いの紅い口紅だもんな。ひさかたぶりに、欲情してしまったよ。」
「お陰で、口紅が見事にはげてしまったわ・・・綺麗に塗るの、大変なのよ。」

「でもどうして、いきなりまた紅なんだ?」
「結局のところ、男はみんな紅が好きなのかなぁって思ったの。」

今の男との微妙な手探り状態が露見してもいい。できるだけ素直に言葉を紡ごうとしたら語尾が自嘲気味に照れてしまうのを防げなかった。男は、本気の話をしたいときには必ずといっていいほどそっぽを向いてしまう私の横顔を真っ直ぐに見て、言葉を続けた。

「俺はそういう訳でもないよ。君の激しい気性に凶器みたいな紅が似合ってたから好きだったんだ。彼氏さんはそうは言わないかい?」
「口では、紅じゃない色を勧めるわ。ほんとのところは知らないけど。」

 私の脳裡に、白いテーブルの上で微笑むわけでもなく、冷たくこちらを見下ろすあの人の顔が浮かんだ。穢れを知らない少女の衣装に不似合いな爪の深い紅。何人もの女達が今まで彼女に捧げてきた血の贄の色が。

カチリと音を立てて、男の顔がライターの火に照らされる。美しい面立ちというのでは決してないけれど、ひとつひとつの造作が美しい男の仕草を私は愛していた。そして、欲しいと願う仕草をひとつひとつ、転写するかのようにこの身に映してゆくのが愉しかった。そんなことを思い出す。


「あまり無理するなよ。まぁ、好んで無理をしたがる人に言うのもなんだが。」
そういって、男は私よりひと足先にホテルを後にして仕事に向かった。
残された私はあーあと大袈裟に声を出してみて、ぼふっと音と立てて威勢良くベッドに大の字に倒れ込んだ。僅かに残った口紅を、眼の前を横切った白いシーツの端で乱暴に拭い取る。

自分にぴったりの色だと思っていた紅。
あの男が愛してくれた「私の」紅。

だけど今の私にとっては、心臓をざっくりと抉られた贄が流す血の泪の色。
この色を纏うことそのものが、私とあの人だけが知る、贄のしるし。



硝子の眼。
硝子の眼 Ⅱ。
硝子の眼 Ⅲ。
硝子の眼 Ⅳ。
硝子の眼 Ⅴ。


硝子の眼 Ⅴ。

2005-11-22 | 物質偏愛
 今日は日曜日だけれど、朝から僕は洗濯と掃除に追われている。
いつも西日の眩しい窓からの朝の日差しは霧のようにやんわりと淡く、部屋は硬く凍りついてなかなか溶解してくれない沈黙した空気に支配されている。

 昨日は、なぜ恋人と喧嘩したのかよくわからない。
一緒に食卓を挟んでいたはずなのに、気がついたらポークソテーやら野菜の切れ端やらが宙を舞って僕のほうに飛んできていた。僕は唐突なことに対処しきれなくて、多分かなり間抜けな面でコマ送りのようなその食べ物たちの空中遊戯を眺めていたことだろうと思う。
一瞬の後でそこいら中に飛び散ったカラフルな模様に、自分でしたこととはいえ恋人も多少なり驚いたようで、きゃぁとこれまた間抜けな棒読みの台詞を発した。それから僕たちは二人仲良く、時には笑いながら黙々とその後片付けに夢中になっていた。

とはいえ、被害を被った僕の洋服やランチョンマットはこうして僕が日曜日にひとりで洗わなくてはならないし、気に入りだったパイルのスリッパは図らずも不規則な水玉模様になってしまったから、これも新しいものを用意しなければいけない。
だけどなにより困っているのは、ペルセウスの円盤投げよろしく、僕の眼鏡に向かって皿が回転しながら飛んできたことだ。果たして眼鏡は左半分が修復不可能に弾け飛んでしまって、そのついでに僕の額に軽い小悪魔的キスを投げていった。冬の冷たい空気は額の傷を常にちりちりとさせて僕を不愉快な気分にさせ、その不愉快な気分と同時に恋人の顔が浮かぶものだから、恋人に逢いたい気持ちさえ失せてしまう。


 暴力と加虐との間には、大きな隔たりがある。

確かに僕の恋人は、たまに僕の上に馬乗りになったりして僕のあばらを軋ませたり、短い恍惚の数秒間のうちに僕の首を絞めることもあった。それを僕は僅かな微笑みと心地よい半眼の眼をして受け容れた。そこには痛みという確かな存在があり、痛みを通じて僕という人間が、そして彼女という人間が今この場所に、同じ時間を共有しながら存在していることを信じることができた。

だけど、この額のちりちりした苛立たしい痛みの中に彼女の存在を感じ取ることはできない。僕の存在をその身に認めるためでなく、僕の存在を否定するために与えられた痛みの中には、淋しい苛立ちしか残らない。

 辛うじて水玉模様にならずに済んだ白いテーブルを見て、僕はほっとしている。
いつものように珈琲を淹れて、眼鏡をかけていないぼんやりした目で、藤色のドレスを纏った冷たい肌の貴婦人に眼を向けた。

彼女の冷たいとび色の眼はまっすぐに僕に向けられ、僕をそのままの姿勢で椅子に縛り付ける。もし瞬きでもしてくれたならその一瞬の隙を見付けて息を吸うことだってできるのに、それさえも許してくれない透徹した瞳。文字通り指一本動かすこともなく、笑いかけてくれるでもない、目蓋のひらめきすら見せてくれない彼女の眼が、甘やかな痛みを伴って僕を刺し貫く。

 信仰にも近い敬虔さでその痛みを受け容れる泣きそうな顔の僕が、彼女の凍ったとび色の瞳の中にはっきりと映っている。彼女の瞳いっぱいを、僕が占めている。

 
 この痛みの中に、確かに僕が居る。





硝子の眼。
硝子の眼 Ⅱ。
硝子の眼 Ⅲ。
硝子の眼 Ⅳ。



硝子の眼 Ⅳ。

2005-11-19 | 物質偏愛
 いつもの白いテーブルに反射する陽光は日に日に傾き、反射する光の眩しさも最近では目に慣れてきた。窓の下では、枯れ落ちた蔦の葉を踏みしめて人々がしゃくしゃくと歩く心地よい音がわたしの眠気を誘う。もうすぐ、秋は冬に呑み込まれて行く。

わたしは冬があまり好きではない。乾燥が厳しくて自慢の金髪が静電気を含んでどうにも苛々させることも、丘の輪郭ぎりぎりまで傾く陽が部屋の中にまで否応なく差し込んで、私の白い肌を容赦なく刺し貫くことも、うまく云えないがなんというか、いちいち無粋で無神経だ。
長く暮らした前の家では、ちょっと黴臭いのと狭いのを我慢すれば自分の部屋があり、家の息子が気紛れに別の部屋にわたしを連れ出す時以外は、時の流れからも切り離された薄暗い部屋の中でゆらゆらと、冬の気配すら気付かずにうとうとしていればそれでよかった。

 新しい家では、ひとりでいる時間は少なくなった。
大概の昼間は、厭らしいほどに冷んやりとする白いテーブルの上を定位置とされるため、近頃ではその目に痛い白さにもなんだか慣れてきたし、黴臭い部屋にいる時間が減ったせいで、わたしの服にこびり付いていた湿った黴の香りは徐々に薄くなり、それに代わって珈琲豆の香りが若干なり気になるようになった。全く別のものではあるが、黴の香りと珈琲豆の香りはどこか似ているから、わたしの服の上でもこころの中でも喧嘩して反発しあうことがない。むしろ、ちょっとずつ混じり合って融合してゆくその香りの線引きが最早わたしにはできなくなってきている。


 げし、げし。
今日も乾いたおかしな音をさせながら、乾いた皮膚の眼鏡野郎が珈琲を淹れる準備をはじめた。眼鏡野郎のくせに、この男も冬はあまり好きではなさそうだ。最近になって、「咳」とかいうこのげしげしいう哀しげな破裂音をしばしば立てるようになった。いけすかない眼鏡野郎の奏でる、この不可解な哀しさと破壊的な衝動とを内包するかのような不定期な「咳」という破裂音は、わたしの気を少しばかりは滅入らせる力があって、わたしの視線を嫌いなはずの男に向けさせる。

 ほっくりした湯気と香気を立ち昇らせる珈琲がわたしの前に運ばれてきた。カシャンと慌てた音を出してカップをテーブルに軽く叩きつけたほぼ一瞬後に、男は顔をわたしから逸らせて、冷たくか細い手を口にかざして、また「げし、げし」と泣くような音を立てた。
この音と同時に目に映るのはいつも、男の猫背の後姿だ。この音を立てるとき、男は決してわたしに正面からの顔を向けないから、音に引っ張られて意識を向けたわたしが見るものは、いつもわたしに向かって閉ざされた薄っぺらい背中。

 
 簡単に蹴り倒せそうなのに、どこか届かない淋しい背中。
 なのに振り向いた男の色白な顔は、反吐が出そうなくらいに優しいもので。

できることなら。
この男の恋人が隠れてこっそりするように、「ちっ。」という忌々しくも潔い、短い呪詛を吐き掛けてやりたいところだ。
驚いた男は、「咳」の途中に誤ってこっちを振り向いたりするだろうか。



硝子の眼。
硝子の眼 Ⅱ。
硝子の眼 Ⅲ。

硝子の眼 Ⅲ。

2005-10-31 | 物質偏愛
 今日も憎らしいほどの秋晴れが広がっている。
あの人が家に来てからというもの、私と彼との間はおかしくなった。
あの人がやってきたのが丁度こんな具合に雲が転々と広い空に散りばめられた美しい秋晴れだったから、私はそれ以来、この澄み渡った雨のあとの秋晴れを見る度に口元が歪むようになってしまった。この空の美しさと透明度が、憎らしくて。

 あの女性は、私が逆立ちしてそのまま歩いてみたとしたって及ばぬくらいに美しい。だけども確かに、まるで緩くウエーブをかけたような髪の空気感や頬骨の低さ、肌の白いところ、帽子が似合うところまでことあるごとの要素が私に似ている。
そのことが最初、私には少し嬉しかった。
だけども今はそれゆえにどうしようもなく、苦しい。

「ご覧よ。どうだい。君に似ているだろう。」
嬉々とした表情で彼は私にその女性を紹介した。秋の西日を受けた金髪が儚くも危うげにきらめき、髪の淡い反射光が後光のようにも見えて、更には逆光のためにその白く抜けるような頬は暗く陰って淡いすみれ色のように見えたのを覚えている。
彼がご機嫌な時に必ずそこで珈琲を飲む、綺麗、というよりは神経質なまでに磨かれた白いテーブルの上に、彼女はいた。

その時は、彼の言葉少ない第一声とその表情から、彼がその人形を手にいれたのが、人形が私に似ているからなのだと思っていた。
「そうかしら。でも、可愛らしいわ。」
私は、そんなふうに答えたような気がする。

 それからだ。彼の私に対する態度や表情に、微々たる変化が現れてきたのは。
彼はあまり私を外出に誘わなくなった。それまでよりも頻繁に珈琲を淹れるようになった。珈琲を淹れることを都合のいい理由にして、白いテーブルに、いや、彼女の近くに居ようとするかのように。
どこまでも白いテーブルの上に、同じくらい白い肌を包む薄い藤色のドレスのレースの裾を透かして僅かに震えるむらさき色の影を落とす。私は彼と談笑するふりをしながら、その影が風に時折ふるふると震えるさまをずっと見ていた。

 
 今日は深く煮詰めたような紅い薔薇色の爪紅を買ってきた。それは、あの人形の手指の先のお飾りのように小さな爪に薄っすら残る色と同じ。
自分でも馬鹿馬鹿しいのはわかっている。
自分の家でひとりあの白いテーブルを思い浮かべ、唇を引き結んで泪をぽろぽろと零しながら、ひたすらに爪を彩った。なぜ、私がこんなこと。

  人形が私に似ていたのではない。
  私が人形に似ていたのだ。

 
肝心の彼自身はそのことに気付いていない。彼にとって、私が実体であるならば、人形である彼女はイデアだ。それは心から呆れ果てるくらいに現実味に乏しく、且つ馬鹿馬鹿しいことなのだけれど、私だけが気付いてしまった。彼女に勝てるはずがないことまでも。彼女と同じ色をした私の髪が悔しい。
彼女の絶対的不可侵なとび色の瞳が、私に何ひとつ語りかけてさえくれない瞳が、これほどまでに私を苛むだなんて、想像もしていなかった。


 こんなにも不確実な存在の「わたし」。
それはイデアを損なわない実体としての、ただの美しい気狂い。