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Sweet Dadaism

無意味で美しいものこそが、日々を彩る糧となる。

こんな夢をみた【16】。 - 空飛ぶ広告媒体 -

2009-01-26 | 夢十六夜
 その日私は同僚のイトウと一緒に札幌出張に行くことになった。
現在継続中の案件で提案するいくつかの広告媒体のデモを見にいくためだ。
「東京まで郵送してくだされば」との依頼に対して「いや、なかなか送りにくい媒体なもので、不躾なのを承知で札幌までご足労いただきたい」との広告屋の回答だった。
根っからの寒がりな私はイトウになだめられつつもぶつくさと札幌へ向かうことになった。

 これまでメールと郵送でしかやりとりをしていなかったその広告屋は、強いて云えば地方の古めかしい総合病院のような佇まいだった。無機質な白い外壁に、ところどころ蜘蛛の巣が張った蛍光灯に照らされた小さな看板。東京の大手広告屋の風情に慣れ親しんでいた我々は、この会社の本業は別にあるのではないか、と疑ったほどだった。


 程なく我々が通された部屋は実験室のような部屋で、壁の片側には何故か中学校のグラウンドにあるような緑色のネットが垂れ下がっており、我々は、ダルマストーブをよけながら、脱いだコートをどこに掛けるべきかと辺りを見回した。
「今お持ちしますから、お荷物は『そのへん』にどうぞ」との言葉で、手で促された方角にある長机の上にコートやら荷物やらを並べて、ぽつんとふたり立ちっぱなしのまま部屋に取り残された。
イトウと私は顔を見合わせて、互いの目で「だいじょうぶかよ、ここ。」と云った。


 「すみません、お待たせして。」
息の切れた声に振り向くと、担当の男性が大きなダンボールを抱えて、ドアを腰で支えるようにして部屋に入ってきた。その箱を小さな実験机の上に置くと、「じゃ、早速ですがお見せしていいですか。」と問うた。「ええ、お願いします。」と答えると同時に、男性はにっと笑ってダンボールの蓋を開けた。その途端、箱の中から灰色がかった薄青いものが沢山舞い上がってきて、部屋に舞い散った。

 クラッカーでいたずらをされた気分できょとんとしていると、男性は「どうぞ近くでご覧下さい」と私の背を押して壁にかかったネットのほうへ誘った。ネットには薄青い蝶がたくさん、羽をゆっくりと開いたり畳んだりして止まっていた。うち一匹の羽を男性が指できちんと開くと、その羽には広告を依頼したロゴとコンセプトメッセージが転写されていた。ようやく私はそこで事態を把握した。

「蝶は羽を畳んで止まるといいますが、なぜ羽の内側に広告を?」私は訊いた。
「それは懸案事項のひとつでした。外側のほうが確実に人の目には触れやすい。けれど、天敵にとっても目立つことになるので、長いこと広告生命を維持させることができにくいのです。だから、天敵に目の触れにくい内側に転写し、且つ止まっている際に比較的羽を開く習性を持つ種の蝶を選ぶことで最大効果を得られるようにと考えました。」眉間に軽く皺を寄せて、男性は答えた。

「この蝶は普通のものと同じくらい生きられるんですか?」イトウが訊いた。
「はい。転写は燐粉自体に行っていますし、重い塗料は使用していません。ですから飛ぶことに対するストレスは殆どないはずです。」今度は誇らしげに男性は答えた。
 
「この蝶を、例えばドームやイベント会場などの閉ざされた空間で解放することで、狙うべきターゲットにインパクトのある伝達が可能です。その場合は、羽の目立つ側にプリントすることもできます。一方で、広く空に向けて放つのは蝶が人の多いところを避けるせいで効果を減退させます。また、広告面積上、詳細な情報を含む長いメッセージは向きません。むしろブランド広告に適していますね。」
ううむとイトウと私は黙って頷いた。



「本当ならひとつサンプルでお持ち帰り頂きたかったのですが、飛行機ですからね・・・」と男性はひどく残念そうに首を何度も捻りながら、退出する我々を見送った。







こんな夢をみた【15】。 - アゲハのなる木 -

2008-05-06 | 夢十六夜
 夜もかなり更けて、仕事を終えた私はホテルのロビー棟へととぼとぼ戻った。
日本とはいえかなり南の島であるから、皐月のはじめとは云っても充分に蒸し暑くて、着ているジャケットの背が暑苦しい。

22時もすぎてようやく冷たくなった風に煽られ、ようやく今日の仕事が終わったのだな、という実感が沸き、ロビー屋外のベンチにどさっと腰を掛けて深く嘆息した。

どうも近頃、仕事への戦闘意欲が失せている。
慣れてきたというのではないし、現状に満足しているというのでもない。あるべき地位も盗むべきスキルも、遠いものから近いものまでいくつも具体的に思い描ける。仕事に戦闘の面白味をいつも重ねているから、獣欲の薄らいだ今の自分の心が、同じ仕事を同じだけ面白いと思えない。ただそれだけのことだ。

いつもの家と、いつもの職場から遠く離れた土地で、ひとりになる時間。
それもできるなら、日暮れた後がよい。
頭の端から仕事を追いやることができるほど器用ではないけれど、それでも、乖離しがちな自分の肌と自分の頭脳をふたたび繋げることができる貴重な時間。自分の身体と自分の心だけに目を向け、不慣れな土地の匂いを感じ、自分以外の諸々と自分を繋ぐ幾重にも張り巡らされた網を一瞬でも見ないふりできる時間。まるで一人旅の感覚にも似て、けれど娯楽からも解放されたより一層空虚な時間。私は貪るように、この空虚な時間をできる限り無為に浪費する。


 私はベンチに腰掛けたまま、愉しげなリゾート客がちらほらとロビーを通過してゆくのを目で追う。なんの感慨も、観察も起こらない望ましさ。

 ロビー外部の中央に配された一本の木に目をやる。南国らしいてらてらした厚く大きな葉を茂らせた、つるんとした幹を持つ小さな木だ。街路樹よりは小さく盆栽よりは大きい、「鑑賞」以外の目的を持たないであろう綺麗に枝葉が整えられた名も知らない木。
その葉の影が一筋のスポットライトできらきらと煌いている。その煌きに僅かな呼吸を見出した私は、煙草の煙を揉み消してその木の下に歩み寄った。


木の葉の裏には、沢山のアゲハ蝶が羽を畳んで眠っていた。
6割がたが小振りなキアゲハで、その中にアオスジアゲハとミヤマカラスアゲハのネオンブルーが時折混ざる。揃いも揃って大人しく羽を畳み、葉の裏に逆さに垂れ下がっている。風に吹かれて小刻みに揺れる葉に合わせて眠ったアゲハは上下にゆらゆらと揺れ、その度にスポットの当たる角度が変わり、燐粉の反射が碧く燃え立つように弾ける。

私はその中の一匹にそっと手を伸ばして、そうしてすぐにやめた。
ひとときでも長くこの揺れる蝶飾りを眺めていたいという欲望よりも、眼前でそれが崩れ落ちる恐怖のほうが勝った。
私は足音をできるだけ抑えて部屋へと踵を返した。


この夜が明けたら、私が目覚めるよりも先に彼らは等しくどこかに飛び立って、こいつはただの木に戻っているだろう。
朝の強い光の中では、往々にして魔法は効かない。



こんな夢をみた【14】。 - 猫に餌をやる男 -

2007-12-07 | 夢十六夜
 我が家の周りには、猫が多い。手足の先だけ白く、口ひげをたくわえたように鼻の下が黒いコミカルな猫の兄弟が近頃のわたしのお気に入りだ。隣の家にはシルバーグレイの尊大な猫が居て、わたしが通りかかっても一瞥もくれないで悠々としている。

仕事を終えてちょうど23時を回る頃に家路につくと、近所のマンション前の駐車場で猫に餌をやっている男性の姿をよく見かける。その男性はいつもスーツを着ていて、狭い駐車場を照らす一本の外灯に照らされた背を道に向けていた。餌やり相手の猫は1匹か2匹で、彼は別段猫と会話を交わすようなこともなく、ただ黙々と餌をやっていた。それはパンの切れ端などであることが多かった。
2秒で彼の横を通り過ぎるわたしがその場面から読み取れることなど殆どないに等しいとは思いつつ、なんとなく、ほんとうになんとなくなのだが、無言の男性は心の中でなにか猫への呼びかけや語りかけを行っているに違いない、と思った。時折見かける2秒の風景からは、ルーティンという響きは似つかわしくないように見えたのだ。

 その日に限ってなぜ気が向いたのかは判らないが、わたしは男に一方的に声をかけてみることにした。いつも道に背を向けている男性のことだから、これまでに何度もわたしがその脇を通り過ぎていたからといって、わたしに見覚えがあるはずもない。相手を無駄に驚かせてはいけないだろうな、という一瞬の躊躇はさほどの根拠を持たなかった。
「あなたが飼ってらっしゃる猫なのですか。」
声を掛けられることがあるとは夢にも思っていませんでした、という風情で、はっとしたように男性は無言で振り向いた。

   その顔は、わたしの思うところの「顔」をしていなかった。
焼け焦げたような、皮を剥がされたような、あるいは爛れ崩れたような形状をしていて、一瞬で血の気が引いたわたしはぐっと息を呑んだ。本来、首の上に載る頭部のうちの身体前面という場所にあるべきものは「顔」のなりをしていなければならぬ。とは云っても、無意識に規定している「顔」の形状を大いに逸脱してそこに腹や足があったならば、これほどまでに恐怖を感じないであろう。正確には、「かつて顔であったかもしれない」もの、あるいは「顔になりそうでなりそこねたもの」という「顔」の下位概念がそこにいることが心細く、恐怖と嫌悪を感じさせるのだ。

男性は、そこでわたしを見上げ(眼球があるのかどうかも定かでないが)ながら、口を開いた。しかし、裂け立たれている口から発せられる音は明瞭な言葉とならず、そのハウリングのような音声からは何らかの感情を読み取ることもできなかった。

 わたしは恐怖のあまりに家に向けて駆け出した。
 もうこの時間に同じ場所で彼を見かけることはないだろう。ごめんなさい、ごめんなさいと心の中で何度も呟きながら、わたしはそれを声に出して伝えることができなかった。





こんな夢をみた【13】。 - 和装の麗人 -

2007-07-31 | 夢十六夜
 潮の香りがする、ひなびた温泉街だった。
台風でも来ようものなら、殆どの宿は屋根が飛ばされて、ばらばらになって海に呑まれてしまうのだろうことが容易に想像されるほどの、貧相な木造の民宿が狭い路地に軒を連ねていた。

 名もない過疎の温泉地には観光客の姿は全く見えず、近隣の老婆がお喋りに興ずるために集まる集会所と化していた。その他の数少ない余所者といえば、身体を壊して湯治・・というよりも、公に湯治に来ていることを知られずに済む安心感のほうをより重視して、むしろひとときの隠遁をしているらしき人に限られた。そうした人は、老婆や爺ほどに年を重ねてはいないし、お喋りを愉しむ風情でもないから、すぐにわかる。私はといえば、おおまかな予定しかないひとり旅の途中にこんな場所に紛れ込んでしまっただけだが、この光景に珍しさと僅かながらのノスタルジィを感じてしまったために、興味本位で一夜の休息を得ることにしたのだった。

 老婆で混みあう湯屋から慌しくあがると、つづきの広い客間がある。私はその外縁に腰掛けた。
「痛。」
座布団やら布団やらが無造作に積み重なる一角に、ここでは無造作がしきたりであるとばかりに腰掛けたせいで、その下に人の足があることに気付かなかった。気付かないほどに、くしゃっとなったその布団は薄っぺらかったのである。

「ごめんなさい。」
慌てて謝罪し、布団の端をちらとめくると、雑多で下賎な宿には不似合いなほど鮮やかな紅い花柄の着物が覗いた。病人らしく、簡易に髪を結い上げた和装の人は、白粉のせいもあるであろうが、そうはいっても真っ白な顔をこちらに向け、気にするなと首を横に振りながら笑った。唇に細く引いた紅がとても艶かしい、それは男性だった。

 女の装いをしているのは、自分が既に男のなりをするのが不可能なくらいに、そして男としての機能を最早失ってしまうくらいに痩せこけてしまったからだと男は云った。彼は、末期の癌であるらしかった。
「自分は今更もう何も思わないけれど、君がもしこうなってしまったときのために、今から心がけていることってなにかあるの。」男は訊いた。
私は、いつも心に留めながらもついつい怠ってしまう年初の遺書執筆について答えた。次の年初には、今度こそやっておくべきかしら、と思いながら。

 もし旅の帰途にここに立ち寄ったとしても、そのときにはもうこの男はここに居ない。そんな確信が、互いの中に確かにあった。そんな相手に対して一瞬の情動が駆け抜けることに理由はきっと存在しない。私はただ、男の着物の袖をきゅっと握るだけで精一杯であった。自らの、そして他者の情動を受け止める余力も機能も失っている男は、私の困ったような切実なる顔を見て、首をすいと傾げて哀しく微笑んだ。私はただ黙って、男の紅い唇に口付けた。





こんな夢をみた【12】。- 虹 -

2007-07-29 | 夢十六夜
 雨があがるのを待って、私は家を出た。
 空の高いところでは風が速くて、青空の間を埋める白い雲がそれぞれ、ぶつからないように互いをうまく避けながら走ってゆく。遠くからは去り行く雷鳴がほんの小さく聞こえてくる。

高層ビルがないぶんだけ、東京よりも空が広い。ビルがない余白箇所の用地を「じゃ、空にでもしておけば。」と後付で与えられる東京の空と違って、空はもとから空という存在としてあり、それは不可侵な領地を当初より与えられている。この広い空が醸す自信は、多分そういう立場の差からくるものだ。この土地の空はもとより広く、この土地の人々は空の言い分も聞かずに空の領地を無闇に削り取ったりはきっとしないのだ。

 木々が呼吸をはじめたばかりのむっとした空気と、低層の建物の白壁に反射する眩しい光との間をこじ開けて歩く。正面の空には、細いけれどもとても大きなアーチの虹がいつしか架かっていた。

私は虹の存在を知らせようと、後ろを歩く者のほうを振り向いた。
「ねぇ。」
そこまで云いかけて、私は黙った。
「なに?」
続きを促すように、後ろの人は私に問うた。
「虹が、ね。」
そう云って、私は大の字を描くように両の手を逆方向に伸ばして、指差した。
恐らく、そのときの私は眉間に皺を寄せた泣きそうな顔をしていたであろう。
私たちは黙って、足を留めた。

 私はそれがあってはならないことを知っている。
虹の存在を知らせようと振り向いたその相手の背中に手をかけるようにして、つまりは最初の虹を発見した場所とは真逆の方向に、もうひとつの虹があった。その虹は、もっと小さいけれど幅の太い、空の低いところにしっかりと掛かる錦帯橋のような風情の虹であった。

 
 小さいほうの虹は、一瞬ふるっと色味を増して震えるような仕草を見せた。そしてその直後、虹の七色は静かに分離し始めた。七本どころではないもっと多くの色に分かれた虹はそれぞれが糸のように細くなり、微妙に異なる沢山の青や沢山のオレンジ、緑が強い風に煽られ、五色のように棚引き流れ始めた。突き抜けるような空に五色の糸が奔放に広がり、青かった空を不吉な無邪気さで汚した。

私の髪に絡んで、はらと黄色い糸が零れ落ちた。
頭上を見上げると、恐らくもうひとつの虹が解けたものであろう、五色の糸が更に細かく解れて、雲がない部分の空をぐちゃぐちゃな色に染め上げていた。青い空はまるで絵筆を洗ったあとのバケツの色となって、私たちの身体に色とりどりの綺麗な五色を降らせ続けた。



こんな夢をみた【11】。- 白痴と夕焼け -

2007-05-16 | 夢十六夜
 どこか旅先での話だ。

 私は小さな子ぎつねを着物のあわせにちょいと入れて、夕暮れの橙に染まった町を歩いている。両の掌にすっぽりと収まる程度の赤ちゃん子ぎつねは、きょとんとした丸い眼をきらきらさせて着物の間から顔だけをちょこんと出して、きょろきょろと周囲の景色を眺めている。時折、首をくるんと後ろに向けて私の顔を大きく見上げるように覗き込む仕草がなんとも愛らしく、私は思わず、名前もないこの子ぎつねに向かって静かな微笑みを返してしまう。

 多分わたしはこの町に初めて訪れている。かといって荷物はほとんどなく、手ぶらに近い状態だ。身なりも決して美しいとは云えないが、洋装の人々がぱらぱらと歩く小さな地方の集落の中にあっては、丹色を基調とした古典柄の着物はそれなりに人目を引くものであったろう。ましてや、着崩された襟元からこがねいろの生き物の顔がぴょこんと現れていればなおさらだ。とはいえ、この子ぎつねに名前がないように、この町の人々にとってわたしの名前はまだ存在しない。だからこそ、少しばかり下駄の鼻緒が緩んでいようが、片手で難なく提げることができる程度の荷物しか持たないどこぞの馬の骨が大手を振って路地を歩くことができるのだ。

 道すがら見付けた、博物館の体をした小さな洋館に入ってみた。白い壁は差し込む西日に負けて農作業に勤しむ人の肌がそうであるように、黄色あるいは褐色にくすんで、ところどころに皺やひびを刻んでいた。

 毛氈の敷いてある階段を降りかけたとき、下から上ってきた女性が馴れ馴れしくわたしに近付き、声をかけてきた。
「あたしは舞踏家なの。有名とかそういうのではないけれど。あなたは、その懐に抱いている小さな子と一緒にいるあなたは、とても絵になるわ。誰に見せるというのではないけれど、よかったらあたしの真似をして一緒に踊ってみない。」
大雑把に云うと、そんな感じのことを彼女はわたしに問うた。わたしもどうせひとりの身だし、今夜や翌日の予定が決まっているわけでもない。そんな気紛れに付き合っても構わないだけの心の余裕が、あった。無表情で黙ったまま、かといって決して渋々ではない様子でわたしは頷いた。

 彼女は満足気に、階段の踊り場に位置を定めた。そうして、わたしを見て歯を見せずににいっと笑った。彼女の顔立ちは、その大柄な上背や骨格と同様にあらゆるパーツが派手に大きくてもったりとしていて、美しいというのではないけれど見るものを不快にさせるそれではなかった。そして、上品さの欠片も無い下賎なその顔がわたしにはむしろ好ましかった。

 わたしは彼女の動きを真似た。それは踊りというよりも、痛みに苦しんでのたうちまわっているようだった。わたしにはそれが、白痴の衝動のように見えた。一旦そう思ってしまってからは引き返すことができず、わたしは髪を振り乱して白痴のうねりを踊った。

口を大きく開けて涎を垂らすくらいに舌を出してみた。
着物の袖を振り回して自らの足元を覚束なくさせてみた。
首を大きく揺らして焦点を定めず、目をきわめて虚ろにした。
毛氈の上を足袋で強く強く、音が立つほどに地団太を踏んだ。

 暫くして、わたしはそれが愉しくてたまらなくなった。踊り場のところにある窓から外を眺めて道行く人を驚かせてみせた。何が起こったのかと慌てた様子でわたしを伺う子ぎつねを優しくかき抱いて頬擦りをした。

 わたしを誘った女性は既にそこには居なかった。
 わたしはひとりゆらりゆらりと、しかし心は不思議なほどに充たされていた。


 


柴犬ペースト。 【こんな夢をみた。】

2007-03-04 | 夢十六夜
 かつて、私は「弟」と呼ぶポメラニアンと暮らしていた。7歳のときから26歳までの間だから、大事な季節をともに暮らしていたと確信できる。人語をそのまま解し、本音とタテマエの違いまで理解できる不思議な犬だった。私は彼の庇護者ではないから、彼は私に世辞を使うことはなかった。けれど、私が怪我をしていたり体調を崩していたり、精神的に参っている折などには、決して足元近くにまでは寄らないものの、ある一定の距離を置きながらも必ず目の届く範囲で、知らん振りをするようなポーズで私の様子を窺っていた。その距離感の確かさが、私はとても好きだった。
 
 彼と一緒に暮らさなくなってからも、久々の帰省時の「あと一時間くらいで帰るから」という電話を、聞こえるのか気配で察するのか、その電話の意味を一方的に理解し、私が家の扉を開ける際には玄関の端に寝そべり、さも面倒そうに出迎えてくれるのが常だった。

 彼が居なくなってから久しい。彼は犬だったが犬ではないようだった。
 そして、彼のような犬と暮らすためには、今の経済状況と勤務状況では不可能だ。それが判っているから、折々の散歩のついでに、犬という形状をしたころころした可愛いものたちをガラス越しに眺める程度で彼を思い出すことにしている。


 その店は、不思議な店だった。柴犬を専門に扱う店で、しかも柴犬は生後数週間から数ヶ月まで多岐に渡り、顔立ちや血統のみならず「どこから育てるか」を自由に選択できるようになっていた。もうかなり育っている「一年もの」などもあった。
中でもやはり可愛らしいのは3ヶ月から4ヶ月くらいのころころした丸い物体だ。人気が高いらしく、この時期の子たちは何頭もいる。しかもまるでカラーひよこのように色まで自由に選べるらしい。淡い桃色をしてお腹のところだけ白く、まるで本物の桃さながらの子。柴犬の色に近いながらも、どこか光沢を帯びた狐のような金色の子。春に似合うさわらび色をして、眉にあたる部分に濃茶の斑がある子。違う色をした子たちを同じ檻の中に置くとその色の純粋さが失われてしまうため、それぞれご丁寧にも別の檻に「梱包」されている。

 とりわけ私の気を引いたのが、極々淡いラベンダー色をした柴犬だった。内側の柔らかい毛は殆ど白に近く、比較的長い毛のみが上品な藤色をしていた。その色をした子は二頭いて、その中の、睫毛が長く鼻先の短い子が私の好みであった。

「これは着色ではないのですよ。妊娠中の親犬の食事や置かれる環境、親犬に見せる風景などによって色を変化させることができるのです。」と店の主人は説明をしてくれた。
「大人になるまで、こんな色をしているのですか?」
「個体によりますが、2年から3年で概ねは普通の柴犬の色になりますね。ごく稀に、子犬を育てる環境や、子犬自身の夢見がちな資質によって、今の色を維持したりあるいはよりその色を強めることもあるそうです。」

 大きくなったラベンダー色の柴犬は、どんなに優しい香りがするのかしら。いつかそれを確かめてみるのもいいかもしれない、と私は思った。


 その欲望を店主に悟られないようにと目を逸らした先に、クッキーかパン種のような10cm四方くらいのペーストが幾つも並んでいた。
「これは、何ですか?」
「ああ、ご存知ないですか。これは、柴犬のペーストですよ。まだ柴犬の形になる前のものなので、どんな色の子に育つかは判らないのです。顔立ちも色も育ってみてのお楽しみですから、そのドキドキ感がお好きな方には人気なのです。でも、子犬も子犬、というか子犬の前の状態ですから、育てるために最大のケアが必要なので、実際に買ってゆかれる方はそう多くはないですけれど。」

 このペーストが少しずつ膨らんで、そこから手が生え、足や尻尾が生えて、ぼんやりと顔ができて、繊毛のような柔らかい毛で少しずつ覆われてゆき、ついには小さな柴犬の姿になるのだ。よくよく顔を近づけて見てみると、まだのっぺりしているペーストは、ほんの僅かな蠕動と呼吸を繰り返していた。そっと指を当てると柔らかな反発があり、人間の体温よりも僅かに温かかった。




紅い戦闘機。

2007-02-19 | 夢十六夜
「紅い戦闘機が・・」
「え?」

 夢とも現ともつかないまま、目を閉じて私は続けた。

「紅い戦闘機がね、グライダーのような小さな飛行機に誘導されて、物凄い傾斜のある山の斜面すれすれに、まるで垂直に空に向かうの。深い緑色をした杉の山にね、戦闘機の大きな影と小さなグライダーの影とが並んで昇ってゆくの。山は夏の色をしていて、戦闘機を目で追っていたら、あまり高いところに行ってしまうから逆光で眩しくて、最後にはもう紅い色なんてこれっぽっちも見えないで、黒い影になっちゃうの。」

「それは、どんな形をしているの?」

「時代がかっていてね、鼻先が丸い感じがするの。羽もなんだか丸い感じで、私の好きな最新鋭のステルスなんかとは似ても似つかない。もしかしたら、プロペラなんかも付いているかもしれない。よく見えないけど。」

 私は、既に醒めてしまったあとでも夢の尻尾を追いかけて目を開けようとはせず、緑の山に映える紅の戦闘機が飛び去るのをずっと見ていた。
口元は、恐らく微かに笑っていた。


「薬を・・」
 目を閉じたまま片手をすいと伸ばす私の掌に、気管支拡張剤という名の筋弛緩薬がそっと手渡される。たった一秒の服用のあと、指で摑まれたようだった気道はふっと緩み、同時に脳までほんわりと柔らかくなり、薬を冷たい掌にぽんと手渡すとそのままうつ伏せに倒れこんで再びの眠りに墜ちようとする。薬が毒であることを最も強くそして甘美に実感するひとときだ。


「そろそろ、行くよ。」
落ちてゆく意識の端っこで、頭を撫でられるのを感じる。
目を決して開けぬまま私は微笑み、手探りで金属のような冷たさを持つ掌を捕まえると自らの頬に押し当てる。

右目の裏の上のほうを、紅い戦闘機の陰が小さく横切っていった。



「いってらっしゃい。」










こんな夢をみた【10】。

2006-12-19 | 夢十六夜
 肌を刺す空気はとても冷たいのに、まるで南国のような光景が広がっている。

 鬱蒼と繁る、黒光りするみどりの葉がまるで壁や屋根のように、わたしがその身に傷をつけずに自由に動けるだけの空間を保って、身体の周囲をほんわりと包む。 
 一方で、わたしが少しでも動けばその花弁を散らしてしまいそうな距離に、やっぱりこれも黒味を帯びた、種々とりどりの花が咲き乱れている。その殆どは赤くて、その香りは私の鼻腔のそのまた奥まで浸蝕して、脳をぼうっと痺れさせるような、どろりとした甘ったるい毒だ。その光景と、脳を浸蝕する香りとがどうしようもなく息苦しくて、わたしは黙って泪を零した。

 苦しくてたまらないとき、我が身の周囲は閑散としていることなどなく、必ずといってよいほど、密集し堆積する「何か」で埋め尽くされている。気が遠くなるほどの圧迫に焦点が揺らぐと、密集したそれらはここぞとばかりに分裂し増殖し、その触手を伸ばしてわたしを絡めとらんとする。

 苦しくてたまらないとき、わたしはその感覚を愉しむ。捕獲と浸蝕によって不自由になった我が身からは、意志や希望といった掴みどころのない澱がふわっと分離して、身体から脳へと流れ込むただ純粋な感覚だけが、すべてになる。
そして、笑ってしまうくらいに逆説的なことだが、それはとても身軽で、とても軽やかな悦びに満ちていて、偏屈な自分にはあり得ないくらい単純に、泣きたくなるのだ。


 花が眼の前で、ひとつ、またひとつと萎れてゆく。

 花が萎れ、枯れてゆくとき、その状態を経ることで、花が「おしまい」になってしまうことに疑問を感じる瞬間がある。猥らがましい姿を露骨に晒し、崩れ落ちるでもなく、凍ってしまうでもなく、まるで爛れるようにその色と形を変えてゆく花は、まるでひとの心そのものだ。萎れた花は、それまで「花」という概念であった何かを脱却し、萎れることを以って新しい悪意に染まり輝く。


 病人が笑うような姿で、黙々と萎れ続ける花は、それでも枝から毀れることなくわたしを埋め尽くす。
 わたしはその光景に恐怖を感じるどころか、原初的な孤独を享受して、嬉々として泪を流すのだ。




こんな夢をみた【9】。

2006-10-26 | 夢十六夜
どこの国だろう。
リビングにしつらえてある猫足の華奢な家具にわたしは座っている。天井は高く部屋の中はとても明るい。わたしの背後には恐らく大きな窓があるのだろう。採光部から水平に進入するたくさんの光は、部屋の中に充満する。だが、それはとても冷たくて寒い光で、太陽が低い位置にあることを教えてくれる。ここは日本ではなくて、白い壁と絨毯と猫足の家具が似合う、どこかヨーロッパの中北部に決まっていた。

同じ部屋で、わたしのはす向かいの同じ猫足で緑色の生地が張られた椅子に、無造作な金髪を下ろした女性が座っている。歳のころは、恐らくわたしより一回り前後上だろう。わたしたちは知り合いではなくて、そして互いに別々の目的を持ってこの部屋でなにかを待っている。その証拠に、わたしたちは旅先でよくするように、互いに目を合わせてにっこりと微笑んだりもしないし、会話を交わそうともしていない。彼女もわたしも、それがまるで当然なことであるように、互いに無関心であった。それぞれに、室内の調度品を眺めては、黙した時間を食い潰していた。

と、彼女の背後に動くものを感じて、わたしは本能的に彼女のほうに目を向けた。彼女の右肩の後ろに小さなものの動く気配が確かにあったが、わたしが目を遣った瞬間には、それは居なかった。しかしその一瞬後、それは静かに、そして不穏に登場した。それは、わたしと同じくらいの大きさをした、平均よりは少し小さ目な女性の指先であった。マニキュアの施されていない、わたしとは異なる民族のものであることが明瞭な白い手は、わたしの目には肘から先しか見えなかった。

手は彼女の肩の後ろからそっと覆いかぶさるのだけれど、彼女はそれに気付かないでそっぽを向いている。わたしは息を詰めて、それを見ている。手はするすると蛇のように、多分とても短い時間で、彼女の顔の脇に到達した。手は人差し指を立てるような形に変化したあと、躊躇いなく、彼女の右目の眼窩にぐいと分け入った。彼女はその瞬間にはじめて、何かに進入されたことを知り、足をばたつかせて無言のまま両手で顔を覆った。苦しみ抵抗する彼女の両手の間に挟まれてぴちぴちと跳ねる白い手は、徐々に彼女の中に吸い込まれていったのだろう、手首から先が見えなくなり、肘だけになり、そして、消えた。

動きを止めた彼女は、両手で髪を整えながらわたしを見て、にぃと笑った。
そして、どこから取り出したのか、一通の手紙をわたしに手渡した。
それは角の傷んだ、古めかしい薄桃色の小さな封筒で、糊の部分はすでに黄色く変色していた。
開封すると、中には一枚のカードが入っていた。退色した黒いインクには

「Lady, I have watching at you since 1906. 」

とだけ書かれていた。

静かな笑みを湛える彼女の隣の小さな白黒テレビには、動揺して充血した右の眼球が画面いっぱいに蠢いていた。



こんな夢をみた【8】。

2006-09-14 | 夢十六夜
 夜中の東京は、ビルの窓から漏れる光が煌々と暖かそうで、街灯のオレンジやネオンの緑がちかちかと瞬きそうで、そこに人があまり歩いていなければ一層、わたしの心を浮き立たせる。

 この窓のひとつが、わたしの家具やお洋服が揃っている、所謂「家」というものであるし、この広い暗闇にちかちかと蠢く幾千万という灯かりの中には、わたしの足を止めるところやわたしを横たえさせてくれるところが点在する。空から見たあかりのいくつかは自分のもの、あるいは自分の手に触れることのできるものであって、それなのに灯かりの全てはこんなにも、遠くて流動的だ。なぜなら、日々ひとつとして同じ灯かりが揃って灯ることはなく、ひとつとして同じ灯かりの下に同じ目的や同じ素材が揃ってあることもないからだ。花が咲くのと、葉が色づくのと、ほんとうに同じで。
 人工物の極致である大都市の夜景は、こんなにも自然な偶然の美でしかない。たとえばその日、天使が網にかかっていたとしたらなおさら。たとえそれが大して珍しくもない光景であったとしても。

 電線に絡まり、あるいは鉄柱に刺し貫かれ、もしくは高いビルの灰色の壁に磔にされた真っ白な天使たちが夜の闇にぼんやりと発光する。痛みを知らない天使たちはただ、自らの肉体が自由に動かないことに動揺し、けれど優雅な怠慢さでゆったりとおろおろしながら、自分の身を拘束する邪魔なものの所在を確かめようとその羽や手足を伸ばしたり縮めたりする。わたしの背丈よりも少しだけ小ぶりな天使たちの姿は、それが自由な姿で青空と太陽を背にしているときであってもひどく非現実的なものだ。いわんやそれが闇の中にあって、無用にやんわりとその身を白く発光させ、徒に自由を半分ちょっとくらい奪われたさまはもはや非現実を超えて完璧な滑稽さを呈している。

 彼らが痛くないからわたしもちっとも痛くないし、彼らが憤りも哀しんでもおらず、ただ困惑しているだけだからわたしは腹を抱えて笑うことができる。残酷さからも、自己愛や絶望、憐憫からも隔絶されて囚われた天使を見上げる純粋なるまなざしは、天使が天使らしく闊歩しているときにはなかなか持ち得ないものだ。
闊達な天使は、かわいくない。

 美しくて可笑しくて、くくっと笑いながら歩くわたしに、天使は目もくれない。
相変わらず彼らはなんとかしてその捕獲から抜け出そうと、やんわりと、しかし彼らなりに躍起になっている。
 天使はわたしに助けを求めることはない。
 わたしは天使に想いを掛けることはない。
当然のことのように、これまでも、これからも続く天使とのすれ違い。互いを必要としない者どうしを眺め遣る視線はこんなにも純粋で、無害で、無味無臭。

 日が昇る頃には、彼らはそのくびきから解放され、ふたたびの空に戻っているだろう。
 まるで何事もなかったかのように、あっさりと。



こんな夢をみた【7】。

2006-08-01 | 夢十六夜
 音もなく。

あまりに素早く鮮やかに、私の左腕の肘からちょっと下のところを、冷たい輝きをしたアイスピックが刺し貫いた。
私は息を詰めたまま、くっと小さな音を漏らした。その音と前後して、刺し貫いたときと同じような素早さで、その尖った異物はしゅるりと引き抜かれた。そのとき、刺された瞬間には感じなかった衝撃を腕に感じた。腕ごとずるりと前に持っていかれるような重力の掛かった痛みは独特なもので、私は流石に少しばかり動揺して身体を捻った。

凶器が物凄い速度で私の腕の中を往来した跡の小さな赤い点は、じわりとその輪郭を泣き顔のように歪ませたかと思った刹那、堰をきったようにだらだらと無節操な紅い筋を垂れ流した。幾筋にも、太いのや細いのが、気紛れなカーブを描きながら私の腕を我儘に伝っていった。私は畳を汚すのが厭で、空いたほうの手で左腕を抱きかかえた。

 その切っ先を虚空にまっすぐ向けたまま、高さ1メートルくらいの中空にふわっと浮かぶアイスピックは、所々に紅の滴を飾らせたまま、ほんの僅かだけ上下に震えていた。それは鼓動のような穏やかなリズムで、まるで呼吸をしているかのように、ほんの数センチの上下を規則的に繰り返していた。
そいつは、コマ送りのように僅かずつ錆を帯びながら、明らかに私を向いて笑っていた。

 ほんの数秒の間に、驚くほどに喉が渇いているのを感じる。

「救急車は一応呼んでくれ。警察は要らない。あと、手ぬぐいを。」
額に汗を浮かべながら、畳の目をぼんやりと数えながらそう指示を出すのが精一杯。
腕に巻かれた手ぬぐいと自分の腕との間に、鞄から取り出した扇子をきゅっと挟んで、ぐいっときつく捻る。じゅん、という暖かい感触とともに、手拭いに染め抜かれた紅い金魚が、あぁ、増えてゆく。

 夏祭りの幼い記憶にあるのよりも少しどす黒い紅をした金魚。
手拭いの表面をじっとりと染め抜く間もなく、充分な潤いを確保したそれは、じゅるりと2-3㎝ほどの滴となって手拭いから零れ落ちそうになる。
畳を汚すまいと右の掌を受け皿に慌てて差し出す私には目もくれず、その滴は重力を無視して見事な玉となって浮遊をはじめる。そして、受精卵が殻のなかで遂げる進化を早回ししたような風情で、それは形をぐねぐねと変え、一分と掛からぬうちに見事に紅い金魚となった。


 ぼたぼたと滴る紅い滴。
 それは滴り落つることもなく、空をぴちぴちと泳ぐ紅い金魚の群れとなる。


目の前の、すぐ手の届くところにゆらゆらと泳ぐ金魚を眺めながら、こめかみがすぅと冷たくなって、私は眼を閉じた。





こんな夢をみた【6】。

2006-07-19 | 夢十六夜
硬質で且つ甲虫の背のようなぬめりをもって輝く葉の表。みどりと呼ぶにはどす黒く、黒と呼ぶには物足りないとろりとした血流を感じさせる深い色をして。

この暗く内向きな情熱を外界に放出するのを怖れるかのように、表面ばかりをどこまでも厳しい盾として、その薄皮の裏でふるると震える血流を守っている。自らの力で自身を守るのには限界があろうし、守り切れれば平安だと思えぬ身勝手な強欲さは捨てきれない。だから、冬になるとこっそりと華を咲かせようとするのだけれど、普段慣れない「放出」をするわけなので当人はこっそりとしているつもりでも、とんでもなくだらしのないねっとりと熱い花弁をだらりと開かせてしまうのだ。そして人々の視線を引いてしまう自身に戸惑い、怖れ、春を迎える前にはまたぱたりとみどりの扉を閉ざして黙す。

椿という華に人が魅せられるのは、それがこんなふうに無計画で頼りない無邪気さと野蛮さを併せ持つからだ。当人がそれを忌み嫌うほどに、人は相対する無邪気さと残酷な視線を伴って、さも嬉しそうにそれを苛む。

この季節、忘れ去られようと努める椿は、心の熱をほんのり帯びた、それはそれは硬い実をつける。我が家の近所の神社境内には、子供の目線ではその華や実の姿を捉えることが困難なほどの椿の巨木が一本ある。じっとりとした湿気が肌を覆うような初夏の宵、神社の杜はひいやりとして僕の身体を優しく冷ます。まだ日が落ちきらない間、ときには蝙蝠の影を目で追いながら、僕はこの椿の下のベンチに腰掛け、肌には決して届くことのない、覚めた椿の熱情に寄り添う。

ある七月の宵まだき刻、いつもとは違うざわめきを、その椿から僕は感じた。少し不安になりながらも、僕はいつものように椿に寄り添って座っていた。黙ったまま、その枝を見上げることもなく前を向いたまま、しかし明らかに何かを待つ姿勢で。

ほどなく、木がふるっと一瞬だけ揺れたような気配ののち、硬い実がぱらぱらと僕の頭上から降ってきた。ケラケラ、クルクルという嗤い声を立てながら。前を向いたままの僕の視界を上から下に突っ切って。実にはすべからく紅いざっくりとした裂け目が入り、それは攻撃的な口のようにきぃと鋭い切っ先をして、その中は毒々しいほどに朱色であった。そして、実は地に落ちた瞬間、ぱちっ、と軽すぎる音を立てて水風船の如く弾けとび、地面を朱のまだらに染めていった。ケラケラと嗤う実のハーモニーと、無数に増殖する朱色のまだらは、僕の耳と目を通じて脳を浸食した。

僕はうっとりと、ただうっとりとそれを見ていた。
それは僕がはじめて目にした、そして夢みていた通りの、椿の熱情と狂気の奔流であった。


こんな夢をみた【5】。

2006-05-02 | 夢十六夜
 私は恐らくアフリカのどこかの国の、サファリにいた。
だけれどそこはとてもこぢんまりとしていてまるで撮影のセットのようで、本当のサファリのように広大さや恐怖を感じさせるようなものではなく、むしろうきうきとした気分を呼び起こすテーマパークに相応しかった。そもそも、サファリなのにこちらはジープやトロリーに乗ったり降りたりがそこかしこで自由にできる。そのおもちゃ加減が、うまく云えないけれど大層可愛らしくて、私はいたく満足だった。

木々の緑は嘘のような光沢をもってきらめいて、人々の衣服は太陽にも負けないくらいに色鮮やかな競演を呈していた。
私は川が好きだから、恐らく大河の支流であろう細くてぐねぐねとうねりながら森の中に隠れていってしまうような川のほとりを歩いていた。近くまではトロリーに乗っていたのだが、周囲に集落があるらしく、歩いている人の姿が至るところにあることから安全にこよなく近い状態であると判断した訳だ。

散歩をしたり、川に水を汲みにきている人々は皆女性だった。彼女たちは、私よりは格段に黒い色の肌をしていた。言葉は判らないけれど、私のような「異国のひと」を見慣れている様子で、にこにこと屈託のない笑顔と、一定以上の距離と、一定の好奇心と適度な無関心とを上手に持ち合わせていた。そのことが私の気分を更にゆったりさせた。

彼女らのうちの一人が、笑顔のままちょいちょいと私の背後を指差した。その笑顔には、その指の先にあるものが危険ではないよという意思表示もちゃんと含まれている。私はその親切を有難く思いながら、くるりと首を背後に向けた。

 そこには、思いがけないいきものの群れがいた。

それは日本で言うところの蒼鷺にそっくりな鳥だった。
しかし、体長がゆうに2メートルはあった。彼らは頭が木の枝にぶつかるのを避けるようにきょろきょろと周囲を確認し、長い首を巧みに左右に振り分けてしっとりと足音もさせずに歩いていた。彼らは列になって小川沿いを進み、列の最初から最後までに何羽いるのかは木々に隠れて判らない。私の背後10メートルに見える範囲だけでも、6、7羽は居たに違いない。

 もうひとつ、彼らは驚くべきなりをしていた。

胸のあたりから腹のあたりまで、丁度羽毛が細かくてふわふわと柔らかくて、青みがかった灰色が薄く淡くなっている緩やかな丘の部分に、鮮やかな絵が描かれているのだった。描かれている、という表現は正確でない。何故ならそれは人間が自らの都合で描いた絵ではなく、彼らが自分の意思でその身に写し撮ったものなのだから。

彼らは、こんなふうに人間の集落の近くにも平気で顔を出す。だから人間の文化を目にすることも多々ある。森の中とはまた別の、鮮やかな色や鮮やかなフォルムを目にする。鳥全般の習性としてよく云われるように、彼らも鮮やかな色やきらきらと光るものが大好きだ。ふと目にした風景や空き缶、看板、落し物。それらの中で、彼らの心をもし惹くことができたなら、彼らは眼を通じてその画像を写し撮り、自分の胸に転写することができるのだ。

そこには、ウォーホルまがいの絵もあったし、アンリ・ルソーの描くような深い森と、そこに似つかわしくないドレスの女性がいる絵もあった。一見して何か判らない現代美術風のものもあったし、車やバスといった乗り物の絵もあった。
共通することはひとつ、底抜けにカラフルであること。

灰色の身体の中心にある大きなカンヴァスに、これみよがしに下品に陳腐に描き出される人間の文化のひとかけら。
それらは選別され、抽象化され、アイコンとなり、森の住民である彼らの身を飾る。彼らは無邪気且つ得意げにそれらを見せびらかし、しゃなりしゃなりと森へ消えてゆく。



こんな夢をみた【4】。

2006-04-22 | 夢十六夜
 今日も春の雨が降っている。
風はあまりないから服を突き抜けて刺す冷たい痛みもないし、ほんわりと暖かい湿度の粒子が身体の周りをヴェールのように覆っているかのようなごく弱いプロテクションを感じて少し優しい気分になる。

近所の川は相変わらずどす黒い色をして、橋のうえをゆきかう人々のカラフルな傘が流れゆく速度よりもなお遅く、よどんだ速度で優しい混濁とともに流れている。私は緑と黒のストライプの細い傘を差し、ひとつ隣の橋に佇み、100メートル先を流れるゆらゆらした色とりどりの傘の流れを見詰めていた。

真っ白な空の下で、灰色の水の上で、中空に浮かんだ細い細い橋の上だけに横一列になって色彩見本が右に左に流れる。色のひとつひとつが音符のようで、それが左右に交じり合いながら流れてゆくさまはまるでひとつの即興音楽のようで、薄暗い曇天の広がる空間を軽やかなものに一変させる。

 そんなことを考えていたら、自らの傘にぱたぱたと落ちる雨粒が不定期な音楽を奏ではじめた。なんとなく嬉しくて、傘が半透明な訳でもないのに、ふと空のほうを見上げた。

私が雨だと思っていた天から降り注ぐものたちは、透明なアクリルのような素材でできた、2cmから3cm程のほんの小さな数字たちだった。

 26474859204756837553402・・・46246058・・・・・

1とか3とかの小さな奇数は、ぱちぱち、とかかちかち、とかいうような軽やかな澄んだ音を発し、4や6などの偶数は、ぽとり、とかことり、という若干の湿気と帯びたようなまるい音を奏でる。私は7とか9などの音がいちばん好きで、それらが地面に落ちる瞬間にはカリン、といったような神経質な硝子のような音をたてた。

それぞれの音を奏でながら空から漏れ落ちてくる千万の数字たちは、濡れた地面に落ちるとすぐ、すぅと水に溶けてなくなってしまう。あまりにもきらきらと綺麗に見える数字たちだから、それが音を立てた一瞬後には消滅してしまうことが惜しくて、私は片手で降りゆく彼らを受け止めた。

掌に偶然にも零れ落ちた3と8と1は、それぞれがぶつかりあって優しい情感を伴う和音を発して、私を微笑ませた。
地面に落ちたそれらと比べるとほんの数秒だけ長く、掌の中でその形を留めていた。