いつもの白いテーブルに反射する陽光は日に日に傾き、反射する光の眩しさも最近では目に慣れてきた。窓の下では、枯れ落ちた蔦の葉を踏みしめて人々がしゃくしゃくと歩く心地よい音がわたしの眠気を誘う。もうすぐ、秋は冬に呑み込まれて行く。
わたしは冬があまり好きではない。乾燥が厳しくて自慢の金髪が静電気を含んでどうにも苛々させることも、丘の輪郭ぎりぎりまで傾く陽が部屋の中にまで否応なく差し込んで、私の白い肌を容赦なく刺し貫くことも、うまく云えないがなんというか、いちいち無粋で無神経だ。
長く暮らした前の家では、ちょっと黴臭いのと狭いのを我慢すれば自分の部屋があり、家の息子が気紛れに別の部屋にわたしを連れ出す時以外は、時の流れからも切り離された薄暗い部屋の中でゆらゆらと、冬の気配すら気付かずにうとうとしていればそれでよかった。
新しい家では、ひとりでいる時間は少なくなった。
大概の昼間は、厭らしいほどに冷んやりとする白いテーブルの上を定位置とされるため、近頃ではその目に痛い白さにもなんだか慣れてきたし、黴臭い部屋にいる時間が減ったせいで、わたしの服にこびり付いていた湿った黴の香りは徐々に薄くなり、それに代わって珈琲豆の香りが若干なり気になるようになった。全く別のものではあるが、黴の香りと珈琲豆の香りはどこか似ているから、わたしの服の上でもこころの中でも喧嘩して反発しあうことがない。むしろ、ちょっとずつ混じり合って融合してゆくその香りの線引きが最早わたしにはできなくなってきている。
げし、げし。
今日も乾いたおかしな音をさせながら、乾いた皮膚の眼鏡野郎が珈琲を淹れる準備をはじめた。眼鏡野郎のくせに、この男も冬はあまり好きではなさそうだ。最近になって、「咳」とかいうこのげしげしいう哀しげな破裂音をしばしば立てるようになった。いけすかない眼鏡野郎の奏でる、この不可解な哀しさと破壊的な衝動とを内包するかのような不定期な「咳」という破裂音は、わたしの気を少しばかりは滅入らせる力があって、わたしの視線を嫌いなはずの男に向けさせる。
ほっくりした湯気と香気を立ち昇らせる珈琲がわたしの前に運ばれてきた。カシャンと慌てた音を出してカップをテーブルに軽く叩きつけたほぼ一瞬後に、男は顔をわたしから逸らせて、冷たくか細い手を口にかざして、また「げし、げし」と泣くような音を立てた。
この音と同時に目に映るのはいつも、男の猫背の後姿だ。この音を立てるとき、男は決してわたしに正面からの顔を向けないから、音に引っ張られて意識を向けたわたしが見るものは、いつもわたしに向かって閉ざされた薄っぺらい背中。
簡単に蹴り倒せそうなのに、どこか届かない淋しい背中。
なのに振り向いた男の色白な顔は、反吐が出そうなくらいに優しいもので。
できることなら。
この男の恋人が隠れてこっそりするように、「ちっ。」という忌々しくも潔い、短い呪詛を吐き掛けてやりたいところだ。
驚いた男は、「咳」の途中に誤ってこっちを振り向いたりするだろうか。
硝子の眼。
硝子の眼 Ⅱ。
硝子の眼 Ⅲ。
わたしは冬があまり好きではない。乾燥が厳しくて自慢の金髪が静電気を含んでどうにも苛々させることも、丘の輪郭ぎりぎりまで傾く陽が部屋の中にまで否応なく差し込んで、私の白い肌を容赦なく刺し貫くことも、うまく云えないがなんというか、いちいち無粋で無神経だ。
長く暮らした前の家では、ちょっと黴臭いのと狭いのを我慢すれば自分の部屋があり、家の息子が気紛れに別の部屋にわたしを連れ出す時以外は、時の流れからも切り離された薄暗い部屋の中でゆらゆらと、冬の気配すら気付かずにうとうとしていればそれでよかった。
新しい家では、ひとりでいる時間は少なくなった。
大概の昼間は、厭らしいほどに冷んやりとする白いテーブルの上を定位置とされるため、近頃ではその目に痛い白さにもなんだか慣れてきたし、黴臭い部屋にいる時間が減ったせいで、わたしの服にこびり付いていた湿った黴の香りは徐々に薄くなり、それに代わって珈琲豆の香りが若干なり気になるようになった。全く別のものではあるが、黴の香りと珈琲豆の香りはどこか似ているから、わたしの服の上でもこころの中でも喧嘩して反発しあうことがない。むしろ、ちょっとずつ混じり合って融合してゆくその香りの線引きが最早わたしにはできなくなってきている。
げし、げし。
今日も乾いたおかしな音をさせながら、乾いた皮膚の眼鏡野郎が珈琲を淹れる準備をはじめた。眼鏡野郎のくせに、この男も冬はあまり好きではなさそうだ。最近になって、「咳」とかいうこのげしげしいう哀しげな破裂音をしばしば立てるようになった。いけすかない眼鏡野郎の奏でる、この不可解な哀しさと破壊的な衝動とを内包するかのような不定期な「咳」という破裂音は、わたしの気を少しばかりは滅入らせる力があって、わたしの視線を嫌いなはずの男に向けさせる。
ほっくりした湯気と香気を立ち昇らせる珈琲がわたしの前に運ばれてきた。カシャンと慌てた音を出してカップをテーブルに軽く叩きつけたほぼ一瞬後に、男は顔をわたしから逸らせて、冷たくか細い手を口にかざして、また「げし、げし」と泣くような音を立てた。
この音と同時に目に映るのはいつも、男の猫背の後姿だ。この音を立てるとき、男は決してわたしに正面からの顔を向けないから、音に引っ張られて意識を向けたわたしが見るものは、いつもわたしに向かって閉ざされた薄っぺらい背中。
簡単に蹴り倒せそうなのに、どこか届かない淋しい背中。
なのに振り向いた男の色白な顔は、反吐が出そうなくらいに優しいもので。
できることなら。
この男の恋人が隠れてこっそりするように、「ちっ。」という忌々しくも潔い、短い呪詛を吐き掛けてやりたいところだ。
驚いた男は、「咳」の途中に誤ってこっちを振り向いたりするだろうか。
硝子の眼。
硝子の眼 Ⅱ。
硝子の眼 Ⅲ。
とか、ぼやきが出るのか?それとも、げしげし咳こみながら、目に涙を浮かべるのか?
男の態度にも関心が湧きますが、新たな男の反応を見た時の「私」の気持ちも面白そうですね。
続けてしまいました・・・あぁどうしましょう(泣)
気に食わないとかなんだかんだ云いながら、身にまとう黴の香りと珈琲豆の香りが分かちがたく混ざっていってしまうように、「わたし」の想いと体験と降り積もった時間の積み重ねが、今の所有者に徐々に浸食されてゆく絵です。
微笑ましくは、ありませんか。
いきなり送りつけておどろかしてやろうと思ってたのに~~~~
というわけで、記事と関係ない内容で失礼。
今外からなので、あとでまた来るねー。
あららぁ(大笑)
さゆりんさまの意識が多分生霊みたく飛んできたんですよ。私に向かう意識を気付かずに受け取ってしまうことが多々ありまして。
ふてくされて歪んだ口元が目に浮かぶようです・・・
地団太が聞こえてくるようです・・・(笑)
男の背中を「簡単に蹴り倒せそう」などと思う「わたし」、aliceーroomさんご推奨の「Rozen Maiden」の人形みたいです。(笑)これは、きっとaliceーroomさんのお好みでしょう。
「わたし」の微妙な心理の変化がとても面白かったです。あと、黴と珈琲の香りが似ているというところもnice!でした。
それぞれの思いが、複雑に重なり合い、微妙に融合していくようで、楽しみです(笑顔)。
nice!有難うございます(笑)
にしてもまた、やけに具体的な数字を・・・<あと4,5回は続くのでは・・
私事ですが、只今論文がかなり追い込みでございまして、家に引き篭もって机に向かっている時間が長くなっています。そうすると、現実逃避をしたくなるもので、ついつい妄想が展開されてしまうのであります。
「ウチの子」には、所有者を下僕扱いしないよう重々注意したいと思います(笑)<ローゼンメイデン
>alice-room さま
「プレッシャーにならない程度で」という言葉で既にプレッシャーを感じてしまうワタクシはどうしたらよいでしょうか(笑)
まぁ、新聞に連載しているわけでもなし、途中で破綻したら立ち消えさせちゃえばいいし、lapisさまの仰る通り、あと数回は続けてみましょう・・
続けてくださいね。
私も黴とコーヒーの香りのくだりが何だか好きです。
子供の時、押入の中の黴臭い匂いを嗅ぐと妙に気持ちがかき立てられたことを思い出しました。
ひとくちに黴の匂いといっても、いろんな物質の、時間が発酵させた香りが分かち難く、名付けがたく、混じり合っているのですよね。
論文の仮提出まで、明日であと1ヶ月となりました。
まだ26,000字分くらいしか書けていません。
さぁ、どうなるでしょう。
>seedsbook さま
はい、ずっしりとかかりました。<プレッシャー
黴と珈琲豆のくだり、なんだか予想外に好評ですね。びっくりしました。
でも、好評ってことは、誰しも「云われてみたら、そうかも?」って思う部分があるからなんですよねきっと。
私のハナだけがおかしいわけじゃないようで、安心しました(笑)
>さゆりん さま
ごめんなさい(笑)
お顔も知らないくせに、華奢なべっこうぶちの眼鏡と口元が勝手に脳裡に浮かんでしまいました。
そうそう、黴の香りって、決して悪いものではないと思うのです。黴の香りは時間が作り出したもので、極端に言えば「時間が発酵した」香りです。時間というどうにも掴めないものが、違う形をはっきりととるとき、妙に美しく、ずきんとくるのは何故なのでしょう。