Sweet Dadaism

無意味で美しいものこそが、日々を彩る糧となる。

氷が溶けるじかん

2009-06-29 | 春夏秋冬
 まだちょっと気の早い話ではあるが、30度に届くほどの暑さになると、銀座の通りに花氷や氷彫刻が並んだ風景を思い出す。昨年の氷彫刻は干支のモティーフが並んでいたのだが、既に正午を過ぎ、動物の輪郭はタラタラと溶けて角が削げ落ち、かろうじてなにかのいきものらしい丸っこさを留めるのみであった。

 もしも、わたしにいま少し豊かなお金があったなら、かねてからひとつやってみたいことがある。
色とりどりで安っぽくて人の気をそそるおもちゃを詰め込んだ花氷(厳密には花でないので物入り氷と呼ぶようだ)を作ってもらうことだ。高さは1メートルもあればよく、幅は50センチを超えていればいい。
おもちゃたちは、ガチャガチャの中身や、温泉場の射的の景品、あるいは祭りの屋台に売っているようなものたちをイメージしてくれればよい。片手に収まるくらいに小さな、冷静になれば多分それは要らなくて、けれど祭りのような一過性の気分の高揚を記憶として留めるのに適切なアイコンのようなもの。

 それができたら、マンションの1階ロビーや共有スペースに設置してみたい。共有スペースが暑い屋外で、小さな庭のようになっていればなおよい。
時期は夏休みで、マンションの住人や近所の子どもたちは、その氷を眺めたり触ったりして、中に閉じ込められている魅惑的なおもちゃがいつ出てくるだろうかとやきもきするだろう。氷に閉ざされたおもちゃを眺めているうちに、氷ってこんなに透き通っていたっけ、とか、溶けるのこんなに遅かったっけ、なんていつしか氷そのものに向き合うことになるだろう。氷が溶けるまでの手持ち無沙汰なじかんを埋めるように、手で触り続けて一点をえぐるように溶かしてみたり、ぬるっと溶けていく表面を舐めてみたいと思ってみたりするようになるだろう。氷という固体が液体になるまでのじかんの長さは、夏の子どものこころになにかひとつの風景を残してくれるに違いないと思うのだ。

明らかなる結果だけでなく、経過を見つめることに慣れたその目は、その気になればいつまでもなにかを見つめ続ける。最終的に手に入れたおもちゃはとても冷たく、氷の記憶を有している。店先に並んでいるおもちゃと、氷の中から長い時間をかけて出てきたおもちゃは、子どもにとって果たして同義であれるだろうか。

そしてもうひとつ欲張るなら、氷を設置してからその氷がなくなって、中に入っていたおもちゃがすべて子どもたちに持っていかれて、ただびしょびしょに濡れた床を残すだけの状態になるまでの間、固定のカメラをただ静かにぐるぐると回しておきたい。
氷が溶けてゆくじかんに沿うように、子どもたちの心や行動に起こる変化をなにかひとつでも留めることができるだろうか。






夏が流れてきた

2009-06-26 | 春夏秋冬
 大好きな社長が異動で社内から居なくなった。
最後の日、出先から会社に戻らずに直帰した。その日、夕礼に出席しないのがわざとだということも、そしてそれがバイバイなんて聞いてやるものですかというひねくれた私の愛情表現であることも、十中八九伝わってくれるだろうと思っていた。

 すでに「元」社長になった人は、「人事発令の伝達をしたらさ、みるみる顔がひきつって僕のほうを睨んでくるんだよこれが。」と云って笑った。私は事実確認の瞬間に悲しい顔ができるほどは理解力に優れていないし、器用でもない。よっぽど素直な反応じゃないかと自負している。

 「元」社長たちとの会食を終えて自宅に戻る際、タクシーの窓から車内に流れ込む風がいつもと違うことに気付いた。生臭くてじっとりと重い匂いが鼻をつく。ああ今年も隅田川に夏が流れてきた、と思った。
梅雨も明けきらず、木々のみどりもまだまだ重厚感に欠け、夏の虫の声も聞こえない。そんな中途半端な時期のあるひとつの夜になると、こうして夏がひそかにどこからか流れてくる。

 隅田川を渡って裏道に入り、タクシーを降りてもなお、生臭い匂いが膝から下の高さに漂っている。夏はこうしてある一晩のうちにじわじわと私の住む街を覆う。

社長が居なくなって、同時に夏が流れ込んできた。
 夏よりもむしろ冬や春が似合う人だったけれど、今年の夏は一緒に夕涼みをしてみたいと思っている。





刺青がブームに乗るとき

2009-06-16 | 徒然雑記
 毎年、夏がくる前に扇子を一本買うのが私のならいだ。いつもの店に行って扇子を買うついでに、破損した携帯ストラップの代用として上記写真の刺青キューピーを購入した。
帰宅してから調べてみたところ、年末にはネット転売で大騒ぎになった代物のようだ。いかん。完全に乗り遅れた。

こちらは、私にとっては「イケてる扇子屋」という認識でしかなかった浅草の某店のオリジナル商品だ。
なにが特筆すべきかというと、ある意味きわめてばかばかしい商品ながら、(1)開発者がプロ (2)製作者がプロ (3)販売者がプロ というゴールデンな生産・流通ラインを持っていたことだ。
具体的に云うと、(1)は、かつて大ヒットを飛ばしたカードゲーム「UNO」の開発チームに在籍しており、その後は一時のヘアヌードブームを巻き起こした高須基仁氏(※氏個人については色々思うところもあるが、ここでは実績のみに言及)のプロデュースであること、(2)は、デザインを本職の彫り師が担当していること、(3)は、販売元が本物の江戸小物(扇子とか羽子板とか)を長年取り扱っている小さな店舗だったこと。さらに、キューピーデザインの版権許可を得ているという条件設定が、(1)~(3)に基づく商品の“オーセンティシティ”を裏付けている。

売れる商品の種類には、さまざまな要因がある。人間の生理的、感性的なキモチヨサにアプローチする直球かつ斬新な無限シリーズ、スイーツの甘ったるくてファンシーな世界観をリアルな造型で実現することで広く女性の心をくすぐったデコスイーツなどは、近年の廉価なトイの中では大きなブームとなった。
ひどく乱暴に云うなら、これらに共通するのは手頃な価格と小さなサイズ、そして「かわいい」とか「きもちいい」という、人の感情の理屈じゃない部分を刺激したという点か。

 これに比して、刺青キューピーの「かわいい」は決して万人受けするものではない(※むしろ本職の方々がまとめ買いをしに来られるとか)。もしもこれが造型として万人受けするようならば、残念ながら日本は危ういと思う。
しかし、企画から製作・販売にかけてのラインの正当さが、この商品の出自にまっとうな理屈を与えることに成功した。そのため、意表を突いた意匠に対する印象は、デザインの面白味といった造型に対する単純な評価にとどまりきらない。どう見てもキッチュでばかばかしい商品が、何人かの“その道”の本職の手を経た完成度の高いホンモノ志向の商品でもあるというアンビバレントな不安定さが、この商品の根幹にあると考える。

一見してばかばかしく見えるこの商品のヒットに対して、「また若者がおかしなものに飛びついた」という見方をすると、おそらくその本質を見誤る。






23

2009-06-05 | 徒然雑記
23歳のころを思い出してみようとした。
そしたら、かなり断片的にしか思い出せなかった。


5年目の大学生をやっていた。
PCクラッシュとともにぶっ飛んだ卒論を書き直していた。

秘書のバイトをしていた。
親友の傍らでバイト中にする昼寝が、もっとも幸せな睡眠だった。

経済が困窮しはじめてきた。
そのせいで友人とあまり会わなくなった。


わたしには後悔という感情がないらしいから
別にあの頃に戻りたいとは思わない。
けれど、もしも今の記憶を引きずったままであの頃に戻れるなら


国内の辺鄙なところに旅をするだろう。
たくさんの色の空を飽きるほどフィルムで写真に撮るだろう。

記憶に貼りつく気に入った風景のいくつかや
国境や時間を越えて多次元に繋がっている空の記憶が
折々に乾きかける心を慰めてくれることを知っているから

10年を経て確実にわかったことなど、その程度だ。


わたしが23のときのもっとも鮮やかな記憶は
初夏の電信柱に貼りついていた僅か2センチばかりの蟷螂
盛夏とは違う鋭利な日差しに身体ごと透き通って
それはそれはきれいないきものだった


だから

23という年齢は、きみどりいろの響きがして

23という年齢には、すこやかな日差しと夕立が似合う