Sweet Dadaism

無意味で美しいものこそが、日々を彩る糧となる。

評価(語録)Ⅶ。

2007-02-27 | 無双語録
 私の顔を見ればいつも、しかめっ面で憎まれ口を叩いてくる上司が、非常に嬉しそうに澁澤龍彦とその書斎について、そして澁澤の旅について語った。
その顔はとても嬉々として純粋な憧れに満ちていて、私は同じだけの笑顔を向けてその話に相槌を打った。

「じゃあね。」
信じられない言葉が、別れ際に発せられた。
驚き見上げた私の視線の先には、笑顔があった。
「いつもこんな顔をしていてくれたらいいのに。」
叶うはずもない願いを、ほんの一瞬きり願ってしまって、慌てて打ち消した。



「お前の顔はグロい。」
 ・・顔限定でいいのですか。


「お前は、存在そのものが恥ずかしいんだ。」
 ・・否定はできませんね。・・と微笑で返したら、あ、一瞬慌てましたね。


「朝、俺と同じ時間に出勤するな!」
 ・・ストーカーじゃないんだから、偶然の回避は不可能です。


「あ、今の言い方はかわいい。」
 ・・好みが非常に判りにくいので、データ集積してください。
   添えるものなら希望に副います。


「ホルダー付けて煙草吸ってると、因業ババァみたいだな。」
 ・・年齢がまだ足りません。


「お前は、可愛くないわ、要領悪いわ、そのうえ歯までぼろぼろだなんて、最悪だ!」
 ・・要素が偏りすぎです。


「お前の存在価値を認めてやる。」
 ・・11ヶ月余り、認められていなかったことに驚きを隠せません。


「お前、今度大きくて真っ黒いサングラスしてこい。」
--「さすがに怖い感じになるので、持っていません。」
「・・お前とはやっぱり友達になれねぇな。」

・・友達の基準、教えてください。






【過去記事】(進化の過程)


評価(語録)Ⅰ。
評価(語録)Ⅱ。
評価(語録)Ⅲ。
評価(語録)Ⅳ。
評価(語録)Ⅴ。
評価(語録)Ⅵ。






Sadistic Snipe

2007-02-25 | 物質偏愛
 気に入りだった一眼レフを知人に貸して質入れされたのは、もう何年前のことだろうか。
 望遠レンズも付けて貸してしまったから、手元に残ったのは単眼の2本のみ。数年後、その状況を哀れんだ知人の知人が、手元にある沢山のカメラの中からわざわざ馴染みのPENTAXを拾い出して、その一機を私に提供してくれた。そこまでしてくれるのなら、と私はその場凌ぎの望遠レンズを購入した。

 そしてまた数年経った。窓際に置かれたあの機械が再び起動した。「遊ばせておくのは勿体ない」と、ご丁寧にリチウム電池とフィルムをその手に提げた親切な人は、数年に一人くらい現れるものなのかもしれない。
だから、寒空の中へ久々にカメラを携えて出掛けた。

 写真を撮ることは、人も動物も決して殺傷しないだけのスナイプ(狙撃)だ。
 視界を広く保って獲物を探して一方的に対象物を定め、遠くからひっそりと、あるいは双方合意のうえで狙撃する。対象物の選定にあたっては論理を必要とせず、それはいつも本能的な一瞬の判断で行われる。

 出来上がりの写真に求めるテーマや出来の良し悪しは兎も角として、そのスタイルは本当に多種多様だ。対象物を多く定める乱れ撃ち型もいれば、対象物決定から狙撃までの躊躇の時間の長短、至近距離からの狙撃あるいはその逆を好む人、対象物に対して真っ向勝負を挑む人など、一人の人間が複数の「型」を持つ。

 それはいずれのスタイルであっても、非常にサディスティックな遊戯であることに変わりはない。カメラを趣味とする人の多くが男性であることもその遊戯の性質を如実に表している。勿論、カメラと深く付き合うには機械を扱う愉しさという別の要素も含まれているが、そもそも機械の機能を熟知し、その性能を存分に手懐けたいという好奇心と欲望自体がサディスティックな側面を持つことは自明であろう。


 一方的な狙撃によって場面と時間を切り取り、手元に収める。

 一緒に楽しい時間を過ごしたときの、大好きなあの人の表情。
 一年後には跡形もなくなってしまう、大好きなあの建造物。
 その実物を所有することができない、憧れやまないなにか。
 次にいつ出逢うことができるか判らない、一瞬の色、場所、それらの表情。
  
 誰も止めることができない時間の流れ。次の一分、明日の同じ時間には決して二度と同じ表情を見せてはくれない対象物。抗えない大きなものに無力な抵抗を試み、その欠片を我が手に取り込もうとする行為は、美しいものを見た証拠として、記憶として、感動の断片として繰り返し行われる。シャッターを押すそばから老いてゆく我々と、新陳代謝を繰り返す風景。

手元に残るすべては、影。

繰り返される狙撃は、哀しいほどに逆説的な、マゾヒステイックな切望。

 




遺言。

2007-02-22 | 徒然雑記
 僕は、遺言の権力をあまり期待していない。
 どのみち紙っぺら一枚のことであるし、燃やしてしまえば跡形もない。それに、人の心はその周囲の人の心や行いによってどうとでも変化するものであるから、物理的にも、またその物理的なものを支える目に見えない力だって確固たるものではない。
けれど、こうして遺言を書いている。

 僕は結婚もしていないし財力もないから、自分が居なくなったあとの心配ごとは殆どないと言っていい。でも、だからこそ書ける遺言もある。
僕が遺したもののせいで誰かと誰かがいがみ合ったりすることなど、多分まるでないだろうからだ。

 僕が大事にしているものは沢山ある。
書棚を飾る本もそうだし、子供の頃から手に馴染んだ辞書、日々身につけていた装身具に時計、日に何度も手に取る煙草まわりの品々。使いさしの香水、書類と気概を詰めて運んだ鞄。

 それらの中でも思い入れのあるものを書き出して、もし構わないならばそれを僕の代わりに持っていてくれるといいなと望まれる人の名前を別表に示した。居なくなった後の僕には何も口出しできないから今のうちに云っておくと、できるなら僕が書き出した「もの」と「ひと」の組み合わせは変更しないで欲しい。不必要なものが割り当てられていたら勿論それを受け取らなくても構わないのだけれど、ぼくが描いた「もの」と「ひと」の組み合わせは、僕なりの勝手な思い出やイメージで出来ているから、それが崩れてしまうことは今の僕には少し淋しいのだ。
どのみち、僕は僕の選んだ誰かがそれを持っていてくれる様子を目にすることはないのだけれど。ただの自己満足だ。

 次にもしできるなら、僕の葬式はパーティーのように愉しいものにして欲しい。
僕を知るみんなが思い思いの服を着て集まって、まるで社交場のように話をして、新しい友人を増やして欲しい。みんなそれぞれ、僕にまつわるおかしなエピソードや内緒の話を持っているだろう。それらを互いに投げ合って、僕を仲介とした新しい繋がりが生まれてくれることを心から望む。きっとそれは結婚式のパーティーよりももっとずっと純粋で、きっとそこから、なんの利害関係もない、ただ愉しく豊かなだけの関係が築かれるに違いない。

 結婚もしていない僕が、そして結婚をしてもよいと思う相手さえいる僕が、結婚式よりもずっと鮮やかなリアリティーを伴って葬式のヴィジョンを思い浮かべ、それをこうして言葉にしていることを、多分みんなは僕らしいと云って苦笑するだろう。


 いや、そんな愉しげな場面が来ないほうが、ほんとうはもっと愉しくてあるべきなのだ。だから、万一のときのために、僕がそれを放棄しているわけでないことを、最後に追記しておくことにしよう。

そんなところも僕らしいといって、どうか笑ってくれると嬉しい。




 

紅い戦闘機。

2007-02-19 | 夢十六夜
「紅い戦闘機が・・」
「え?」

 夢とも現ともつかないまま、目を閉じて私は続けた。

「紅い戦闘機がね、グライダーのような小さな飛行機に誘導されて、物凄い傾斜のある山の斜面すれすれに、まるで垂直に空に向かうの。深い緑色をした杉の山にね、戦闘機の大きな影と小さなグライダーの影とが並んで昇ってゆくの。山は夏の色をしていて、戦闘機を目で追っていたら、あまり高いところに行ってしまうから逆光で眩しくて、最後にはもう紅い色なんてこれっぽっちも見えないで、黒い影になっちゃうの。」

「それは、どんな形をしているの?」

「時代がかっていてね、鼻先が丸い感じがするの。羽もなんだか丸い感じで、私の好きな最新鋭のステルスなんかとは似ても似つかない。もしかしたら、プロペラなんかも付いているかもしれない。よく見えないけど。」

 私は、既に醒めてしまったあとでも夢の尻尾を追いかけて目を開けようとはせず、緑の山に映える紅の戦闘機が飛び去るのをずっと見ていた。
口元は、恐らく微かに笑っていた。


「薬を・・」
 目を閉じたまま片手をすいと伸ばす私の掌に、気管支拡張剤という名の筋弛緩薬がそっと手渡される。たった一秒の服用のあと、指で摑まれたようだった気道はふっと緩み、同時に脳までほんわりと柔らかくなり、薬を冷たい掌にぽんと手渡すとそのままうつ伏せに倒れこんで再びの眠りに墜ちようとする。薬が毒であることを最も強くそして甘美に実感するひとときだ。


「そろそろ、行くよ。」
落ちてゆく意識の端っこで、頭を撫でられるのを感じる。
目を決して開けぬまま私は微笑み、手探りで金属のような冷たさを持つ掌を捕まえると自らの頬に押し当てる。

右目の裏の上のほうを、紅い戦闘機の陰が小さく横切っていった。



「いってらっしゃい。」










匂いバトン。

2007-02-18 | 伝達馬豚(ばとん)
 今年の花粉は出足が早くてございます。
 関係各位の戦いの火蓋は落とされました。出撃用意を怠りなく。
 
 前記事で書いたところの、私の頭の中に残るソフィテル東京の原風景はまさにこれです。どうにも懐かしくなって、どうしても記憶だけでなく記録に留めたくなって、ソフィテル東京との思い出の道を歩きました。時間帯は、授業が終わって研究室に移動する日暮れ前、ホテルの壁が橙に染まる夕刻です。

 さて、pitaさまから頂いたバトンを今回も律儀にこなします。
 鼻がお馬鹿になる季節ではございますが。


【Q1:急ですが香水以外に好きな匂いは?】

◇寺の本堂の匂い。

畳と、沈香と、古い木と、埃と、黴。
信仰という矢印に貫かれて、それらがミルフィーユのように積み重なった匂い。
蔀戸越しの柔らかな光と薄暗がりの中で、心と瞳に膜となってこびりついた曇りを落としてくれる。

◇晴れた夏の日の水撒きの匂い。

かっと照りつける日差しで熱された水は、撒いたそばからむっとした水蒸気となって身体を包み込む。土と虫と植物と太陽の匂いは、そのまま夏の匂い。

◇カーボン紙の匂い。

何故だろう。カーボンインクの匂いは、一世紀前の文字の氾濫を彷彿とさせる。
脳がじゅうっと痺れて、何か無機質で形のないものに抱きしめられたくなって、本屋に行きたくなるか、暗闇のベッドに潜り込みたくなる匂い。


【Q2:あなたは匂いに敏感な方ですか?】

◇黄色い粉が舞い飛ぶこの季節を除けば。


【Q3:どういった匂いが許せませんか?】

◇鼻腔の奥に突き刺さるような強く尖った匂い。


【Q4:女の子の髪から漂ってきたシャンプーの香りにドキッとしたことがありますか?】

◇べつにありません。


【Q5:自分の匂いは気にしていますか?】

◇気にしていますよ。
 たまに「杏」と云われることがありますが、天然仕様で甘ったるい香りを持っているため。


【Q6:匂い対策はしていますか?】

◇淑女の常識程度には。


【Q7:相手にどんな匂いを求めますか?】

◇凛として、知的で、涼やかで、セクシーであればいい。
 鼻をうずめて目を閉じたくなるような。


【Q8:愛用の香水はありますか?】

◇ブルガリ「ブラック」。
 麝香と皮革の割合が強く出ますが、天然の杏と混ざるので匂いの攻撃性が低下するとともに、ぬめりが増します。


【Q9:好きな花の匂いは?】

◇沈丁花。  街のそこここで、ようやく花開きはじめました。
◇くちなし。 ぞくりとするほど妖しく艶かしく、夜に出逢ったら抗えない。


【10.回す人5名(匂いのイメージ付きで)】

◇通例通り廻しはしませんが、無愛想に過ぎるので、イメージ提供のみ致します。
 (註:あくまでイメージです。実際にこんな香りがするとは限りません。)


陽子氏: フランスの薔薇。
代表:  紫檀。
葛西氏: ラフランス。
空氏:  渓流。
pita氏: ローズマリー。
ゆうすけ:チョコレート。
ちか:  みかん。
埼玉氏: 柚子ポン。
カルマ: 洗濯糊。
酒井氏: 米が炊けた。


 ※以下、イメージ提供をご希望の方はコメント欄へお気軽に。






ソフィテル雑感。

2007-02-14 | 物質偏愛
―― あまりにも短命の作品となってしまったことに驚いている。
   樹状住居という集合住宅の考え方に基づいてつくったものだから、
      マンションへの改修は十分可能なのに、残念だ。
        日本はますます経済性優位の社会になって、
      文化的な価値は評価されにくくなっているのか (菊竹清訓) ――


 大学に通っていた時分、法文一号館が改修工事の最中であった。我々は根津の離れに研究室という名のプレハブを与えられた。プレハブの床はぎっしりと詰まった書籍の重みで軋み、廊下を歩くと床をぶち割りそうながつがつという無愛想で派手な音を響かせた。
研究室への行き帰りに弥生の住宅街を通る際、空を幾重にも分断する電線の向こうにいつも見上げる建物があった。
それが、ソフィテル東京だった。

 設計者菊竹清訓氏はメタボリズム(新陳代謝)という都市・建築理論の提唱者の一人であり、この建物もまたその理論に基づいて設計されている。メタボリズムを象徴するとも言い換えられる代表的建築物としては中銀カプセルタワービル(黒川紀章、1972)が有名だ。建築家の実験的な熱情の顕現と呼べる建物は、日に日に減少してきている。特に都心においては、居住性の高さ、利益効率の良さが最優先事項となった。そうして、心を揺さぶるような建物には滅多にお目にかかれなくなった。

 明らかに不安定で、揺らめきながら空へとベクトルを向けるあの建物は、日々悩める熱情のカタマリ、すなわち学究の徒であった私自身を投影するに相応しかった。賛否両論巻き起こしたあのケッタイな風貌は、カテゴライズ不能という素晴らしき存在感を示してくれた。台風がきたらポッキリと折れて倒れてしまいそうな樹状建築は、夏の眩しい陽光の下でも、夕焼けのぼんやりとした茜色を背景としても、常に心細さと茫洋とした輪郭と、そして何より確固たる意志をもってそこに居た。私は雨の日であっても傘をちょっとだけずらして、毎日それを見上げた。


 ソフィテル東京は2006年12月をもって営業を停止した。そして、その威容を惜しむ間もなく、2007年の早い内には取り壊される。多忙に追われてこの感慨を忘れ去り、ふと思い出して次にそこを見上げたときには、何の変哲もないタワーマンションがそこに建っているのだろう。
せめて私の心の中の風景には、永遠に。あの揺らめきとともに。

 -- むしろそこが空のままであったなら、よかったのに。



追) 環境への配慮を主なテーマとする愛知万博に関わった菊竹氏の意向として、解体後の建材をできるだけ再利用するよう三井不動産レジデンシャルに依頼したとされている。しかし私にとって、そんなことはこの際瑣末なことだ。





菊竹清訓氏設計の建築の例:
江戸東京博物館
九州国立博物館 ほか







森美術館【日本美術が笑う】展。

2007-02-13 | 芸術礼賛
 六本木ヒルズというところはとても動線が悪くて、私はあまり好きではない。だが、今回ばかりはそんな我が儘を言っている場合ではなかった。山下裕二先生がアドバイザーを務めた企画展示【日本美術が笑う】が開催されている。行かねばなるまい。いや、行かずしてなんとする。

 基本的に私は美術館の中で無邪気におおはしゃぎするものだが、今回ほどに始終くつくつと笑い続けた展覧会は過去にない。大満足で帰宅したのだから別段書かなくても・・との思いがないこともないけれども、折角気に食わない部分もあったのだから、手始めに書いておく。

(1) 美術館にふかふかのクッションフロアを敷くキュレーターの気が知れない。
   重心を常にふわふわと移動させる状態で長時間を過ごす場に相応しくない。足腰にくる。
(2) 展示室内の動線が如何せん最悪だ。奇をてらいすぎ。


 以上。


 さて、展示室は黒一色で構成されたモダンな作り。日本美術の通念であるところの「わびさび」を排除して、素直な心で目の前にあるもの「モノ」として見てくれよという意図が伝わってくる。
ここからは、記憶にある中で、セクションに偏りが生じないよう、作品感想をさらりと述べるに留める。

■セクション1:「土の中から~笑いのアーケオロジー」

【呼んだ?】(埴輪:見返りの犬)

埴輪である。ただ足の長い、ボーヨーとした長い鼻面の犬である。首をくいっと傾げ、尾をきゅっと巻き、「え?」と何かを問いかけるような大して利口そうでもない姿形。愛嬌は時代を超える。反則である。

■セクション2:「意味深な笑み」

【カタムキ者の遊興】(=作者不詳「桜狩遊楽図屏風」)

彦根屏風にある人々を「かぶき者」とするならば、こちらは「カタムキ(傾き)者」だ。十人ほどの男女が花見を愉しんでいる図なのだが、兎角顔は弛緩しきっており、粋を通り越してだらしなく、生々しい。そしてあろうことか、その顔は全員、我が友葛○にそっくりではないか。揃いも揃って反則である。

■セクション3:「笑いのシーン」

【エッシャー風洛中洛外図 -- To the another side --】(=長谷川巴龍「洛中洛外図」)

公式解説には、「なんともおおらかな稚拙さは、私たちを瞠目させます。」とある。金箔の質も良いし、顔料も高価なものをふんだんに使用している。それなのにただ唯一、技量だけが足りない。
四次元殺法二条城は橋が急傾斜すぎて入城することすらできないであろう。だから門番は暇そうだ。内裏はひときわ大きく、ただ柱ばかりが林立するパンテオン状態になっている。島原はまるで黄泉路のように雲の向こうに霞んで消えそうだ。
そんな都が、まるで幼稚園児の描くようなふかふかした雲の向こうに見える。

我々の平衡感覚を失わせるこの都に、争いごとなどあろうはずがない。「長谷川法橋巴龍筆」とあるが、大見得切ってこの度下手に華麗な絵に法橋とか云って大法螺吹いても、誰も多分怒らない。そういうことだ。

因みにこの絵は赤瀬川源平氏によると「2ベンツ」(註:1ベンツ=500万円)で購入できるらしい。無論、欲しい。

■セクション4:「いきものへの視線」

【窮獅岩にのぼる】(=曾我蕭白「獅子虎図屏風」)

曾我蕭白の描くいきものは、どれも奇妙に可愛らしい。恐らくは、それらがぎりぎりのリアリティを維持したままで巧みに擬人化されているからではなかろうか。いきものと対峙していると、その表情がいとも容易く伝染するのだ。
牡丹の大輪の中から急に飛び立った蝶が一匹。それに最大限に驚き慌てた獅子が傍らの岩に縋りつくさまがなんとも滑稽で、愛らしい。
左双の虎の「あちゃー」という顔に同意した我々は深く頷く。

■セクション5:「神仏が笑う~江戸の庶民信仰」

【たまごクラブひよこクラブ】(=南天棒「雲水托鉢図」2幅セット)


そうとしか見えないので赦して欲しい。
一幅目では、極端にまで簡略化された托鉢僧が隊列を組んで、ぴょこぴょことこちらへ向かって行進してくる。二幅目では、用事を済ませて意気揚々、とばかりにその隊列は後姿になって、のしのしと歩き去ってゆく。

正に「玉子に目鼻」の簡略化もここまでくると、偉大な僧もよちよちひよこと変わらない。恐らく、僧が僧らしくあることなぞ、どうでもいいことなのだ。





 さあ、笑いにゆくなら、今だ。
 




BLANC CERAMIC

2007-02-11 | 物質偏愛
 

 人は土から造られたから、土にほど近いくすんだ色合いで生まれてくる。

 その中で、眼の一部と歯というほんの僅かな部分だけ、人は白という色を貰った。

 眼。
 それは美しいものや穢らわしいもの、分類不可能なものやその他記憶にも残らない雑多な「どうでもいいもの」を次々に映し続けるという厳しい役割を与えられた器官。美しくあり続けさせることが非常に困難な器官。
憤りの炎に煤け、悔し泪に曇ってもなお独力でその艶と透明度を取り戻すことを強いられる。


 歯。
 それは本来身体の中に収まっているはずの骨の一部が露出した器官。死してなお、燃やされてなお残る器官は、容易く腐敗し燃え尽きるその他の器官の動きを止めないために、日々休みなく食物を咀嚼し、体内に送り込む。
水車屋の職人のように、日々絶え間なく、その先端をすり減らしながら。


白は、人を試す。

白いシャツに腕を通し、ぱりっとした糊を身体で崩すとき。
和紙に最初の墨を下ろすとき。
実験白衣の袖を捲りあげるとき。
白い靴で出掛けた日の通り雨。
病院の屋上に並ぶ洗濯物を眺めやるときの恐怖。


それを目にし、身に付けても、心は自らのものであり続けられるか。
心が白に侵され、白の思惑に誘導されはしないか。白が汚染される恐怖と自らが汚される恐怖とを同一視して動揺したり、あるいは無意味に白を汚してみることで嗜虐的な高揚感を得たりはしないか。



白は、いつでも人を試す。

白い爪紅を贈られる私もまた、試されている。





青年と辞書。

2007-02-07 | 徒然雑記
 「僕は困ったときにしか振り向いて貰えない辞書のようなものです。用が済んだら本棚に戻されて、普段はその背表紙に目もくれないのです。」

青年はそう云って、ヒロイックな吐息を漏らした。その言葉の中に諦めが見えないことが好ましい、と私は思った。

 私は辞書というものの存在が好きだ。革張りの国語辞典の豪華さは知の城のようであり、その全貌は私の眼からは見えない。恐らくこれからを普通に生きたとしたら、その辞書の中にある全ての言語を知ることすらなしに一生を終えるであろう。僅か片手で掴める程度の小さな紙の塊は、そこに詰められた個々の言葉を媒介として広い世界と繋がっている。

 見知らぬ文化背景に彩られた種々の言語や、生きることが叶わなかった遥か昔の時代に息づいていた同じ文化に根ざす言語が詰まっている辞書も素晴らしい。私はそれらの言語を操ることはできないけれども、言葉が文化の顕著なる表象だということは揺ぎ無く、各々の言葉の裏には脈々と流れる民族と文化の歴史や交流が垣間見える。

 辞書は、それを使うためだけではなく、それが手元にあることが嬉しい。
 実際は掴めるはずもない世界の全貌や異国の文化、その象徴を手にするという弱者の喜びでは決してなく、むしろ自分の手に届くところに、自分の手の届かないものがこんなにまだ沢山残されているのだということを実感する悦びだ。

 手に届かないものが本当に遠くにあったなら、人はそれに手を伸ばす労力を怠るのが殆どであろう。そしていつまでもそれらが遠くにあり続けたら、きっと手近なところで自分を惑わす様々な日々の世間的な出来事によってそれらの存在は霞み、ついには意識の彼方へと飛んでいってしまうことであろう。

 だから、手に届かないものは、いつの日かその近くまで手を伸ばすことが叶うように、自分の近くで常にその存在を明らかにしていてくれるのがよい。
日々その頁を繰ることはないであろうし、一生のうちにその全頁に目を通すかどうかも怪しいものだ。されど人は、生活の中で無意識に辞書を欲する。指針や規範としてだけでなく、何かもっとずっと無条件な憧れのために。


 「辞書のようだということは、案外悪いものではないよ。」

 品のよい光沢を放つジャケットの背にぽんと手を置き、そうとだけ私は答えた。






雪の高野。

2007-02-04 | 異国憧憬
 九月以来の出張で、私はいたくご機嫌であった。
 たとえそれが、極寒の高野山であっても。

 南海高野線に揺られながら、山が深くなるとともに少しずつ明らかになる雪の気配を眺めた。乗客もまばらな列車はキイキイと神経質な音を立てつつ、山道をのんびりと登っていった。

 ケーブルカーを降りると、夏の記憶が色濃い霊場はまだ降ったばかりの美しい雪に覆われてきらきらと清められていた。
「お山に雨が降っているときは、大師さんが奥の院に居るんだよ。」
と友人の阿闍梨が教えてくれたことを思い出し、雪が降っているときにも居てくれるのだといいな、と思った。

 バスの車窓からちらと見えた波切不動の向かいの公園に建つ多宝塔は、屋根に薄い雪を纏ってひときわ女性的な風情をしていた。ジャングルジムと並んで建つこの多宝塔は無償に美しくて、子供達の遊び場にまるで当然のように溶け込んでいて、そしてなにより私の気に入りであった。

 仕事は大層スムーズに、和気藹々とした空気の中で行われた。
「今ならまだ、特急連絡のケーブルに間に合うかもしれん。車出せ!」
課長の一言で、若い社員が慌てて車を出し、まるでつむじ風のように私は見送られた。
「雪道ですから、ガードレールぶち抜かないでくださいね。」
「僕、若い頃にここ、単車でぶち抜きましたよ。左半身五箇所折れました。」
そんな年期の入った高速山道カーブの連続に、私は大人しく後部座席でごろごろと転がされているほかなかった。程なく高野山駅に着くと、車のドアを開けた途端にケーブルの発車する警笛が聞こえた。
若手社員はひとえに運転の甘さを詫びながら、役場へと戻っていった。彼は一生のうちにもう一度くらい、どこか骨折するかもしれないな、と思った。

 橋本から連絡を入れておいたら、和歌山駅には修士研究の際にお世話になった方がマイカーで乗り付けていて、改札を出てきょろきょろしている私を迎え、「骨折はもう完治したか?」と笑った。
 昨年の春、和歌山城付近で肘の骨を砕き、真っ青な顔でホテルのロビーに蹲っていた私のところに自転車を飛ばして汗だくで駆けつけてくれた人だ。彼の笑顔は本物で、私はかつて迷惑を掛けた申し訳なさと、痛みと時間の不足で有難うさえまともに伝えられなかった後悔と、再会の嬉しさとが心の中でごっちゃになって、一応は治った右手を使って「これだけ治りました。」とその首元にぎゅうとしがみつきたい気分であった。
 
 そうして、一緒に御飯を食べた。
とりとめのない話も、仕事に関する話も、同じ温度を伴っていた。修士の学生と県庁勤務の職員という関係から始まったとは到底思えないような不可思議な信頼がそこにあった。

「ごめんな。いつもはもう少し元気なんやけど。最近いまひとつでな。」
「じゃあ、携帯で今のお顔を写真撮るね。次に来たとき、元気な顔になっていたら、ちゃんと新しいのを撮って、差し替えてあげるから。」
「ええよ。その代わり、ちゃんとまた来るんやで。次のときは、俺、呑むぞ。」
握手をした手はその笑顔と同じくらいに暖かくて、私は満足した。


 帰途の新幹線は、雪のために案の定、米原あたりで足止めを食った。新大阪を過ぎて、東京から大阪に戻った友人は今どうしているのかと頭を過ぎった。
帰宅すると、その友人から、まるで半年ぶりに「一緒に撮った写真は毎日持ち歩いています。いまでも大好きです。」というメールが届いていた。



 大好きな場所に行き、大好きな人に逢った。
 大好きな場所に、大好きな人に、何度でも好きなだけ逢えることは幸せなのだ。
 




些末なバトン。

2007-02-03 | 伝達馬豚(ばとん)
 指名されてしまったので、全く面白くないバトンですが、律儀にやります。
 私の生真面目さを誰か、褒めてください。


【Q1:自己アピール】

 見かけ通りに妖しいですが、見かけほど凶悪ではありません。
 餌をあげるとご機嫌になります。
 勇気を出して、頭を撫でてみましょう。


【Q2:似ている麺】
 
 翡翠麺。
 

【Q3:似ているキャラ】
 
 YF-23
 理由:高額で扱いにくいところ。
    しかし汎用性が低いため、試作品で終了。
    2機あるうちの黒いほう(スパイダー)があたしです。

【Q4:好きな髪型】
 
 ・ベリーショート 
 ・黒髪ミディアムストレート
 ・ベルばらのアンドレみたいなやつ

【Q5:愛用の化粧品】
 
 フィニッシングパウダー、シャドウ、マスカラ、マニキュアはシャネル万歳。

【Q6:ケータイの機種】

 かつてはパナソニック派だったのですが、今となってはどうでもいい。
 機種の名前なぞ知らん。

【Q7:愛用の香水】
 
 ブルガリ『ブラック』。
 もう7年間の付き合いで、これ程に自分(*)に合う香水を他に知りません。
 (*正確には自分がケモノとして持っている天然の香り)
 麝香という汎用性の悪さと厭らしさを飼い馴らしている「ブラック使い」の自信は十二分にあります。

【Q8:一日に鏡を見る回数】
 
 知らん。
 なにか得体の知れないものに呪われそうなので回数は数えません。

【Q9:よく着る服】
 
 黒い服。
 生地の心地良い服。
 冬はコートと毛皮がすき。
 夏はノースリーブがすき。

【Q10:ピアスの数】

 零。
 一生穴を開けることはないでしょう。なにかが漏れ出そうです。

【Q11:好きな人】
 
 わたしの声が届く人。

【Q12:回す人八人(第一印象つき) 】

 八方位に埋めておきます。
 丑寅に埋めたやつを拾ってくれる勇者に乾杯。