今日も憎らしいほどの秋晴れが広がっている。
あの人が家に来てからというもの、私と彼との間はおかしくなった。
あの人がやってきたのが丁度こんな具合に雲が転々と広い空に散りばめられた美しい秋晴れだったから、私はそれ以来、この澄み渡った雨のあとの秋晴れを見る度に口元が歪むようになってしまった。この空の美しさと透明度が、憎らしくて。
あの女性は、私が逆立ちしてそのまま歩いてみたとしたって及ばぬくらいに美しい。だけども確かに、まるで緩くウエーブをかけたような髪の空気感や頬骨の低さ、肌の白いところ、帽子が似合うところまでことあるごとの要素が私に似ている。
そのことが最初、私には少し嬉しかった。
だけども今はそれゆえにどうしようもなく、苦しい。
「ご覧よ。どうだい。君に似ているだろう。」
嬉々とした表情で彼は私にその女性を紹介した。秋の西日を受けた金髪が儚くも危うげにきらめき、髪の淡い反射光が後光のようにも見えて、更には逆光のためにその白く抜けるような頬は暗く陰って淡いすみれ色のように見えたのを覚えている。
彼がご機嫌な時に必ずそこで珈琲を飲む、綺麗、というよりは神経質なまでに磨かれた白いテーブルの上に、彼女はいた。
その時は、彼の言葉少ない第一声とその表情から、彼がその人形を手にいれたのが、人形が私に似ているからなのだと思っていた。
「そうかしら。でも、可愛らしいわ。」
私は、そんなふうに答えたような気がする。
それからだ。彼の私に対する態度や表情に、微々たる変化が現れてきたのは。
彼はあまり私を外出に誘わなくなった。それまでよりも頻繁に珈琲を淹れるようになった。珈琲を淹れることを都合のいい理由にして、白いテーブルに、いや、彼女の近くに居ようとするかのように。
どこまでも白いテーブルの上に、同じくらい白い肌を包む薄い藤色のドレスのレースの裾を透かして僅かに震えるむらさき色の影を落とす。私は彼と談笑するふりをしながら、その影が風に時折ふるふると震えるさまをずっと見ていた。
今日は深く煮詰めたような紅い薔薇色の爪紅を買ってきた。それは、あの人形の手指の先のお飾りのように小さな爪に薄っすら残る色と同じ。
自分でも馬鹿馬鹿しいのはわかっている。
自分の家でひとりあの白いテーブルを思い浮かべ、唇を引き結んで泪をぽろぽろと零しながら、ひたすらに爪を彩った。なぜ、私がこんなこと。
人形が私に似ていたのではない。
私が人形に似ていたのだ。
肝心の彼自身はそのことに気付いていない。彼にとって、私が実体であるならば、人形である彼女はイデアだ。それは心から呆れ果てるくらいに現実味に乏しく、且つ馬鹿馬鹿しいことなのだけれど、私だけが気付いてしまった。彼女に勝てるはずがないことまでも。彼女と同じ色をした私の髪が悔しい。
彼女の絶対的不可侵なとび色の瞳が、私に何ひとつ語りかけてさえくれない瞳が、これほどまでに私を苛むだなんて、想像もしていなかった。
こんなにも不確実な存在の「わたし」。
それはイデアを損なわない実体としての、ただの美しい気狂い。
あの人が家に来てからというもの、私と彼との間はおかしくなった。
あの人がやってきたのが丁度こんな具合に雲が転々と広い空に散りばめられた美しい秋晴れだったから、私はそれ以来、この澄み渡った雨のあとの秋晴れを見る度に口元が歪むようになってしまった。この空の美しさと透明度が、憎らしくて。
あの女性は、私が逆立ちしてそのまま歩いてみたとしたって及ばぬくらいに美しい。だけども確かに、まるで緩くウエーブをかけたような髪の空気感や頬骨の低さ、肌の白いところ、帽子が似合うところまでことあるごとの要素が私に似ている。
そのことが最初、私には少し嬉しかった。
だけども今はそれゆえにどうしようもなく、苦しい。
「ご覧よ。どうだい。君に似ているだろう。」
嬉々とした表情で彼は私にその女性を紹介した。秋の西日を受けた金髪が儚くも危うげにきらめき、髪の淡い反射光が後光のようにも見えて、更には逆光のためにその白く抜けるような頬は暗く陰って淡いすみれ色のように見えたのを覚えている。
彼がご機嫌な時に必ずそこで珈琲を飲む、綺麗、というよりは神経質なまでに磨かれた白いテーブルの上に、彼女はいた。
その時は、彼の言葉少ない第一声とその表情から、彼がその人形を手にいれたのが、人形が私に似ているからなのだと思っていた。
「そうかしら。でも、可愛らしいわ。」
私は、そんなふうに答えたような気がする。
それからだ。彼の私に対する態度や表情に、微々たる変化が現れてきたのは。
彼はあまり私を外出に誘わなくなった。それまでよりも頻繁に珈琲を淹れるようになった。珈琲を淹れることを都合のいい理由にして、白いテーブルに、いや、彼女の近くに居ようとするかのように。
どこまでも白いテーブルの上に、同じくらい白い肌を包む薄い藤色のドレスのレースの裾を透かして僅かに震えるむらさき色の影を落とす。私は彼と談笑するふりをしながら、その影が風に時折ふるふると震えるさまをずっと見ていた。
今日は深く煮詰めたような紅い薔薇色の爪紅を買ってきた。それは、あの人形の手指の先のお飾りのように小さな爪に薄っすら残る色と同じ。
自分でも馬鹿馬鹿しいのはわかっている。
自分の家でひとりあの白いテーブルを思い浮かべ、唇を引き結んで泪をぽろぽろと零しながら、ひたすらに爪を彩った。なぜ、私がこんなこと。
人形が私に似ていたのではない。
私が人形に似ていたのだ。
肝心の彼自身はそのことに気付いていない。彼にとって、私が実体であるならば、人形である彼女はイデアだ。それは心から呆れ果てるくらいに現実味に乏しく、且つ馬鹿馬鹿しいことなのだけれど、私だけが気付いてしまった。彼女に勝てるはずがないことまでも。彼女と同じ色をした私の髪が悔しい。
彼女の絶対的不可侵なとび色の瞳が、私に何ひとつ語りかけてさえくれない瞳が、これほどまでに私を苛むだなんて、想像もしていなかった。
こんなにも不確実な存在の「わたし」。
それはイデアを損なわない実体としての、ただの美しい気狂い。
彼の本心が無意識のまま、そう語っていた…。何よりも彼の私を見る遠い目がそれを語っているのだった。
な~んて勝手に続けてしまいそうです。どちらかというと、彼の行動が普通に見えてしまう私もなんだかなあ~? まさに未来のイブなのでしょうか。
付き合っている女性の写真をたくさん撮る事は、決して思い出を作る行為ではなく、相手をその瞬間瞬間に閉じ込める呪術であり、相手を自分の思い通りにする呪的行為と思ってしまうのは、どうなんでしょう?昔、昔の自分の気持ちを思い出しながら、ふと考え込んでしまいました。すみません、独り言です。
その勢いで、この続きいっちゃいませんか?(笑)
彼に共感できるのでしたら、いい世界がきっと描けることでしょう。
あぁ、わくわくするなぁ・・・(邪)
恋する女性の写真を沢山撮ることは、「実在の彼女」のいいところだけを封じ込めた「かたしろ」を傍に置く行為と同じだと思います。まさに呪的意味ですね。
本編の場合は、生きている彼女のほうが先にあったにも拘わらず、後から唐突に登場した人形が本質であって、生きた彼女こそがまさに「かたしろ」であったという逆転の試みでした。
・・・難しかった、です(苦)
とても面白かったです。こうなりますと連作長編化は、決定でしょうか。(笑)さらにその上alice-roomさんによる、サイドストーリーまで、読むことが出来そうで、とても楽しみです。(笑)
白いテーブルの上の薄い藤色のドレスのレースに包まれた、儚い金髪と抜けるような白い肌を持った人形、とても素敵です。特に紫色の影を白いテーブルに落とすなど、まさに理想的です。人形コレクターではないのですが、欲しくなってしまいました。(苦笑)
人形が、イデアで、自分が「かたしろ」だと気がついた彼女は、人形に反発しつつも無視することが出来ない。人が人形化するという美しい狂気、それがこの後、どうなるのかとても気になります。
お忙しいでしょうが、気が向かれましたときにでも、続編を書いていただけると、うれしいです。
やはり彼女は人形に反発しつつも、人形化してゆく運命ですか?
皆さんの反応も面白いことですね。
深いな、これは。(笑)
>lapis さま
決着点ゼロで書いているのに、長編化できるわけが(泣)
サイドストーリーについては、私も楽しみにしているところです。どうぞふるってご参加ください。
あの人形のモデルは特にないのですが、私の頭の中では確固たるフォルムを既にとってしまっています。しかし何しろ本体がございませんので、大変残念ではありますが差し上げることができません(笑)
>seedsbook さま
ほんとに、皆さまの解釈が愉しいので書いているようなものです。
彼女、この先どうしましょうかぁ(笑)
このまま人形化させてゆくもよし。
人間であるところの彼女を分裂(?)させてしまうもよし。
反逆行動に出させるのもまたよし。
はい。先のことなんてちっとも考えておりません・・(苦笑)
私って、どちらかと言うと、人が描いているのをのほほんと眺めているのが好きな奴でして…ああっ、よく怠け者と言われるのですが…。はい、お恥ずかしい限りです(笑)。
私とは異なる視点での感情移入、愉しみにいたしております。
「外伝」ですので本編にこだわらず、自由に筆を走らせちゃってくださいませね。そんなにもったいぶらずに・・ねぇ?(悪笑)
絶対的不可侵な、というの美しいですね・・・。
他者によって侵食されない孤高の美とそれを体現させる美意識が、人には叶わぬからこそ。
ただそこにあって、美しいという至上の贅沢です。
TBさせていただきます。どうぞ、よろしくです。¥
ご訪問、およびTB有難うございました。
こちらからもTB返しさせて頂きましたので、宜しくお願いいたします。
めりのさまのお名前は「メリノウール」からでしょうか?(笑)blogタイトルから連想してしまいました。
「絶対的不可侵」については・・
人が人であるからこその、感情の揺らぎに襲われている最中は、人形の絶対的不可侵な完結性が無性に腹立たしく、羨ましく見えることもあるのではないか、と思ったのです。
人形を愛でるか、もしくは壊すか。
結局のところ、終着点はそこにしかないようが気がしてしまうのです。
人形達って純粋に綺麗な、ときとしてその場の空気ごと(息づいているように)かえてしまうような、気さえするのです。
クリエーターの美意識の結晶のような人形達が、こんなに人好きがするというのは(私が惹かれるだけなのかも知れませんが)やはり、マユさまの「無意味で美しいもの」にカテゴライズされる故かも、とも感じます。
「人形を愛でるか、もしくは壊すか。」
うわぁ。突詰めればそう、かも知れません・・・。
私の一番好きな漫画家さんの連載を思い出してしまいました・・・。
めりの、は。あたりです(笑)
実は本名が派手なので・・・Netの名前は長く使っていますので愛着があります。
NETdebutが丁度真冬で、広告の毛布記事と、ディックのあの小説の電気羊、からです。
もし、良かったら、また遊びにいらしてください・・・(ミーハーなBLOGですが)宜しくお願いいたします。
こちらには、はじめてのTBなのに、濃いコメントしてすみません^_^;