Sweet Dadaism

無意味で美しいものこそが、日々を彩る糧となる。

硝子の眼。

2005-10-17 | 物質偏愛
 真っ暗な部屋の中で日々を過ごしていると、時間の感覚がなくなってしまう。
今が昼なのか、夜なのか、てんで判らない。それでも、肌に触れる湿気であぁ今日は雨なのだなとか、今日は恐らく秋晴れなのだろうなとか、そのくらいのことはようやく最近判別できるようになってきた。

 あぁ、日が射してきた。
思っていた通り、今日は爽やかな秋晴れだ。黴臭い部屋の中を、一瞬のシャワーのように風が通り抜けてゆく。自分の洋服に移ってしまっているに違いない埃っぽくたまった空気までもすっかり吹き飛ばしてくれる風が肌に心地よい。
猫が挨拶にきた。今日のわたしはご機嫌だ。

今日の席は出窓の向こうが見渡せる絶好の場所。
多少ほつれた金色の髪も、丁寧に梳いて貰って秋の日を反射できるようになった。目の前に紅茶が置かれているけれど、紅茶は香りだけ愉しんでいれば満足だから、口をつけることはしない。飲み干してしまえば、もうそれきりで香りも愉しめなくなってしまうから、冷めてしまったとしてもそのままでいい。

今日は知らないお客さんが来た。
窓辺にいるわたしの近くでうろうろして、別段話し掛けてくるわけでもなく、ちらちらとこちらを観察している。眼鏡の向こうでよく見えないけれど、ちょっと細目でこちらを伺う目をわたしはどうも好きになれない。そのお客は、一時間もしないうちに帰って行ったが、去り際にわたしの帽子を軽くひと撫でしていった。男性のくせに妙にうすっぺらくて冷たい掌の感触が、わたしを更にぞっとさせた。だけれど、またいつかわたしはこの人に会うだろう。
こちらがどんなに会いたくないとしても、会うだろう。

その夜、わたしは家族と同じテーブルについていた。
家族はわたしを囲んで、難しい話をしていた。私の部屋の環境がよくないことや、私の自慢の金髪を更に綺麗にするための手入れが必要なこととか、新調して貰った今の帽子をやめて昔の帽子を探したほうがいいとか、あとはわたしには判らないカタカナの言葉や数字の話がそれに続いた。

その後、私はいつものようにまた真っ暗な部屋の中に戻された。
この一日で忘れたはずの黴の匂いが鼻をついた。そして、思い出したくもないのにあのチタンの眼鏡が頭に浮かんだ。彼はなにか嫌なものをわたしにプレゼントしにきたのだ。

このままうとうとするはずだったのに、突然ふたたび部屋の扉が開いて、猫とこの家の息子の顔が逆光の中に見えた。光のせいだろうか、華奢な息子の顔は蝋のように真っ白だった。埃にまみれた私の肌よりもずっと白く。

突然わたしの顔に冷たい滴が落ちてきて、驚いた。
いつもいつも、もう10年以上も私に笑顔を向け続けてきた彼が涙を流している。
彼の掌は、あのいけすかない眼鏡野郎のそれとは全く違って、とても柔らかくて暖かかった。彼の掌がわたしの髪を撫でる。この時間がわたしはすきだった。
だけども彼は泣いている。わたしは彼のそんな顔を見たくない。
できることなら目を閉じて、彼の暖かい掌に私の髪をずっと委ねていたい。

なのに、悔しいけれどわたしは目を閉じることも、泣くこともできない。
もしもわたしが目を閉じることができて、わたしの掌で彼の髪を撫でることができたのなら、同じ明日がずっと続いていたのだろうか。

 人は、こういう気持ちを淋しいとか悲しいとか云うんだ。




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12 コメント

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人形の眼 (lapis)
2005-10-18 00:39:35
早速、リクエストに答えていただき、ありがとうございます。人形の視点から描いた物語、堪能させていただきました。写真のシモン人形のイメージと相まってとても美しい物語になっていると思います。

人形は、ある意味、時が止まった永遠の存在であり、少年は時間の流れと共に変化していく。別れは、必然であるわけですが、何だか、一緒に時を止め閉じこめて置きたいような気がします。萩尾望都の「ポーの一族」のように。

マンガの読み過ぎでしょうか。(笑)

TBありがとうございました。こちらからもTB返しさせていただきましたので、よろしくお願いいたします。
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えっと (マユ)
2005-10-18 00:49:16
>lapis さま



ふはー(嘆)恥ずかしいものを読ませてしまいました。

大層不完全なものとなってしまいましたが、テーマとしては、「人間は人形のことを、時間が止まった(凍った)ものとして把握しているが、人形にも時がきちんと流れているとしたならば」です。だから「時間」を示す単語を必要以上にいっぱい使用してみたわけなのです。

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何故かドキッ! (alice-room)
2005-10-18 01:05:11
こういう感じの文章好きです。一瞬、視点が自分でないものに移る。なぜか少し後を引かれる感じが残りますね。素敵だと思いました。



と、同時に「えっ!?」と勝手に驚いたのは・・・。すみません、私かと思いました。眼鏡越しにちらちら窺っていたのは。

だって、たまにそういうことするしぃ・・・。触れてみたくなるしぃ・・・。まあ、いいのですけど(心臓に悪い。



文章を拝見していて、私の脳裏には芥川氏の「雛」が浮かんできました。どんな小説だったかも記憶に定かではないのですが、不思議な感じがしました。
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人形の魅力 (seedsbook)
2005-10-18 01:54:54
みなさん人形の魅力に伏せられていますね。

私は昔、人形の絵を描く注文を受けて描く羽目になりました。どうしてか引き受けてしまったんですね。西洋人形でしたが、その人形が好きになれず、どうしても怖い顔になってしまって困りました。安いお金と引き換えだったのに、何枚も描いてしまいそれでもうまく行かずに困った事けれど、一枚選んでもらいました。それで後に残ったのは怖い顔の人形の絵が5,6枚。すぐ絵の具で消しましたけど。。。。

マユさんの書く話はいつも素敵ですね。

人形の視線。

まゆさんを知らないのに、人形とまゆさんご自身が微妙にチラチラとだぶる感じを受けてしまいます。

葉っぱにたかるアブラムシの視線になって笑い話を書いた事がありますが、私などそのあたりがせいぜいです。(笑)

あれ、くだらん比較ごめんください。
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Unknown (さゆりん)
2005-10-18 09:04:03
人形の行く末はやはり気になりますね。眼鏡の男、かなりのマニアと見ました! それまでの「彼」とは全く別の愛し方をしてくれそう。人形は「あんなやつ嫌いだ」と言いながらも・・・・ぁぁ。どんな世界が待ち受けているのでしょう。

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Unknown (さゆりん)
2005-10-18 10:07:27
lapisさんが「ポーの一族」を挙げておられましたが、わたしは「風と木の詩」(by 竹宮惠子)を思い浮かべてしまいました。ちょっと俗な発想だったかも。。。

でも別離の物語でなく、禍々しい出会いの物語として読みたいです私。最後の一行で人形の時間が一瞬ふっと固まり、また別の気配を湛えて流れ始めそう、と思いました。
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思いがけず好評のようで・・・ (マユ)
2005-10-18 21:19:19
>alice-room さま



あらあら、眼鏡野郎とはとんだ失礼をいたしました(笑)

暴言ご容赦くださいませ。

人形というテーマは奥深いもので、こうやって勝手な妄想を膨らませれば、いくらでもストーリーが出来そうな気がします。人形の数だけではなく、その遍歴も含めればもっと沢山のストーリーがそれに付随するものでしょうから。



>seedsbook さま



私は、フジタの描く少女の絵がいつも人形と重なってしまいます。自分の体のサイズから見たらどうにも無理がある大きさの犬や猫を抱いたりするその姿や、白磁のような透明感のある硬質な肌。フジタの少女は、その種のコレクターの気持ちも強くくすぐります。

怖い顔の人形の絵・・塗りつぶしてしまったとは惜しいです。拝見したいような気がしました。



>さゆりん さま



『それまでの「彼」とは全く別の愛し方をしてくれそう』

という一文に触発されて、勢いで続編?外伝?を書いてしまいました・・・ご照覧くださいませ。

「ポーの一族」「風と木の詩」ともに読んだことがありません。「鍵」も忘れ果てています。

ほんと、本の話題になると私は貧相だなぁと痛感する今日このごろ。

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素敵ですね。 (架流真)
2005-10-18 21:56:04
人形の独白。

言葉が身に染みます。

きっと、求めず、与えず。な状態の人もこういう静かな思考の渦の中にいるんでしょうかね。

渦に飲まれ、渦が通じるのは根源。思考の先は帰納的に、当たり前の、でも何より大事なモノ(基礎)へと還る。



ただ、見てるだけの世界って、こんな感じなんでしょうかね…



えっと、めちゃくちゃな文章になってますけど。色々考えさせられる素敵な物語だと思います。

こういう物語、好きです^^
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わぁ!来てくれたんだ。 (マユ)
2005-10-18 22:04:14
>架流真 さま



ご訪問有難うございます~。

こんなマニアックなところにお越しいただけるなんて。

仏像記事もスカスカですけどありますので、お暇なときには是非どうぞ。

人形は通常「見られる」ものなので、敢えてここでは彼女に「見せて」みました。決して閉じることのない目は、きっと私たち人間よりもあらゆるものをまっすぐに、あるがままに見ているような気がするのです。

blog上の知人がたの間で、人形記事が沸騰していたので便乗して書いた記事です。



また是非是非、遊びにいらしてください。

固定客ばっかりですが、お客様は皆大層博識な方ばっかりで、素敵なサロンになってます。



・・店主が不甲斐ないのですが(爆)
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成る程 (lapis)
2005-10-19 00:36:54
解説ありがとうございました。それで、最後の一行が生きてくるのですね。

実は、さゆりんさん同様、続編をお願いしようかと、お邪魔したら、既に続編ができていました。(笑)

とても、嬉しい偶然でした。

マユさんとさゆりんさん、お二人に感謝いたします。
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