SAW1~4まで観ました。
この映画を観ていて思ったんですけど、今、私は「阿修羅」をみているんですね。
阿修羅というか「阿修羅界」かな。
というか、それを観る必要があるんだね。きっとそうだ。出来事は必然だもんね。
この映画を観る前はどうかなぁと思っていたけど、実際観てみたら悪くない。
それよりも、この映画と気が合ってるような感じもしなくもない。
だって、「生きていくうえで大事だよね」というのはいっぱいあって人それぞれなのかもしれないけど、
その拾ってるとこが同じところが多いように思える。
3と4を観て強く感じたのは、「固執」するのはよくないのですね。
そうなってしまうと大事なものというか、なぜ、何のために自分は今の状況の中にいるのかがわからなくなってしまうんだね。
中心がずれるということだ。
仏教でも「地獄絵図」なんてのがあったりするけど、あのSAWは現代の地獄絵図のよう。
地獄絵図っていつの時代にも必要ってことかな。
でも、その地獄絵図って自分でつくり上げてしまうものなんだよね。自分の状況は自分でつくる。
映画の中でもそう言っていたと思う。
そういう状況をつくり上げてしまうのは以外に簡単なのかも。それは、すぐ隣にあるかもしれないし、
それよりも、それは自分の中にあるのかも。それは全ての人間が持ち合わせているものじゃないかな。
私はここで「身近にありふれた言葉」が争いごとの元じゃないかと書いてるけど、
これって全ての人があたりまえに持っているものなんじゃないかと思ったんですね。でもそれはまだ何かはわからない。
そして映画の中でアイツが最後に言っていたんですよ。「私はおまえ達の中にいる」って。
この「ありふれた言葉」はアイツなんじゃないかと感じた。
アイツはいったいなんなんだろう。。。それを知っておくことが大事なんじゃないかなとも思った。
それを知っておくことで争いごとを防げるか、または最小限にくいとめることができるのかも。
しかし、この映画のようお話を創るときって、最初に全体を考えるのかな?
それとも、あとからつなぎ合わせていくのかな?そこらへんがジグソウな感じですね。
あれってジグソウのピースがつなぎあわされれば何かが見えてくるのかな?どうなんだろう。
この映画をめぐりあえてよかったと思っています。
今までなら避けて通る感じの映画だったと思うんですけど、教えていただき本当にありがとうございます。
ところで「SAW5」があるとか。。。これって去年の話かな?
あの映画を映画館で観るってどうかなぁと感じるけど、以外に私、平気で観てたりして。
「あ”~~~~マジでぇ~~~うそでしょ~~~あ””~~~~あ”~~~~・・・」と思いつつ
「これっていいかも。。。」なんてね。
ちょっとこれは無理っぽくないというのもいっぱいあるんだけど、2の注射器がいっぱい樽みたいなのに入ってるあの場面はそう思った。
「これっていいかも」ってね。
あと、素朴な疑問があるんですけど、あの映画が上映されて、その後、薬物中毒患者とか減ったんでしょうか?
もし、そこに効果があるんだったら、それこそ本当に意味のある映画になるのじゃないのでしょうか。
ていうか、私、この映画にすごい意味を求めてるんだけど。
なんでかな?わかんない。まぁいいや。。。と、私は決して固執はしませんから。まぁいいやと思っちゃうほうなんです。
固執はしません。はい。
そうそう、あとですよ、映画に中にお人形がでてくるんですけど、あれってお名前あるのかな?
なんかね憎めない感じなんですよ。ほっぺが赤いからかな?
ああいう雰囲気を「キモかわいい」でいいんだっけ?なんかねそんな感じのお人形なんです。
あのお人形はアイツみたいなもんなんでしょうね。
この映画を観ていて思ったんですけど、今、私は「阿修羅」をみているんですね。
阿修羅というか「阿修羅界」かな。
というか、それを観る必要があるんだね。きっとそうだ。出来事は必然だもんね。
この映画を観る前はどうかなぁと思っていたけど、実際観てみたら悪くない。
それよりも、この映画と気が合ってるような感じもしなくもない。
だって、「生きていくうえで大事だよね」というのはいっぱいあって人それぞれなのかもしれないけど、
その拾ってるとこが同じところが多いように思える。
3と4を観て強く感じたのは、「固執」するのはよくないのですね。
そうなってしまうと大事なものというか、なぜ、何のために自分は今の状況の中にいるのかがわからなくなってしまうんだね。
中心がずれるということだ。
仏教でも「地獄絵図」なんてのがあったりするけど、あのSAWは現代の地獄絵図のよう。
地獄絵図っていつの時代にも必要ってことかな。
でも、その地獄絵図って自分でつくり上げてしまうものなんだよね。自分の状況は自分でつくる。
映画の中でもそう言っていたと思う。
そういう状況をつくり上げてしまうのは以外に簡単なのかも。それは、すぐ隣にあるかもしれないし、
それよりも、それは自分の中にあるのかも。それは全ての人間が持ち合わせているものじゃないかな。
私はここで「身近にありふれた言葉」が争いごとの元じゃないかと書いてるけど、
これって全ての人があたりまえに持っているものなんじゃないかと思ったんですね。でもそれはまだ何かはわからない。
そして映画の中でアイツが最後に言っていたんですよ。「私はおまえ達の中にいる」って。
この「ありふれた言葉」はアイツなんじゃないかと感じた。
アイツはいったいなんなんだろう。。。それを知っておくことが大事なんじゃないかなとも思った。
それを知っておくことで争いごとを防げるか、または最小限にくいとめることができるのかも。
しかし、この映画のようお話を創るときって、最初に全体を考えるのかな?
それとも、あとからつなぎ合わせていくのかな?そこらへんがジグソウな感じですね。
あれってジグソウのピースがつなぎあわされれば何かが見えてくるのかな?どうなんだろう。
この映画をめぐりあえてよかったと思っています。
今までなら避けて通る感じの映画だったと思うんですけど、教えていただき本当にありがとうございます。
ところで「SAW5」があるとか。。。これって去年の話かな?
あの映画を映画館で観るってどうかなぁと感じるけど、以外に私、平気で観てたりして。
「あ”~~~~マジでぇ~~~うそでしょ~~~あ””~~~~あ”~~~~・・・」と思いつつ
「これっていいかも。。。」なんてね。
ちょっとこれは無理っぽくないというのもいっぱいあるんだけど、2の注射器がいっぱい樽みたいなのに入ってるあの場面はそう思った。
「これっていいかも」ってね。
あと、素朴な疑問があるんですけど、あの映画が上映されて、その後、薬物中毒患者とか減ったんでしょうか?
もし、そこに効果があるんだったら、それこそ本当に意味のある映画になるのじゃないのでしょうか。
ていうか、私、この映画にすごい意味を求めてるんだけど。
なんでかな?わかんない。まぁいいや。。。と、私は決して固執はしませんから。まぁいいやと思っちゃうほうなんです。
固執はしません。はい。
そうそう、あとですよ、映画に中にお人形がでてくるんですけど、あれってお名前あるのかな?
なんかね憎めない感じなんですよ。ほっぺが赤いからかな?
ああいう雰囲気を「キモかわいい」でいいんだっけ?なんかねそんな感じのお人形なんです。
あのお人形はアイツみたいなもんなんでしょうね。