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月の岩戸

世界はキラキラおもちゃ箱・別館
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シェダル

2013-01-21 07:30:43 | 詩集・瑠璃の籠

わたしはその日
月の岩戸の小部屋で
スケッチブックに小さな天使の絵を描いていた
白い紙の上を細いペンがすべると
少女の愛の夢物語のような
かわいい天使の姿ができてくる

ふと小窓の方から
しゃらんという鈴の音がした
わたしがスケッチブックから目をあげて
小窓の方を見ると
小さな星が ごめんなさいと言って
勝手に中に入ってくるところであった
手にはゼンマイに似た不思議な植物を持っている

これは土産です
あなたの胸の傷に とてもよい薬です
そのまま胸にあてて しばらく眠っていると
それだけで棘がいくつかなくなります

星は言った
わたしはありがとうと礼を言って
その植物を受け取った
すると確かに それを手に取るだけで
何か胸のあたりにある痛いものが
溶けようとして揺れ動くような気がする

星はシェダルだと名乗った
カシオペイアの宮で働いていると言った
シェダルは言った
遠いところをせっかく来たので
いろいろと見物してきたのですが
ここは騒がしいところですねえ
みなが 自分が一番偉いと言っている

わたしは答えて言った
ええ 彼らは しょっちゅう言うのです
いなかったらいやだというものになりたいと
絶対にいてほしいというものになりたいと
それで いろいろと奇妙な知恵を回しては
ずいぶんとえらくなっている
ここには それはたくさん 偉い人がいますよ

するとシェダルは明るく笑いながら言うのだ
やれやれ 大変だ
いてほしいと言ってもらわなければ
自分がいなくなるとでも思っているのかな
できるものなら 教えてあげたいものだ
この世界で一番偉いのは
古本屋のおやじだと

わたしはそれを聞いて 
玉をこぼすように笑ってしまった

ほんとうに けれども彼は
のおべるへいわしょうなんぞ 
もってこられたら きっと
冗談はよしてくれと 青ざめて逃げるでしょう

するとシェダルはそれを受けてまた言うのだ
人間は あんなものが欲しいと
まだ思っているんですねえ

わたしとシェダルはしばらく
会話を楽しんだ
シェダルは話を面白く言うのが得意で
少々口下手なわたしにも
とても気楽に楽しく話をすることができた

ではこのへんで そろそろ
今度いい薬を見つけたら
また持って来ますから

シェダルはそういうと
手を振りながら 小窓から出て行った

このなかでいちばんえらいのは
もっともちいさな 馬鹿です

わたしは記憶に残っているイエスの言葉を
自分なりに言い換えて言ってみた
本当に 自分が自分であれば
自分を飾るために必要な名誉など
何もいらないのだ
でも 自分を少しも飾ろうとしない人間は
ほかの人間にはとても馬鹿なものに見えるのだろう

ウジェーヌ・ポルは生涯古本屋の主人だった
安物で質素だが清潔なスーツを着ていた
人々を心から愛していた 
それだけで幸せな王様だったのだ



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エルナト

2013-01-20 07:28:09 | 詩集・瑠璃の籠

ある日 わたしが
表の部屋で相変わらず
書き物に熱中していると
誰か声をかけるものがいた
ふりむくとまた 星がいて
自分はエルナトだと名乗った

エルナトは言った
自分はおうし座とぎょしゃ座の
両方にいるのだが
一応おうし座の星ということになっている
けれどもわたしがいないと
ぎょしゃ座の宮の人手が足りないので
こうして定期的に
おうし座の宮とぎょしゃ座の宮との間を
往復しているのだという
今日はその移動の途中で
たまたま月の岩戸の近くを通り
見舞いに訪れたのだという

それはそれは 大儀にありがとう
わたしは言った
エルナトはわたしの姿を見て
ため息をつきながらしみじみと言った

ずいぶんと人間にやられましたねえ

そうですか とわたしは答える
別に そう痛くはありませんよ
するとエルナトはだまりこみ
一粒の沈黙に目を沈めて言った

どうしてそこまで 人間のためにやるのですか

わたしはわらって答えた
ずいぶんと昔のことですが
こういうことがありました
わたしはまじめですなおで
生きるたびにいいことをたくさんしてきたので
神さまが ひとつだけ
願いをかなえてやると おっしゃったのです
それでわたしは言ったのです

それならば どうか 人類を助けてください


それを聞いたエルナトは
まるであんまりだというように
目を見開いて
複雑な笑いをしながらわたしを見つめた
わたしはつづけた

神は約束をたがえませんから
必ず わたしの願いはかなうのです


あなたときたら
まるで少女のようだ

おや 彼の声がする
どこから聞こえてくるのだろう

そう思ったわたしは
小窓の方に行って外を見たが
誰の気配もなかった
ただ 窓辺にはやはり
一輪の青い百合がおいてある

ああ やはりあなただったのですね
そういいながら わたしは百合を手にとり
窓から首を伸ばして空を見ながら
どこかに彼の翼の音がありはしないかと
耳を澄ました

背中の方で エルナトが小さく何かをつぶやいて
ゆっくりと姿を消していくのが
気配でわかった



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翼の裸婦

2013-01-19 07:46:30 | 月夜の考古学

これは、2004年3月に発行した同人誌「ちこり」31号で使ったイラストです。
画材は鉛筆と消しゴム。

会員さんの作品につけた絵ですが、実は最初に絵を描いてあって、ちょうどこの絵がその会員さんの作品にあっていると感じて採用したというようなことを、記憶しています。

その人は家庭内で問題を抱えていて、たぶん一人で悩んでいて、内部の葛藤と戦っていた。自分の感情をどう扱っていいかわからないという感じの詩でした。

ちこりが廃刊になって以来、当時の会員さんとの交流はほとんどなくなりましたが、この絵をつけた詩を書いてくれた元会員さんとは、今も年賀状のやりとりをいています。

長いことやった同人誌ですが、今も交流があるのは、彼女を含めて3人くらい。
ほかの人はどうしてるかな? 彼女らにとって、「ちこり」とはなんだったのだろう。

少しでも、彼女らの心を照らせる光になれていたら、うれしいのですが。

一生懸命にやっていた同人誌。とうとう、思い出の地層の中の、化石になってしまったな。


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カストル ポルックス

2013-01-18 07:08:40 | 詩集・瑠璃の籠

岩戸の中が
狭いようで広いとわかってから
時々岩戸の中を少し散歩するようになった
何度ふすまを開けても
似たような和室があるばかりなのだが
あの朱いすみれのいる紺色のふすまには
あれから一度もあっていない

迷路のような岩戸の中を
迷っても心配はない
ある程度時間がたつと
わたしを心配したプロキオンが
ちるちると鳴いて呼び戻してくれるから

和室の空気はどこも清浄で
ほこりひとつもまじっていないほど澄んでいて
息をするのが楽なことが
これほど生きることを快くさせることだとは
思わなかった

でも 長いこと歩いてくると
だんだんと体が重くなってきて
肩や足が痛くなって 疲れてくる

わたしは そろそろ帰ろうと思ったが
まだプロキオンが鳴いてくれない
ふうと重い肩で息をして 少しめまいを感じながら
ふすまを開けた
するとその部屋には 小さな星が二ついて
それぞれに カストル ポルックスと名乗った

二つの星は声を合わせて
「疲れるでしょう たすけてあげましょう」と言って
わたしの上着のすそをめくった
わたしはおどろいた
わたしの上着の裏には
それはたくさんのオナモミが
びっしりとはりついていたからだ

「たくさんありますね ずいぶんとたくさん」
カストルがいった
「これはね 人の言葉の裏にある 暗い憎悪の棘なのです」
ポルックスがいった
「そんなものが しらないうちに
こんなところについて たまってしまうのです」
「それが重くて 痛くて 人は知らないうちに 苦しみ続ける」
「長い間 痛かったでしょう」
「長い間 重かったでしょう」

わたしは ぜんぜん気付かなかったと答えた
でもそういえば
長い間上着を着ていると ずいぶんと肩が凝り
何だか悪いものでも食べたように
おなかのあたりが苦しくなってきていたことを思い出した

カストルとポルックスは
わたしの上着の裏についたオナモミを
ていねいにひとつひとつとってくれた
オナモミを全部とってきれいになった上着を着ると
それはふわりと軽く 暖かかった

ああ 上着はこんなにやわらかくてやさしいものだったのかと
初めて知った
「よかったですね」
とカストルはいった
「着物の裏には 気をつけてください」
とポルックスはいった
わたしは「ありがとう」と言った

ああプロキオンがちるちると呼んでいる
わたしが立ち上がると 二つの星は言った
「わたしはカストル」
「わたしはポルックス」
「わたしたちはよく似ていますが」
「全く違う星です」

わたしは深くうなずき
まったくそのとおりですと 言った
すると二つの星は嬉しそうにきらりと光ると
ゆらゆらと互いを回りながら
空気に溶けるように静かに消えていった

プロキオンが呼んでいる
早く表の部屋に 帰らなければ
わたしは上着をひるがえして小走りに駆けだす
体が 風のように 軽かった





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瞳の少女

2013-01-17 07:23:58 | 月夜の考古学

これは古い。20代中ごろに描いた絵です。当時発行していた個人誌「ここり」の、中扉用のイラスト。画材は6Bくらいの鉛筆と消しゴム、綿棒くらいじゃなかったかな。

十代の頃の苦しさ、暗さをまだ引きずっています。大きな頭に大きすぎる瞳、何かを問いたげに真っ直ぐにこちらを見ている。唇はないかのように小さく、硬く閉じている。何も言えない。ただ、瞳だけがこちらを見ている。大きな頭の中には、たくさんの思いが泳いでいる。

かわいいお人形のような絵だけど、少々当時を思い出して、つらいな。

若い頃のことは、もうほとんど黒いものに塗りつぶされているかのように、あまりはっきりと思い出せない。ただ、苦しかったことは覚えている。だけど、ほとんどのことはもう、思い出さなくていいと、どこかで自分に区切りをつけてしまった。

この絵は、その自分で作ったスクリーンの向こうから、私に問いかけてくる、幼いころの私の幻影なのだ。

でもなんとなく、見ていると、同じ絵を今描いてみたくなるな。同じ手法で、この少女をもう一度描いてみたくなる。今描くと、少女はどんな顔をしているだろう。

いつか、あたらしく描き直した彼女を、ここで紹介するかもしれません。

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半眼の星

2013-01-16 07:30:37 | 随筆集・とんぼ玉

平成17年にPTA会長をしていたころ、役員会議の折に、資料の裏に描いた落書きです。
切り絵にしようかという意識があったらしく、前髪がゆれてさりげなく眉に触れている。少し線を整理すれば、切り絵の原画にすることもできたんでしょうが、PTAの資料を詰めたケースの中でずっと眠っていました。

内面ばかりを見つめているかのような半眼。微笑みは、まるで鼻の下に貼りつけたシールのようだ。あのころの自分がよく出ています。一生懸命にやっていたけど、本当は少し休みたかった。いろいろあって、疲れていたから。

でも、いろんな人の助けで、なんとかPTAの会長はやっていけました。といっても、わたしのやっていたことは、ただ皆さんに、手伝ってくださってありがとう、すみません、助かりますなどの言葉を、真心から言うことだけでした。

真心から、言葉を言う。けれどそれだけで、PTAの活動はとてもうまくいきました。
特にバザーなんかはすばらしかった。お母さんたちがミシンを踏んでたくさんの小物を作ってくださった。お父さんはいろんな機械を持ってきてくれて、会場にBGMを流したりしてくれた。皆が自分の力を発揮して、助け合って、楽しくやることができた。わたしがやっていたことは、ただ、会場を歩き回って、皆にお礼を言っていただけでした。

わたしが心がけていたのは、やってくださる方たちの本当の力と心に、本当に感謝するということです。その力と心の存在を認め、それをやってくださいとお願いする。それだけ。あとはただ、皆の周りをうろうろしているか、まあ会長として出なければならないところには出ていただけでした。

これを、「政をなすに徳をもってす」と言います。真ん中にいる人物が、正しく、美しく、人間を愛し、正しきことの的を外さず、愛のある美しい言葉と態度で皆に接していくと、皆の力や才能が正しく発揮されて、皆が正しく愛の元に協力し合い、物事が本当にうまくいくのです。

徳というのは要するに、勉強を怠らず正しいことやよいことをたくさんやってきた人が持つ見えない豊かさというものでしょうか。キリスト教では「天に積む富」という言葉に近いかもしれない。中心に、正しきことは何かということをしっかりとわかっていて、徳行を重ねた正しい人が豊かな愛をもって座っていると、それだけで物事はうまくいくのです。

自分のことをいうのは不遜に聞こえるかもしれませんが、わたしはそれをわかっていたので、それをPTA会長として実行したのでした。そうしたら、まことに、うまくいった。すべてが順調に流れて行って、一年間、本当に良い活動ができたと、後に人々がほめてくれました。

「政をなすに徳をもってす。たとえば北辰のそのところにいて、衆星のこれにむかうがごとし」(論語・為政)とは、こういうことです。

ほかにもひとつ例をあげておきましょう。

その星の名前は、マーティン・ルーサー・キングといいます。彼が声を発しただけで、大勢の黒人たちが、バスに乗らずに長い距離を毎日歩いたという。
キング牧師でなければ、絶対に誰も従わなかった。彼は北辰にふさわしい星でした。だから衆星が彼に従って動き、すべてがうまくいったのです。

徳とは何か、北辰とは何か。を語ってみました。本館なら論語エッセイに入れるところですが、別館なので、「とんぼ玉」に入れておきます。「月夜の考古学」でもよかったのですが。




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涙の聖母

2013-01-15 07:10:12 | 月夜の考古学

ちょっと写真がぼけてますが、これはこれで雰囲気がいいので、採用してみました。
2003年3月発行の同人誌「ちこり」27号の、中扉に採用した切り絵です。

確かこれには、対の作品として、小さな百合を持ったガブリエル天使の切り絵もあるはずなんですが、両方とも、原画は行方不明です。この絵は、同人誌に印刷された絵を撮影しました。

この絵のわきに、「わかっていることはただ一つ。これで人類は、また新しい歴史を学ぶ、ということ」という言葉が書いてあるので、何のことだろうと、ウィキで2003年の出来事を調べてみました。そうすると、この時期に、アメリカが起こしたイラク戦争があったことがわかりました。

あれから何年経っているのか。戦争は結局、どうなったのかな? いったい何が何でどうなったのか、今のわたしにはまるでわかりませんが。サダムとビンラディンが死んだことは覚えている。アメリカの正義が、崩れていきそうなほど、幻に似てきている。

バラク・オバマはノーベル平和賞を受賞したそうだが。

涙の聖母はなんで泣いているのだろう。



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月の世の物語・幻の炎獄編④

2013-01-14 08:13:20 | 画集・沈黙美術館

ジョン・レインウォーターは、黒髪に茶色の目をした小柄な男だった。
彼は、先祖から伝わる、不思議な儀式を、祖母から伝え聞いて知っていた。彼の祖母の話によると、レインウォーターの家系は、元をたどっていくと、膨大な移民がこの大陸を席巻してくる前に、ある小さな山懐の村で平和に暮らしていた原住民の一部族だったという。レインウォーターという名前も、元は、天からの水を意味する、その部族の、ある名家の名前からきているそうだ。

ある日彼は、ドラゴンに自分の先祖の話をした。そして先祖から伝わる不思議な儀式を行い、神の加護を願ったことがあるということを話した。その儀式をすると、間もなく、彼はアーヴィンと出会い、それを機に、一躍人気作家に上ってしまったということも話した。常識では考えられないことだが、と振りながらも、ジョンは、あれは先祖の神が導いてくれたことだと思い、毎朝神にささげる小さなお礼の儀式をしているという。

ドラゴンは、ジョンの話に興味を持ち、一度、このドラゴン社のために、神の加護を願ってみてはくれないかとたのんだ。セバスチャンのことをきっかけに、彼らの周りで不穏な動きが絶えなかったからだ。ジョンは少し考えたが、やってみましょうと快諾した。

彼は、昔祖先が神に会うために登ったという山に登り、小さな祠の前にテントを張り、三日ほど断食した後、儀式を行い、神にドラゴン社にご加護を下さるようにと何度も祈った。さて問題はそれからなのだ。

人間が、整った儀式で丁寧に神に呼びかけるとき、神がよってきてくださる場合もあるが、そのかわり、神ではないが高貴な霊が寄ってくる場合がある。この場合は、後者であった。地球上で活動していたある聖者が、ジョン・レインウォーターの祈りを聞きつけ、その真摯にも美しい心を感じとり、ジョンに近寄っていき、しばし考えた後、加護の願いに、よかろう、と言ったのだ。
つまり、白髪金眼の聖者は、自らの地球上での仕事とともに、ドラゴン社の守護聖者としても働くことになった。

そのころから、ドラゴンが少しずつ変わり始めた。ジョンもアーヴィンもセバスチャンも特に気にはしていなかったのだが…。

事態がとんでもないことになっているとわかるのは、ジョンが不慮の事故で死亡してからのことである。彼は死後、元の青年の姿に戻り、日照界に帰り、ゾウの指導をするはずであったが、友人から、自分が儀式でだれを呼んでしまったのかを聞き、愕然とした。

神が加護についてくださったほうが、ずっとましだ。あの聖者様が、ドラゴンの加護についてくれたら、いったいどういうことになるかわからない。ドラゴンだけでも、大変なのに!

彼は、役所に願いをだし、引き続き地球上で、ドラゴン社のために働けるようにしてもらった。そして地球に帰ってくると、ドラゴンの目つきが、かの聖者そっくりになっているのに気付いた。ジョン・レインウォーターだった青年は、見えない者として、それからもドラゴン社に在籍し、ドラゴンたちを裏から助けていった。そしてそれはいつか、これがあり得るのかという事態に発展していく。道理上ではできるはずのないことが、実現してしまう。まるで何かに導かれているかのように、運命はとんでもない方向に引き込まれてゆく。

かわねのすくや、いや、セバスチャン・クラークが、死んでいるはずのジョン・レインウォーターの存在に気付いたのだ。そして、見事な、次元間の対話に成功したのだ。死者と生者の対話である。あり得ないことが起こった。

それがどういうことになっていくのかは、裏側にいる聖者にしかわからない。だがその頃、篠崎什は一つの美しいがおもしろいヴィジョンを見ながら、詩を書くことに没頭していた。それはこれから起こることの予言だった。

それがなんなのか、読者は聞きたいだろう。要するに、人類のこれまで重ねてきた虚が、すべてこのセバスチャンとジョンの間にできた亀裂から、あふれ出てくる。人間の本当の愚かさが、次々と真実の元にさらされる。そういうことに、なっていくのだ。

ドラゴン・スナイダーは、そこに存在するだけで、人々の運命を大きな流れの中に道いていく。大きな渦の、嵐の中に。


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月の世の物語・幻の炎獄編③

2013-01-13 07:07:40 | 画集・沈黙美術館

人々よ
春の次に 秋が来る
炎の竜が 夏の帳をひき
無理矢理時の向こうへ飛ばしてしまった
しかし 秋の向こうの冬はやってくる
氷の棘の鎧をまとい 水晶の剣を持ち

燃えるような紅葉の木かと思ったら
それは炎に燃え上がる林檎の木であった
竜はその燃える林檎の実をとり
人々に食えという

それを いやといってはならない
にげてはならない
無理にでも 飲み込むのだ
林檎はおまえの喉を焼き
胃の腑にミミズの群れのような赤いケロイドを作る
その痛みはいかなるものであろう
だが人々よ その林檎は飲まねばならぬ

人々よ
彼 炎の竜は
おまえたちに
「馬鹿めらが」というだけで
お前たちを砕くことができる

人々よ それを信じざるを得ない光景を
いずれあなたがたは見ることであろう
ああ その驚きと痛みを思う時
わたしは苦しむ
だが 鞭の愛は君たちを導いてゆくことだろう
正しき道へと

炎の竜はやってくる
だが今からでも遅くはない
神の前に頭を垂れ
自らの過ちを悔み
許しを請いなさい


(『炎の竜』 詩・篠崎什)


    *


篠崎什、詩人、年齢不詳。相当な年齢のはずだが、姿は若く見える。年を経るに従い、美しくなり、もはや外見だけでは性別を判断できなくなった。あれは人間ではないと、ささやく者もいる。彼の名は詩人として国内外で多くの人に知られるようになったが、それは詩の美しさもさながら、彼自身の美しさのせいでもあった。本人はそれを知らなかった。そして、静かにも詩作にひたる自分の単調な生活が、影の血脈で、どのような恐ろしい嵐とつながっているかも、知らなかった。彼はそこに生き、存在しているだけで、強烈な霊圧差を地球上に生み、地球世界の霊的虚偽を猛烈に浄化する嵐を起こしていた。生きているだけで彼は地球に奇跡を起こしているのだ。
そして彼の発表した詩集もまた、静かな魔法を地球上に起こし始めていた。何もかもがはっきりと現実に見えてくるのは、たぶん、篠崎什が死んでからだろう。

なお、るみは、篠崎什の母親が亡くなった年に、布団を一組と、大きなカバンを二つ持って、篠崎家に乗り込み、そのまま住みついた。押しかけ女房という形だが、その日以来家事一切を引き受けてくれるるみに対し、とうとう什も折れて、籍を入れたそうだ。

彼らの結婚生活に関しては、いろいろと面白いエピソードがあるのだが、煩瑣になるので省く。想像してみると、よくわかると思う。




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月の世の物語・幻の炎獄編②

2013-01-12 07:33:22 | 画集・沈黙美術館

ドラゴン・スナイダー、42歳。

セバスチャン・クラークが助かったのは、彼のおかげだった。セバスチャンはある夜、アーヴィンと彼につきあい、夜のカフェで次の著作について熱弁した。ちなみに三人とも、酒は飲めない。ドラゴンはセバスチャンの話にただ聞き入っていた。話が終わり、終夜営業のカフェから出て、彼らが駐車場の暗がりに入った時だった。数人の男が、セバスチャンに襲いかかった。ドラゴンは反射的に、ひとりの男の手をとってひねりあげ、青い目を燃やして「この馬鹿が!!」と叫んだ。それだけで、相手はひるみ、大慌てで逃げて行った。
ドラゴン・アイズは夜にも光る。左手のやけどの痕がまたずくずくと痛んだ。

ドラゴンは変わり始めた。

アーヴィン・ハットンは常にドラゴンのそばにいて、ドラゴンが暴走するのをひきとめていた。
ジョン・レインウォーターは、ドラゴンに命じられて、山にこもり、不思議な仕事をしていた。
セバスチャン・クラークは二冊目の著書に着手した。

その頃、篠崎什から手紙がドラゴンの元に届いた。中には一編の詩が書かれていた。
篠崎什はドラゴンの正体を見抜いていたのだ。
ドラゴンは初めて、自分の力と、使命を確信する。

ドラゴン・スナイダー。炎の鞭の竜。

彼は、「馬鹿め」と言うだけで、相手を砕くことができる。

人類よ。わたしは、おまえたちを、炎の地獄で焼くために来た。


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