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月の岩戸

世界はキラキラおもちゃ箱・別館
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コカブ

2013-01-29 06:58:39 | 詩集・瑠璃の籠

プロキオンが 盛んにちるちると鳴いて
何やらいつもと様子が違う
あわてて籠のところへいって
どうしたのと問いかけると 
窓の向こうから声がした

籠の戸をあけてやってください
しばしの間 こいぬの宮に帰ると言っています

見ると窓の外にまた星がいる
その星をどこかで見たことがある
それもとてもなつかしいと感じながら
わたしは籠の戸を開けた
プロキオンは ちると鳴いて
籠から出てゆき 途端に鳩のように大きくなって
いっぺんに空の向こうに帰ってしまった
かわりに訪ねてきた星が中に入ってきて 言った

大丈夫 すぐに帰ってきますから
お宮で仕事があるのですよ
わたしはコカブと申します
こぐまの宮からきました

ああ とわたしは何かに気付いたかのように言った
だが 何に気付いたのか皆目わからない
わかったような気がしたのだが
コカブはくすりと小さく笑って言った

今わからないのは仕方ありません
でもあなたは わたしをよくしっています
あなたはポラリスとはとても仲良しでしたから
ポラリスとは近いわたしを よく知っているのです

わたしはそれを聞いて 何やら少し胸が痛むような気がした
思い出したら つらいことがあるような気がした
コカブはそれに気づいて 風のような魔法の歌を歌ってくれた
そうすると 壊れてもろくなったわたしの心臓が
気持ちの良い薬で固められて 少し強くなったような気がする

あなたは思い悩むことはありません
すべて わたしたちはやっていますから
今は何も考えなくていいのです
ポラリスは あなたを愛していると伝えてくれと
言っていました
愛していると

ああ とわたしは言った
涙が流れるような気がしたが 流れなかった
それは誰かが わたしの感情の回路に
必要以上の情量が流れないように
ブロックしているからだと わたしはある時期から気付いている
あまり大きな情動を起こしてしまうと
わたしの心はとても困ることになるらしい

わたしはコカブに言った
昔 ひとりぼっちだったとき
隣で寝ていたわたしの子供が寝言で
愛してるよ と言ったことがありました
わたしはそれを ああ 見えない誰かが
子供の寝言を使って わたしに言ってくれたのだと思いました
わたしはうれしくて 涙が出た

知っています とコカブは言った
だからあなたは 繰り返し
地上の友に手紙を書き
愛していると書くのですね

はい そうです
わたしたちは 友
彼とわたしは かけ離れているが
同じ仲間
あの魔法の言葉が 彼にはどうしても必要だと
思ったのです

コカブは微笑みながら沈黙し
しばしの間 わたしを優しさで包んでくれた

ポラリスは動けませんから
代わりにわたしがきたのですが
その方がよかったろうな
もしポラリスがきてしまったら
あなたはいっぺんに故郷を思い出して
帰ってしまうかもしれない

そうなのですか とわたしは言った

ええ とコカブは答えた
そして言った
ああその言い方 あなたらしい
いつもあなたは そんな感じでいうのです
ああ そうなのですか と
なつかしい 姿は違っても
あなたは あなただ

そうなのですか とわたしは言った
そしてつい 笑ってしまった
そうなのです わたしはいつも そんな感じに言います

コカブはただ 優しく微笑んでわたしを見つめていた
その瞳は ずっと昔から知っている人を見ているような感じだった
でも今の私には それ以上のことに気付くことができない

窓の向こうから ちる とプロキオンの声がして
白いこいぬの星が窓から入ってきた
そして何も言わずに籠に入って 自分で籠の戸を閉めた

やあ 帰ってきた
さて これでわたしの仕事も終わりです
プロキオンがいない間 あなたを一人ぼっちにしないようにと
言われていたので では

そういって帰っていこうとするコカブに
わたしは思わず言った

ああそうだ 
ポラリスに 言ってください
愛していると とても とても 愛していると

するとコカブは目を細めて笑い
もちろん と言って窓の向こうに飛んで行ってしまった

籠の戸の留め金を 一応閉めながら 
わたしはプロキオンに言った
ほんとうはあなた 出ようと思えばいつでも自分で出られるんだね
それなのに 籠の中にじっとして
わたしといっしょにいてくれるんだね

ああ わたしのまわりは今 愛でいっぱいだ
だれだったろう ポラリス
きっといつか 思い出せるに違いない



コメント (1)
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