
ジョン・レインウォーターは、黒髪に茶色の目をした小柄な男だった。
彼は、先祖から伝わる、不思議な儀式を、祖母から伝え聞いて知っていた。彼の祖母の話によると、レインウォーターの家系は、元をたどっていくと、膨大な移民がこの大陸を席巻してくる前に、ある小さな山懐の村で平和に暮らしていた原住民の一部族だったという。レインウォーターという名前も、元は、天からの水を意味する、その部族の、ある名家の名前からきているそうだ。
ある日彼は、ドラゴンに自分の先祖の話をした。そして先祖から伝わる不思議な儀式を行い、神の加護を願ったことがあるということを話した。その儀式をすると、間もなく、彼はアーヴィンと出会い、それを機に、一躍人気作家に上ってしまったということも話した。常識では考えられないことだが、と振りながらも、ジョンは、あれは先祖の神が導いてくれたことだと思い、毎朝神にささげる小さなお礼の儀式をしているという。
ドラゴンは、ジョンの話に興味を持ち、一度、このドラゴン社のために、神の加護を願ってみてはくれないかとたのんだ。セバスチャンのことをきっかけに、彼らの周りで不穏な動きが絶えなかったからだ。ジョンは少し考えたが、やってみましょうと快諾した。
彼は、昔祖先が神に会うために登ったという山に登り、小さな祠の前にテントを張り、三日ほど断食した後、儀式を行い、神にドラゴン社にご加護を下さるようにと何度も祈った。さて問題はそれからなのだ。
人間が、整った儀式で丁寧に神に呼びかけるとき、神がよってきてくださる場合もあるが、そのかわり、神ではないが高貴な霊が寄ってくる場合がある。この場合は、後者であった。地球上で活動していたある聖者が、ジョン・レインウォーターの祈りを聞きつけ、その真摯にも美しい心を感じとり、ジョンに近寄っていき、しばし考えた後、加護の願いに、よかろう、と言ったのだ。
つまり、白髪金眼の聖者は、自らの地球上での仕事とともに、ドラゴン社の守護聖者としても働くことになった。
そのころから、ドラゴンが少しずつ変わり始めた。ジョンもアーヴィンもセバスチャンも特に気にはしていなかったのだが…。
事態がとんでもないことになっているとわかるのは、ジョンが不慮の事故で死亡してからのことである。彼は死後、元の青年の姿に戻り、日照界に帰り、ゾウの指導をするはずであったが、友人から、自分が儀式でだれを呼んでしまったのかを聞き、愕然とした。
神が加護についてくださったほうが、ずっとましだ。あの聖者様が、ドラゴンの加護についてくれたら、いったいどういうことになるかわからない。ドラゴンだけでも、大変なのに!
彼は、役所に願いをだし、引き続き地球上で、ドラゴン社のために働けるようにしてもらった。そして地球に帰ってくると、ドラゴンの目つきが、かの聖者そっくりになっているのに気付いた。ジョン・レインウォーターだった青年は、見えない者として、それからもドラゴン社に在籍し、ドラゴンたちを裏から助けていった。そしてそれはいつか、これがあり得るのかという事態に発展していく。道理上ではできるはずのないことが、実現してしまう。まるで何かに導かれているかのように、運命はとんでもない方向に引き込まれてゆく。
かわねのすくや、いや、セバスチャン・クラークが、死んでいるはずのジョン・レインウォーターの存在に気付いたのだ。そして、見事な、次元間の対話に成功したのだ。死者と生者の対話である。あり得ないことが起こった。
それがどういうことになっていくのかは、裏側にいる聖者にしかわからない。だがその頃、篠崎什は一つの美しいがおもしろいヴィジョンを見ながら、詩を書くことに没頭していた。それはこれから起こることの予言だった。
それがなんなのか、読者は聞きたいだろう。要するに、人類のこれまで重ねてきた虚が、すべてこのセバスチャンとジョンの間にできた亀裂から、あふれ出てくる。人間の本当の愚かさが、次々と真実の元にさらされる。そういうことに、なっていくのだ。
ドラゴン・スナイダーは、そこに存在するだけで、人々の運命を大きな流れの中に道いていく。大きな渦の、嵐の中に。
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