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月の岩戸

世界はキラキラおもちゃ箱・別館
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スピカ

2013-01-26 07:42:12 | 詩集・瑠璃の籠

月の岩戸は暖かい
いつも春のようだ
わたしは薄手の上着を着ているが
それも時々 必要ないときがある
上着を脱ぐと
ひとつふたつ オナモミが付いているときがある
わたしが黙ってそれをとると
プロキオンがネズミのように
ちゅうと鳴く

今日はとても暖かいので
書き物をやめて 
岩戸の中を散歩することにした
わたしは最近 誰かが
細ったわたしの骨を透明な力の棒で
補強してくれているのに気付いた
胸の中にある気持ちも ずいぶんと傷んで
ところどころ砕けているのだが
それも丁寧につくろったり
不思議な光る樹脂のようなもので
崩れているところをしっかり固めてくれている

すっかり溶けてなくなった指にも
細い百合のつぼみのような
白い義指がつけてある
それはまことによくできていて
ちゃんと私の意志に従って正確に動いてくれる

まるでさいぼうぐのようだなあ
などと思いながら
わたしは岩戸の中を探検する
ふすまを開けるたびに 新しい部屋に出会う
見覚えのある同じ部屋に入ることなど
めったにない
一体ここには
いくつ部屋があるのだろう
とにかくどこにいっても
空気だけは爽やかで
半分以上つぶれてしまったわたしの肺が
少しずつ 風船のように膨らんでくる

もうそろそろ帰ろうかと思いつつ
またふすまを開けると
なんとそこには 金柑の木の畑があった
星が一つ 木の上でくるくると回りながら光っていて
不思議な歌を歌っている
その歌を聞いていると思わず引き込まれるように
わたしは金柑の林の中に入ってしまった
甘酸い香りの空気が 肺の中に入ってきて
それはわたしの肺の中の
朽ちてしまった傷の深みに入ってきて
まるで蝶々が踊るように傷をやさしく撫でてくれる

少し痛い気もするが 空気を吸うのが
また少し楽になって わたしはまた
自分がひどい病気だったのだと ようやく気付くのだった

ああ きてくださいましたか

星はわたしを見て言った
そして自分はスピカであると名乗った
スピカというとなんとなく女性のような名前だが
その声は明るく強く すがすがしい若い男のような声だった

香りだけでも だいぶ楽になるでしょう
実が完熟したら 干して煎じて
お茶にして持っていきますから
毎日飲んでください
だんだんとよくなってきますから

わたしは ありがとうと言う言葉しか言えない
どうしてそんなに
みなが親切にしてくれるのだろうと
問うてしまうと みなが困るような気がして

わたしがしばらくの間
金柑の木の間を 香りに包まれながら歩いていると
ちるちるとプロキオンが呼ぶ声がしてきた
わたしはまた 深くスピカに礼を言って
その部屋を出た



コメント (1)
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