コメント(私見):
『いいお産のためには助産師さえいれば十分だ! 正常分娩であれば産科医の存在は邪魔で、産科医はむしろいないほうがいい!産科医は異常分娩にだけ関わっていればいい!』 と考える人もいます。
しかし、正常分娩というのはあくまで結果であり、最終的に正常分娩になるかどうか?は分娩が完全に終了してみないと誰にも予測できません。
助産師と産科医とが一致協力してお産に関わっていくことが重要だと思います。どんな大病院であっても、正常の分娩経過であれば、分娩介助の主役は助産師であり、実質において、自宅や助産所での分娩介助と何ら変わりがありません。産科医は単なる傍観者でしかありません。しかし、ひとたび異常事態が発生すれば、直ちに医療の力を借りないと母児の命が危険にさらされることになります。産科医だけの力では全く手に負えないような異常事態もまれではありません。いざという時には、新生児科医、麻酔科医、脳神経外科医など大勢の医師達の助けも必要となります。
お産で命を落としてしまっては何にもなりませんから、『いいお産』のためには(現代の医療水準に見合った)安全性確保は絶対の最低条件です。安全性を無視しての『いいお産』はありえません。
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日本の妊産婦死亡率の推移を見ると、1950年は10万分娩に対して176でしたが、2000年には6・3となりました。また、周産期死亡率(早期新生児死亡率と妊娠28週以後の死産率との合計)の推移を見ても、1950年は出生1000に対して46・6でしたが、2000年には3・8となりました。
これらのデータから、この五十年間で日本の分娩の安全性が著しく向上したことがわかります。また、現在の日本の周産期医療は世界でもトップレベルの水準に達していると考えられます。
しかし、今の日本でも実際には、千人に4人の赤ちゃんが、また1万人に1人の母親がお産で亡くなっているわけですから、現在の医療水準であっても、必ずしも、一般に信じられているように『お産は母児ともに安全』とは限りません。
まして、万一、このまま地域から産婦人科医が絶滅してしまって、昔(五十年前)の医療水準に戻ってしまったら、現在の何十倍もの母児がお産で亡くなりかねないということを一般の人達にもよく理解していただきたいと思います。
崩壊の危機に直面している地域周産期医療体制を守ってゆくために、我々は今何をしなければならないのか?何ができるのか?それぞれの地域の実情に合わせて、長期的な視野に立って、地域全体で考えていく必要があると思います。
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もちろん、各地域で自前の医師確保の努力をすることも非常に重要です。しかし、地方の病院が、自前の医師確保対策だけで、必要な常勤医数を安定的に維持し続けるのは非常に難しいと思います。たとえ一時的にうまくいっているように見える病院であっても、個人的理由で突然の離職者が出現したとたんに、一気に奈落の底に突き落とされる事態となってしまいます。
地元大学の産婦人科への入局者が増えて、地域医療に理解のある教授のもとで、活発に診療・研究・教育活動が行われるようになれば、地域の産科医療問題は解決の方向に向けて大きく前進すると思います。
****** 共同通信、2009年1月16日
妊産婦の死亡率3百倍 先進国に比べ、後発途上国
【要約】 国連児童基金(ユニセフ)は15日、後発発展途上国の妊産婦の死亡率が、先進国の300倍以上に上るとする2009年版の「世界子供白書」を発表した。ベネマン事務局長は「妊産婦死亡の約80%は、基本的な医療措置さえ受けられれば避けられた」と指摘。死亡の大半を占めるアジア、アフリカの発展途上国や国際社会の取り組み強化を促した。白書によると、05年に妊娠や出産に伴って死亡した女性は世界で約53万6000人。同年のデータで、欧米や日本などの先進国で妊産婦が死亡するのは8000人に1人の割合だったが、発展途上国では76人に1人、後発発展途上国では24人に1人だった。