ある産婦人科医のひとりごと

産婦人科医療のあれこれ。日記など。

産科医不足 地域越えた連携望む

2007年12月20日 | 飯田下伊那地域の産科問題

多くの医療圏で里帰り分娩を制限すれば、医療圏外から里帰り分娩で流入してくる妊婦さんの数が減る一方で、本来なら医療圏外に里帰り分娩で流出する筈だった妊婦さん達も里帰り分娩ができなくなってしまうので、結局、プラス・マイナス・ゼロで地域内の総分娩件数は期待通りに減ってくれない可能性もあります。

県全体の産科勤務医数が急減し、どの医療圏でも必要な医師数を確保できなくて困り果てている状況下で、医療圏間の垣根をどんどん高くして、少ない産科医の争奪戦をしているだけでは、現状の産科勤務医不足の問題はなかなか解決できないと思われます。

それぞれの医療圏内の連携・協力だけではもはや解決できそうにない大きな問題だとすれば、今後、各医療圏の産科医療体制が順次崩壊していく危機を回避するためにも、従来の医療圏の枠を超えて連携・協力していく必要があると思います。

産科の勤務で一番つらいのは、勤務医の頭数が少ないと、それだけ当直回数が増えてしまうことだと思います。現在は、悪い勤務環境から逃れるために多くの産科勤務医が離職し、残された者の勤務環境がますます悪化するという悪循環に陥っています。

全体の産婦人科医の数が急減し、当分の間は増える見込みがないということであれば、医療圏の枠をとっぱらって分娩施設をセンター化して、当直業務に関わる産科医の(1施設当たりの)頭数を増やして当直業務の負担を減らすしか手はないと思われます。

しかし、例えば、『人口30万人程度のエリアで産科施設をセンター化する』というような構想を、政策によって短期間のうちに実現するのは並大抵のことではありません。少なくとも、この1~2年では絶対に不可能だと思われます。まだ、現状では多くの人々のコンセンサスを得るのは難しいと思います。

最近は産科施設数がどんどん減っていて、一つの医療圏に一つの産科施設を確保することすら、だんだん危うくなりつつありますから、あと5~6年も経過すれば、自然淘汰的に分娩施設数は適正な数に落ち着いていくのではないでしょうか?

****** 中日新聞、長野、2007年12月19日

産科医不足 地域越えた連携望む

 急転直下で決まった。「飯田市立病院は来年4月から、産科医が1人減る見込みになりました。地域住民の出産を守るため、里帰りや他地域住民の出産を一部制限します」。市が11月4日、発表した。急を要する重要事項ということで、週明けに持ち越さず日曜日の会見で、牧野光朗市長や千賀脩院長らが顔をそろえた。

 飯田下伊那地域では以前から産科医不足が深刻で、出産できる医療機関は市立病院と2つの開業医だけ。医師5人の市立病院に出産約1000件を集中させ、開業医で妊婦検診を担う連携システムを構築していた。

 「ギリギリの状態」(産科医)ながら、従来の年間約1600件出産を維持。全県的にもモデル的な取り組みとして注目されていた。

 ことし8月の段階では、この秋にも信州大から市立病院に医師1人が派遣されて増員。来年4月からは、常勤産科医がいなくなる松川町の下伊那赤十字病院に派遣する構想も浮上していた。

 正直、なんて頼もしい地域だろうと思っていた。

 ところが、上伊那地域における産科医不足の進行が、飯田下伊那にも暗雲をもたらした。予定していた医師は結局、伊那市の伊那中央病院に配属。ある産科医は「飯伊は順調と言っていたせいだ」と悔しがった。

 上下伊那とも危機的状況に変わりはない。飯伊で取材をしていて残念だったのは「上伊那は上伊那で、下伊那は下伊那で」という繰り返し聞いた言葉。

 出産を取り巻く現場はじわりじわり侵食され、厳しい現実に地域の境などない。しかし、行政や医師らが対策を協議する会議室には明確な境界線がある。

 地域を担う人たちが、その地域の医療を優先したい思いは理解できる。ただ、不便を強いられる妊婦のことを真っ先に考えるべきではないだろうか。

 今、多くの自治体が施策に「子育て支援」を掲げている。出産に対する支援とは別なのか。疑問がわいてくる。そして悲しい。

 産科医不足は上下伊那に限ったことではない。どこも制限によって地域の出産を乗り切ろうとしている。各機関の事情はあるかもしれないが、事態が悪化する可能性もある。

 産科医が急激に増えることが見込めない中で、境界線ととらえる視野をより広くもち、上下伊那が互いに手を取り合った”伊那谷連携モデル”は目指せないのだろうか。

 新たな命の誕生のためにも。【石川才子】

(中日新聞、長野、2007年12月19日)