CHIKU-CHANの神戸・岩国情報(散策とグルメ)

神戸・岩国の最新情報を中心に紹介していきます。歴史や時事について調べた結果を紹介。

東アジア地域包括的経済連携(RCEP)交渉 in 神戸

2017年02月24日 16時43分12秒 | 時の言葉
2月27日から3月3日まで、神戸市ポートアイランドの神戸コンベンションセンター
において、東アジア地域包括的経済連携(RCEP)交渉の第17回交渉会合が開催
されます。

アジア16ヵ国の首席交渉官により全15分野のうち、これまで「経済技術協力」
と「中小企業」で合意しており、今回は「物品貿易」「サービス貿易」「投資」
など残り13分野を交渉することになっています。

世耕経済産業相は経済連携交渉の進展に期待するとのメッセージを発信されています。
詳細は下記NHKテレビ報道  首席交渉官が非公式会合
 http://www3.nhk.or.jp/news/html/20170224/k10010888981000.html

神戸市のHPによれば「実現すれば、人口約34億人(世界の約半分)、GDP約20兆ドル
(世界全体の約3割)、貿易総額約10兆ドル(世界全体の約3割)を占める広域経済圏
が出現します。日本の主要輸出先である東アジア諸国を多く含む経済協定である
ことから、日本経済には大きなプラス効果が期待される」とのこと



本ブログでは東アジア地域包括的経済連携(RCEP)とは というテーマで
記事を書いていきます。

1.東アジア地域包括的経済連携(RCEP)とはWikipediaより

 東南アジア諸国連合加盟10ヶ国(インドネシア、カンボジア、シンガポール、
 タイ、フィリピン、ブルネイ、ベトナム、マレーシア、ミャンマー、ラオス)に
 日本、中国、韓国、インド、オーストラリア、ニュージーランドの6ヶ国を
 を含めた計16ヶ国で自由貿易協定(FTA)を進める構想。


 英文名:Regional Comprehensive Economic Partnershipの略

2.過去のRCEP会合
  2013年5月9日〜5月13日の日程でブルネイにおいてRCEP交渉の第1回会合が
  開催以降16回の会合が重ねられています。

  2013年 3回  第1回~第3回
  2014年 3回  第4回~第6回
  2015年 4回  第7回~第10回
  2016年 6回  第11回~第16回

 会議の内容詳細は外務省のHPに記載提供されています。(下記サイト)
  http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/fta/j-eacepia/

 Wikipediaでも内容を簡略化してまとめられています
  https://en.wikipedia.org/wiki/Regional_Comprehensive_Economic_Partnership



3.TPP VS RCEP

  CNNの下記サイトで議論されています。
    http://edition.cnn.com/2017/01/24/asia/tpp-rcep-nafta-explained/index.html
 

内容はまだはっきりと解らないが実情です。
引き続き勉強します。

4.将来構想

 日本は、将来的な構想として、RCEP(東アジア地域包括的経済連携)と
 TPP(環太平洋経済連携協定)を合わせた「FTAAP(アジア太平洋自由貿易圏)」
 の実現を目指しているそうです。





  
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神戸市長田区駒ヶ林町の散策記 on 2017-2-19 その5 平忠度の腕塚

2017年02月24日 04時25分04秒 | 神戸情報
本日は駒ヶ林町の散策シリーズの第5回として平忠度の腕塚をお送りします。
腕塚堂や平忠度塚という呼び方をする場合もあります。

これまでの記事

  第1回 駒林神社の復興された大鳥居といかなごくぎ煮発祥の地の碑

  第2回 駒林神社

  第3回 海泉寺

  第4回 駒ヶ林蛭子神社

平忠度の腕塚の基本情報

住所:神戸市長田区駒ヶ林町4丁目5-8
所有者:駒ヶ林4丁目南部自治会


所在地のGoo地図はこちら
 
アクセス
・JR神戸線「新長田駅」下車、南西へ徒歩15分
・神戸市営地下鉄「駒ヶ林駅」下車、南西へ徒歩5分





上の2枚の写真は腕塚の中の代表的な施設の十三重塔と塔の底部の石碑
塔の底部には平朝臣薩摩守忠度卿 御廊所と書かれた石碑があります。
平忠度腕塚は平成11年(1999)2月24日神戸市市認定地域文化財(史跡)に認定

腕塚堂は下記に記載のように散っていった平忠度の死を悼み、彼の切り取られた
右腕をを埋めて供養したものである。

平忠度(たいらのただのり)は平清盛の末弟で、腕力の優れた武将として有名、
また藤原俊成に師事し歌道にも秀でた才能を持つ人物である。寿永3年(1184)
一の谷合戦において、平忠度は西の城戸口・一の谷の大将軍でした。
合戦に敗れて駒ヶ林めざして落ち行く途中、源氏方の岡部六弥太忠澄と戦い、
忠澄の首を討ち取ろうとしたところを、忠澄の家臣に右腕を切り落とされて
しまいます。忠度はついに静かに念仏して討たれました。
その箙には、「行きくれて木の下かげを宿とせば花やこよひの主ならまし」
という歌が書かれた紙片が結ばれていたことで、初めて平忠度であることが
わかったと伝えられています。


上の写真は現地の説明石碑


上の写真は左手にある堂内。
平忠度の御廟所としてこの堂内に位牌も祀られています。
ここも腕塚神社と同じように平忠度の切り落とされた腕を埋めたところと伝えられ
腕、腰、足の痛みがなおると人々に信仰されています。


上の写真は百度石


上の写真は「腕塚堂 従三位 朝臣 薩摩守忠度卿 御廊所」と書かれた石碑


平忠度を悼んで詠まれた歌が掲示されています。(上の写真)


上の写真も歌碑 


上の写真は位牌の収められている堂の対面のお地蔵さん群
駒ヶ林の周辺は源平合戦の犠牲者を祀った地蔵や色々な願いを込めたお地蔵さまが
とにかくたくさんあります。




平忠度腕塚堂は初めての方には判りにくいと思います。
上の写真は海泉寺や駒林神社が面している4車線の道路(兵庫県道489号)に
面したところにある看板と道標の拡大写真です。

路地を入っていくと「うでつか」と書かれた石碑があります(下の2枚の写真)






上の写真のような路地を進むと平忠度腕塚堂があります。


上の写真が平忠度腕塚堂の入口。


上の写真は手水設備


上の写真は平忠度腕塚堂の外観

腕塚堂から東に約300メートル離れた野田町8丁目には、平成14年度に地域文化財に
認定された、平忠度胴塚(首塚)があります。

今回は訪問していないので過去の訪問記にリンクしておきます。
 平忠度の胴塚(首塚)on 2009-4-6

平忠度公終焉の場所に関しては、ここ長田の地であるという説以外にも明石であると
いう説があり、山陽電車「人丸前駅」付近に腕塚神社が、そしてその南に忠度塚など
があります。

こちらについても過去の訪問記にリンクしておきます。
 両馬川旧跡と腕塚神社 on 2008-7-20

 忠度塚 on 2008-6-12
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