CHIKU-CHANの神戸・岩国情報

神戸・岩国の最新情報を紹介していきます。また、最近のキーワード についてメモを作成していきます。

蕨駅開設記念碑

2007年02月28日 06時03分17秒 | Weblog

JR蕨駅の階段を降りたところにあります。

明治22年(1889)2月22日に蕨駅が
開設された旨の記述があります。

昭和17年7月26日 当時蕨町の町長代理
助役の岡村丙氏の撰書

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大名の食事

2007年02月27日 06時29分57秒 | Weblog

弘化元年(1844)5月牧野遠江守が中仙道蕨宿
本陣加兵衛家に宿泊した時の夕食の献立を再現
したもので蕨市の歴史資料館の展示の写真です。

一番左は焼魚(わかなこ)
真ん中は飯、味噌汁(根芋)、たくあん、
    あんかけ(生いか、いんきんのせん)
    長芋、椎茸、あわび、玉子焼き
一番右はレンコン、酢の物(白瓜、いなご)
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あられのさかぐちと雛人形

2007年02月26日 05時56分36秒 | Weblog


写真はあられで有名なさかぐちの店の
ショ-ウィンドーの中に飾れている雛人形
で今の季節を感じます。

あられのさかぐちのHPで場所がわかります。


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ウィリアム E エアトン

2007年02月25日 11時32分15秒 | Weblog


William E Ayrton ウィリアム E エアトンは
1847-1908

明治11年(1878)3月25日日本で初めてアーク灯を
ともした。この日は「電機の日」として今でも生きている。

エアトンは明治6年(1873)より明治11年(1878)
工部省工学寮電信科の初代教授で、わが国電気工学の基礎を築いた。
日本のエジソンと呼ばれる藤岡市助は3期生としてエアトンの
教えを受けている。
エアトンはロンドン大学で学び、1867年に学士試験に合格した。




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蕨宿まつり

2007年02月24日 11時47分46秒 | Weblog


蕨は中仙道の宿場町として発展してきました。
毎年11月3日に蕨宿宿場まつりが開催されています。
2006年は23回目となります。
信長、秀吉、家康+鉄砲隊
織姫道中パレード
宿場サンバパレードなどのイベントがあります。

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中井出世不動尊

2007年02月23日 06時04分45秒 | Weblog

以下説明文より簡略引用。

所在地:新宿区中落合4丁目18番16号

堂内に中井出世不動尊像があります。
江戸時代の遊行円空(1632-1695)の作で、
不動明王、矜羯羅童子(こんがらどうじ)、
制咤迦(せいたか)童子の3体からなっている。

円空生誕の地に近い尾張一宮の真清田神社の
東神宮寺より移された。
明治時代までは中井御霊神社の別当不動院に
安置されていた。
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松平定信墓と霊厳寺

2007年02月22日 05時57分01秒 | Weblog

松平定信は江戸中期陸奥白河(福島県)藩主であり
天明7年(1787)老中となりました。
松平定信の行った改革は寛政の改革と言われ
天明の打ちこわし後の江戸の秩序回復に努めました。
とくに七分積金の制度は町方入用を節約させ不時の
備蓄にあてたものです。
明治には東京府の公共事業に役立ちました。
また松平定信は白河候とも呼ばれていました。
霊厳寺の周辺の地名白河は白河候に因むものと
言われています。

霊厳寺の住所:江東区白河1-3-32

霊厳寺は霊厳により寛永元年(1624年)創立。
万治元年(1658年)現在地に移転。
境内には、上記の松平定信の墓の他に
深川に住んでいた地蔵坊正元が六体造立した
という金銅丈六座像、正元の江戸六地蔵
の1つが現存。
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蕨市三学院

2007年02月21日 05時57分21秒 | Weblog


写真は蕨市の三学院の写真です。
山号は金亀山
三学院は敷地も広く立派な寺です。

写真は本堂ですが他に3重の塔、鐘楼、地蔵堂
門、目疾地蔵、子育て地蔵、水舎などがあります。
蕨市の指定文化財三学院梵字馬頭観音塔があります。
地域札所足立坂東20番であったことがこの石塔に
書かれています。
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NHK スタジオパークからアイラブユー

2007年02月20日 05時50分07秒 | Weblog


自由と博愛の国フランスからのお客さま
バイオリン奏者のニコラ・ドートリクール氏(33歳)と
ピアノ奏者の碓井俊樹氏の共演演奏会があった。

Nicolas Dautricourt氏の紹介 HPはこちら

碓井氏は世界で活躍されている日本を代表する
ピアニストです。

碓井俊樹氏のHPはこちら

曲目は
ビゼー=サラサーテ:カルメン幻想曲
マスネ:タイスの瞑想曲
フォーレ:夢のあと
サラサーテ:ツィゴイネルワイゼン

司会は片野順子氏(ジャーナリスト)

次回は2007年3月18日(日)
 14:30より15:30

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波除神社

2007年02月19日 05時33分41秒 | Weblog

上の写真は築地波除社境内廼図で
蕨市の歴史民族資料館に展示されていた
ものを撮ったものです。
波除神社は江戸時代「なみよけ稲荷」とも
呼ばれ毎年4月の初午の祭礼での賑わいは
大変有名であったようです。
龍虎の頭を獅子頭のように作り木遣りを
唄いながら町々を渡したといいます。
本図はそうした波除稲荷の賑わいを描いた
錦絵です。
築地の風景は3代広重が描き踊りを楽しむ
大勢の人々は狂斉時代の暁斉が描いた合作
だそうです。


上の写真は獅子頭です。
今でも3年に1回6月に行われる例大祭では獅子頭が
築地周辺を練り歩きその伝統を伝えています。

江戸時代、築地の南側は尾張徳川家の蔵屋敷があり
社殿前の天水鉢は船から陸揚げする小揚げの人達から
奉納されたもので中央区の文化財に指定されています。
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