CHIKU-CHANの神戸・岩国情報

神戸・岩国の最新情報を紹介していきます。また、最近のキーワード についてメモを作成していきます。

NICT、スマートメーターを活用した放射線量監視の実証に成功

2011年08月27日 07時07分14秒 | Weblog
標題のNewsが目にとまりましたのでリンクさせていただきます。

記事の内容要約:
  情報通信研究機構(以下、NICT)は8月25日、線量計をスマートメーターの
  無線機と接続し、継続的に常時放射線量を測定し、その測定値の時間的な
  変化を収集・表示することに成功したことを発表した。

  この技術の実験により、放射線量の高い地域における、人の立入りを
  抑えた放射線量監視の一形態が実現できるを実証しました。

 NICTのHPプレスリリースはここから参照できます。


マイコミジャーナルの記事

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青森から愛知までの広域放射線量地図作成へ

2011年08月20日 05時14分30秒 | Weblog
広域の放射線量地図、作成へ…青森から愛知まで(読売新聞) - goo ニュース

政府や東京電力、福島県などで構成するモニタリング調整会議
東北から中部地方までを測定した広域の放射線量地図を作ることを決めた。

航空機で測定した上空の放射線量から地上1メートルの放射線量を計算する。
一定条件での統一されたデータであるので同じレベルで比較できる有用な
データであると思われます。


他の地域は拠点に設置のモニタリングステーションやモニタリングポストの
連続データさらに環境衛生研究所(地域によって名称は変わる)による測定
データで全国規模のデータが判る。
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お盆の意味と施餓鬼の意味 仏教用語(6)

2011年08月14日 07時33分34秒 | Weblog
日本の伝統イベントであるお盆の意味について調べてみました。

高田佳人著の英語で話す仏教 Q&Aでは次のように書かれています。
「盂蘭盆会(うらぼんえ)を略してお盆といっているのです。盂蘭盆とは
ウランバナという古代インドの言葉の音写で、逆さ吊りの苦しみという
意味を表わします。
O-bon is an abbreviation of Urabon-e,which is a transliteration
of the indian word ullabana,a word which denotes the suffering
that comes from being hung upside down.
 (中略)
日本で最初に行われたお盆は606年7月15日(旧暦)推古天皇の時と
いわれています。先祖の魂を信じて大事にしてきた日本人の心情に
よくなじみ、盂蘭盆会は日本流の形で定着したのでしょう。
The first O-bon was said to have been observed on July 15
in the year 606 during the time of Empress Suiko.
Probably because it suited the feelings of the Japanese
people who had believed in and venerated the souls of
their ancestors,urabon-e became established in this
japanese form.」


Wkipediaで盂蘭盆会の解説を参照すると、下記のように書かれています。
盂蘭盆会(うらぼんえ、ullambana、उल्लम्बन)とは、安居(あんご)の最後の日、
7月15日 (旧暦)を盂蘭盆(ullambana)とよんで、父母や祖霊を供養し、
倒懸(とうけん)の苦を救うという行事である。これは『盂蘭盆経 』(西晋、竺法護訳)
『報恩奉盆経 』(東晋、失訳)などに説かれる目連尊者の餓鬼道に堕ちた亡母への
供養の伝説による。


詳細はこちら

施餓鬼について広辞苑 第四版に次のように書かれています。
「飢餓に苦しんで災いをなす鬼衆や無縁の亡者の霊に飲食を施す法会。
今日では盂蘭盆会と混同。水陸会。施餓鬼会。
<季・秋>盂蘭盆。
河川や海上で施餓鬼を行う時に出す船のことを施餓鬼船という。」


http://kaizenji.org/sonota/segaki.htmlのサイトには次のように施餓鬼を
解説されています。
「施餓鬼」とは正に字面の如く「餓鬼に施す」という意味である。「餓鬼」とは六道
(天上道、修羅道、人間道、畜生道、餓鬼道、地獄道)のうち、餓鬼道に落ちて
苦しんでいる亡者のこと。餓鬼が口にしようとするものは忽ち炎と化し、何一つ
食べることが出来ず飢えの苦しみには際限がない。自分の力ではこの苦しみから
脱することが出来ない餓鬼に、食べ物を施そうというのが「施餓鬼供養」である。

実際には、食べることで(つまり他の命を奪うことで)自己の命を繋いでいる自分の
罪深さ、或いは食べ物に対する感謝の念を自覚するための供養である。
「いただきます」「ごちそうさま」という日常的な言葉の中にも、この教えが生きて
いるのだろうと思う。


なお六道については小生のBlogを参照してください。

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被爆66周年長崎原爆犠牲者慰霊平和祈念式典 in 長崎 on 2011-8-9

2011年08月09日 17時18分23秒 | Weblog
今まで、広島の平和記念式典については何度か記事を書きましたが
長崎の平和記念式典については今回が初めての寄稿となります。

長崎市松山町の平和公園祈念像前で8月9日10時35分より
被爆66周年長崎原爆犠牲者慰霊平和祈念式典が挙行されました。

NHKテレビでその様子を観ましたのでその内容を紹介します。

上の画面の写真は会場となった平和公園祈念像前です。

上の写真は田上長崎市長、遺族代表による原爆死没者名簿の奉安。



上の写真は遺族代表、被爆者代表、小学生代表、中学生代表、高校生代表
による献水。
無念の被爆者は水を求めたそうです。


原爆が投下された1945年8月9日 11時2分に長崎の鐘が鳴り響き
黙祷が行われました。


上の写真は平和宣言を読み上げる田上富久長崎市長。
全文は下記のとおり。
今年3月、東日本大震災に続く東京電力福島第一原子力発電所の事故に、私たちは愕然としました。爆発によりむきだしになった原子炉。周辺の町に住民の姿はありません。放射線を逃れて避難した人々が、いつになったら帰ることができるのかもわかりません。
 「ノーモア・ヒバクシャ」を訴えてきた被爆国の私たちが、どうして再び放射線の恐怖に脅えることになってしまったのでしょうか。
 自然への畏れを忘れていなかったか、人間の制御力を過信していなかったか、未来への責任から目をそらしていなかったか……、私たちはこれからどんな社会をつくろうとしているのか、根底から議論をし、選択をする時がきています。
  たとえ長期間を要するとしても、より安全なエネルギーを基盤にする社会への転換を図るために、原子力にかわる再生可能エネルギーの開発を進めることが必要です。

 福島の原発事故が起きるまで、多くの人たちが原子力発電所の安全神話をいつのまにか信じていました。
 世界に2万発以上ある核兵器はどうでしょうか。
 核兵器の抑止力により世界は安全だと信じていないでしょうか。核兵器が使われることはないと思い込んでいないでしょうか。1か所の原発の事故による放射線が社会にこれほど大きな混乱をひきおこしている今、核兵器で人びとを攻撃することが、いかに非人道的なことか、私たちははっきりと理解できるはずです。
  世界の皆さん、考えてみてください。私たちが暮らす都市の上空でヒロシマ・ナガサキの数百倍も強大になった核兵器が炸裂する恐ろしさを。
 人もモノも溶かしてしまうほどの強烈な熱線。建物をも吹き飛ばし押しつぶす凄まじい爆風。廃墟には数え切れないほどの黒焦げの死体が散乱するでしょう。生死のさかいでさまよう人々。傷を負った人々。生存者がいたとしても、強い放射能のために助けに行くこともできません。放射性物質は風に乗り、遠くへ運ばれ、地球は広く汚染されます。そして数十年にもわたり後障害に苦しむ人々を生むことになります。
 そんな苦しみを未来の人たちに経験させることは絶対にできません。核兵器はいらない。核兵器を人類が保有する理由はなにもありません。

 一昨年4月、アメリカのオバマ大統領は、チェコのプラハにおいて「核兵器のない世界」を目指すという演説をおこない、最強の核保有国が示した明確な目標に世界の期待は高まりました。アメリカとロシアの核兵器削減の条約成立など一定の成果はありましたが、その後大きな進展は見られず、新たな模擬核実験を実施するなど逆行する動きさえ見られます。
 オバマ大統領、被爆地を、そして世界の人々を失望させることなく、「核兵器のない世界」の実現に向けたリーダーシップを発揮してください。
  アメリカ、ロシア、イギリス、フランス、中国など核保有国をはじめとする国際社会は、今こそ核兵器の全廃を目指す「核兵器禁止条約(NWC)」の締結に向けた努力を始める時です。日本政府には被爆国の政府として、こうした動きを強く推進していくことを求めます。
 日本政府に憲法の不戦と平和の理念に基づく行動をとるよう繰り返し訴えます。「非核三原則」の法制化と、日本と韓国、北朝鮮を非核化する「北東アジア非核兵器地帯」の創設に取り組んでください。また、高齢化する被爆者の実態に即した援護の充実をはかってください。  
 長崎市は今年、国連や日本政府、広島市と連携して、ジュネーブの国連欧州本部に被爆の惨状を伝える資料を展示します。私たちは原子爆弾の破壊の凄まじさ、むごさを世界のたくさんの人々に知ってほしいと願っています。
  「核兵器のない世界」を求める皆さん、あなたの街でも長崎市と協力して小さな原爆展を開催してください。世界の街角で被爆の写真パネルを展示してください。被爆地とともに手を取り合い、人間が人間らしく生きるために平和の輪をつなげていきましょう。  

 1945年8月9日午前11時2分、原子爆弾により長崎の街は壊滅しました。その廃墟から、私たちは平和都市として復興を遂げました。福島の皆さん、希望を失わないでください。東日本の被災地の皆さん、世界が皆さんを応援しています。一日も早い被災地の復興と原発事故の収束を心から願っています。
  原子爆弾により犠牲になられた方々と、東日本大震災により亡くなられた方々に哀悼の意を表し、今後とも広島市と協力し、世界に向けて核兵器廃絶を訴え続けていくことをここに宣言します。  
              2011年(平成23年)8月9日
               長崎市長 田上 富久


東日本大震災や福島第1原発事故を受けた今年の平和宣言を要約すると
被爆国が再び放射線の恐怖に脅かされる現状を指摘し、
今後の社会づくりに向けた深い議論を呼びかけると共に
「原子力に代わる再生可能エネルギーの開発を」と訴えた。
また、長崎が廃虚から復興したことに触れ「希望を失わないで」
「世界が応援している」と被災地にエールを送った。
NHKテレビの番組ではこの平和宣言文を作成にあたっての経過について
報道されていました。


上の写真は被爆者代表松尾久男さん83歳による平和への誓い。


上の写真は管首相の挨拶。


上の写真は中村法道長崎県知事の挨拶。


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原爆死没者慰霊式 平和祈念式(平和記念式典)in 広島 on 2011-8-6

2011年08月06日 10時54分43秒 | Weblog
毎年、広島平和記念公園で行われる原爆死没者慰霊式 平和祈念式
(平和記念式典)は今年66回目を迎えます。

2011年8月6日(土)の10時のNHK Newsより式典の様子を写真紹介します。


上の写真は平和記念式典が行われた広島平和記念公園の様子です。


上の写真は遺族代表の中根しのぶさんと子供代表の中野小6年田中翔太が
原爆が投下された午前8時15分に平和の鐘を鳴らし、出席者は黙祷した。


上の写真は、この1年間に亡くなったか、新たに死亡が確認された被爆者
5785人の名簿が収められるシーンです。
名簿は3冊増え100冊になり、27万5230人になったそうです。


上の写真は挨拶する松井一実市長です。松井市長は今回が初めての平和宣言の
読み上げとなります。この「平和宣言」で松井市長は被爆体験の継承を誓い、
核兵器保有国に廃絶への取り組みを要請。
福島第1原発事故を受けて核の平和利用に疑問を投げ掛ける声を紹介し、
政府にエネルギー政策の見直しを求めた。
平和宣言の全文です(広島市のHP)

過去の平和宣言及び英文による平和宣言(広島市のHP)

松井市長の平和宣言のあと、菅首相は原発への依存度を引き下げ、
原発に依存しない社会を目指していくと挨拶した。

昨年の平和式典に関する小生のBlogです。

終戦記念日に関する小生のBlog

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大阪府におけるセシウム137の月間降下量は・・・

2011年08月02日 17時37分51秒 | Weblog
2011年7月26日のちちんぷいぷいで、標題の内容が紹介されて
いましたので引用させていただきます。

内容は下記のとおりです。



元データは大阪府公衆衛生研究所がこの50年間継続して
測定されているデータを整理したものです。

結論を言えば、今回の福島第一原発の事故によるセシウム137
の検出量(1ヶ月間の降下ばいじん中のセシウム137の量)は
米ソ中が核実験をしていた1963年5月のレベル=
690ミリベクレル/平方キロメートルに対して
大阪府に流れてきたと推定されている4月のデータで
7.9ミリベクレル/平方キロメートルの低レベルであったとの
報道がありました。

またチェルノブイリ事故のあった1986年5月の
48ミリベクレル/平方キロメートルと較べても低レベル
であった。
また5月になるとさらにその数値は下がり4月の約8分の1
になっているとのことです。

詳細は大阪府公衆衛生研究所のHPで公表されています。
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