CHIKU-CHANの神戸・岩国情報

神戸・岩国の最新情報を紹介していきます。また、最近のキーワード についてメモを作成していきます。

城下町 三田の街めぐり on 2018-6-17 その1 三田天満神社

2018年06月21日 06時39分44秒 | 神戸市以外の兵庫県
2018年6月17日、神戸電鉄を利用して三田へ出かけていました。
三田へは人と自然の博物館へは2度ほど訪問したことがありますが、三田の旧城下町を
観るのは初めてです、

三田は明治時代初期に神戸に出て巨大な富を築いた藩主の九鬼隆義、白洲退蔵、
小寺泰次郎などが神戸で活躍し神戸の発展に寄与しており神戸とは深い関りがあります。

三田天満神社の基本情報

住所:三田市天神3丁目34番5号  TEL:079-562-2647
御祭神:菅原道真、伊弉諾尊、大己貴命、大歳大神、伊弉冊尊、少彦名命
    拝殿内には大歳宮、天満宮、熊野宮、山王宮と記載
創建:千数百年前 三田神祠(じんじ)と号して大歳神社が祀られていた


公式サイト:http://www.eonet.ne.jp/~sandatenjin/

Goo地図を添付しておきます。


拝殿と舞殿

上の写真は拝殿と舞殿を中心とした境内の遠景


上の写真は拝殿の近景です。

本殿



上の写真は三田天満宮の本殿

三田天満神社の現地説明板

上の写真は三田天満神社の現地説明板。

天文14年(1545)には当時の領主赤松村秀は社殿を造営、大歳神社であったが
天満神社に改められた。寛永10年(1633)に初代三田藩主となった九鬼久隆
(在位1633-1649)も天神神社を崇敬し九鬼家歴代の祈願所とし社領の安堵や社殿の
営繕工事などが行われました。現在の本殿は享保19年(1734)の火災で社殿、社宝、
記録などが焼失した後の、元文4年(1739)に7代藩主九鬼隆由(在位1733-1743)
が寄進したもの。境内には三田市で一番古い古い寛文2年(1662)銘の一対の石燈籠がある。
年代から九鬼家2代藩主の九鬼隆昌(在位1649-1669)の寄進か?。


参考資料として三田藩九鬼家十三代のリストを添付しておきます。


随身門(神社山門)






上の3枚の写真は随身門=神門(神社山門)と門を守る随身像
随身とは貴族の外出の際、身を守る役人のこと
通常、随身門の右手は左大臣、左手は弓矢をもっている矢大臣が配置


扁額は三田藩士出身の九鬼隆一男爵(冠位:従二位 勲一等)が揮毫の 「春萬燿徳遺」
読みは「しゅんばんようとくい」
「徳を遺し 萬春にかがやく」

九鬼隆一男爵(1852-1931)についてWikipediaより略歴を記載しておきます。
九鬼 隆一(くき りゅういち、嘉永5年8月7日(1852年9月12日)- 昭和6年(1931年)
8月18日)は明治時代から昭和初期にかけての日本の官僚、政治家。旧綾部藩士。男爵。
号は成海。摂津国三田出身。慶應義塾に学んだのち文部省に出仕し、若くして文部少輔
(現在の事務次官)にまで栄進。1884年(明治17年)、駐米特命全権公使に転じ、
1888年(明治21年)に帰国すると図書頭、臨時全国宝物取調委員長、宮中顧問官、
帝国博物館総長を歴任。美術行政に尽力した。また貴族院議員、次いで枢密顧問官を兼任。
1900年(明治33年)に総長を退いてからは枢密顧問官を長く務めた。
1914年(大正4年)には郷里に三田博物館を設立し、自らの美術コレクションを展示・公開
している。息子は哲学者の九鬼周造。


九鬼隆一ぼ号 九鬼成海の名で天神公園内に石碑が建てられていますのでその
説明板と共に写真を添付しておきます。(下の2枚の写真)




三田博物館に関連して三田博物館跡の石碑と説明板も添付(下の2枚の写真)
三田博物館跡の石碑は三田ふるさと学習館の対面に設置されています。





撫で牛

上の写真はどこのの天満宮でも見かける撫で牛

飛び梅



上の2枚の写真は飛び梅と現地説明板


境内社

上の写真は拝殿左手の境内社
左手より金刀比羅神社、八幡神社、淡島神社


上の写真は右手の稲荷神社(中央)、右手に素盞鳴尊社




上の2枚の写真は同じく拝殿右手にある意志神社と説明板





上の2枚の写真も同じく拝殿右手にある竃戸社と説明板

山茶花の連理





上の3枚の写真は山茶花の連理と説明板。

2017年6月23日付けの朝日新聞でも紹介されておりリンクさせていただきました。
 https://www.asahi.com/articles/ASK6N6KRVK6NPIHB02N.html

神武天皇礼拝所

上の写真は神武天皇礼拝所

年中催事

上の写真は年中祭事 出所:三田天満宮のリーフレットより










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カフィート・ハグでのモーニング on 2018-6-16

2018年06月20日 05時59分27秒 | 神戸情報
2018年6月16日、萩原珈琲店の直営店「Cafeat Hug(カフィート・ハグ)」
でモーニングをいただきましたので写真紹介します。

Cafeat Hug カフィート・ハグの基本情報

住所:神戸市西区学園東町6丁目18-3 TEL:078-202-5609
営業時間:9:00~21:00
定休日:無休

2015年1月21日に開店したそうです。

公式HP:http://www.hagihara-coffee.com/index.asp

神戸高専の向かいにあります


当日、注文したのはモーニングAプレート 745円(税込)です。
2015年にモーニングを頂いた時は500円でしたが、何時からは判りませんが
上記の値段に値上がりしています。


上の写真は奥様のイチゴジャムのAプレートです。


上の写真は私のマーマレードのAプレート
イチゴジャムも食べてみましたが俄然マーマレードが好みです。


上の写真はコーヒー


上の写真は駐車場から撮ったカフィート・ハグの建物外観


前回の訪問記:

カフィート ハグ Cafeat Hug by 荻原珈琲店のスイーツパスポートメニュー on 2018-5-8 


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しゃぶ葉 垂水名谷店でのランチ on 2018-6-12

2018年06月19日 04時36分24秒 | 神戸情報
2018年6月12日、しゃぶ葉 垂水名谷店で頂いたランチ(しゃぶしゃぶ)を
写真紹介します。2018年1月24日に開店したお店ですが、初訪問です。
しゃぶ葉はスカイラークグループのニラックス株式会社が運営するチェーン店です。

しゃぶ葉 垂水名谷店の基本情報
住所:神戸市垂水区名谷町2043-1  TEL:078-794-7706
営業時間:ランチは11:00~16:00 ディナーは16:00~24:00 
定休日:なし(無休)

公式サイト:https://nilax.jp/brand/syabuyo/store/831.html

当日、注文したのは「平日ランチ限定 お肉3皿付 お野菜食べ放題セット」お肉は
豚肉ロースを選択 999円(税別)

●豚セット      999円+税
●牛豚セット    1,099円+税
●国産牛セット   1,499円+税

出汁は基本の白だしと選べる出汁の二種類で下記の6種類から1つ選択します。
・本格すき鍋だし
・こく旨チゲ味噌だし
・柚子塩ちゃんこだし
・塩糀仕立ての豆乳だし
・生姜風味の豚骨もろみだし≪季節のお出汁≫
・ハーブとまるごとレモンのオリーブオイルだし

当日は塩糀仕立ての豆乳だしを選択しました。

料金は10%割引クーポンを利用しましたので1人1,000円以下でした。


上の写真は豚肉ロースと出し汁


上の写真は野菜を入れたところ


上の写真は奥様が選んだタレとちらし寿司


上の写真は私が選んだタレとカレー


最後にデザートも頂きました。
辛口の奥様も満足そうでした。


上の写真は食べ放題メニューの看板


上の写真は 6/8(金)~7/16(月)実施のイベリコキャンペーンの看板


上の写真はお店の外観です。


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北海道の名付け親 松浦武四郎と綱敷天満宮

2018年06月18日 05時06分21秒 | 神戸情報
2018年6月16日(土)、須磨歴史倶楽部の例会で松浦武四郎に関する発表が
ありました。これに刺激され今回のブログ作成に繋がりました。

まず、松浦武四郎(1818-1888)の経歴を簡単に記載しておきます。
松浦武四郎は6回の蝦夷地調査を実施。蝦夷地詳細な地図を作成さらに北海道の
名付け親としても知られる。

文化15年(1818) 2月6日 伊勢国志部須川村(現在の松阪市小野江町)に生まれる
          松浦時春(桂助)の四男
文政7年(1824)  近くの寺で読み書きを習い、「名所図会」を愛読
天保元年(1830)  津藩平松楽斎の私塾に学ぶ(13歳~16歳)
天保4年(1833)  2月手紙を残して突然家出→江戸で見つかり連れ戻される

天保5年(1834)  全国を巡る旅に出る。(17歳~20歳)
           松浦武四郎の旅の資金は篆刻で稼いでいたと言われています
           篆刻の技は16歳の時江戸での居候先、漢学者の山口遇所より習得
天保9年(1838)  長崎で大病、「禅林寺」で出家し僧侶「文桂」となる
天保10年(1839) 平戸の「千光寺」で住職を務める(22歳~24歳)

天保14年(1843) 長崎でロシア南下の危機を知り、蝦夷地を目指す。
           郷里へ戻り参宮と父母の墓に参る、「西海雑誌」を著す

弘化2年(1845)  第1回蝦夷地探査。商人和賀屋孫兵衛の手代に身を変え、
           函館→森→有珠→室蘭→襟裳→釧路→厚岸→知床→根室→函館を巡る
弘化3年(1846)  第2回蝦夷地探査。松前藩医西川春庵の下僕「雲平」として調査
           江差→宗谷→樺太→宗谷→紋別→知床→宗谷→石狩→千歳→江差
嘉永2年(1849)  第3回 蝦夷地探査。函館から船で国後島、択捉島へ渡る
           ここまでは松浦武四郎の私的な探査

嘉永3年(1850)  これまでの3回の調査を「初航蝦夷日誌」全12冊、「再航蝦夷日誌」
          全14冊、「三航蝦夷日誌」全8冊という題でまとめる。
            以降は幕府の公認、援助のもとに探査が進められています。

安政3年(1856)  第4回蝦夷地探査。函館→宗谷→樺太→宗谷→函館
安政4年(1857)  第5回蝦夷地探査。函館→石狩→上川→天塩→函館
安政5年(1858)  第6回蝦夷地探査。北海道全ての海岸→十勝→阿寒→日高

安政6年(1859)  6回の探査結果を東西蝦夷山川地理取調図として纏める
           26冊の折り畳み式縦が2m40cm、横が3m60cm

明治2年(1869)  開拓判官に任命される。道名・国名・郡名撰定に尽力、叙従五位
     蝦夷地にかわる名称として、「日高見道」、「北加伊道」、「海北道」、
     「海東道」、「東北道」、「千島道」の6つの案を上申

     この中から 「北加伊道」が採用された。加伊はアイヌ民族を指す古い言葉

明治3年(1870)   開拓判官辞職(従五位返上) 
明治8年(1875)   北野天満宮へ大神鏡を奉納 上野東照宮に大神鏡を奉納
明治9年(1876)   上野東照宮へ大神鏡を奉納
明治12年(1879)   大阪天満宮へ大神鏡を奉納
明治13年(1880)  吉野の金峯山神社へ大神鏡を奉納
明治15年(1882)  太宰府天満宮へ大神鏡を奉納
明治18年(1885)  1月までに25霊社へ小神鏡と石標奉納
           第1回大台ケ原探査(68歳)
明治19年(1886)  第2回大台ケ原探査、「聖跡二十五霊社順拝双六」
明治20年(1887)  第3回大台ケ原探査 

明治21年(1888)  2月10日、東京神田五軒町の自宅で脳溢血により死去
    遺骨は東京都豊島区駒込の染井霊園の1種ロ10号2側に埋葬されているほか、
    武四郎が最も好きだったという西大台・ナゴヤ谷に明治22年(1889年)に
    建てられた「松浦武四郎碑」に分骨されてもいる


聖跡二十五社天満宮
松浦武四郎は明治18年1月までに西日本の天満宮二十五社選んで聖跡とし、小神鏡と石標を奉納
聖跡二十五社天満宮は以下のとおりです。

第一番   菅原院天満宮 
第二番   錦天満宮   
第三番   菅大臣天満宮 
第四番   吉祥院天満宮 
第五番   長岡天満宮  
第六番   与喜天満宮
第七番   威徳天満宮
第八番   道明寺天満宮
第九番   佐太天神宮
第十番   大阪天満宮
第十一番  露天神社
第十二番  福島天満宮
第十三番  長洲天満宮
第十四番  網敷天満宮
第十五番  休天神社
第十六番  曽根天満宮
第十七番  大塩天満宮
第十八番  滝宮天満宮
第十九番  御袖天満宮
第二十番  厳島神社摂社天神社
第二十一番 防府天満宮
第二十二番 網場天満宮
第二十三番 太宰府天満宮
第二十四番 上宮天満宮
第二十五番 北野天満宮

綱敷天満宮の説明板

上の写真は綱敷天満宮の松浦武四郎と須磨綱敷天満宮について記載の現地説明板
撮影:2015-10-18
松浦武四郎が奉納した小神鏡の写真も掲示されています。

奉納者の間島吉延さんは神戸史談 292号(2003年7月)で「松浦武四郎と須磨綱敷天満宮」
と題して記事を投稿されています。

その他、兵庫県立図書館で松浦武四郎に関する記事は次のようなものがあります。
(下の写真)


西国街道に建つ石標と説明板





上の3枚の写真は西国街道に建つ石標と説明板です。撮影:2018-6-16
設置場所は本宮長田神社 菅の井広場の斜め対面です。
説明にも書かれているように「西国街道から綱敷八幡宮への案内標識」も兼ねています。
前述の兵庫県立図書館で松浦武四郎に関する記事リストで眞野修さんは歴史と神戸 194号
で失われた松浦武四郎の石碑という題で記載されており、現在の石碑は松浦武四郎が
奉納したものではなく復刻されたものです。

綱敷天満宮(神戸市須磨区)

地元では「須磨の天神さま」の愛称で親しまれています。
住所:神戸市須磨区天神町2-1  TEL078-734-0640
綱敷神社は菅原道真公所縁の神社であり全国に同名の神社が多数あります。
昌泰4年(901)に藤原時平の陰謀で菅原道真は都を追われ、九州の大宰府に
左遷されたおりに、風雨が強かったので一時須磨に上陸され、地元の漁師たちは
松の木の下に漁網の大綱を巻き、円座を作り、その上に管公を休息させました。
このときの綱を敷いたことにちなみ、綱敷神社の名称がつけられたようです。
実際には村の吉凶を占うため綱引きをしたのがつなしきに変化したという説もある。
24日、25日は例祭。1月15日に初天神。7月の七夕祭りや10月の須磨まつり源平夢行列
などの催しもあります。
神社内の由緒書きには以下のように紹介されています。
「延喜元年二月菅原道真公九州へ御左遷の御途次海上風波高く航しかねて此地に
上陸し給い里の浦人等は網の綱を丸めて円座として座を設けました道真公はここに
安居し給い暫く旅の疲れを休められ須磨の風光を賞でられた 菅公薨せられて後
七十六年目の天元二年時の須磨人等がその御像を模し祠を建ててお祀り申しあげた
のが当社の創始である。
 当天満宮は日本二十五社の内第十四番の霊社にして特に学問の神として崇敬厚く
真威赫々として庶民の信仰を集め霊験又顕著であります。」

上記の説明のように創始時期は天元2年(979)であります。
摂津国25社のうちの第14番霊社は菅原道真公の旧臣である武部家伝来の天満宮
御所在地記に明記されています。



上の写真は綱敷天満宮の拝殿と波乗り祈願の像 撮影:2014-2-25


関連ブログ:神戸の地に残る菅原道真の残照

松浦武四郎が建立した石碑については下記サイトが詳しい
松浦武四郎の石碑をたずねて ―聖跡二十五社天満宮巡拝―


北海道命名150年 松浦武四郎生誕200年に関するサイト
 https://hokkaido150.jp/
  松浦武四郎で検索すると詳しい資料を観れます

 松阪市のサイト:https://www.city.matsusaka.mie.jp/
 

トップページ > 行政チャンネル > 特集コーナー > 松阪歴史探訪 > 松阪歴史探訪 松浦武四郎編(生誕200年記念番組)

 
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天ぷら 島家でのランチ on 2018-6-15

2018年06月16日 05時37分22秒 | 神戸情報
2018年6月16日、兵庫県立美術館エッチング教室の帰りに頂いた天ぷら 島家での
ランチを写真紹介します。 初訪問です。

島家は創業40年以上続く天ぷら屋で現在のミント神戸店ができる前は「与太朗」という
名前で三宮で営業されていたそうです。

天ぷら 島家の基本情報

住所:神戸市中央区雲井通7-1-1 ミント神戸 B1F TEL:078-221-5565
営業時間:11:00~22:00  定休日:なし不定休


当日は島家セット 1,500円(税込)を注文しました。



写真は上の1枚だけです。
関東に住んでいる時は「つな八」の天婦羅がお気に入りでしたが、最近は
体脂肪が増えるということと、お気に入りの店がないということで
天ぷらを食べる機会が少なくなっています。


いつも撮って紹介しているお店の外観やメニュー表の写真はありません。


天ぷらではサンプラザの「まきの」が有名ですが今までブログ記事を
書いていませんのでリンクできません。

天ぷら専門の店 Or 天ぷら定食のブログへリンク:

天ぷら新宿つな八 あべのハルカスダイニング店でのランチ on 2016-10-7

天ぷら定食 と玉子の天麩羅 in あぶら屋商店 on 2016-6-27

増田屋本店でのランチ(天ぷら定食) on 2018-1-10

ISOGAMI FRY BAR(イソガミ フライ バル)でのランチ on 2014-4-25






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2018年度神戸花時計 その5 「自然の水 太陽 星」

2018年06月15日 05時37分45秒 | 神戸情報
2018年5月29日、神戸花時計が「自然の水 太陽 星」に替わりました。

2018年6月13日に花時計の写真を撮ってきましたので紹介します。



上の写真は花時計植え替え500回記念図案募集 神戸市公園緑化協会賞
「自然の水 太陽 星」 大島テツエさんの作品だそうです。


上の写真は今回のデザイン「自然の水 太陽 星」の現地説明板。

神戸花時計の基本情報

住所:神戸市中央区加納町6-5-1 TEL:078-322-5420
公式サイト:http://www.city.kobe.lg.jp/culture/leisure/mark/hanadokei/index.html
設置時期:昭和32年(1957)4月6日
更新時期:平成21年(2009)2月



2018年度のこれまでの神戸花時計の展示は以下のとおりです。

その1 干支の「戌」   2017年12月15日~2018年1月10日

その2 「神戸ふれあい工房」マスコットキャラクター「ふわぽん」 2018年1月11日~2018年3月7日

その3 花時計植替え500回記念 神戸市長賞「神戸といえば」 2018年3月8日~2018年4月27日

その4 「神戸まつり」 2018年4月28日~2018年5月28日


2018年4月14日の神戸新聞NEXTによれば今年の10月にも撤去されます。
当面は見れなくなります。移動先は検討中でハッキリとは決定されていないそうです。
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2018年度神戸花時計 その4 神戸まつり on 2018-5-3

2018年06月15日 05時21分50秒 | 神戸情報
2018年4月28日、神戸花時計が「神戸まつり」に替わりました。

2018年5月3日に花時計の写真を撮ってきましたので紹介します。


2018年の神戸まつりは5月19日(土)各区のまつり
            5月20日(日)メインフェスティバル


上の写真は今回のデザイン「神戸まつり」の現地説明板。

神戸花時計の基本情報

住所:神戸市中央区加納町6-5-1 TEL:078-322-5420
公式サイト:http://www.city.kobe.lg.jp/culture/leisure/mark/hanadokei/index.html
設置時期:昭和32年(1957)4月6日
更新時期:平成21年(2009)2月



2018年度のこれまでの神戸花時計の展示は以下のとおりです。

その1 干支の「戌」   2017年12月15日~2018年1月10日

その2 「神戸ふれあい工房」マスコットキャラクター「ふわぽん」 2018年1月11日~2018年3月7日


その3 花時計植替え500回記念 神戸市長賞「神戸といえば」 2018年3月8日~2018年4月27日
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神戸電鉄 菊水山駅(廃駅)の現況 on 2018-6-13

2018年06月14日 05時36分08秒 | 神戸情報
2018年6月13日(水)、三木市立みき歴史資料館の企画展「御坂神社の祭り屋台展」
小野市立好古館の企画展「歌人・上田三四二」を観るため神戸電鉄で出かけていました。

帰りの途中、神戸電鉄の車内より菊水山駅(廃駅)の写真を撮ることができましたので
紹介します。

神戸電鉄 菊水山駅(廃駅)の基本情報
所在地住所:神戸市北区山田町下谷上字中一里山
開業:昭和15年(1940)10月5日  廃駅:平成30年(2018)3月23日
営業休止:平成17年(2005)3月26日
駅の概要:標高173mの上に建つ無人駅で乗降客数は1日平均18人(2004調査)で
     菊水山に登るハイカーに親しまれていた。
     鈴蘭台と鵯越駅との間にあった。普通電車の中でも新開地より鈴蘭台
     西鈴蘭台を通る電車(現在の志染駅止まりの普通)のみが停車



上の写真は菊水山隧道の手前


上の写真は烏原隧道の手前


いよいよ菊水山駅(廃駅)が見えてきました。




上の2枚の写真は菊水山駅(廃駅)の遠近景
上りのホームにのみ屋根の付いた簡易的な待合所とベンチが設置


上の写真は菊水山駅(廃駅)のホーム端を通過するところ。

関連報道へのリンク:

神戸新聞(2018-3-15)神鉄・菊水山駅23日に廃止
 残されたホームの存廃などについては近畿運輸局と協議し決定
 2013年2月の「新有馬駅」以来の廃駅

毎日新聞(2018-3-16)神戸電鉄  さよなら「秘境駅」の菊水山駅、23日で廃止

神戸電鉄の車輛の写真が無いと寂しいので当日撮った写真を添付しておきます。

上の写真は神戸電鉄粟生線の三木駅にて撮影


上の写真は神戸電鉄有馬線の長田駅にて撮影


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三木市 ビストロ・ド・ノブでのランチ on 2018-6-13

2018年06月13日 17時34分39秒 | 神戸市以外の兵庫県
2018年6月13日(水)、三木市立みき歴史資料館の企画展「御坂神社の祭り屋台展」
を鑑賞するために三木に出かけていました。会期:4月28日(土)~6月17日(日)


その際、ビストロ・ド・ノブでランチをいただきましたので写真紹介します。

ビストロ・ド・ノブの基本情報
住所:三木市本町2丁目3−1  TEL:0794-82-4988
料理ジャンル:洋食
フランス語表記は Bistro de nov
営業時間:11:30~14:00 17:00~20:30
定休日:火曜日


2013年12月7日の訪問記に地図を入れています。


当日いただいたのは本日のランチ 880円(税込)です



まず、カップスープが出てきます。(上の写真)



上の写真はメインのポークピカタとライスです。

そのあとコーヒーが出てきますが写真を撮るのを失念しました。


上の写真はNovの店の入口にある立石の道標です。気をつけていないと見逃して
しまいそうな場所にあります。そういった方のために三木市が作製したリーフレット
「街道をゆく」の中の地図(部分コピー)を掲載しておきます。(下の写真)
道標には 右 ひめぢ道 左あかし道と書かれています。
また、宝暦11年(1761)三木町西国同行中建設/大破傾キタルヲ以テ昭和七年十一月再建
とも書かれています。





上の写真はお店の外観です。


上の写真はお店の外観のうち特に気になったステンドグラス部の拡大版です。

以前の訪問記:

三木市 ビストロ・ド・ノブでのランチ on 2017-1-22

三木市 ビストロ・ド・ノブでのランチ on 2013-5-22

三木市 ビストロ・ド・ノブでのランチ on 2013-4-21
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高砂市旧鐘淵紡績(現カネカ)の出汐館 on 2018-6-3

2018年06月12日 04時57分52秒 | 神戸市以外の兵庫県
2018年6月3日、工楽松右衛門旧宅開館の記念シンポジウムに参加するため
山陽電車の高砂駅で下車、早くに到着した為、周辺を散策しました。

その中から本日は「旧鐘淵紡績(現カネカ)の出汐館」 と題して記事を書いていきます。

出汐館は明治41年に操業を開始した鐘淵紡績高砂工場の迎賓施設として建てられたものです。
昭和11年(1936)の建築です。
「出汐館」の名称は謡曲「高砂」の一部から引用されているそうです。

出汐館の基本情報

住所:高砂市西畑1 問い合わせ先:(株)カネカ高砂工業所 079-445-2500

非公開で内部を観れない?





上の2枚の写真は北側から撮った出汐館(左側)と鐘華クラブ(右側)




上の2枚の写真は出汐館の近景

毎年秋(2017年は11/3と11/4)に開催のたかさご万灯祭では歴史的建造物が
ライトアップされ出汐館もライトアップされるようです。


上の写真は南側から観た鐘華クラブ(左側)と出汐館(右側)




上の2枚の写真はKANEKAサステナブルニュータウンの案内掲示板で
その中に歴史的建造物「出汐館」の位置と説明が記載されています。



上の写真は株式会社カネカの高砂社宅の案内板 右上に出汐館も記載されています。


最後に関連サイトとして近代建築Watchさんのサイトにリンクさせていただきました。
 https://hardcandy.exblog.jp/10631348/
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