CHIKU-CHANの神戸・岩国情報(散策とグルメ)

神戸・岩国の最新情報を中心に紹介していきます。歴史や時事について調べた結果を紹介。

書写山圓教寺 散策記 on 2023-1-18他 その4 椎名鱗三文学碑

2023年02月01日 03時41分17秒 | 姫路市
本日は書写山圓教寺 散策記シリーズの第4回として椎名鱗三文学碑というテーマで書いていきます。
書寫山圓教寺への訪問は下記の3回です。
 1)2009年6月28日  (日) 
 2)2016年1月18日(月)
 3)2023年1月18日 (水)

書写山圓教寺 散策記シリーズ過去の記事






上の2枚の写真は書写山の麓に実家がある椎名麟三の文学碑
「言葉のいのちは愛がある1980と書かれています。 

書は生前に親交があった岡本太郎氏による筆です 

石碑の裏側には次のように書かれています。
椎名鱗三
一九一一年母の里書写に生れ 名作深夜の酒宴 により戦後文学の代表者となる
のちキリスト教に入信し 自由の彼方で 美しい女 をはじめ多くの秀作を世に問うた
姫山物語 上演にかたむけた郷土愛は いまも姫路市民の感動を呼ぶ
一九七三年没

碑面の書は親交のあった岡本太郎氏による

造形
小野田 實

一九八〇年五月
椎名鱗三文学碑建設委員会

下記の文章は山陽電気鉄道の本社 (神戸市)の前の文学碑に記載の椎名鱗三の略歴です。
訪問記は下記ブログ

椎名 麟三   本名 大坪 昇

1911年10月1日 姫路市生まれ少年期を大阪、姫路で過ごす

1929年     宇治川電気(株)電鉄部(現山陽電気鉄道(株))に
        入社、2か年余り車掌として勤務。のち上京
        して作家を志す。

1947年     「深夜の酒宴」を発表し戦後派第一の新人として世に出る。

1953年     自伝小説「自由の彼方で」を発表

1956年     「美しい女」で芸術選奨文部大臣賞を受賞・
        代表作であるこれらの作品は当社に勤務して
        いたころの生活を背景に書かれたもので、この頃より
        西代、須磨、姫路に想いをよせた多くの秀作を世に問う。

1973年3月26日  没 享年61歳

          1985年3月
            山陽電気鉄道株式会社



Wikipediaで紹介解説された椎名麟三像について引用させていただきます。

父・大坪熊次(おおつぼ くまじ)と母・みすの、の長男として、兵庫県飾磨郡曾左村之内書写村(現・姫路市書写東坂(ひがしさか))に出生。両親ともに愛人を持ち、のちに父母ともに自殺した事から困窮し、14歳で家出。旧制姫路中学を中退し、果物屋での20時間労働、飲食店の出前持ち、燐寸工場の鉄具ひろい、コック見習いなどの職を転々とした。宇治川電気(現・山陽電鉄)の車掌時代にカール・マルクスを読みはじめるとともに日本共産党に入党。

1931年(昭和6年)に特高に検挙された。獄中で読んだニーチェ『この人を見よ』をきっかけに転向。その後ニーチェの『大いなる正午』をきっかけに哲学にのめり込む。エッセイ「蜘蛛の精神」によれば、キルケゴール、ジンメルなどを師とあおぎ、後に入信することとなるキリスト教に関する知識を得た。小説に関してはドストエフスキーとの出会いを通して「小説なるものの真の意味」を知ったと述べている。戦後『深夜の酒宴』(1947年(昭和22年))で登場。1950年(昭和25年)、キリスト教へ入信。日本基督教団上原教会にて赤岩栄牧師から洗礼を受ける。以後キリスト教作家として活動。55年『美しい女』で芸術選奨文部大臣賞受賞。1973年(昭和48年)3月28日に61歳で死去。



平成27年(2015年)2月14日(土)から3月29日(日)まで姫路文学館で
寄贈記念「椎名麟三新資料展」が開催されました。

このイベントは椎名麟三の文学資料がご遺族の大坪家から寄贈されたことを記念
して開催されたものです。展示された資料のほとんどが未公開資料で、
椎名が手もとに保管していた原稿、創作ノート、草稿、書斎の本棚に置かれていた
愛蔵書、主に家族にあてた手紙、演劇やテレビ、ラジオ関係の台本などがあります。


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川重が製造した山形新幹線の新型車両「E8系」が仙台塩釜港に到着

2023年01月31日 07時28分22秒 | Gooニュース
標題のニュースを目にしました。
記憶に留めるためにブログを作成しました。

この車両はJR東日本や、山形新幹線E8系の2024年春からの営業運転開始に向けて、
2023年2月末から約1年間に渡り試運転を実施する為の車両だそうです。 

ニュースソースは下記の通り







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ゆず庵 神戸小束山店でのランチ on 2023-1-30

2023年01月31日 03時57分15秒 | 神戸情報
2023年1月30日(月)、ゆず庵 神戸小束山店で頂いたランチを写真紹介します。
2017年5月30日に洋服の青山の隣に出来たお店です。

ゆず庵 神戸小束山店の基本情報
住所:神戸市垂水区多聞町字小束山868-1358  TEL:078-784-7011
料理ジャンル:寿司、しゃぶしゃぶ、串焼き
営業時間:11:00~24:00(最終入店22:00) 定休日:不定休
経営:洋服の青山を展開する青山商事100%出資の株式会社glab(2011年7月6日 設立)が
   展開するチェーン店
公式サイト(メニュー表が記載):ゆず庵|寿司・しゃぶしゃぶ食べ放題 (shabu-yuzuan.jp)
地図は下記のブログに添付しています。(過去の訪問記も添付記載)
 ゆず庵 神戸小束山店でのランチ on  2019-6-25


上の写真は当日、奥様が注文したゆず庵松花堂(デザートあり)です。1,419円(税込)
季節ごとにメニューの内容が変わります。


上の写真は当日選んだデザート 濃厚チョコレートモンブラン と北海道みるくプリン 
私もShareで頂きました。北海道みるくプリン が美味しかった。


上の写真は当日、私が注文した鮪づくしとうどんしゃぶ膳 1,419円(税込)

上の写真はテーブル全体の光景 


上の写真はゆず庵 神戸小束山店の外観

2019年6月25日以降の訪問記
 



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今週の予定(2023年1月30日(月)~2023年2月5日(日))

2023年01月30日 04時26分04秒 | 有用な情報
2023年1月30日(月)~2023年2月5日(日)今週の予定をお送りします。

2月に入ると2月3日の節分、2月4日は立春となり24節気の第1節気が始まります。
実際のところ寒さはまだまだ厳しいけれど木の芽はふくらみはじめ春の始まりを予感できます。

先週の写真

 まず、先週(’23年1/22~’23年1/29)に撮った写真を何枚か紹介します。


2023年1月23日通常国会が召集されました。(会期は6月21日まで
上の写真は1月23日 NHK総合テレビ19時からのNews7の報道
大きな論点項目が3つ記載されています。




上の2枚の写真は雪景色の我が家周辺 
撮影:2023-1-25

上の写真は六甲枝垂れ、夏の氷室用「氷」の切り出し
出典:2023年1月27日17:00から、SUNテレビ キャッチ+

1月29日、奈良県の富雄丸山古墳が一般公開 
国内初確認の「盾形銅鏡」と国内最大2m超「蛇行剣」の鉄剣出土で注目
出典:1月29日 12:00からNHK総合テレビ お昼のニュース

国宝級発見! 奈良・富雄丸山古墳 現地公開 2023.1.28

 参考サイト:

今週の予定

1月30日(月)
 ・衆議院予算委員会で基本的質疑、2023年度予算案など(2月1日まで)
 ・総務省が2022年人口移動報告を発表(総務省)
 ・経産省が電力5社による料金値上げに関する公聴会を沖縄電力申請分から開始(沖縄市)
 ・令和臨調が政府と日本銀行の新たな関係構築に向けた緊急提言(東京)
 ・新型コロナウイルス感拡大によるWHOの緊急事態宣言から3年

1月31日(火)
 ・岸田首相が来日するNATOのストルテンベルグ事務総長と会談
 ・国際通貨基金(IMF)が世界経済見通し発表
 ・米連邦準備制度理事会が利上げについて会合(~1日(現地時間))
 ・22年平均と12月の完全失業率(総務省)
 ・22年平均と12月の有効求人倍率(厚労省)
 ・コロナ関連の助成額や助成率の特例措置廃止

2月1日(水) 
 ・私立大学一般入試スタート
 ・プロ野球キャンプイン(宮崎、沖縄他各地)
 ・韓国の大田高裁で、対馬から盗まれた仏像の所有権をめぐる控訴審判決
 ・山形黒川王祇祭
 ・気象庁が緊急地震速報の発表基準に「長周期地震動」の予測を追加

2月2日(木)
 ・英国イングランド銀行の金融政策発表
 ・サッカーのクラブワールドカップがモロッコで開幕(決勝は12日)
 ・欧州中央銀行(ECB)理事会(独・フランクフルト)

 
2月3日(金)
 ・節分、豆まき
 ・国公立大学2次試験の志願状況発表
 ・農林水産物・食品の2022年輸出実績発表
 ・EUの首脳らがウクライナでゼレンスキー大統領と会談


2月4日(土)
 ・立春 
 ・陸上・日本選手権室内競技(~5日、大阪城ホール)
 ・癌への意識向上を促す世界対がんデー(World Cancer Day)
 ・さっぽろ雪まつり(~11日、札幌市)

2月5日(日)
 ・初牛
 ・愛知県知事選
 ・市長選挙 北九州市、陸前高田市、潮来市、那珂市、安城市、小牧市、舞鶴市、小野市
 ・日本維新の会党大会(大阪市)
 ・グラミー賞発表・受賞式(米・ロスアンゼルス)


最後に全国の週間天気予報を添付して筆を置きます。
出典は1月29日(日)NHK総合テレビ 夜 ニュース7(NHKプラスで視聴)





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書写山圓教寺 散策記 on 2023-1-18 その3 伝和泉式部歌塚塔と圓教寺

2023年01月29日 05時56分38秒 | 姫路市
本日は書写山圓教寺 散策記シリーズの第3回として和泉式部と圓教寺というテーマで書いていきます。

書写山圓教寺 散策記シリーズ過去の記事


伝和泉式部歌塚塔

上の写真は開山堂の近くにある伝和泉式部歌塚塔
石塔のジャンルとしては宝篋印塔である。
刻まれて文字は製作年の「天福元秊癸巳十月廾六日 」 と4面に梵字
天福元年は1233年で判明している範囲で兵庫県最古の宝篋印塔である。

上の写真は「伝和泉式部歌塚塔」の現地説明板
読み難いのでそのまま転記しておきます。

伝和泉式部歌塚塔
高さ二〇三cmの凝灰岩製の宝篋印塔で、塔身各面に胎蔵界の種子(梵字)を刻み、天福元年(1233)の銘がある。
県下最古の石造品であり、和泉式部の和歌「暗きより 暗き道にぞ入りぬべき 遥かに照らせ 山の端(は)の月」にちなむ和泉式部歌塚と伝えられる。
この歌は長保四年(1002)~寛弘二年(1005)に詠まれ「法華経」の「化城喩品(けじょうゆほん)」をもとに悟りへの導きを願い性空上人に結縁を求めた釈教歌と呼ばれるもので、勅撰「拾遺和歌集」に収録されている。
性空上人は「日は入りて月まだ出ぬたそがれに掲げて照らす法(のり)の燈(ともしび)」の返歌をしたといい、また建久七年(1196)~建仁二年(1202)に成立した「無名草子」には和泉式部が性空上人からこの歌の返しに贈られた袈裟を身に付けて往生を遂げたという逸話を載せている。
平成二七年二月 姫路市教育委員会

上の図は宝篋印塔の各部の名称です。
出典:神戸の石造遺品 川辺賢武 著 (1971)神戸市史資料室 Page4

上の写真は伝和泉式部歌塚塔の位置を示したものです。

藤原道長の娘で一条天皇のお后になった藤原彰子(上東門院)が七人の女官と百人のお供を
連れて性空上人を訪ね、教えを受けようと圓教寺を訪問したが、性空上人は修行の妨げになると
性空上人が居留守を使い藤原彰子(上東門院)は会えませんでした。
はるばる都から訪ねてきたのに会えないということで、お后は大変失望しました。
「暗きより 暗き道にぞ入りぬべき 遥かに照らせ 山の端(は)の月」
この歌は上記説明書きにあるように和泉式部の歌で長保四年(1002)~寛弘二年(1005)頃に
作成されたものです。
性空上人を月にたとえ、暗い迷いの道を明るい月の光が照らすように、愚かな
私達を救って欲しいと性空上人に送った歌です。
性空上人は仏の道のことを多少こころえているこの歌に感心し、山門を出て下山しかけていた
一行を呼び戻し法華経の一部を説いたと伝えられています。
そして、返歌として次の歌を詠みました。
「日は入りて月はまだ出ぬたそがれに掲げて照らす法のともしび 」

和泉式部(978~没年不明)が一条天皇の中宮・藤原彰子に女房として出仕していた時期は
寛弘年間の末(1008年 - 1011年頃)なのでこの時期に書写山円教寺を訪問か?

性空上人(910-1007)は、式部が彰子に仕えるより早く亡くなっているから
この話は事実ではなく後世の作り話?。しかし詠まれた歌は確かに存在する。 


Wikipediaから和泉式部の解説を見てみると、
和泉 式部(いずみ しきぶ、天元元年(978年)頃 - 没年不詳)は平安時代中期の歌人である。
越前守・大江雅致の娘。中古三十六歌仙、女房三十六歌仙の一人。 

越前守・大江雅致(おうえのまさむね)と越中守・平保衡(たいらのやすひら)の娘の間に
生まれる。
はじめ御許丸(おもとまる)と呼ばれ太皇太后宮・昌子内親王付の女童だったらしい
(母が昌子内親王付きの女房であった)が、それを否定する論もある。

和泉守・橘道貞の妻となり、夫と共に和泉国に下る。
後の女房名「和泉式部」は夫の任国と父の官名を合わせたものである。
道貞との婚姻は後に破綻したが、彼との間に儲けた娘・小式部内侍(こしきぶのないし)
は母譲りの歌才を示した。
帰京後は道貞と別居状態であったらしく、冷泉天皇の第三皇子・為尊(ためたか)親王
(977-1002)との熱愛が世に喧伝されるが、身分違いの恋であるとして親から勘当を受けた。

為尊親王の死後、今度はその同母弟・敦道(あつみち)(981-1007)親王の求愛を受けた。
親王は式部を邸に迎えようとし、正妃(藤原済時の娘)が家出する原因を作った。
敦道親王の召人として一子・永覚を儲けるが、敦道親王は寛弘4年(1007年)に早世した。
寛弘年間の末(1008年 - 1011年頃)、一条天皇の中宮・藤原彰子に女房として出仕。
長和2年(1013年)頃、主人・彰子の父・藤原道長の家司で武勇をもって知られた
藤原保昌と再婚し夫の任国・丹後に下った。
万寿2年(1025年)、娘の小式部内侍が死去した折にはまだ生存していたが晩年の動静は不明。
没年は和泉式部47歳以降であろうと推察できる。

「和泉式部日記」中で恋愛の日々を語っている。
恋の結末は二人の皇子の死で終わった…、とある。

晩年は尼となり東北院内の小御堂(藤原道長が法成寺の東北の一隅に、 和泉式部のために
建てた。新京極・誠心院はこの小御堂に端を発するという)で過ごしたとも伝えられる。


上の写真は書写山と和泉式部の概略を記した説明版 志納所の近くにあります。
さらに和泉式部の一生を辿った絵図と説明板が多数あります。
以下、欠けている部分もありますが添付します。













参考サイトとして和泉式部の墓がある京都新京極の和泉式部 誠心院のサイトにリンクしました。
このサイトには和泉式部のことが分かりやすく解説されています。
晩年は尼となり東北院内の小御堂(藤原道長が法成寺の東北の一隅に、 和泉式部のために
建てた。新京極・誠心院はこの小御堂に端を発するという)で過ごしたとも伝えられる。 
新京極の誠心院の初代の住職は和泉式部とも和泉式部誠心院専童法尼の碑あり。
天性の美貌と歌才に恵まれ、情熱的な一生を送り、恋愛歌人として有名である。


和泉式部の供養塔について兵庫県立歴史博物館のサイトに掲載されています

伝和泉式部宝筐印塔について私が書いたブログは以下のとおりです。




下の2枚の写真は加古川市野口町の伝和泉式部宝篋印塔と現地説明板
 撮影:2021-4-2




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名谷駅ビル北館(神戸市須磨区)工事の現況 on 2023-1-17

2023年01月28日 05時33分38秒 | 神戸情報
令和5年度(2023)8月のオープンに向けて名谷駅ビル北館の工事が進められています。
2023年1月17日に名谷駅ビル北館(神戸市須磨区)工事の現況写真を撮りましたので紹介します。

前回のブログ作成は以下のとおりです。



上の3枚の写真は名谷ビル北館工事の現況
上の写真は北須磨文化センターから観た工事中の名谷駅ビル北館の遠景

上の写真は名谷駅美装化・リニューアル工事の概要
上の写真は今週の工事予定(1/16~1/22)

これからは外枠に掲示の写真を紹介していきます。

上の写真は完成後のイメージ  バスの待機場所からの眺め
上の写真はゆずりは橋から名谷駅2階入口までのイメージ

上の写真も名谷駅駅ビル北ゾーンの全体像 2023年夏頃(8月)オープンと表現



上の2枚の写真は「ゆずりは」の漢字は「楪」
上の写真はリニューアル後の1階のイメージ図



上の2枚の写真は昭和52年頃の名谷駅
写真の右手に建設間もない「名谷ビル」が写っています。
上の写真は現在の名谷ビル

神戸市営地下鉄名谷駅の開業は昭和52年(1977)3月13日。
昭和41年(1966)から始まったポートアイランドの造成工事に伴ない「山、海へいく」の
キャッチフレーズのもと次々とニュータウンが生まれた。神戸市営地下鉄は昭和62年(1987)
3月18日に西神中央駅まで延伸し、さらに昭和63年(1988)に北神急行電鉄谷上駅にまで延伸した。
須磨ニュータウン(高倉山団地、北須磨団地、白川台団地、横尾団地、落合団地、名谷団地)の
中でも最も新しい名谷団地は昭和51年(1976)に供用された。

子育てに優しい名谷ワークラボAZORA他の紹介

上の写真は赤道に関する紹介文

上の写真はPATIO健康館より撮った名谷駅の写真である。 撮影:2023-1-17


上の写真は神戸市須磨区のマスコット「すまぼう」の紹介
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書写山圓教寺 散策記 on 2023-1-18 その2 書写山の名前の由来

2023年01月27日 05時20分07秒 | 姫路市
2023年1月18日の書寫山圓教寺「修正会 鬼追い会式」について下記ブログを作成した。

このブログを書写山圓教寺 散策記の第1回としてシリーズで書いていくこととします。

今回は第2回ということで「書写山の名前の由来」をテーマとして書いていきます。

書写山 円教寺の開基「性空上人」が九州から京都へ行く途中に初めて書写の山を登られた時に
出会った一人の老人が「この山はインドの霊鷲山(りょうじゅせん)の土を分けて
造った山で、形も書き写したように似ています。
だから書写山と名づけなさい」と言われた。
この老人は実は文珠菩薩だったという話が古文書に残っています。

写真が無いと寂しいので性空上人の尊像を添付して筆を置きます。

上の写真は開山堂に安置されている性空上人像 撮影:2016-1-18
この尊像の中に性空上人の真骨が埋められています。
この当時はNHK大河ドラマ「軍司 官兵衛」が放映されており姫路が盛り上がっていました。





上の2枚の写真は性空上人の尊像
出典:2023年1月7日 9:00~SUNテレビで放送の「はりまサタデー」

性空上人(910-1007)についてWikipediaの解説を引用添付しておきます。

性空(しょうくう、延喜10年(910年) - 寛弘4年3月10日(1007年3月31日))は、平安時代中期の天台宗の僧。父は従四位下橘善根。俗名は橘善行。京都の生まれ。書写上人とも呼ばれる。

36歳の時、慈恵大師(元三大師)良源に師事して出家。霧島山や筑前国脊振山で修行し、966年(康保3年)播磨国書写山に入山し、国司藤原季孝の帰依を受けて圓教寺(西国三十三所霊場の一つ)を創建、花山法皇・源信(恵心僧都)・慶滋保胤の参詣を受けた。980年(天元3年)には蔵賀とともに比叡山根本中堂の落慶法要に参列している。早くから山岳仏教を背景とする聖(ひじり)の系統に属する法華経持経者として知られ、存命中から多くの霊験があったことが伝えられている。1007年(寛弘4年)、播磨国弥勒寺で98歳(80歳)で亡くなった。



圓教寺には肖像彫刻・性空像(重要文化財)があり、東京大学史料編纂所は性空像の模本(画像)を所蔵している。





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くそオヤジ最後のひとふり 三宮店でのランチ on 2023-1-20

2023年01月26日 03時28分05秒 | 神戸情報
2023年1月20日(金)、ミント神戸地下1階にあるくそオヤジ最後のひとふり 三宮店で
ランチをいただきましたので写真紹介します。
貝だしスープをベースとしたラーメンのお店です。

くそオヤジ最後のひとふり 三宮店の基本情報
住所:兵庫県神戸市中央区雲井通7-1-1 ミント神戸 B1F TEL:078-200-6767
料理ジャンル:ラーメン
営業時間:昼11:00~15:00  夜17:00~21:30
定休日:不定休(ミント神戸に準ずる)
オープン日:2022年3月28日
公式サイト:
UNCHI株式会社 | 大阪行列No.1ラーメン店「人類みな麺類」等運営 (unchi-co.com)
公式アカウント:

ミント神戸 地下1階の飲食店フロア「M-KITCHEN(エム・キッチン)」内にあるラーメン店です。


上の写真は私が注文した「はまぐり」のラーメンです。 1,090円(税込)
ちょっと味が濃かったが美味しかった。


上の写真は奥様が注文した「あさり」ラーメンです。980円(税込)
シェアして味見をしましたがこちらの方があっさりしていて好みです。

上の写真は一緒に注文したAセット 貝めし220円(税込)
上の写真は同じく一緒に注文した貝餃子 290円(税込)
貝餃子が特に美味しかった。

2人で合計2,580円(税込)でした。


上の写真はラーメンのメニュー表です。
上の写真はサイドメニュー表

上の写真はお店の外観です。左手手前が「くそオヤジ最後のひとふり」です。
同じ並びの隣には醤油を使った定食のお店「ヒシミツ醤油」があります。
この店は10時30分より開店しており、次の機会に入店しようと思っています。
上の写真はヒシミツ醤油のメニュー表です。
この店もいつも行列ができています。

エム・キッチンに入っている店は昔とだいぶ変化しています。
現在、入っている店は次の通りです。
1.ローマ軒 スパゲッティ&ワイン
2.あんばい 和食居酒屋
3.芙美   鳥料理
4.牛カツ京都勝牛 牛カツ
5.神戸元町ひょうたん 餃子
6.ヒシミツ醤油 和食
7.丸高   うなぎ
8.くそオヤジ最後のひとふり ラーメン
9.すしまる 寿司
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JPCZは何の略

2023年01月25日 06時45分12秒 | 時の言葉
冬になると天気予報で時々耳にする「JPCZ」。日本海側に大雪をもたらす雪雲のことです。 

1月25日を中心とした今回の大雪も寒波とJPCZによるもの?です。

「JPCZ」はJapan sea Polar air mass Convergence Zoneの略で、
日本海寒帯気団収束帯と呼びます。

解説されているサイトへのリンク


本日(1月25日)、我が家のある神戸市では積雪2cm、最低気温-2.9度C
最高気温(予測)は4度になる見込みです。
JRの京都線、神戸線など交通機関の運転見合わせが多く出ており通勤の方は
大変です。
年金生活の私は終日、家に籠って過ごします。


上の写真は我が家とその周辺の雪景色です。 2023-1-25 7時頃撮影
神戸の積雪は2cmと発表されていますが10cm位積もっている感覚です。
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書写山圓教寺での修正会 鬼追い会式 on 2023-1-18

2023年01月25日 05時27分11秒 | 姫路市
2023年1月18日(水)、書寫山圓教寺で「修正会 鬼追い会式(しゅしょうえ
おにおいえしき)」が行われました。
今回の修正会の様子を写真紹介します。

修正会 鬼追い会式を観たのは2016年に続き2回目です。
書写山円教寺への訪問は3回目(初訪問は2009-6-28(日) )

前回は本堂・摩尼殿 で観覧しましたが今回は白山権現(十一面堂)での観覧だけとし、
その後は境内の散策にあて本堂・摩尼殿には入場しませんでした
前回の訪問記ブログにリンクしておきます。

白山権現での鬼追い会式

上の写真は白山権現の前の舞台で行われた毘沙門天の化身とされる赤鬼(若天護法童子)の踊り
撮影:2023-1-18
 


上の2枚の写真は不動明王の化身とされる青鬼(乙天護法童子)の鬼追い会式の舞 
撮影:2023-1-18
上の写真は赤鬼と青鬼の揃い踏み 
撮影:2023-1-18
動画でも添付しておきます。(下の動画2件)

書写山圓教寺での修正会 鬼追い会式 on  2023-1-18 その1

書写山圓教寺での修正会 鬼追い会式 on  2023-1-18 その2


上の写真は鬼追い会式が行われる会場の白山権現前の前殿(舞殿)
地元の小学生の見学者が非常に多い。
撮影:2023-1-18

魔尼殿での鬼追い会式
上の写真は白山権現から魔尼殿に向かう「鬼追い会式」の鬼などの一行
出典:2023年1月7日 9:00~SUNテレビで放送の「はりまサタデー」

上の2枚の写真は魔尼殿で行われた修正会(鬼追い会式)の様子
出典:2023年1月7日 9:00~SUNテレビで放送の「はりまサタデー」

上の写真は魔尼殿での修正会(鬼追い会式)の最後に配布される鬼の箸
鬼の箸は夫々の家に持ち帰り高い場所に置いておくと魔除けになるそうです
出典:2023年1月7日 9:00~SUNテレビで放送の「はりまサタデー」

書写山圓教寺魔尼殿で行われた修正会(鬼追い会式) on 2016-1-18

圓教寺の基本情報

 円教寺(えんぎょうじ)の基本情報
住所: 兵庫県姫路市書写2968 TEL: 079-266-3327
宗派: 天台宗(別格本山) 御本尊: 釈迦如来(重要文化財)
創建: 966年  開基: 性空上人
西国三十三所の第27番札所 札所観音は、摩尼殿の「如意輪観世音菩薩」
拝観料: 500円(入山志納金)バス利用の場合は1,000円(入山志納金を含む)
拝観時間: 8:00 - 17:00
公式サイト:天台宗別格本山 西国二十七番札所 - 書寫山圓教寺 (shosha.or.jp)
ロープウェイ料金:大人往復1,000円がかかります
アクセス: JR神戸線「姫路駅」から、神姫バス「書写駅(約25分)」へ。ロープウェイで「山上駅まで約4分」

鬼面と護法堂

上の写真は2023年1月7日 9:00~SUNテレビで放送の「はりまサタデー」で
紹介された鬼面。
鬼追い会式で用いられる鬼面であるが大正10年(1921)12月28日に摩尼殿が消失
した際、鬼面を含め什器、備品もすべて灰となってしまいました。
翌大正11年東京美術学校教授であった高村光雲六角紫水に原型と乾漆を依頼し
大正12年(1923)2月初旬に完成した。
鬼面には角はなく上述したようにあくまでも神の化身である護法童子である。

若天、乙天というのは圓教寺開祖(966)の性空上人に九州時代より仕えた童子で
性空上人39歳の時、法華経を暗誦していると突如として乙若二人の童子が出現
したという伝説が残っています。

寛弘4年(1007)性空上人の入寂後、乙天・若天の両護法童子(不動明王・毘沙門天)
を山の鎮守として祀られました。奥之院開山堂の右手護法堂がその鎮守社です。  

書写の鬼は「正義の鬼」である。
修正会において、赤、青二匹の鬼が独特の激しい所作を繰り返し、五穀豊穣、
天下泰平、無病息災を祈ります。


上の2枚の写真は護法堂と現地説明板です。
撮影:2023-1-18
護法堂の左手は若天社(赤鬼)、右手は乙天社(青鬼)
現在の建物(重文)は永禄2年(1559)に再建されたもので昭和37年に続き
平成25~26年に屋根の葺き替え工事と修理工事が施工されています。
創建は円空の弟子の延照と考えられています。

摩尼殿と修正会の飾りつけ

円教寺摩尼殿(如意輪堂) 現在本堂となっている。
康保3年(966)性空上人が瑞雲に導かれ書写山へと登り、草庵を結んだことに
始る大禄元年(970)の創建と伝えられている。
昔この地に桜の木があり、天人が舞い降りて「福首生木如意輪----」と言葉を
唱えて礼拝しているのを見て、性空上人がその成木に如意輪観世音を刻まれた。
これが本尊となった。
摩尼殿の名前は承安4年(1174)後白河法皇から頂戴した名前です。
現在の建物は大正10年(1921)12月28日に全焼し、昭和8年(1933)に
再建されたものである。

上の写真は摩尼殿の遠景。  撮影:2023-1-18
京都の清水寺と同じ懸造り(舞台造り)で設計者は武田五一、
大工の棟梁は伊藤平左衛門で昭和8年(1933)4月に落慶入仏法要が行われたそうです。
総工費は100万円(現在価値換算で約20億円)。 
上の写真は圓教寺摩尼殿(如意輪堂)内の飾りつけ 
撮影:2023-1-18
英賀西村中と表記されていますが英賀才村中と同意と解釈しました。
長押(なげし)に英賀の才村奉納の一斗の鏡餅(3枚)と天井から桜の花に
見立てた造花の串77本。

鏡餅に関わる言い伝えで、円教寺の僧が才村を通った時に悪者に襲われ
身代わりになった犬の供養のため餅を奉納するようになったという。

造花の串(鬼花)が桜の花と言われるのは本尊の如意輪観音が桜の木で
作られたことに由来する。
昔この地に桜の木があり、天人が舞い降りて「福首生木如意輪----」と言葉を
唱えて礼拝しているのを見て、性空上人がその成木に如意輪観世音を刻まれた
上の写真は魔尼殿内の如意輪観音像
出典:2023年1月7日 9:00~SUNテレビで放送の「はりまサタデー」

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