園芸オバサンもちょっと休んで、買い物に行こうかなと思っていたら電話、宮崎に嫁いでいるTちゃん、普段滅多に電話などしない彼女と私、『あんた今頃どうした。高知?』『そう昨日来て電話しようと思ったら、新しい電話番号間違って書いてきたらし通じん(通じない)』困って今日北川村にお墓参りに行ったとき私の実家に電話して、電話番号を聞いたとのこと。(私は電話番号を電話帳に載せてない)
「アマミザンショウ」
ちょっと擦ってみたら普通の山椒と匂いは同じだった。
『それであんたは何時帰るがぁ』「晩方の飛行機」『会える?』「少しやったら」
彼女のお母さんの入院しているところも、お兄ちゃんの家もここから比較的近いところなので、病院の帰りに寄ってくれた。
お母さんは90歳、殆ど寝たきりだがまだ顔は覚えていると言っていた。年金だけでは、入院費用が足りないので、彼女たち3姉妹が足りない分を負担していると言っていた。
彼女は旦那さんをガンでなくし、まだ中学生だった息子さんを働いて一人で育て上げた。経済的にもそれほど楽ではないと思うけど、そうすることでお義姉さんに機嫌良く病院に行って貰えれば出費は大したことないとおおらかに言っていた。
親の介護を巡り、兄姉妹が不仲になることもあるけど、彼女たちはお母さんが悪くなってから、家族の絆をより強くしたように思う。
向かえに来てくれたお兄ちゃんを少し待たせてしまうほど話し込んでしまった。私が病気の時は心配して宮崎から来てくれた彼女、元気そうな様子に安心したと言って帰っていった。柚子の大好きな彼女に何時までも北川村の香りを届けたいと思いながら見送った。
『ハカマカズラ』ラン展開催の温室の外にあった。これはいつもの植物図鑑にあは名前がないのでおかしいなと思ったら、樹木図鑑に名前が載っている。これは樹木に分類されるのだろうか。見た感じは草みたいだったけど。
トップのツツジは『フジツツジ・別名メンツツジ・ヒュウガツツジ』分布 紀伊半島 四国 九州 (オンツツジに対してメンツツジとも呼ばれる)
2月24日牧野植物園で撮影 今日で2月も終わり。
「アマミザンショウ」
ちょっと擦ってみたら普通の山椒と匂いは同じだった。
『それであんたは何時帰るがぁ』「晩方の飛行機」『会える?』「少しやったら」
彼女のお母さんの入院しているところも、お兄ちゃんの家もここから比較的近いところなので、病院の帰りに寄ってくれた。
お母さんは90歳、殆ど寝たきりだがまだ顔は覚えていると言っていた。年金だけでは、入院費用が足りないので、彼女たち3姉妹が足りない分を負担していると言っていた。
彼女は旦那さんをガンでなくし、まだ中学生だった息子さんを働いて一人で育て上げた。経済的にもそれほど楽ではないと思うけど、そうすることでお義姉さんに機嫌良く病院に行って貰えれば出費は大したことないとおおらかに言っていた。
親の介護を巡り、兄姉妹が不仲になることもあるけど、彼女たちはお母さんが悪くなってから、家族の絆をより強くしたように思う。
向かえに来てくれたお兄ちゃんを少し待たせてしまうほど話し込んでしまった。私が病気の時は心配して宮崎から来てくれた彼女、元気そうな様子に安心したと言って帰っていった。柚子の大好きな彼女に何時までも北川村の香りを届けたいと思いながら見送った。
『ハカマカズラ』ラン展開催の温室の外にあった。これはいつもの植物図鑑にあは名前がないのでおかしいなと思ったら、樹木図鑑に名前が載っている。これは樹木に分類されるのだろうか。見た感じは草みたいだったけど。
トップのツツジは『フジツツジ・別名メンツツジ・ヒュウガツツジ』分布 紀伊半島 四国 九州 (オンツツジに対してメンツツジとも呼ばれる)
2月24日牧野植物園で撮影 今日で2月も終わり。
いっそう絆を深める家族もありますね。
危機に直面して 団結?して立ち向かったのに
その後の小さな事件で壊れることもあるかもしれません。
他の人の気持ちを ほんのちょっと想像することができたら。
他の人の立場に 自分を置き換えて考えることができたら。
ほんの少しの思いやりで 風さんのご友人のように 家族と付き合えるのに
そうでない人たちが 周りにたくさんいらっしゃいます。
親の葬儀の後に 付き合いを絶ってしまう兄弟姉妹なども。
私も亭主も まだ 片親残ってますので(笑)、
いざというときには 思いやりを思い出せるように、と思います。
期限の更新等は義姉さんがやってくれているらしいけど、後は全部病院が見てくれると言うことでそれほど大変ではないらしいですが、彼女達が見に帰ったときなど、世話にならなければ行けないので、少しのお金を出すことでそれが解決できるのなら良いと言っていました。
3姉妹は皆さん県外に住んでいます。
私の周りも介護問題で悩んでいる人が沢山居ます。介護を人任せ(施設や病院)にすることは決して悪いことではないと思いますが、世間では冷たい家族だと言うような感じで見る場合もありますが、彼女達の選択は良かったと思っています。遺産相続で揉めることはないと笑っていました。9時過ぎに帰り着いたと電話がありました。
その長男の所に居られなくなった母は今、三女の家でお世話になっています。
長男夫婦はもうソッポを向いています。
姉は「そういう運命」とケロリと言ってくれます。
まさに兄妹断絶状態です。私は父と早くに死に別れこの兄を慕って育ちましたので、会いにいけない寂しさは言葉には出来ないほど。
「なんでこんな事になったんやろ」
悔やんでも一人遠くに住んでいる長い間に起こった確執だから、今更どうにもならず。
まだ母がひとりで暮らしていた頃、
「死ぬまでに五人の子供と皆一緒にお正月が祝いたい」
その時は正月に帰れない私に言っているのかと思っていたけれど、こんな風になる事を察していたのかと、最近思います。
自分がお腹を痛めて生み育てた子供達が、自分を巡って揉めるなんてどんな気持ちだろう。
早くに夫に先立たれ、頑張り続けた母の姿は皆充分知っている筈なのに、悲しいことです。
風さんに思わず愚痴ってしまって、ごめんぜよ。
今日はいい天気だ!働きましょ。。。
お母様の介護を巡って、お兄様と不仲になられたこと寂しいですね。お兄ちゃんとしては世間から言えば本来自分が見なければ行けないのに、妹家族に任せたという引け目などもあり顔を出せないのかも知れませんね。お義姉さんにしてみれば、面倒も見ない嫁と言うことでプレッシャーを感じているかも知れません。
見聞きして思うのは、子供達同士が介護を巡って不公平感を持つと上手くいかないように思いますし、義務での介護はより辛くなるかも知れません。箱庭さんの事だからお姉様に感謝の言葉をかけていますよね。
あれこれ書きたいことは有りますが、それぞれの立場には言い分があり、どれが正解で不正解かはないのがこの問題でもあるように思います。まとまり無くすみません。
風さんとTさんの交流話は読んでてジ~ンときます。普段、ベタベタしていなくてイザというときには幼なじみ同士で心が寄り添う・・・。
子供が巣立つ頃には親の介護問題が出てきて、子供にはそれぞれの配偶者がいたりすると、ひと言でこうしたほうがいいんじゃないとは言えないものですね。
風の山にはフジツツジに似ているけど、もっと葉っぱも花も小さいウンゼンツツジというのがありますが、段々減ってきたように思います。
Tちゃんは、苦労している分しっかりしてさりげないっころづかいの出来る優しい人です。介護問題見る立場見られる立場、両方から話しを聞くのですが、それぞれに言い分もありなかなか大変だと何時も思っています。