ジョルジュの窓

乳がんのこと、食べること、生きること、死ぬこと、
大切なこと、くだらないこと、
いろんなことについて、考えたい。

7回忌

2017-03-17 | なんでもないこと
あれから6年経った。

という事は、7回忌だ。

今日から春のお彼岸。

6年前に 住む家さえ失った墓参する人々の
ご先祖に対する思いに テレビの映像で触れて
驚いた事を思い出す。

ご先祖さまより、自分でしょ? と。



先祖を大事にしている人の方が
先祖を忘れて暮らしている人よりも

日々の生活に
“生きにくさ”を感じずに済むのだ、

という話に、
頭に「?」を付けて聞いていた私は
恥ずかしい存在だったと思う。

今、おぼろげながらに
その通りだなあ! 
と思える自分に ホッとしている。





あれからしばらくの間
震災関連、原発関連の情報を
取りつかれたように むさぼるように
収集していた。

原発関連なんて、
いったい何冊読んだろう?

そして しばらくしてから先日まで
あえて 震災関連の情報に触れる事を避けていた。

ネットでも テレビ等での報道も
特にフクシマについては
触れたくなかった。

無力感に 何の変化もなさ過ぎたからか?

無知は悪である、と知ったからか?



そこからも 少しの時間が過ぎて
また触れられるようになってきた。

それまでのあれは
傷口が塩気を感じて あえて避けようとした行動だったのか?

ならば 今回は
傷口が少し癒えてきたのかもしれない。

それが7回忌という時期に当たるのかもしれない。





先日 「あっ」と声に出して
すぐに予約録画した番組がある。

NNNドキュメント「お笑い芸人 VS 原発事故」
マコ&ケンの 原発取材2000日

という番組だった(2月6日 いや、5日深夜)。

(もっと視聴者の目に触れられる時間帯であってほしかった。)

オンデマンドで視聴でる。良い時代になった。)







「お笑い芸人? なにそれ。」
と思わずに、
すかさず録画できた自分に感謝、

マコ&ケンについて情報を送っていてくださった結さん
とても、とても、感謝!






マコちゃん、ケンちゃん、
あなたたちのようなアホが人がいてくれて、
涙がでるくらい、嬉しい。

そして 充分にクレバーであってくれて、
すごく嬉しい。

あなたたちのこれまでの活動に、感謝。

私たちは 気付いていようといまいと、
あなたたちに とても救われていたのです。

これからも活躍を祈っていますよ!






7回忌。

通常なら、細かい事は忘れて、
辛い記憶も 少しずつ和らいで、
楽になってくる頃です。

決してそうはならない人々がいるから、
そうなっては困る事柄が いっぱいあるから、
私たちは 節目節目で 必ず思いを新たにして

現在に生きるニンゲンの端くれとして、
未来を生きる子孫に言い訳ができる程度には

なんとか 頑張っていかなくてはね。


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ご声援ありがとう

2017-01-31 | なんでもないこと
Jリーグで 前期優勝した鹿島アントラーズ。

後期で5連敗するも、
チャンピオンシップでレッズを退け、年間王者に。
 
          

やっぱり、嬉しいよぉ!






そして、初タイトルを目指し、退任する監督や、
移籍前の主要選手のいるチームを破り、
天皇杯まで獲得!

          

「やっぱり、鹿島は、空気を読まない!」
と言いつつ、息子も大喜び。


昨日は、鹿島神宮を参拝した後、優勝パレード!

          






レアルマドリードというスペインの強豪と


クラブワールドカップで対戦し、
2得点と大活躍した芝崎岳が注目を浴びた。

          



が、Jリーグでの彼の活躍は、高校2年生の段階で、
既にわかりきっていた。



          

イギリス紙『サン』によると、「日本のイニエスタ」だそうだ。






が、突然のイケメン扱いはいかがだろう?

          
          
          少し、顔が丸過ぎないか?(笑)






「稀勢の里 君がなんとかせにゃならぬ」

「稀勢の里 期待してない してないぞ」

読売新聞の川柳欄にそう詠まれた日本人力士が、
期待通りに 久々の日本人横綱となった。

           

めでたいじゃないか!

          

雲竜型も、いいじゃないか!




実家のある茨城県南の出身だというので、
ずっと応援してきた。

(もう一人、応援してきた豪栄道が先を越すかも、
 とも思っていたが。)

(私としては、やっぱり、稀勢の里が先でヨカッタ。)

さあ、後は、ずっと強い横綱で居続ける事が大事。

まぁ、大変!(笑)


      
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謹賀新年2017

2017-01-03 | なんでもないこと
ブログ落第生のジョルジュです。

でも、今年も できる限り 続けるつもりです。

今年もよろしくお願いします。





「来て良し、帰って良し」とはよく言ったもので、
娘が孫を連れて長逗留してくれるのは
嬉しいような、そうでもないような。。。

とにかく、アカンボウは 眺めていて飽きないので、
時間がどんどん過ぎていく。

おまけに、動くので、
母親が あれも危ない、これも汚いと
そこいらじゅうの物を片付けてしまって、
不便な事この上ない!

(亭主のものは 仕事場にあるので、主に私の物ばかり)

コンセントは引き抜かれて カバーが差し込まれ、
手が届く範囲の物は すべて片付けられ、
それでもカバーしきれない場所は
かつてベビーベッドだった柵で覆われて。。。





と、いい訳をしてみたけど、
やっぱり仕事が忙しかった。

これまでにないほど、忙しかった。

以前なら 忙しいのは亭主ばかりだったが、
なぜか私まで忙しくなって。

新年最初の
いや、この記事が最初なら、3番目の記事を投稿できれば、
後は続いて出てくると思うんだけど。






ともあれ、これからも宜しくです。

マイペースにもほどがあるって?

おっしゃる通りです!

年末にスマホに替えたせいもあるのかな?

う~~ん、他に何か、うまい言い訳はないかしら?


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なかなか書けない

2016-09-29 | なんでもないこと
記事の更新ができない。

次は、あの記事だ! と思っているせいか?

小難しい事を書かなきゃいけない、と思っているのか?

状況が ブログを始めた頃と 
少しは変わってきているのは、確かだが。

所詮、ブログは、ブログ、
匿名で、好き勝手気ままに書き散らして、
それでいいじゃん! と思っていたはずなんだけど。



書かないでいるのも 欲求不満になるので、
なんでもない事を書く。

カテゴリーにも「なんでもない事」があって、
それが一番多いはずなんだけど、
何考えてんだかなー、私。








娘のお土産のTシャツが、きつかった。

肌触りは悪くないので、
棄てるのもなんだし、と思い、
運転席に着せる事にした。

今なら、きつくなく、着られそうな気がする。。。





雨の多い夏から、雨の多い秋になった。

毎日、花に水遣りをしなくて済むが、
土建屋の社長の息子は、
仕事が進まなくて、参っていた。

     
     スイフヨウは 毎年 思い切り切り詰めるのに、よく咲いている。


     
     一重の方が 形が単純で美しいと思い、
     八重咲きを買った事を後悔していたが、
     これはこれで、やっぱり、キレイ。


   金木犀が ムラじゅうに香りを広げる季節になった。


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『男のおばあさん』

2016-08-06 | 読書
以前、おすぎとピーコに
「男のオバサン」と呼ばれた人がいた。

永六輔氏だ。

「男のオバサン」。

う~~ん、そう言われてみれば、なんとなく、わかる(微笑)。

でも、住井すゑさんには
「あんた、男にしておくのが惜しい」
と言われていたそうです(笑)。(大晩年 p.142)

その「男のオバサン」が、年をとって、「男のおばあさん」になった。

83歳、「男のおばあさん」が亡くなった。










とうとう亡くなったか、という感じで受け止めた。

数冊、永氏の本を読んでいたので。

パーキンソン病という病気の事を、それとなく知っていたので。



2014年4月に『大晩年』という本を出している。

               

上の写真にはないが、真っ赤な帯がついており、

「『大往生』から20年――死ぬのが怖くなくなった」とある。

裏表紙側には、

「妻や友を見送り今だからわかること――若い頃は、
 死ぬのは怖い、寂しいことだと思っていました。

 『大往生』を書いた頃も、
 最期が近づくと怖くなるのかな、と思っていました。

 でも、実際にその時が近づくと、
 不思議なことにちっとも怖くありません。

 親しい人が亡くなっていくごとに、
 皆さんが先に行っているというだけの話なんだ、
 後から行けばいいんだ、
 と感じるようになったのです。」


という、本文(p.147)からの文章がある。



これは私の普段の考え方と同じだ。

ただ、私はまだ娑婆に居たいので、
怖いわけではないが、
我欲がたっぷりで、そんなに悟り澄ましてはいないのだけれど。

「先に逝ったのね。私はもっと後から逝くわ」
という感じなのだけれど。



2冊とも、パーキンソン病に関しては、
医師の説明部分を含めて、患者の心情がよくわかる名著だと思う。

『大晩年』(中央公論社、2014.4.25、1300円)

『男のおばあさん』(大和書房、2013.6.25、1400円)






永氏は、作詞家としても活躍し、
ラジオやテレビ、映画にも出演していたうえに
『大往生』などの著作も盛んにしていて、
かなり多忙だったろうと思う。

私も亭主も 若い頃からかなり影響を受け、
著書もかなり読んでてきた。

私たちは 日本に住んでいる限り、
必ず 氏の音楽を聴き、氏の影響を受けて 生きて来た
と言っても 決して大げさではないはずだ。



永氏が作詞した曲を書き連ねれば、
「それも そうだったのか?!」
と思う曲が、山ほどある!

それは、これまでもいつもそう思ってきたけれど、
今回、さらに その思いを強くした。

その中に、「いい湯だな」がある。

ね? 驚かない?(笑)



7月12日の朝刊24面に、作曲家小林亜星の言葉がある。

ドリフの「8時だョ!全員集合」についた触れたた部分がある。

「この番組を、俗悪なバラエティーだという人がいたけれど違います。

 戦争で心の傷を受けた僕たちにとって、
 他人と勝ち負けをつけるのではなく、
 楽しく時間を過ごし、子どもたちを幸せに育てることは 
 切実な願いでした。」

「いい湯だな」は、「楽しく、生きることを肯定している」
と小林氏は伝えてくれている。

番組を見て育ったけど、それは、知らなかったなぁ!(笑)






多彩な氏の才能は、多様な分野で花開いてきた。

鯨尺を復活させよう、とか(実際に復活した。快哉!)。

米穀配給通帳のような、全く不要なものを法律で定めたままでいる
怠慢を改めよう、とか(米穀通帳は、廃止になった)。

さまざまに 私たちの目の届かない、気の付かない所に
目をやり、気づき、
ラジオなどで訴え続けてくれた人だった。

そして 卓越したユーモアには 真似できないものがあった。



あ、「天皇に和服を着ていただこう(天着連)」という運動は、
まだ結果がでてないな。

退位なさったら、お着物を召してくださるのかな(笑)。






永さん、さみしいよぉ。








小沢昭一という人がいた。

永氏と同様、古くからラジオ・テレビで、
また映画でも活躍した、面白い教養人だった。

永氏のラジオ番組同様、テレビを持たないアパート時代から
小沢氏のラジオからの<語り>に耳を傾けながら、
アパートの隣人に気兼ねして 小さな声で笑ったものだった。

「~の、こころだぁ!」というそのダミ声は、
今でも耳に残っている(苦笑)。

貴重な研究もなさっており、私はその死を悼んだ。

小沢昭一氏は 先に(2012年)亡くなっている。

親交の長かった永氏は、そうとうに、寂しかったろう。





大橋巨泉氏も亡くなった。

2月4日放送の「徹子の部屋」に
永六輔氏と共に出演したのを最後に、
治療に専念していたそうだ。

82歳だった。

徹子さんも 寂しいだろう。


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