ジョルジュの窓

乳がんのこと、食べること、生きること、死ぬこと、
大切なこと、くだらないこと、
いろんなことについて、考えたい。

はじめまして

2016-03-29 | なんでもないこと
はじめまして、ジョルジュの孫1号です。





1号ですが、外孫です。

オトコです。

名前もつきました。

間もなく 産院を出て ジョルジュ家に行く事になってます。



ママがパソコンを占領していて パソコンに触れなかったと、
バアチャンは ブログの更新ができなかった事を
ママのせいにしています。

ママが入院してからは
毎日 ボクに会いに 病院に来てたから
やっぱりパソコンに触れなかったと
ボクのせいにもしています。

これからは もっと パソコンに触れないかもよ!?


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肋骨の痛み 2016 つづき

2016-02-01 | 更年期
結論としては、とは言っても 私の推論なのだが、

“鬱滞(うったい)”

というのは、ビョーキである。

と、いう事なのだと思う。



鬱滞とは、ウィキペディアによると、
「血流などが静脈内などに停滞した状態を示す」
ということになっている。

また、
「東洋医学では 気のうっ滞のことを気滞、血のうっ滞を血滞といい、
 病の一つとされている」
のだそうで、

「血流など」の「など」の部分には
目に見える血液の他に 「気」をも含むようだ。

また、胆汁や静脈血などの滞りも含むらしい。

そして、リンパの流れの滞りも。






健康運動指導士の先生は、主目的である亭主の治療をし、
次に 私の番になった。

この日はお会いするのが3度目で、
先生は 私の乳がんをご承知だ。

どんな順番で施術してくださったのか、
もう覚えていないのだが、

それは 私の記憶力の粗末さだけではなく、
ありとあらゆる治療を施されたので
覚えきれなかった、
というのも理由のひとつだった。

そして、とにかく、
何番目の施術だったか、
先生は 私の肋骨をさすって、
「ここは?」と聞いた。

「ここは?」

「ここは?」

「こっちは?」

「こっちは、どう?」

「こっちは?」

そのどれもが、痛かった!

しかも、ハッキリとした痛みだった!

「な、なにすんの?!アンタ?!」

と叫んでもいいくらい、痛かった。

「ギャ〜〜〜〜!!!!!」と叫ぶほどでは、なかったが。






肋骨。

それをさするとすると、乳房が邪魔をするので、
大きく分けて 首に近い方、
乳房の下の、へそに近い方とがある。

そして、私はしばしば 肋骨と肋骨の間をさすっては、
痛みを感じていたのだったが、
今回は 骨と骨の間と、肋骨の上との、
どちらも、とても痛かった!



そこで先生は
「これは、全身をやってからの方がいいかな。」
とか何とか ゴニョゴニョ言いながら、
全身を動かさせたり動かしたり。

「? ? ?」なまんまで、
ただただ素直に いう事を聞く私。

それからまた 肋骨の辺りをさする。

上の方の部分は、身体の真ん中から、脇の方へ。

流す、という感じ。



下の方は、やはり脇の方へ、流す。

こちらは、そうしておいてから、
脇の下の方ではなく、ウエストの方へ向けて、流す。

優しく、丁寧に、しかし、しっかりと流す感じ。

人の手のひらは 不快な感覚はない。

まして、尊敬する方が、
ご好意で こんな田舎まで「行きます!」と言って
来てくれた。

外がどんどん暗くなるなか、
先生は せっせと私を動かし、
また 動かさせた。

そうして、私の肋骨の痛みは、
骨の上の痛みも、骨と骨の間の痛みも、
いつの間にか 霧消してしまっていた。





つまり、私の身体は
その時 特に肋骨周辺において
何かが(おそらくは、リンパが)鬱滞しており、

人は 鬱滞している状態においては
そこここが痛みや不快な症状を感じるようにできている、

のでは ないだろうか。



とにかく、その頃の私は ひどく疲れていて
身体のどこが悪いのか、わからないくらいだった。

治療を受ければ気持ちが良いだろう、
という程度で受けた治療で、

「人は 健康ならば こんなに心地良くいられるものなのか!」
という思いをした。

それは、衝撃的なほどだった。






もちろん、その後もしばしば 気になるからこそ、
胸に手をやり、さすってみたりしていた。

肋骨の辺りだ。

すると、痛い時がある。

おっと、イカン、イカン。

せっかく快適な状態にしてもらったのに。

で、せっせと、さする。

手のひら、手の指で、ナデナデ。

ヾ(・ω・*)なでなで。



力を入れると、また別の部分が不具合を起こす。

力をあまり入れずに、優しく、しかし しっかりと。

それで痛みがなくなるのだから、不思議でたまらない。






ただし、これをやると、
翌日、左(術側)の脇の下が痛む。

しなければ、痛くないのだから、
原因は この ヾ(・ω・*)なでなで である事は確実。

そして 反対側の脇の下が痛む事はないので、
やはりこれは リンパ節の有無が関与しているのではないだろうか。

すみません、推論です。





血液の循環を良くすれば、身体は温まる。

温かければ、それだけで不調は改善するだろう。

リンパ球の循環を良くすれば、
やはり 余計なモノを取り除くように 体は反応するだろう。

それを 人は 「免疫力」と呼ぶはずだ。



痛む所、不快を感じる部分を
人の手は 自然になでているものだ。

その手を ちょっとだけ意識的に使えば
効果は すごく上がるはず!

おまけに、自分の手のひらは どれだけ使ってもタダ!

だから、肋骨周辺に痛みを感じる人は、
優しくさすってあげてほしい。

ついでにもうひとつ、
これを 誰か 他の人の手のひらでやってもらうと、
極楽〜〜〜!

でも、誰もやってくれない!(怒)






雑誌で ちょっとした記事を見つけたので、
オマケにつづく。


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肋骨の痛み 2016

2016-01-26 | 更年期
私のこの窓の記事の中で
一番読まれているのは、いつもの、アレ(苦笑)だが、

「肋骨の痛み」という記事も、
意外と多いようだ。

書いたのは、2007年の1月。

9年も前の記事だけど。

肋間神経痛かとも言われていたが、
この肋骨の痛みに
新たな展開があったので、追加記事を。






と、いうわけで(笑):2005-06-07


脇の下の痛み:2012-03-12



母は 更年期と呼ばれる時期に
胸の肋骨の辺りが痛む、と訴えていた。

私のこの肋骨の痛みも
ハッキリと認識したのは
というか、ハッキリした痛みがあったのは、
乳がんのホルモン療法で 女性ホルモンの分泌を止めてからだった。

だから、「肋骨の痛み」は「更年期」のカテゴリーだった。

「と、いうわけで(笑)」と  「脇の下の痛み」」は 
「乳がん」のカテゴリー。

どれもみんな、乳がんになったから、の 痛みなんだけどね。





年末に 左手の指先を怪我した私は 
バランスをくずした。

全身の、バランスを。



左手の人差し指に負担をかけないように。

左手の人差し指を使わないように。

左手の人差し指を濡らさないように。

とにかく、
左手の人差し指では 何も触らないように、
他の部分が 代わりを務めていた。

左の、親指、中指、手首、ひじ。

右手の全部。

それは、感じていたし、理解できたし、
予想もできた。



ところが、バランスを崩したのは、全身だった!

肩や 背中や 腰が痛んだ。

なんだ!? これは?!





癌以外の生活習慣病のデパートと化していた亭主の体調も
年末は最悪状態。

そんな時に
運動療法指導士の治療を受ける事ができたのは、
奇跡に近かった!

「運動療法指導士」というのは、
「運動療法」を「指導」する人なので、
治療を施したりする事はない。

が、ご好意で 個人的に治療をしに来てくださったので、
恐縮だったが 喜んで受けた。

それは、長年の経験と
科学的な裏付けと
それから なにやら怪しげなものと
全部がごちゃ混ぜになったような治療だった。

                      つづく


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トレーナー

2016-01-11 | なんでもないこと
トレーナーを よく来ていた。

「スウェット」とは、呼ばなかった。

学生になった頃に流行りはじめたトレーナーは、
廉価で 洗濯がきいて 
さまざまな色・デザインがあって、
若者の代名詞とも言える存在だった。



子育て時代にも トレーナーに頼った。

洗濯すると よく 洗濯機のくず取りネットに
ご飯つぶが入っていた。

毎日、毎日、トレーナーを着て 
子供たちを追いかけていた。

真っ赤な麦の穂の絵の ビール会社のロゴの入ったトレーナーと
黄色い無地のトレーナーと
真っ青な柄物のトレーナーとの三着を
順繰りに着ていた事を覚えている。

赤、黄、青。

まるで、信号機のようだった!






その頃から、3枚ずつ、だったのだろうか。

十数年前、トレーナーを買った時、
一度に3枚買った。

エンジ色と ピンクと ベージュだった。

一度に3枚、ダメになったのだ。

ところが、購入して間もなく、
全く着なくなった。

乳がんの手術を経て、ホルモン療法に入り、
ホットフラッシュが始まったのだった。



脱いだり、着たり、また脱いだり、また着たり。

それが <かぶりもの>は大変で、
3枚のトレーナーは 箪笥の奥深くに 
凍結される事になった。

脱いだり、着たり。

それが大変だっただけではなく、
脱ぐ時に 首の部分が 耳を圧迫し、
次に 耳を弾くように脱げる。

すると 耳鳴り屋の耳は、 
「キ〜〜〜〜〜ン」と 大きな音がして 
不快だった。






それにしても、あの 突然に来る<暑さ>は、異常だったね(笑)。






ホットフラッシュが 全くない、というわけではないけれど、
汗でぐっしょりになって着替える、という事は、もうない。

「もったいない」と 箪笥の奥にしまっておいたトレーナー達を
引っ張り出したのは 一昨年だった。

もう、大丈夫かな?と。

去年からは 昔のように 毎日 色を替えて着ている。

エンジ、ピンク、ベージュ。

エンジ、ピンク、ベージュ。(笑)



ベージュはともかく、
それまで ピンクやエンジのような、
赤、またはそれに近い色は 着ていなかった。

買った頃には すでに 女性ホルモンが減少していて、
それを補いたいような心理が働いて
こんな色を買ったろうか?
と思ってしまう。






十数年を経て(術後、え〜と、13年を経て)、 
ようやく日の目を見た、トレーナーたち。

エンジ、ピンク、ベージュ、だ(笑)。



疑問がある。

トレーナーを着ていた人たちは、どこへ行った?

今、何を着ている?






こんなくだらない事も 一生懸命に書いている。

私のこの窓に、今年も どうぞお付き合いください。

よろしくお願いします。


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年末

2015-12-30 | なんでもないこと
私は戦っている。

乳がんと。

いや、そうではない、
自己嫌悪と、だ。



とても辛い思いをしている。

どうして こんなにいろんなものを貯めこんだのだろう?

年末が来るとわかっていながら、
どうして ここまで 何もしないできてきまったのだろう?



間に合わない。

どこをどうやっても、大掃除が間に合わない。

汚い。

家じゅうに、汚れがたまって、汚い所だらけだ。

ああ、時間がない。

間に合わない。





自分が悪い。

そうとわかっている、という事が、とても嫌だ。

自己嫌悪だ。



亭主に言うと、
「お前は 毎年 年末になると 自己嫌悪になる」
と言われた。

そうだったろうか。

去年も そうだったか?

去年は 亭主がいなくて、大変な思いをしていた。

そうして、やはり 大掃除が間に合わなかった。





去年の年末に 義父が急死した。

90歳くらいになっていて、
具合が悪くて入院していて、「急死」も何もなさそうなものだが、
亡くなると思っていなくて あっと言う間に亡くなってしまうと、
「急死」としか 思えない。

二人の息子も 四人の孫も 誰も間に合わなかった。

年末の病院で  誰にも看取られずに
(いや、病院の医師や看護師はついていた)、
義父は 亡くなった。

義父の一周忌を済ませたら、年末だった。

当たり前か。





ジタバタしている。

なんとか、もう少し キレイにしておきたい。

娘の亭主が来るのだ(笑)。

さて。

もうひと頑張り。

いや、ふた頑張り?



皆さんの所へ ご挨拶に伺う時間は、なさそうだ。

こちらで、ちょこっとご挨拶。



今年も、拙いブログにお出ましいただき、ありがとうございました。

来年も めげずに 書きたい事を 書いていくつもりです。

更新がまばらで すみません。

来年も どうなるかはわかりませんが、
やっぱり、書きたい、いろんな事を。

どうぞ、よろしくお願いします。



どうぞ よいお年を。


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