ジョルジュの窓

乳がんのこと、食べること、生きること、死ぬこと、
大切なこと、くだらないこと、
いろんなことについて、考えたい。

還暦

2018-01-04 | なんでもないこと
夏に書くつもりだった。

まさか年を越すなんて。

60歳になった。

還暦だ。

ノストラダムスの予言によれば、
こんなに高齢?になるまで 
生きてはいないはずだった。



結婚した。

子どもを産んだ。

癌になった。

孫ができた。

良い事も 悪い事も
どちらもそれなりに経験してきた。

総じてみれば、平穏で幸せな半生と言えるのだろう。



けれど
精神的には 悩みとか 痛みとか
何も感じないように生きていこうとか
あまり良くない「クセ」が
ずっとのさばってきた半生だった。

そういう悪い「クセ」と対峙して
前向きな気分になっている時には
使う言葉とか 話し方とかも
変わっているらしい。

亭主によれば(笑)。





ブログなんていう、
私とは絶対に関係がないようなものに
ついに手を染めて(笑)、
ようやく生きる場を得た部分も
私の内には 確かにある。

そのブログの更新がままならなくなっている。

全部、亭主のせいだ(笑)。



亭主がいない日が増えた。

それは、歓迎する(笑)。

ただ、亭主がいなければ 私が忙しい。

亭主は なんでも自分でやらなければ気が済まないタイプ。

これまで ひとりで勝手に(こっそりと?)やってきた事を
私に丸投げするようになった。

息子が帰って来て、手伝うようになった、はずだった。

けれど息子は私に似て、
やらなくて良い事には手をださない(嘆)。

そして
私は
できる事なら仕事を全部 
自分ひとりで完結させたいと頑張ってしまっている。

なんのことはない、もうひとり亭主が居るようなものだ。



反省しなくてはならないのか?

変えた方がよいのか?

いずれ 息子に任せる事になる仕事も多い。

なら、いずれ変える事になるだろう(笑)。

その時、交換がスムーズに進む事を願う。

けれど
人間 いつ何時 どうなるかも知れない。

ならば 
そろそろ この辺で 
さまざまな事を 譲渡していかねばならないのか?

前期 いや、初期高齢者は思い悩む。

これからまだまだ 人生は続くというのに。






実際、人生は 長ければまだ40年ほどあるはずだ。

とりあえず、30年は生きるだろう。

ならば、

「10年頑張れば 何事もひとかどの物になる」
というし、

20年頑張れば あとの10年は 「すごい人」で過ごせるのかも!






バカな事ばかり言っているけど、
全部、本気。

じゃあ、何を頑張るか?

それは、これから考える(笑)。



とにかく、今年も、どうぞよろしくお願いします。


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「おんな城主 直虎」

2017-11-19 | なんでもないこと
いや~~~。

泣いた。

久々に、思い切り、泣けた。

何度も、エプロンで(笑)、涙をぬぐった。









大河ドラマを見ている。

必ず見ている、という訳ではない。

一番話題を呼んだ場面を放送する日に
忙しさのあまりに見逃したりして、
悔しい思いもしている。



今夜は 瀬名様と信康殿が亡くなった。

良い場面がいっぱいあって。

ふたりとも、とても良い人なんだもの。

このふたりが悪い人、という小説もあって
それを元に作られたものを見ている時には
亡くなって清々するような気分になるのだが。





瀬名様(築山殿)、お美しい。





幼名虎松、
現在、井伊萬千代と名乗っている直政が好き♡

子役の時も可愛かった。

リトル・ベンの時も、つい目を奪われる顔だった。
           



それが寺田心クンから 菅田将暉クンになってからも、
どうも可愛くて仕方がない。



           

生意気な青年になって 小憎らしい役になってからも、
大げさに作った表情が
どうも子役の時の顔に見えてしまって、可愛い(笑)。





人の「生と死」を扱っていても、
こんなに泣けるドラマは あまりなかった。

いよいよ歳をとったか?(爆)


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教祖、逝去

2017-08-05 | ムギュムギュ教
ムギュムギュ経の教祖さまが救急搬送された先の病院には、
緩和ケア病棟があったそうだ。

いつかはそちらに入るのだと 彼女は言っていた。

なんてラッキーな救急搬送!






ところで、「バカな女」さんは、あれからどうなりましたか?

と聞かれて、

「ホスピスに入りました。」

と答えたのは、去年の秋のお彼岸の事だった。



バカな女初出の記事、2013年6月



その日のうちだった。

彼女のお身内から  ショートメールが届いたのは。

「本日 息をひきとりました」



・・・・・・・・・一度くらい、お見舞いに行けば良かった。



けれど、本人から「来ないでほしい」と言われていた。

親戚でもない私が、
(いくら教団の広報担当だからって、)
行けるはずがない。

第一、彼女は 自分がヘンテコな宗教の教祖さまになってるだなんて、
知らないんだもの(笑)。



お釈迦さまだったら、「入滅」とか「入涅槃」とかの言葉がある。

お坊さんだったら「遷化」とか「入寂」、「入定」と言う事もある。

教祖さまだけど、「崩御」じゃまずいかしら?






自分が乳がんだと 知っていた。

おそらく、胸にしこりがあったのだろう。

しこりが大きくなってから、それは 胸のあちこちに増えて。

そして 触ってもわからない場所に 転移していって。



「人はどうせ いつか死ぬから」と。



強い人だって事は、分かっている。

検診は受けない人だって事も、知っていた。

分かっているから、知っているから、
だから、乳がんの治療は、受けて欲しかったなあ。。。



「だって、ほら、最近はさ、

 闘うな、って言うでしょう?

 癌は切るな、って、言うじゃない?」

だからさ、それは、乳がん以外の、見つかったら既に、っていう、、、、、、。



勝てる勝負を、始めからあきらめるなんて。






「あたしは、ほら、

 結婚もしてないし、子どももいないし、さ。

 死んじゃってもいいや、って 思ってたのよ。」



私たち、知人・友人は 役に立たない、って思っていたのね。

私にとって、かけがえのない人だったのに。

って、私も 亡くなってから思い知ったんだけどね。

こんなに長く 記事にできずにいたなんて。

出会ってから、35年たったよ。

ねぇ、知ってた?

私、あなたから、ずいぶん影響受けてきたみたいよ。





彼女は ご実家のお墓に入るつもりだったのだが、
メールをくださったお身内の方によると、
晩年は 樹木葬に心を惹かれて、そちらに変更したとか。

その方は 彼女の住んでいたマンションを会場にして
「お別れの会」を開いて下さったが、
私は多忙でとても出かけられる状態ではない日で、
それきりになってしまった。

「お墓参りしたいので 場所を教えて下さい」と伝え、
納骨したら連絡をします、と言われて、
まだ連絡がない。

どんな場所に葬られたのか。

すごく不便な場所かもしれない。

それに、「これが、彼女の樹」とは わからないかもしれない。

それでも、生きている私としては、
お墓参りだけは させていただかないと、
気持ちに区切りがつかない。



今年は 新盆なのだが。





せめて、教祖さまの逝去を悼み、
ムギュムギュ教の布教につとめる事を
もう一度 心に誓おうと思う。

芯のしっかりした、
酒はぬる燗が好きで、
出不精の、
でも友達に恵まれた
60代で亡くなったバカな女の教えを
折に触れて 周囲の人に 広めていこうと思う。






この記事の最後に、ムギュムギュ教の教義を。

「お風呂に入った時に 湯船の中で 

 足を 片足5分ずつ、両足で10分、
 
 足首からひざまでを
  下から上へ
  ムギュ、ムギュ、ムギュ・・ と手で握っていくと

 ドッと汗が出て
 血行が良くなって
 足のシビレや 冷えや ムクミに効く。

引いては、全身の美容と健康に役立つ!(かも?)」


参照:ムギュムギュ


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『がんで余命ゼロと言われた私の死なない食事』

2017-08-03 | 読書
『がんで余命ゼロと言われた私の死なない食事』
(著者:フレンチシェフ神尾哲男、幻冬舎 2017.3.10、1100円)
は、末期の前立腺がんだった著者の話。



          



なんと、著者は、
フランス料理のシェフを目指して修行を始めた頃から
ずっと肉を中心とした欧風の料理一辺倒で、
ご飯も味噌汁も まったく口にしなかったという。



          






腰痛のために 店から病院に救急搬送。

PSA値は1520(基準値:4.00ng/ml以下)。

骨シンチで 黒く写っていたのは、脊髄3カ所、左鎖骨、左鼠蹊部のリンパ節。

「ここまでになって、なぜ生きていられるのか?

 死んでいてもおかしくない」(p.17)

と 医師はびっくり。



手術。

放射線療法。

並行して、ホルモン療法。



前立腺がんは 性ホルモンが大きく影響する癌で、
治療に使用する薬には 乳がんと共通するものもある。

そういう意味では 乳がん患者である私は 親近感を持っている(笑)。



そのホルモン剤が、著者には効かなかった。

どんどん強い薬に替わっていく。

「日本人の前立腺がん患者の 8割、9割の人には効いているのに、
 どうして神尾さんだけ効かないんでしょうね。

 日本人なのに。」(p.28)






私だったら、

「ああ、私は 残りの1割、2割に入ったのだ」
と暗い気分であきらめるところだが、

著者は そこで
日本人なのに フランス人の食事を摂り続けていた、
その「いびつさ」に気づいた。

ついに、抗がん剤治療を断り、
<食>で 癌を治す事を決意。



          






食べ物を変えれば、体が変わる(p.34)

身が本当に必要とするものを摂る大切さ(p.36)

主食は玄米が一番(p.98)

身体を冷やさない(p.144)

がん細胞は敵ではない(p.164)

他人に命を預けない(p.167)

意識的に深呼吸を励行(p.158)



この本には、私たちに気づきを与えてくれる言葉が並んでいる。



同時に、

腹6分目にとどめる とか、甘いものは口にしない とか、
耳に痛い言葉も並んでいる(苦笑)。

著者が料理人であったからこそ気づけた事、できる事、などもあり、
私たちには すぐには実行できない内容もある。



けれど、著者の考えは 
健康を気遣う誰もが 参考にするに値する、と思う。






この本の「おわりに」で、著者は

「自分の命は 医者に無条件に預けゆだねるものではなく、

 自分の責任で 自分の手で つかみ取るものです」(p.175)

と述べる。



癌に限らず、闘病中の諸氏にとっては、「当然!」と思える言葉だろう。

そして、日々 実践中の著者の言葉として聞くならば、
これほど力強いエールはないだろう。


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標準治療ということ (3)

2017-07-26 | 乳がん
こう毎日毎日、「乳がん患者とセックス」ばかり読まれているブログに、
こんな事を書いて、なんの徳(得?)があるのか? とも思うけれども(苦笑)。



本によっては、やり玉に挙げられている標準治療。

その標準治療を 私が信奉しているのは、
保険診療が受けられて安いという事 = 治療を続けられるという事、
それから ある医師の存在がある。

その医師は
標準治療を 「ゆるやかな殺人」とまで言っている。



食べ物が食べられない。

化学療法 = 抗がん剤治療 によって、
人は 餓死させられている、と言うのだ。

あるいは 苦しい治療によって 免疫力がダメージを受け、
生きる希望や夢を奪われ人が死んでいくのは、
<殺人>である、と言うのだ。

その医師が、
乳がんに関してだけは、
「標準治療がよく効く」と言っているので、
やっぱり、そうなんだ、 
と単純な私は信じる事ができた、
という訳だ。






ちなみに、その医師は、抗がん剤を 
食欲や生きる意欲を奪わない程度の少量を投与する
という方法をとっている。

以前は 全額 自費診療だったが、
今はどうだろう?

部分的に保険適用外の治療を選択する場合、
以前は すべて自費診療扱いにされたのだが。

高額な輸入品である抗がん剤も、
少量なら さほど高くならない、と言っていたが、
交通費を含めれば 高くないはずはないなぁ。



その医師の名前を、私は忘れてしまった。

サイトも、どうも見つからない。

有り難い事に、術後 順調に15年近くが経過して
乳がんの最新情報も すっかりわからなくなってしまっている。



乳がんについて知りたいと思う方には 
もっと他に もっとためになるHPがある事と思う。

役に立たない自己満足の記事の羅列をお詫びする。




          もっと知ってほしい
          大切な人が がんになったとき
          女性のがん 乳がん・子宮頸がん・子宮体がん・卵巣がん
          message 大切な人をサポートするあなたへ

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これから書く記事にも
乳がんを放っておく事は得策ではない、という私の考えが
折に触れて 出てくるはずだ。

何も知らないに人は「そうかな?」「そうかもしれないな?」と思ってほしい。

そう思っていない人は「そういう考えの人もいるのだな」と思ってくれればいい。

私は 世の中から
癌、せめて 乳がんでこの世を去る人を ひとりでも少なくしたい、
できるならなくしてしまいたい、
と思っている一人なのだ。

とりあえず、受けてね。

検診。


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