茶の葉の声に耳を澄まして    Tea-literacy

数千年にわたる茶と人とのかかわりに思いを馳せ、今、目の前にある茶の声に耳を傾ける
お茶にできること、お茶の可能性とは

吉田松陰

2009年10月27日 | Weblog
「アメリカが飲ませにきたる上喜撰
 たった四杯で夜も寝ラレズ」
これは吉田松陰の作。
萩市内の民家で見つかった吉田松陰直筆とされる
『燕都流言録』にあったそうです。

「泰平の眠りを覚ます上喜撰
 たった四杯で夜も眠れず」という有名な狂歌は
松陰からきているのでしょうか。

喜撰というのは上等なお茶のこと。
上喜撰はうんといい宇治の玉露、
もしくは当時、
上喜撰という銘のお茶があったのかも。
よいお茶を4杯も飲んでしまうと
カフェインで眠れなくなるというのは、
当時から根付いていた概念なのですね。

松陰が処刑をされて150年になりました。
萩の松陰神社では記念行事が相次ぎ、
昨日は裏千家のお家元の献茶式、
今日は表さんの呈茶があったようです。
本をたくさん読んだ松陰、
どんなお茶を愛飲していたのでしょう。
「酒と茶に徒然しのぶ草の庵」
なんて句もつくっています。

平戸滞在中に松蔭が読んだとされる書物に
「阿芙蓉彙聞」というアヘン戦争の記録があります。
その中の「阿片始末」という巻は、
必読書として弟子達にも読むことを勧めています。
松陰はアヘン戦争で清が西洋列強に大敗したことを知って、
山鹿流兵学が時代遅れになったことを痛感し、
西洋兵学を学び始めているのです。

アヘン戦争については8月6日に少し触れましたが、
この時期に隣国で起きたこの事件は、
吉田松陰を走らせ、
日本の歴史に大変大きな影響を与えることになりました。
お茶がアヘン戦争につながり、
そして日本を開国に向かわせた。

でも、
明治政府は一生懸命、
外貨獲得のための輸出品目として、
お茶に力を入れるのです。
あれ?なんか変ですね。
日本が清国の二の舞にならなくてよかったです。

画像は、
久里浜のはしもと茶舗本店さんのお茶。