ワインをグラスに半分飲んだだけで、十年分寝ることができた私は、
お酒の強い人に、きっといつか騙されて誘拐されるに違いないと思うのでしたが、
おかげさまで朝はすっきりと目覚めます。
道東の朝は早いのです。
カーテンの隙間から光が漏れています。
ふかふか布団からもためらうことなく起きあがり、朝の空を眺めました。
雲は厚い、でも雨は降っていません。
朝食は8時にお願いしてあるので、まだ1時間以上あります。
森の散策路を歩いて、標高300メートルのホテルから400メートルの展望台まで
行けるでしょうか。
レインウェアや水をリュックにつっこみ、熊よけ鈴をつけてトレーニングウェアで出発です。
小さな森でも、北海道の原生林、ちゃんと入林届けの箱が置いてあります。
一足はいると、すっくと立った背の高い針葉樹の木々と、
倒れたままにしてある命つきた木が目に入ります。
踏み入れたのは、樹木園という、北海道原生の森をありのままに残したトレイルです。
柔らかい落ち葉の道は、ほんの少しのアップダウンがあるだけで、ほぼ等高線をたどります。
1キロほど、アカエゾマツ、トドマツやカツラの人が3人ほどいなければ囲めないほどの幹周りをもつ木々を
横に見ながら1キロ、展望台に登る分岐点にやってきました。
ここまでおよそ15分、展望台までは倍の距離があるうえ、今度は100mのリフトアップがあります。
ご飯の時間から逆算すれば、あと15分ほど登ったら引き返すくらいが妥当な配分です。
足を早めます。
暖まり始めていた足はすぐに反応してくれるのですが、汗も流れ始めます。
昨晩の豪華な食事がエネルギーを満たしてくれているのでしょうか。
周りを見渡す余裕が無くなりながら、ふっと気づく道上の違和感。
落ち葉の一部20㎝ほどの直径で色が変わっています。
崩れかけたヒグマの糞でした。
昨日今日というほどの生々しさはありませんが、まだ水気は残っています。
やはり、彼はこの森にもいるのです。
歩く足を強く踏みしめて、熊鈴の音を少し強めたりして登ること20分、
がけに向かって手すりが張られていました。
展望台に到着です。
原生林の瞳が、アザミの向こうに細く開いていました。
帰りはトレイルランニングになりました。
8時3分前にホテルに帰り、着替えてついた席でいただいた牛乳は
さすがに酪農の道東です。
和食膳の朝ごはんを平らげて、暖炉前で今日の行程を支配人のマダムとお話ししたりしておりました。
いい温泉が北見にあるとか、美味しい回転寿司が網走にあるとか。
テレビもなく携帯電話も通じないこの半日で、私もいくぶん浮き世を忘れることに慣れていました。
しかしどこか気が騒ぎました。メールをチェックしたいこともあって、本当は昼まで湖面にカヌーを浮かべて読書でもと
考えていたのを思い切り、チェックアウト。
支配人とスタッフに見送っていただきながら、あこがれのホテルをあとにしたのでした。
そして昨日来た砂利道を15分ほどで国道にでるとすぐに携帯に電源を入れました。
そして見たメールは彼女から「台風接近中。早く帰らないと飛行機飛ばないかも」
20時15分のJAL便をツアー予約していますが、この時間だと東京が暴風域に入っているかもしれないほどに
台風18号はスピードを上げていたのです。
こんな時は、携帯電話が何処でも通じて、JALのビジネスダイヤルがすぐに見つかるネット環境の普及に
感謝します。
幸いすぐにつながったオペレーターは、台風による便変更は、本来変更ができないツアーチケットでも
特例として認めてくれると言います。とはいえ女満別から羽田に飛ぶ便は、20時15分より前には15時15分しかありません。
「ひょっとすると引き返すことになるかもしれません」とは注意を受けてチケット変更。
半日ゆっくりできるはずが、あと3時間ほどしか滞在時間になりました。
少なくとも網走へすしを食べに行くのは無理でしょう。
空港まで移動するだけでも45分はかかります。
そんな限られた時間選択の中で、まずはお菓子屋さんに行ってしまう自分に己が欲の基本を見ました。
津別町内に昨日往き道で見つけたケーキ屋さんに車をつっこみます。
生ケーキから焼き菓子、ケースの上にはお餅もあります。
「ケーキ、銘菓の店 しのはら」さんはそんな、町のお菓子屋さん。店の奥さんにすすめられるまま、
シューロールなどをいくつか個別に選んでいきました。
これで彼女への津別町らしいお土産もできたので、次は何がしたい・・と自分に問うて目指したのが、
美幌町の柏が丘。中心部から幾分外れた高台にあるのは運動公園と決まっています。
ここにも体育館や野球場と共に陸上競技場があるのです。
全国陸上競技場巡りを進めている身としては、限定時間に選ばざるを得ない場所でした。
もちろん服の下にはトレーニングウェアを着ていますから、上を脱ぐだけですぐに走り始められます。
とはいえ体操とストレッチをしなければトレーニングも逆効果。ぐっと我慢して、時計をにらみ45分の
猶予時間のうち、15分の準備と15分のランニング、そして何故かもってきた”ターボジャブ”の投擲練習を
することにしたのです。
綺麗な芝生が使い放題なんて、これほど幸せなことはありませんから。
JOGと流しを3本、正面スタンド前で父親に鍛えられる小学生らしい兄と妹を微笑ましくながめながら、
私はバックストレートで走ります。
昨日の長距離走でレスポンスは悪くなっていますが、クレーの走路でしっかり地面を踏み込む練習はできました。
体は浮いています。
よしよし、では投擲。
そこからはふさおまきが犬になりました。
投げては走って回収、戻ってまた投げて走る・・・緑の芝はきゅっきゅとなって気分を弾ませてくれます。
自由に投げれる分、踏み込みの工夫や、投げ出すときの指の引っかけなどを注意する余裕もありました。
ありがとうございます、美幌町柏が丘陸上競技上様。
雨も降ってきた45分後、車にもどってタオルで汗だけぬぐいます。
飛行場に着くべき時間まであと1時間45分、それなのにまた出かけたのがお菓子屋さんというのも、強引に微笑ましい私です。
美幌町記念がほしくなったからと言う言い訳で、「美幌 花月」さんに入り、明るく自慢の菓子を説明してくれる若女将から
スティックケーキや美幌クッキーを買ったのでした。
さらに、最後の選択。
ナビに導かれるまま空港に車を走らせると40分ほど早く着きそうです。
余裕をもってチェックインした方が、荷物預けなどの混雑を回避できるかな、などとも思いながら、
いやいや、時間があるのは天の啓示と空港を素通りして、
昨日行った女満別の美肌の湯「山水」さんへまっすぐ向かいました。
練習でべとついたままで帰るのは、やはり気持ち悪いし、
せっかくの体癒しの旅行です。
温泉はマストですから。
というわけで、つるつるの湯でカラスの行水、
汗が噴き出すのもやむを得ずすぐに着替えて空港にとんぼ返りして、無事機上の人となるのでした。
滞在も文章もあわただしい後半の北海道旅行、忘れられない一日になったのは間違いありません。
楽しかったなあ、それと奥様、早く帰れコールをありがとう。
メールを読んだ直後に、JALから20時の便が欠航になったというメールが届きましたから
間一髪のセーフです。
気づくのが遅れたら、15時の便も満席で席がとれないなんて事態になっていたことでしょう。
いつ行っても思いで深い北海道、津別と美幌のお菓子と共に・・・
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