
前日アレッツォに行った時と同じ時間のインターシティで、ローマから約1時間の街、オルヴィエート(Orvieto)に向かった。
この街もアレッツォ同様、フィレンツェを調べていて目に留まった街。
この日は2等車に乗車。1等車に比べると若干シートは固かったが、内装などはさほど違いはなかった。
しかしとても混んでいて、やはり指定席ということなど全く無視。私と向かいのおばさんは早くに乗車していたので自分の席に座っていたが、ヨーロッパの若者たちのグループがわんさかやってきて、勝手に席の上の荷物置場に大きなリュックを載せ、空いていた1つの席に3人で座るという有様で、その隣のおばさんの迷惑そうな表情が消えなかった。
おまけに通路に立っている3人の仲間も一緒になってめちゃくちゃうるさく、私のとなりに座っていた韓国人の男性は膝の上にコーヒーをこぼされてしまい、結局その後席を立って戻ってこなかった。
英語でもなくイタリア語でもなく、フランス語やドイツ語でもない言葉が飛びかっていたが、いったいどこの国の若者たちだったのだろう・・・。
しかし、海外で中国人以外でここまでうるさい外国人に出会ったのは初めて。
安い2等車だから仕方がないのかも知れないが、本当にうるさかった。音楽を聴いていなかったら、私も席を移っていたかも知れなかったが、他に空席もなかった。
我慢すること約1時間、オールヴィエートに到着。イタリアに限らず、ヨーロッパの列車のドアは、ユーロスターなどの超特急列車以外は手動というのが殆んど。
駅に着いてドアを開けるボタンに開閉可能のランプが点くと、私の前の男性が開けても半分も開かずに固まってしまったので、その男性とあわてて隣のデッキに移って下車した。こういうことは日常茶飯事らしい。
オルヴィエートという街は、大地から隆起した凝灰岩の自然の城壁に囲まれた要塞都市で、“世界でいちばん美しい丘上都市” と言われている。
私はお酒を飲まないので知らなかったのだが、白ワインの生産地としても有名な街なのだそう。
鉄道の駅から、フニコラーレという可愛いケーブルカーで街まで昇る。5分も経たない間に到着。景色を眺めている間もなかった。
ちなみに車で来た時は、街の中は大部分が車両通行止めなので、フニコラーレのある方の反対側の丘の下に大きな駐車場があり、車はそこに駐車してエレベーターとエスカレーターを使って街に入るのだそうだ。
フニコラーレの駅から街のドゥオモ広場まで、バスで坂を上って行った。
中世の面影を残す家並を抜けると、目の前がパーッと開け、信じられないほどの美しい建物が目の前に広がってきた。
“ゴシック建築の宝石” とも言われている、オルヴィエートのドゥオモ。フィレンツェのドゥオモも素晴らしかったが、それ以上にとても美しく、本当に宝石のようなその煌びやかさにうっとり。
まだ朝8時過ぎ。風が少し冷たくて、コートの襟を立ててマフラーを巻き直していると、ドゥオモの前を掃除していたおじさんが、“寒い?中に入る?” って声を掛けてくれたので、“もう中に入っていいの?” と聞き返すと、教会のドアを開けてエスコートしてくれた。
冷たく神聖な空気が張り詰めた広いドゥオモの中は、祭壇の前を掃除している2人のおじさんがいただけで私ひとりの貸切。
美しいステンドグラスや壁のフレスコ画、イタリア最大のパイプオルガンなどをたっぷり鑑賞したあと、ひとまず外に出てバールで一服。
サービスで出してくれたブリオッシュ(甘いクロワッサン)は、想像していたよりはさほど甘くなく、とてもおいしかった。
カプチーノであったまったあと、街の中心まで歩いた。ドゥオモ広場はとてつもなく広いが、そこ以外は狭い石畳の道が続いていた。
オルヴィエートは、市内に新たな住居を建てることが禁止されているため、新しい建物は、丘の下にある新市街に建てられる。なので、旧市街の建物は全て中世のまま。
トゥーフォという凝灰岩でできている建物の、味のある色は優しくて柔らかく、歩いているだけで気持ち良かった。
あいにくこの日もお天気がすぐれず、街の真ん中にある小さなサンタンドレア教会を出ると雨が降っていたので、傘を持っていない私は一旦ドゥオモ広場に引き返し、インフォメーションでドゥオモ内の聖ブリッツィオ礼拝堂の入場チケットを買って、再びドゥオモに入った。
祭壇の右袖廊にある礼拝堂は、祭壇のそばからでも見えるが、普段は暗くて中まで見えない。その薄暗かった部屋にライトが灯り、ルカ・シニョレッリのフレスコ画が壁一面に装飾された見事な礼拝堂に入った。
“最後の審判” をテーマにしたエピソードが天井と壁に描かれていて、色使いが美しく、線のタッチが柔らかいフレスコ画で埋め尽くされ、とても素敵な礼拝堂だった。





ドゥオモを出た後、目的を定めずに街を歩いた。お店が集まる通りには、可愛い手描きの花や果物をモチーフにした陶器が店先にたくさん並ぶお店が何軒かあった。オルヴィエートは、エトルリア時代から陶器の街としても知られている。
20分ほど歩いたところで、街のはずれに出た。霧雨がまだ降っていたが、城壁から眺めるウンブリア州の景色はとても綺麗で、かなりの時間をその周辺で過ごした。
その内雨も上がり、霧も晴れてきたので、眺める景色の視界も広がって行った。新鮮な空気をたっぷりと吸い込む。
城壁は私の好きな街の共通点だが、この街は街全体をぐるりと囲む城壁が殆んど全部残っていて、その頑丈な造りと重圧感は、要塞時代はもちろんのこと、歴史や遺跡を守ってきた証を感じる。
この辺りには殆んど歩いている人が居なく、時々地元の人の小さな車が通るだけ。人懐っこい猫が近寄ってきて、足元にまとわりついてきてなかなか離れようとしない。
のどかで時間の経つのも忘れ、のんびりすることができた。そのまま少し城壁づたいに歩き、坂道を昇ったり下ったりしながらドゥオモ広場まで違う道を通って戻った。本当に歩いているだけで十分満喫できる街。
約4時間の滞在で、帰りの列車の時間まで1時間を切っていたので、広場からバスでフニコラーレの駅まで行き、駅横のカーエン広場にあるサン・パトリツィオの井戸を見に行った。
深さ62mの凝灰岩をくり抜いた井戸は、覗くと吸い込まれそうになり、真上から差し込む光が深い底まで照らしていて、とても幻想的だった。
1527年に、ローマ略奪から逃れるためにオルヴィエートに避難してきた教皇クレメンテ7世の命によって、攻城に備えて水源確保のために造られたこの井戸は、248段の二重になった螺旋階段が、水管の回りを囲んでいる。
これは、一方は水を汲みに降りる階段、もう一方は水を地上に運ぶ階段として作られ、昇り降りの人々がぶつからないように設計された見事なアイデア。
時間がなかったので下まで降りることはできなかったが、いちばん下からの眺めも素晴らしいだろうなと想像だけして立ち去った。










鉄道駅に向かう下りのフニコラーレに乗り込むと、フニコラーレの操縦室があった。
そこにいたおじさんと目が合うと、愛想のよい笑顔が返ってきた。カメラを向けるとポーズを取ってくれたのだが、シャッターを押す寸前に発車のベルが鳴ったので、すぐに真剣な顔に戻ってしまった。
お互いに手を振って、フニコラーレが出発。単線なのだが、途中に分岐した箇所があり、昇ってくるフニコラーレとすれ違った。
その後、少し到着の遅れたインターシティに乗り、再び混み合う2等車に揺られ、ローマに戻った。
オルヴィエートは、夜になると街全体がオレンジ色にライトアップされ、とても幻想的で昼間とはまた違った美しい街並が見れるらしいので、また機会があれば今度は泊って滞在したい。
またひとつ、私の大好きな街ができた。

後編につづく。