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携帯ESRの応用(7):理想的表面処理素材:DLC(Diamond-like Carbon)

2009-06-10 16:11:16 | ESR

 最近、ダイヤモンドライクカーボン(DLC)が「エコ」を背景に再び脚光を浴びだした。1990年前後の第1次DLCブームから約20年を経てやっと本格的な市場の拡大が始まった感がある。数年前から量産自動車部品への応用が本格的に始まったことが大きく研究開発の刺激にもなっている模様である。ブームは、日本だけではなく、以前から自動車への応用がかなり進んでいた欧米、最近では韓国でもDLC産業は急成長している。最近のDLC産業の成長の背景にあるのはやはり地球環境問題、すなわち「エコ」である。従来のコーティングや流体潤滑といった役割に代わる環境負荷の小さい材料としてDLCに白羽の矢が立てられたのである。これは、たまたまではなく、本来優れた特性をもつ素材にやっと「時が来た」のである。

図1 炭素材料の結晶構造。左端はダイヤモンドの結晶構造で立方晶(SP3)をとる。右端はグラファイトの結晶構造で六方晶(SP2)。中央がその中間のDLCで,立方晶と六方晶と白い点(図では:ダングリングボンド、または水素)が混在した構造をとる。

Dlc1

 いうまでもなく主役は古くてあたらしい炭素(C)というIV族元素である。 図1に示すように、DLC膜とはダイヤモンドのsp3結合とグラファイトのsp2結合の両者を骨格構造としたアモルファス炭素膜である。簡単に言えばナノレベルで20―80%のダイヤモンドと炭が混ざり合ったものである。したがってDLC膜は両者の特性を併せ持つ。
 DLC膜は高硬度、高耐摩耗性、低摩擦係数、高絶縁性、高化学安定性、高ガスバリアー性、高耐焼き付き性、高生体親和性、高赤外線透過性などの特徴を持ち、表面が平坦で200度C程度の低温で合成できる。このことから電気・電子機器(ハードディスク、ビデオテープ、集積回路など)や切削工具(ドリル、エンドミル、カミソリなど)、金型(射出成形など)、光学部品(レンズなど)、PETボトルの酸素バリアー膜、衛生機器(水栓)、装飾品など幅広く応用され始めている。
 とりわけ、各種硬質膜の中でも10ギガパスカル以上の高い硬度による優れた耐摩耗性と低い摩擦係数を持つことから、機械部品の保護膜として需要が加速度的に増大している。
 最近では、自動車用の量産部品として実用化が進んでいる。インジェクターなどでは以前からDLCが用いられていたが、ここ3年間で適用範囲が大幅に拡大している。代表例のひとつは電磁クラッチ板へのコーティングで、油中での摩擦係数がより高くなること、および滑り速度に応じて摩擦係数が増加することを利用した点でユニークな応用である。
 またエンジン部品としては、カムフォロアへの応用がある。DOHCエンジンのカムが吸排気バルブを押す極めて重要な摺動(しゅうどう)部であることから、このような個所にDLCが実用化されたことは注目に値する。さらに、ロータリーエンジンの部品にもDLCが採用されている。これらの自動車応用技術は、日本のDLC合成装置およびDLCコーティングのレベルの高さを物語っていると言えるだろう。GMが倒れた要因もこのあたりの技術の差にあったのでは?・・・

 DLC膜を実際に部材に応用する場合には、膜の内部応力や基材との密着力がしばしば問題となり、必要に応じて対処することが不可欠となっている。例えば、DLC膜中に金属元素を添加したり、膜の多層化、傾斜層や中間層の形成といったさまざまな手法が挙げられる。
  最近では、DLC膜の需要は工具や金型といった金属材料を基材とする製品にとどまらず、ゴムや樹脂材料など軟質な材料上への需要も増加している。このような基材にDLC膜をコーティングする場合の問題点として、DLC膜が高い内部応力を持つことや基材との密着力が低いことに加え、基材の変形により膜にクラックが生じ、はく離しやすくなることなどが挙げられる。こうした場合には0・1ギガパスカルと非常に低硬度の柔軟なDLC膜を合成する方法が提案され、応用例としてカメラのOリングなどに適用されている。最近、特に基材の変形によってクラックが生じるのを抑制するためのコーティング法として、DLC膜のセグメント構造化が提案されている。

図2 セグメントDLC膜。図左側に示すような連続膜に対し、図右側に示すような碁盤の目のような溝を掘った構造である。

 

Dlc2

 セグメントDLC膜は、図2左側に示すような連続膜に対し、図2右側に示すような碁盤の目のような溝を掘った構造である。連続膜では、基材が大きい弾性変形または塑性変形を生じた場合にクラックが生ずるが、このセグメントコーティング法は、一部にクラックが入っても他セグメントへの影響が小さく、高信頼性のコーティングが得られる。
 また、潤滑油や摩耗くずをセグメント間に保持することで、アブレシブ摩耗を抑制しながら潤滑油による潤滑効果を持続させることができるため、基材の変形によるコーティング膜のはく離が心配となる部材に広く応用されると期待される。
  セグメントDLC膜の合成は、プラズマCVD法により行っている。合成の前処理として、アセトン中で基材の超音波洗浄をした後に、チャンバー内でアルゴンガスを用いてスパッタエッチングする。
  DLC膜と基材の密着力向上のためにテトラメチルシランガスを用いて中間層を形成し、電源には高電圧直流パルス電源を、電極には金属メッシュ形状のものを用いる。つまり、金網の上に基板を置いておくと、金網がマスクになってセグメント構造のDLCが形成できる。この際のDLCの摩耗量もセグメント構造〈TypeA〉では連続膜の約3分の1と小さく、かつSUJ2ボールに対する相手攻撃性も低い。これは、デブリ(破片)を溝部にトラップする効果によりアブレシブ摩耗が抑制されているためである。
 さらにセグメント構造DLCは、溝部に第三物質を添加できる特徴を持つ。市販のスプレーを用いてフッ素樹脂を添加すると、摩擦係数がDLCのみの場合と比較して顕著に低く、かつ静的水滴接触角が100度程度の撥水(はっすいせい)性を持つハイブリッドDLC膜を簡単に形成することができる。低摩擦係数の状態は、セグメント溝のフッ素樹脂が徐々に界面に供給されてなくなるまで、長時間維持される。
  機能の複合化はDLCの応用展開に際し重要な課題。フッ素樹脂に限らず、DLCと他材料との組み合わせは無限でさまざまな機能の複合を図れる点がこのセグメント構造DLC膜の特徴になっている。

 DLCが優れているのは、鉄鋼材料と似て機械的特性の幅が大きいことである。鉄鋼材料では降伏応力で10倍程度の広がりがあるが、DLCもまた硬さで10倍程度の幅がある。鉄鋼材料を設計に応じて選択するように、DLCも用途に応じて選択する時代に入っている。
 さらには、鉄中への不純物添加(炭素以外でも)によってさまざまな特性が発現するように、DLCに不純物添加したり表面官能基修飾したりするのは魅力的な考えである。実際ケイ素などさまざまな元素を入れたり、DLCと他の材料とを組み合わせたりすることが提案されている。

図3 まとめーDLCの合成法、評価法、およびその応用

Dlc3

 DLCの将来像が図4にまとめられている。合成法としてはCVD、PVDそれぞれが特徴を生かした進化を遂げてゆくものと思われる。ブレークスルー技術としては大気圧成膜が挙げられる。コスト面で従来のメッキと比較したり浸炭と比較したりされるが、現在のDLC成膜技術ではそこまで低減できていない。DLCを採用するかどうかは性能との兼ね合いということになろう。社内での環境活動や法規制が動機になることもあり得る。
 評価法としてはDLCの標準化が重要であり、一方では現場でDLCの品質評価をどのように行うかが重要。現在のところはラマン分光、硬さ試験、スクラッチ試験、それにESR(電子スピン共鳴)によるダングリングボンド(DB)の評価が主な手法となろう。
 DLCの応用については機械的応用の進展がまず挙げられる。ついで機能のハイブリッド化、すなわちDLCの特性と他の材料の特性をハイブリッド化することが挙げられる。これも「マイDLC」の流れである。
 さらに、DLCが生体親和性の高い材料ということもあってガスバリアーや生体応用はすでに立ち上がってきている。微小化学分析システム(マイクロTAS)などのマイクロ・ナノ技術と融合することで近い将来かなりの勢いを示しそうそうな気配である。
 最後に、電気・電子素子への応用である。実際に研究してみると水素化アモルファスカーボン(ここではDLCとは呼ばない)の電気・電子的応用は欠陥制御をはじめとして難問だらけで、現状では素子としてすぐに用いるのは難しい。合成技術に立ち戻って欠陥の少ない水素化アモルファスカーボンを合成すること、または一部の半導体のように欠陥が多くてもキャリアが消滅しないような構造を発見することが望まれる。ESR測定はDBの密度を容易に見積もることができ、電気・電子特性を評価する重要な因子である。水素化の過程はまさにこのDBを水素化により不活性化している。しかし、光ファイバーの開発史と同様に、ESRでDBを計測しながら、本来はDBの数を減らす工夫をまず試行錯誤で行わなければならないのではないか?案外、DLCの研究・開発者はESRの重要性を認識していないのではないか?光ファイバーの開発史を是非とも紐解いて戴きたい。その中に、必ずや問題の糸口があるものと信じる。

(2007年11月19日(月)付 日刊工業新聞 26,27面 より一部引用)

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