売れない作家 高村裕樹の部屋

まだ駆け出しの作家ですが、作品の情報や、内容に関連する写真(作品の舞台)など、掲載していきたいと思います

『ミッキ』第24回

2013-09-10 11:25:58 | 小説
 最近、夜はめっきり涼しくなりました。もう掛け布団がないと、明け方は寒いですね。
 日中はまだ30℃を超えることもありますが、季節は秋へと進みつつあります。
 ツクツクボウシの鳴き声も弱々しくなり、変わって秋の虫の鳴き声の合掌が賑やかになってきました
 今回は『ミッキ』第24回です。
 

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 日曜日、私は朝八時半に春日井駅で平田さんと待ち合わせた。駅前のロータリーから、名鉄バスに乗った。バスは市役所を越え、市の体育館の方に向かった。私たちは体育館を少し過ぎたあたりで下車した。バス停から五分ほど歩いて、「あ、ここよ」と平田さんが茶色の建物を指し示した。それは鉄筋二階建てのこぢんまりとした建物だった。私たちは中に入った。入り口に小さい字で何か書いてあったが、そのときはメガネをかけていなかったので、読み取ることができなかった。あとで気がついたことだが、平田さんはその建物の看板が見えない角度から入ったのだった。その看板の大きな文字なら、近視の私にも、メガネなしで何とか読むことができた。〝妙法心霊会 春日井道場〟と。
 受付で、参加者カードに名前を書くように言われた。カードには、地区、支部名などを書くようになっていた。そこに平田さんは、尾張地区、中田支部、若林法座と記入し、氏名欄に私の名前を書くように指示した。何となく宗教のような気がしたが、今さら帰るとは言いにくかった。私は二階の部屋に案内された。
 二階は五〇畳ぐらいの広い部屋になっていた。老若男女、かなりたくさんの人がいる。前の方に祭壇のようなものがある。やはり宗教なんだ、と私は思った。
「あ、美咲ちゃん」といきなり後ろから声をかけられた。振り向くと、私が知っている寮生が三人いた。先日、河村さんと入浴中に浴場に入ってきた人たちだった。
「あら、ノブちゃんが一緒だったのね。ノブちゃんが連れてきてくれたの?」
 これで読めた、と私は思った。平田さんの後ろで糸を引いていたのは、この三人組だったのだ。彼女たちなら、うちの状況は知っている。だからといって、ここから帰る、と言える雰囲気ではなかった。
「もうすぐ始まるよ。すごく感動する話があるから、最後まで参加してね。この辺で座ってましょう」と三人組で最年長の鈴木詩織さんが言った。私たち五人は固まって腰を下ろした。
 広い部屋がいっぱいになった。カーンという大きな鈴(りん)の音がした。そして、「南無妙法蓮華経」というお題目を全員が唱えた。その後、読経。私はどうしていいのかわからず、ただ手を合わせていた。読経は四〇分ほど続いた。正座をしていたので、足がしびれて我慢できなくなり、何度も足を崩した。
 読経が終わると、大きなスクリーンに映像が映し出された。先週の日曜日に、京都の総本山で行われた、月例祭(げつれいさい)での体験発表のビデオだった。
 最初は五〇歳ぐらいの男性の話だ。
「私はこれまで、これといったこともなく平穏無事な人生を歩んでこられました。仕事も順調で、家族にも恵まれ、幸福のただ中にいました。ところが、一年前から便秘や下痢を繰り返し、下腹部が張ったような不快感が続きました。はやりの過敏性腸症候群かと思い、胃腸科で診てもらったところ、大腸癌で、もうかなり進行していると聞かされました。私は絶望感で目の前が真っ暗になりました。もう自分の人生もおしまいだと、覚悟しました。そんな折、会社の同僚のお導きを受け、藁にもすがる思いで入信し、守護霊様を出していただき、一心に祈ると、なんといつの間にか末期の大腸癌が消えていたのです。これには医者もびっくりしていました。命を救っていただき、守護霊様、会長先生には、ただただ感謝あるのみです。この報恩、感謝の念は、ほかにも困っている人たち、苦しんでいる人たちに、御守護霊様の素晴らしさをお伝えすることで、お応えしたいと思います」
 次は三〇代の女性の体験談が続いた。
「私は交通事故により、下半身不随となり、車椅子の生活を余儀なくされておりました。こんな片輪者になり、――片輪という言葉は差別語なので、使ってはいけないのですが、私は自虐的に、自分のことを敢えてこう言っておりました。身体が不自由になり、仕事はできず、結婚も諦めていました。そして、ついには自殺を考えました。そんなときに、妙法心霊会のお導きを受け、御守護霊を授けていただきました。そして朝夕のお勤めをして、一心に御守護霊様に祈ると、なんと車椅子から立って、歩けるようになったのです。そして、今では車椅子が必要なくなりました。諦めていた結婚ですが、私を心霊会に導いてくれた導きの親が、現在の夫です。今日もこのように、自分の足で歩き、京都の地まで来て、壇上に立ち、こうして体験を語らせていただいています。本当になんと素晴らしい、ありがたい御守護霊様のお力。本当に会長先生、ありがとうございました」
 その人は途中から涙をこらえることができず、泣きながらの功徳の体験発表だった。会場の多くの人がハンカチで目を拭っていた。私もつい涙を流してしまった。
 三人目は女子高校生だった。
「私は去年の四月、希望に胸を膨らませて高校に入学しました。でも、バラ色のはずの高校生活は、すぐにどす黒く染まってしまいました。そうです。私はいじめに遭ってしまったのです。自分ではなぜいじめの標的にされたのかわかりませんが、周りの子たちは私のことを臭いと言って、仲間はずれにしました。お母さんに聞いても別に臭いなんてことはないと言いますし、お風呂に入るときはきれいに身体を洗い、制汗剤などもきちんとスプレーし、着替えも毎日ちゃんとしました。それでも学校では臭い臭いと言われ、仲間はずれにされました。そのうち、仲間はずれだけじゃなく、教科書や靴を隠されたり、お弁当箱の中に汚いものを入れられたり、やってもいないことを告げ口され、先生に叱られたりしました。校舎裏で裸にされ、携帯で写真を写され、メールでその写真をばらまかれる、なんてひどい仕打ちも受けました。私は不登校になり、もう死のうと思いました。そんな折、私は同級生に導かれました。御守護霊様をいただき、導きの親の同級生に励まされながら、一心にお祈りしました。そしたら、いじめがぱたっと止まったのです。今までいじめていた子も、ひどいことをしたと謝ってくれました。本当に御守護霊様のお力はすごいです。今、私は導きの親の同級生と一緒に、学校の中で、自分と同じようにいじめられていた子を中心に、御守護霊様の素晴らしさを教えてあげています」
 私より一歳年上の高校生の話だが、いじめという身近な体験談に、身につまされる思いで聞いていた。幸い私のクラスでは、まだいじめの話は聞いていないとはいえ、私が知らないところで、いじめが行われているかもしれない。私自身がいじめの標的にされないとも限らないのだ。
 そんな体験発表がいくつも続いた後、最後に会長先生のご講演となった。その教団は妙法心霊会といった。会長は四〇歳ぐらいの、大教団の会長としてはまだ若いといえる女性で、妙心という。その人は開祖妙山、二代目妙観、三代目の妙賢に続く四代目会長で、心霊会では初の女性会長だ。二年ほど前、先代会長の妙賢が、亡くなる少し前に、何人かいる副会長の中から、「霊能力、人徳、知力すべてにおいてこの私を凌駕している」と、後継者に妙心を指名し、相承(そうじよう)した。妙法心霊会の歴代会長の法名(ほうみょう)には「妙」という字がついている。
 妙法心霊会というのは、昭和の初期に、法華経信仰をしていた開祖妙山が、霊的能力で築いた教団だ。あるとき妙山が突然神がかりの状態になり、御守護霊の御霊示(ごれいじ)を受けた。開祖を守護していた守護霊を法華経により供養することで、守護霊とのつながりを強化して、信者を守護していただくという信仰だ。最初は妙山の守護霊を教団、信者の守護霊としていたが、やがて信者一人ひとりに、その人の先祖霊から特に徳が高い霊を探し出し、その霊を守護霊として授けるという儀式を行うようになった。
 妙心は会長に就任してから、矢継ぎ早に三冊の守護霊シリーズの書籍を刊行し、新たな守護霊ブームを巻き起こした。心霊会の入信者も、それらの本のおかげで、かなり増えた。
 信者には保守系の大物代議士、財界人から芸能人、スポーツ選手、果ては暴力団の親分衆までいる。
「人の幸不幸は守護霊の力により決まります。力のない信仰、神仏では、幸福を得ることはできません。妙法心霊会では、会長の私や、高い霊能力を身につけた霊能者が、先祖の中から力のある霊を見つけ、信者の守護をお願いし、併せて朝夕のお勤めで法華経を読み上げ、供養することにより、さらに守護霊としての力を高め、大きな力、御守護をいただけるようにします。そして臨終を迎えるときには、守護霊に導かれ、輝かしい天上の霊界に往生できます。つまり、生きているときは、この世で救われ、死後も霊界で救われるのです。それが心霊会の根本の教えです。
 今、世の中が乱れているのは、悪霊、悪魔により、人々の心が荒廃しているからです。一人でも多くの人に正しい守護霊と縁をつけてあげ、悪霊を浄化し、人の心を浄化し、世の中を浄化しなければなりません。今、日本ばかりではなく、世界中がかつてない危機に瀕しています。人類の危機を救えるのは、絶対的な御守護霊を持つ妙法心霊会しかありません。いもしない架空の神や仏を崇めている他の宗教では、決して人々を幸福にし、人類を救うことができないのです。皆さんも一人でも多くの人たちに、正しい御守護霊を授けてあげられるよう、お導きに励んでください」
 会長先生はそんなようなことを言っていた。
 ビデオ終了後は、一〇人から二〇人ぐらいのグループに分かれて、法座会が開かれた。法座会に参加した人たちの功徳や御守護の話が、次々に発表された。中には、お勤めをサボったら、こんな罰(ばち)を受けました、という話も出た。先ほど見たビデオの体験談についても、感想を語り合った。
 話に一区切りがつくと、平田さんが「今日は新しい人が来てくれました。私と同じ学校の、鮎川美咲さんです」と私を紹介した。法座会の人たちみんなが拍手をした。突然大勢の前で紹介され、私はどぎまぎした。
「鮎川さんでしたか。どうですか? 参加してみて」
 そのグループをまとめている黒縁のメガネをかけた、五〇歳ぐらいの女性が尋ねた。グループの若い人たちからは、おばさんと呼ばれて、慕われているようだった。
「そうですね。交通事故で車椅子生活を強いられていた人が歩けるようになったとか、いじめがなくなったという話、とても感動しました」
 やむなく私はこう答えた。話に感動したのは事実だが。
「そうですね。本当に素晴らしい奇跡です。でも、心霊会では、このような奇跡は、日常茶飯事ですよ。現代医学では治らない病気がよくなったとか、仕事が失敗して、経済苦にあえぎ、自殺しようとしていた人が、御守護霊をいただいたとたん、仕事がうまくいくようになり、救われた、という事例がいくらでもあります」
 そのおばさんは妙法心霊会の守護霊の素晴らしさを説いた。
「ねえ、美咲ちゃん、どう? 私たちと一緒にやらない?」と寮生の鈴木さんが勧めた。
「そうよ。本当に素晴らしい御守護霊様をいただけるのよ。絶対にいいから、一緒にやりましょう」
 平田さんも私に迫った。周りの何人かの人たちからも、一緒にやろう、一緒にやろうと勧誘された。何となく平田さんや三人の寮生たちにはめられたような感じだった。
「でも、まだこの会のこと、よくわかりませんし、もう少し考えてみてからじゃないと……」
 私は何とかこの場をすり抜けたいと思った。
「あなた、もし重い病気になったとき、医者からもらったお薬に、この薬の成分をもっと研究してからじゃないと飲めません、って言うんですか? 苦しいときはすぐに飲むでしょう? 心霊会の教えは、お薬と一緒ですよ。お薬はすぐに飲まなければいけません」
まとめ役のおばさんが私に決断を迫った。
「美咲ちゃん、さっきの体験談聞いてて、泣いてたでしょう? 感動したでしょう? 素晴らしいと思わない? まんじゅうは食べてみないと、おいしいかまずいかわからないよ。まず、御守護霊様をいただいてみたら?」
 以前「くそばばあ」発言をした酒井愛美(まなみ)さんが追い打ちをかけた。
「美咲ちゃんのお父さん、会社、つぶれちゃったんでしょう? 弟も交通事故に遭ったし。このままでは、美咲ちゃんの家族、もっととんでもない災難に見舞われるわよ。早く守護霊様をいただいて、家族を守らなくては」
 三人目の寮生の、丸っこいしゃれたメガネをかけている永井莉子(りこ)さんが脅した。
「今心霊会は、日本全国に二〇〇万人以上の会員がいます。高校生、大学生の若い子たちも、御守護霊をいただきたい、と次々と入信していますよ。会長先生のご著書、『絶大なる偉力! 守護霊の奇跡』という本を見たことがありませんか?」
 おばさんが再度迫った。その本は書店にたくさん積んであったのを見たことがある。
周りの男女十数人が、やりなさい、やりなさいと圧力をかけた。これじゃあ、脅迫じゃないの、と言いたかったが、言葉が出なかった。私は圧力に屈し、「やります」と答えてしまった。
 法座会は終了となった。そして、全体のまとめのとき、おばさんが「中田支部、若林法座、報告します」と手を上げた。若林というのは、法座グループをまとめているおばさんの姓だ。この若林貴美子さんは法座長という役職だった。若くはないけど、気持ちだけは若者です、と先ほど自己紹介してくれた。
「ここにいる鳥居松高校の鮎川美咲さん、入信決定(けつじょう)しました。これからは、法友としてよろしくお願いします」
 若林さんが報告すると、会場全体から大きな拍手が起こった。他の法座グループでも入信の報告が続き、そのたびに拍手がなされた。私はついやりますと言ってしまったことに、後悔の念が湧き起こった。
会が終わった後、入信の手続きが行われた。入信申出書に名前、生年月日、住所、電話番号などを記入させられた。そして、〝私は御守護霊様を敬い、会長先生に忠誠を誓います〟というところに、署名をして、拇印を押すように指示された。〝会長先生に忠誠を誓います〟というところが、非常に気になった。しかし、署名せざるを得ない雰囲気だった。またしても後悔の念がこみ上げた。
 入会金一五〇〇円と一ヶ月分の会費、高校生は六〇〇円を支払うように請求された。しかし持ち合わせが一〇〇〇円ちょっとしかなかったので、同じ寮に住む鈴木さんが立て替えてくれた。
「心霊会では、会員同士の金銭の貸し借りは禁止されているけど、今回だけは一時立て替えてあげます。お金ができたら、払ってくださいね」と鈴木さんが言った。毎月のお小遣いから、会費を六〇〇円も払うのは痛いな、と思った。毎日二〇円ずつ貯めておこう。
 具足として、お数珠とお袈裟(けさ)、経巻(きようかん)をもらった。一五〇〇円の入会金は、具足代に充てられるのだそうだ。朝夕、この経巻を一読する。内容は法華経の方便品(ほうべんぼん)、堤婆達多品(だいばだったほん)、如来寿量品(にょらいじゅりょうほん)、観世音菩薩普門品(かんぜおんぼさつふもんぼん)の偈(げ)の部分、いわゆる観音経(かんのんぎよう)を読むことになっている。読み方は日本語の書き下しではなく、そのまま漢字を音(おん)で読む。ふりがなが振ってあるとはいえ、慣れないうちは時間がかかりそうだ。さらに、守護霊と開祖の功徳を賛嘆する和讃(わさん)があった。
「具足を裸のまま持ち歩くのはいけないから、袋をあげますね」と若林さんが淡いピンク色の手作りの袋をくれた。キルトのしゃれた袋だった。そのキルトが、皮肉にもカルトを連想させた。
「具足は直接床や畳の上に置くことはいけないので、置くときは必ずこの袋の上に置いてください。それから、トイレなど不浄な場所には、袋に入れない、むき出しの状態では持っていかないように。必ず袋に入れてくださいね。この袋はお浄めをしてありますから」と具足の取り扱いの注意をした。
「おめでとうございます。これで、鮎川さんは正式に妙法心霊会の会員となりました。これからは、守護霊様を敬い、頑張ってください」と若林さんが祝福した。
「それで、さっそくですが、御守護霊受持(じゅじ)の儀式を申し込まなければいけません」
「何ですか? それ」
「私たち心霊会の、他の宗教にない優れた点は、絶対的な守護霊様を持てることなの。だから、その守護霊様出現のための儀式を申し込まなければならないのよ」
 鈴木さんが若林さんに代わって、説明した。
 妙法心霊会の御守護霊受持の儀式は、声聞(しょうもん)、縁覚(えんがく)、菩薩(ぼさつ)、如来(にょらい)の四つの段階に分かれていて、それぞれの段階により、供養料が違う。声聞は一〇万円、縁覚は三〇万円、菩薩は五〇万円、如来だと一〇〇万円のご供養が必要になる。如来は会長が直々に守護霊を出現させ、菩薩、縁覚、声聞は修行を積んだ霊能者が儀式を行う。菩薩は副会長クラスの幹部霊能者が行うそうだ。東海・北陸地区で菩薩の儀式ができるのは、東海本部長だけだ。金額を聞いた私は、とてもそんなの無理です、と断った。
「でもね、せっかく尊い信仰の道に入ったのに、守護霊様がいらっしゃらないと、功徳は半減ですよ。もちろん日々のお勤めでも先祖供養ができ、ご先祖様の素晴らしい御守護はいただけるけど、守護霊様が出現なさるのとなさらないのとでは、天地の差があります。大丈夫ですよ。すぐにはご供養できない人も大勢いるので、その場合は、守護霊様へ、お金ができたときに支払いますとお誓い申し上げることで、やってもらえますからね。もちろん守護霊様との誓約なので、法的な拘束力はいっさいありません。もし退会なんかで、払わなかった場合でも、法的に請求措置がされることはありませんよ。第一、高校生に対して、そんなことはできないから。ちょうど今日はこの道場に声聞の儀式ができる霊能者が来ていますから、すぐやってもらえますよ」
 若林さんは熱心に勧めた。
「私だって高校生なので、とても一〇万円だなんてご供養料払えないから、誓約書を書いて、守護霊様を出してもらったんだから。大丈夫。守護霊様が出現されれば、運がすごくよくなるから、お金なんか、全然問題にならないよ」と平田さんも続いた。
「そうだよ。私たちだって、大学生だけど、そうそうお金があるわけじゃない。でも、御守護でみんなバイトもうまくいってるので、みんなもう支払いできちゃって、今度は縁覚、菩薩のご供養をしようって話してるんだから」
 永井さんが諭すように言った。私は頷くしかなかった。
 私はやむなく御守護霊受持の儀式の申し込みをした。もちろんいちばん下の段階の声聞だ。ご供養料の支払いに関する誓約書にも記入し、拇印を押した。その日はすでに三人が申し込んでおり、私は四番目の受付となった。一人二〇分ぐらい時間がかかるので、儀式の開始は午後二時からとなった。待ち時間の間に食事に行こうと法座会の人たちに誘われた。今日は入信のお祝いで、昼食をごちそうしてくれるという。若林法座会八人で近くのうどん屋に行った。若林さんと三人の寮生、平田さん、男性二人、そして私だった。若林法座会は約三〇名で、男性メンバーもいるが、主婦や学生などの女性が主体だ。
 心霊会は地域ごとに支部があり、その下にお導きの親子関係を重視した法座会を組織している。愛知県は名古屋、尾張、三河の三地区に分かれており、尾張地区に中田支部がある。中田支部の下にある、いくつかの法座会の一つが若林法座会だ。女子部、男子部などという分け方はしておらず、法座会では女性も男性も一緒に活動をする。別に大学生、高校生を中心とした〝若葉会〟という組織もあり、私はその〝若葉会〟にも編入されることになる。
 食事のとき、私は気になっていたことを若林さんに尋ねた。それは、入信申出書の〝私は御守護霊様を敬い、会長先生に忠誠を誓います〟というところだった。〝御守護霊様を敬い〟という部分に関しては納得できるが、〝会長先生に忠誠を誓います〟というところが今ひとつ引っかかった。会長先生に忠誠を誓うということは、会長先生には絶対服従、ということなのだろうか。
 それに対し、若林さんは「忠誠を誓う、ということは、何でも会長先生の命令通りになれ、ということではないですよ。信仰上の問題です。会長先生は私たち信徒に信仰のことでいろいろご指導くださいますが、そのご指導を尊びなさい、ということです。信仰上のことでは、先生は絶対に間違ったことは言いません。何しろ、凡夫(ぼんぷ)が言うのではなく、開祖先生の霊である御守護仏のお言葉をそのまま伝えてくださるのですからね。だから、先生のご指導には、決して異議を唱えてはいけないということなのよ。救済のためになら、人の命を犠牲にしてもよい、なんて間違ったことは決して言わないから、大丈夫ですよ」と、私がまだ小さな子供のころに起きた、某教団の事件を引き合いに出して、答えてくれた。
 いよいよ儀式の時間となった。霊能者というのは、二〇歳代と思われる、若い男性だった。一見、こんな若い人で力があるのかしら、と心配になった。そんな私の気持ちを見透かしたのか、「霊能者の先生は、厳しい修行で絶大な霊力を身につけているので、何の不安もありませんよ」と若林さんが耳打ちした。
 いよいよ儀式が始まった。私はひどく緊張した。若林さん、平田さん、そして三人の寮生が同席して、私の儀式を見守った。
 私は霊能者の前で正座し、目を閉じて合掌するように指示された。霊能者は何度も「南無妙法蓮華経」とお題目を唱えた。そして、大きく深呼吸をする音が聞こえた。その後、うん、と大きな声で気合いを入れた。何か九字(くじ)のようなものを切っている気配がしたが、目を閉じている私には、よくわからなかった。えい、とか、うん、というかけ声が何度も聞こえた。一五分ぐらいが経過した。
「終了です。目を開けてください」と霊能者が言った。
「あなたには、鎌倉時代、親鸞聖人(しんらんしょうにん)に帰依(きえ)していた武士の先祖がいます。その方が最も高い徳をお持ちになっていたので、あなたの御守護霊になっていただけるようにお願いしました。ただ、その霊は念仏に執着していたので、念仏を捨て、心霊会の作法に則って向上の道を歩むように説得するのに、少し手間取りましたが、開祖様と心霊会の御守護神様の偉大なるエネルギーを送り、浄化し、改心させました。これで、あなたは高き御守護霊の御守護をいただけるようになりました」
 霊能者はそんな説明をしてくれた。だが、私にはよくわからなかった。あとで、若林さんが「開祖妙山先生はご入滅後、私たちの御守護仏となっています。そして妙山先生を守護していたご守護霊は、今は心霊会全体の御守護神となられています。霊能者が御守護霊を出現させるとき、心霊会の御守護神と御守護仏の御二人(ごににん)の聖なるエネルギーを先祖霊に浴びせ、浄化して御守護霊になっていただくのです」と説明してくれた。しかしそれでも私は十分には理解できなかった。
 ただ、開祖妙山先生がご入滅後に守護仏となり、妙山先生の生前の守護霊が今は守護神として、共に心霊会を守護しているということは、何となく理解することができた。
 霊能者は、私の御守護霊の御霊(おみたま)を鎮めたというお札をくれ、このお札に向かって毎日のお勤めをするように指示をした。
 儀式が終わり、私たちは道場を出た。帰りは若林さんが車で送ってくれた。八人乗りのミニバンなので、平田さんと三人の寮生も同乗した。車の中で、私は「平田さんもどなたかに導かれて入信したのですか?」と尋ねた。
「私は会長先生のご著書を読んで、自分も守護霊を持ちたいな、と思ってたのよ。インターネットで調べたら、学校の近くに道場があったので、訪ねてそのまま入会したの。ちょうど道場に来ていた若林法座長がいろいろ説明してくれたので、導きの親となってくれ、私も若林さんの法座会に入ったのよ。鮎川さんは私に導かれたのだから、私は鮎川さんの導きの親、ということになるわね。心霊会では、導いた人と導かれた人は、法の上での親子という関係になるの」と平田さんが教えてくれた。
「私たちも同じ若林法座会で、ノブちゃんが美咲ちゃんと同じ学校だと知ったので、ぜひ美咲ちゃんを救ってあげて、と私が頼んだのよ」
 鈴木さんが言った。やはり首謀者は鈴木さんだったのか、と私は思った。
 方向が逆の平田さんを春日井駅で降ろし、三人の寮生と私を、若林さんは寮まで送ってくれた。若林さんは心霊会のご奉仕活動で、この車で走り回っているそうだ。
「あなたたちは、鮎川さんと同じ寮に住んでいるんでしょう? 鮎川さんはまだ何もわからないから、いろいろ教えてあげてくださいね。もちろん導きの親はノブちゃんなので、基本的にはノブちゃんが教えなきゃあいけないけど、でもあなたたちはすぐ近くにいるのだからね。それに同じ若林法座会のメンバーなんだから」
 若林さんが三人に依頼した。私を導いたのは、実質的には鈴木さんらしかった。平田さんは鈴木さんに指図されて動いたにすぎない。
「寮には、ほかにも信者がいるのですか?」と私は訊いた。
「ええ、うちの寮には、私たちを含めて八人いるよ。ほかの間違った邪教をやっている人が何人かいるから、その人たちも何とか救ってあげないとね。心霊会の絶対の御守護霊こそが最高なのよ」と鈴木さんはまくし立てた。そして、「さっそく夕方のお勤め、一緒にやろうね。夜八時になったら、具足を持って私の部屋に来て。やり方、教えてあげるから」と言った。