売れない作家 高村裕樹の部屋

まだ駆け出しの作家ですが、作品の情報や、内容に関連する写真(作品の舞台)など、掲載していきたいと思います

『ミッキ』第23回

2013-09-03 00:05:00 | 小説
 もう9月。暑かった今年の夏も終わりを告げ、最近はぐずついた天気が続きます。
 昨日は関東地方で竜巻が起こり、大きな被害がありました
 台風17号も九州に近づきつつあります。
 今年の世界的な異常気象の原因は、大西洋の海水温が上がり、その影響がグローバルに現れたことにある、という話を聞きました。
 地球的な規模で、気候の異変が起こっているのでしょうか?
 この前の土日はNHKで巨大地震の特集を見ました。
 首都圏直下地震や南海トラフ地震が近いのではないか、と言われています。
 日本は、そして地球はどうなるのでしょうか?

 今回は『ミッキ』第23回です。
 いよいよ最終章です。
 美咲が同学年の見知らぬ女生徒から勧誘された新興宗教に断り切れず、つい入信してしまいますが……。


     

       第五章 妙法心霊会


            1

 二学期が始まった。
 夏休み中ずっとつけていたピアスは、母との約束通り外した。ピアスホールはすっかり治癒しているので、ピアスでおしゃれをしたいときはいつでもつけられる。母は土日や祝日で学校が休みのときはつけることを許してくれた。学校ではホールがわかりにくいように隠しておかなければいけない。
 始業式の朝、高蔵寺駅で松本さんと待ち合わせ、一緒に登校した。春日井駅で宏美と落ち合い、三人で学校まで歩いた。
 宏美は最近、合唱部の同学年の男の子と仲よくしている。夏休みには連日合唱部の練習があり、そのときに話をして意気投合したのだそうだ。合唱部は大部分が女の子で、希少な男子部員の一人を射止めたと言っていた。
「これでミッキに当てつけられずにすむわ」
「いつ私が宏美に当てつけたのよ」
「あ、ごめん。当てつけられたんじゃなかった。堂々と見せつけられたんだった」と言って、宏美が逃げていった。
「こら、宏美」
 私は笑いながら宏美を追いかけていった。松本さんはあきれながら私たちの追いかけっこを眺めていた。
始業式の日は、午後は何も行事がない。部活動に参加する人以外は、帰宅する。歴史研究会は、来週から活動を始めるので、今日は特に予定がなかった。でも、松本さんや河村さん、芳村さんが部室に行っていると思うので、私は部室に向かおうとした。
 すると正面から、「あなた、一年D組の鮎川さんですね」と、見知らぬ女の子から声をかけられた。
「初めまして。私は一年G組の平田信子といいます」と自己紹介をした。同年代の女の子の名前で「子」がつくのは、珍しいなと私は思った。以前は「子」がつく名前の人はたくさんいた。母の名も真智子だ。
「あの、どういうご用件でしょうか?」
 見知らぬ人から声をかけられ、私は少し身構えた。
「私、中学校は徳川中学校なの。鮎川さんは、上野中でしょう。お隣同士だったのよ。それで、前からちょっとお話したいな、って思っていたの」
 確かに私の出身校の上野中学校と、徳川中学校は、千種区と東区で区は違うが、中学校ブロックは隣り合っていた。でも、私は徳川中学校には知り合いは一人もいなかった。
「私、ちょっと部室に行こうと思ってるんですけど」
「歴史研究会ですね。それじゃあ、私、近くのマックで待ってるので、お話が済んだら、来てくれない?」
「でも、長くなるかもしれませんよ」
「といっても、今日はお弁当持ってきてないでしょう? お昼食べずに、そんなに長くなることはないと思うけど」
 何となく強引な気持ちもしたが、断り切れず、私は「それなら、あとでちょっとだけ顔を出します」と答えておいた。
「お願いね。鮎川さんとはいろいろ話をしてみたいの。今までは知らなかったんで、声もかけなかったけど、たまたま鮎川さんが隣の中学校の出身だと聞いたんで、友達になりたくなったのよ」
 新学期早々、知らない人から友達になりたいと声をかけられるとは、思ってもみなかった。ただ、平田さんも真面目そうな感じの子なので、話だけは聞いてあげようと思った。
 歴史研究会の部室には、山崎君、中川さんのカップルも来ていた。
「おう、ミッキ、久しぶり。弟が事故で大変だったってな。せっかくの古墳巡り、来られなくて、残念だったね」と山崎君が話しかけた。
「はい。楽しみにしてたのに、弟のことでドタバタしちゃって。でももうだいぶよくなったみたいよ。松葉杖で歩いてるから」
「ミッキが来れなかったから、松本さん、寂しそうだったよ」と今度は中川さんが混ぜ返した。
「おいおい、いらんこと言うなよ」と松本さんが言った。
「今回は山川カップルの熱々を見せつけられたよ。ただでさえ暑かったのに」
 彼女いない歴一六年、と以前松本さんと言い合っていた芳村さんが、大げさな言い方をした。芳村さんは七月で一七歳になったので、彼女いない歴一七年と格上げ(?)された。芳村さんは夏休みの間に髪を短くカットして、さっぱりした髪型になっていた。
 話は自然、夏休みの古墳巡りや古都奈良市の見学の話題となった。私は参加できなかったものの、みんなの話を聞いているだけで楽しかった。ただ、松本さんと一緒に行けなかったのは残念だった。
「三国時代の次は、邪馬台国をテーマにしてみましょうか? 今まで、邪馬台国論争はけっこういろいろ研究されてるから、今さら私たちの出る幕はない、って避けてきたけど、古代のロマンもなかなかおもしろそうね」
 河村さんが新しいテーマを提案した。 今回、近くまで行った箸墓古墳は、卑弥呼の墓ではないか、という説がある。一方、卑弥呼の死期より五〇年から一〇〇年後に作られたものであり、年代がずれているので、卑弥呼の墓である可能性は小さいとも言われている。年代の確定はまだ正確にはできていないようなので、何ともいえないが、古代日本の壮大なロマンではある。
 みんなは河村さんが写した古墳巡りや古都の旅の写真を見せてもらった。お父さんの形見のカメラで写した写真で、きれいに写っている。山崎君と中川さんの仲むつまじい写真もあった。
「よし、次のテーマは邪馬台国にしよう。邪馬台国論争なら、文化祭も盛り上がりそうだし。カメさんに報告しとくよ」
 部長の芳村さんが決断した。みんなはそれに賛成した。

 歴史研究会の話が終わり、めしでも食いに行こうか、と芳村さんが言った。私はちょっとG組の女の子と待ち合わせをしているから、と松本さんたちに断り、平田信子さんと約束した店に駆けつけた。
 店に入ると、平田さんが先に私を見つけて、手を上げた。平田さんはハンバーガーを食べ始めたところだった。
「ごめんなさい、遅くなっちゃって」
「いいえ、私も少し前に来たとこ。たぶん歴史研究会の話もちょっとかかるだろうと思って、ゆっくり来たの。先にオーダー済ませてきたら?」
「じゃあ、先に何か買ってきます」
 私はハンバーガーとストロベリーシェイクを注文して、席に戻った。
「今日は突然声をかけてごめんなさいね。鮎川さん、隣の上野中の出身だということを聞いたんで、一度お話したいと思ってたの。私、東区の古出来町(こできまち)に住んでるの。すぐ近くにA高校があるけど、とても私じゃ合格しそうになかったんで、鳥居松に入ったの。大曽根駅から、中央線一本で来れるから、通学も便利だし」
平田さんは隣の中学校ということを強調した。でも、鳥居松高校がA高校よりレベルが低いと言われているようで、少し引っかかった。確かにA高校は私立高校を含めても、県下屈指の名門校ではあるが。
「私、上野中に通っていたけど、今はそっちには住んでなくて、高蔵寺なの」
「お父さんの仕事がうまくいかなくなって、高蔵寺に転居したそうね」
 え、そんなことまで知ってるの? と私は内心驚いた。私にとっては、平田さんのことは、先ほど声をかけられるまで、全く知らなかったのだ。同じ中学校から進学した子は、いちおう全員知っているとはいえ、隣の中学校の人は、一人も知らない。
「私のこと、誰から聞いたんですか?」と私は尋ねてみた。
「え、それは何人かの人からよ。鮎川さんのクラスに、阿部智美って子がいるでしょう。彼女からも聞いているし。とにかく鮎川さんが隣の学校だった、ということを聞いたので、ちょっと話してみたいと思って」
 阿部さんは出席番号が私より一つ前で、よく話をする。最初の自己紹介のとき、出身中学校のことを言ったので、私が上野中学校を卒業しているということを阿部さんが知っていても、不思議ではなかった。確か阿部さんも名古屋市北区の中学校出身だと記憶している。
 平田さんは、バレーボール部に入っていたが、夏休みの合宿の厳しさについて行けず、二学期は別の部に移ろうかと考えていることを話した。そして、鮎川さんは部活動、うまくいってる? と訊いた。
 私は、歴史研究会ではいい友達がたくさんできて、とても楽しくやっている、と答えた。
「いいなあ。私も歴史研究会に入ろうかな。でも、今ひとつ歴史は苦手だから」
 それから、平田さんは音楽、特にロックが大好きだ、と語った。バンドをやっている友人がいて、素人コンサートだが、ときどき聴きに行くそうだ。ときには一緒になって歌ったり、楽器を演奏したりする。鮎川さんも一緒に行かないか、と誘われた。
「私、どうもロックのような騒々しい音楽が苦手で」と言うと、「一度本物のロックを体験してみなさいよ。すごいわよ。音楽の洪水の中に身を任せてると、とても幸福感で満ちあふれるの。あの陶酔感がたまらないわ。食わず嫌いじゃなくて、一度行こうよ。絶対すごいよ」と熱心にコンサートに誘われた。
 私は音楽は、クラシックが好きだった。バロックから古典派、ロマン派などの音楽をよく聴いている。近代、現代音楽はやや苦手だ。
 私たちは二時間近く話し合った。どちらかと言えば、平田さんが一人でしゃべりまくり、それに私が相づちを打つ、ということが多かった。私は平田さんの勢いに押され続けていた。
「ところで、明後日、日曜日だけど、空いてない?」と平田さんが尋ねた。
「日曜日はちょっと」
 私は言いよどんだ。特に約束をしているわけではないが、土日は松本さんと会うことが多い。河村さんや宏美に会うこともある。
「ちょっと、何なの?」
 平田さんは突っ込んできた。
「ちょっと人に会うかもしれないので」
 もう約束がある、と言ってしまえばよかったのだが、私はつい中途半端な言い方をした。すると、平田さんは「まだはっきりしてないんでしょう? それなら、私に付き合ってくれない? 人生を左右しかねない、とても大事な話をしたいの」とたたみかけてきた。ひょっとしたら、宗教の勧誘かしら、と私は身構えた。
「実は、私、あるサークルに入っているの。そこのサークルの人は、悩みを持った人たちが集まっているところで、真剣にどう生きるかを話し合っているところなの。話を聞いて、絶対損はしないわ。鮎川さんにも、ぜひ一度どんなところか見てもらいたいのよ」
 平田さんの表情は、真剣そのものだった。私はその迫力に圧倒された。
「ひょっとして、宗教のようなものですか?」と私は訊いた。
「いえ、宗教じゃなくて、サークルなの。ある意味、ボランティアのようなもの。悩んでいる人たちが集まって、みんなで話し合い、悩みを打ち破る勇気のようなものを得ることができるところよ。鮎川さんも、お父さんの工場が倒産したり、弟さんが事故に遭ったりして、大変でしょう? そういう悩み事などを打ち明けて、みんなと話し合うと、とても元気がもらえるわよ」
 父の仕事のことや、慎二の交通事故のことなど、知っているようだが、全く面識がなかったのに、どうしてそんなことを知っているのだろうか、と私は不審に思った。宗教ではないと言うが、どうなのだろうか。私には何となくやめておいたほうがいいように思われた。しかし、平田さんは真剣に何度も誘ってくれた。
 結局私は、平田さんの熱意に気圧されて、「それじゃあ、行くだけは行ってみます」と約束した。