売れない作家 高村裕樹の部屋

まだ駆け出しの作家ですが、作品の情報や、内容に関連する写真(作品の舞台)など、掲載していきたいと思います

『幻影』第18章

2012-09-11 13:17:07 | 小説
 9月に入っても、名古屋は連日30℃以上の真夏日を記録していましたが、今日は雨で、天気予報では30℃を切るのではないか、と言っていました。暑さも一段落ですが、明日からまた暑くなるそうです。

 今回は『幻影』第18章を掲載します。いよいよ三浦刑事の登場です。これで約半分になります。



             18

 外之原峠付近で見つかった女性の遺体は、一部屍蝋化していた。頸部の軟骨に骨折の跡があり、扼殺による殺人事件と断定された。篠木署より出動した警官により遺体が埋まっていた周辺の土などが徹底して調べられたが、犯人や遺体の身元がわかるようなものは発見できなかった。しかし屍蝋化した遺体の、背中の部分にいれずみと思われる形跡があった。背中一面に彫られた、かなり大きなもののようだった。
 捜査本部は、そのいれずみの図柄を復元し、それを基に女性の身元を探ることとした。
 まず、名古屋近辺の彫り師に当たることとなった。
 最近いれずみ、タトゥーもかなりファッションとして若い男女を中心に受け入れられるようになり、タトゥースタジオも増えてきた。自宅やマンションで営業している、素人に毛の生えたような自称タトゥーアーティストも多く、そのような仕事場まで数えれば、かなりの数にのぼる。
 しかし遺体にあったいれずみは、背中一面に彫ってある、かなり見事なもののようだ。それだけの作品を彫るのは、素人の仕事とは思われない。まずはスタジオ、道場を営業している彫り師を徹底的に当たることとなった。

 実家の寺から帰った翌日、美奈は外之原峠の現場を見に行った。現場はすでに警察が捜査をしており、今さら素人の美奈が行ったところで、どうなるものではないが、せめて千尋が長いこと眠っていた場所を見ておきたいと思った。
 その日は雪がちらつく、寒い日だった。外之原峠には車が二、三台置けるスペースがあるので、車で行こうかとも考えたが、ひょっとしてそこにはパトカーが駐車しているかもしれないし、山の方では雪が多いだろう、と思い当たり、歩いて行くことにした。
 外之原峠までだと、自宅から歩いても一時間ちょっとで行ける距離だ。それに、美奈は軽い雪山程度なら、登った経験もあるので、多少の雪は何とも思わなかった。
 美奈は途中から一昨日康司たちが歩いた道をたどり、外之原峠に着いた。康司たちには遠い道のりだったが、美奈にとっては軽い運動程度だった。
 途中から雪が強くなってきたので、ゴアテックス製のレインスーツの上着を羽織った。外之原峠の空き地に、やはりパトカーが一台停まっていた。発見後二日経つので、今はパトカーが一台しかないが、一昨日、昨日はこんな山道が大変な騒ぎだったろうと想像した。
 美奈は外之原峠から右に折れ、東海自然歩道に入った。道は雪が少し積もっていた。少し行くと、右手のやや広い広場になっているところに、幅の広い黄色のテープが張られていた。テープには、立ち入り禁止 A県警、と印刷してあった。
 美奈は一瞬ためらったが、テープを跨ぎ、山の中に入っていった。多くの捜査員が入ったため、多少雪があっても、踏み跡がしっかりしていた。
 自然歩道から外れたので、道らしい道もない、雑木林の中だった。送電線の鉄塔保守管理のための、かすかな踏み跡があるとはいえ、一般の人はまず入り込まないところだった。犯人は土地鑑がある人だ、と美奈は推理小説によく出てくる言葉を呟いた。
 千尋さんはこんな寂しいところで、長いこと眠っていたのか、と思うと、涙がこみあげてきた。同時に、犯人に対する怒りと憎悪が湧きあがった。
「君、こんなところに勝手に入ってきては、だめじゃないか」
 感傷に浸っているとき、突然後ろから声をかけられ、美奈はびっくりした。振り向くと、背が高い若い男が立っていた。
 美奈は山中で犯人に出会ったかのように、一瞬恐怖に捕らえられ、思わず後ずさった。
「僕は県警の三浦という刑事で、怪しい者ではありません」と身分証明に警察手帳を示した。
「刑事さんですか。突然声をかけられ、びっくりしました」
「ここは立ち入り禁止になっているところですよ。勝手に入り込んでは、だめじゃないですか」
「ごめんなさい。ちょっとハイキングしていて、ニュースで見たところだと思って、つい好奇心で入ってきてしまいました。すみませんでした」
 美奈は頭を下げた。
「こんな雪の日にハイキングですか?」と刑事は美奈の行動に疑問をさしはさんだ。
「明日から仕事なので、今日歩いてみたかったのです。それに、雪山は多少経験があるから、この程度の雪は何とも思いません。かえってスノーハイキングを楽しんでいました」
「なるほど。確かに君の格好を見れば、多少山慣れた感じだ。わかりました」
 一目美奈の装備を見ただけで、美奈の登山歴を見抜いた刑事も、かなり山を経験しているようだ。
刑事は誤解を解いたようで、美奈はほっとした。このとき、この若いハンサムな刑事に、被害者の名は橋本千尋だと告げてみようかとも考えた。
 しかし、そんなことを言えば、おそらくなぜ知っているのか、と問い詰められるだろう。幽霊から聞いたと言っても、信じてもらえるはずはない。めんどうなことになりそうだった。今は黙っていようと思った。
「いちおう、君の名前と住所、電話番号を教えてもらえませんか」
 無罪放免かと思ったら、そうではなかった。
「え、言わなきゃならないんですか?」
「僕としては君は犯罪とは無関係とは思うが、やはりわざわざ雪の日に、立ち入り禁止のテープを無視してここに来た、ということは看過できませんからね。いちおう参考までにです。本来なら、署に同行してもらって、事情を聴取させてもらうケースなのですよ」と刑事は脅した。
 美奈は観念して住所、氏名、携帯の電話番号を伝えた。免許証のような身分証明になるものは持ってきていなかったので、刑事は携帯電話の自己データの提示を要請した。
 美奈はほうほうの体で事件現場を後にした。せっかく来たので、来た道をそのまま戻るのではなく、定光寺の方に抜けることにした。車で来たのでは、同じ道を戻るしかないが、歩いてきたので、融通が利く。ストックは持ってきていなかったので、雪で滑ったりしないよう、十分注意して歩いた。この程度の雪山なら、美奈にとっては、ストックや軽アイゼンは必要なかった。しかし注意するに越したことはない。
 玉野園地の四阿で雪を避け、ガスストーブで湯を沸かして、熱いカップラーメンやコーヒーを作った。寒い中、熱い飲食物はありがたかった。
 山道を歩いている間、美奈はなぜか先ほど会った刑事のことが気になった。叱られて、気まずい気分なのに、どうしてあの刑事さんのことばかり考えるのだろうか。美奈はハンサムで優しそうな、三浦の笑顔を思い浮かべた。

 家に着いたら、美奈の携帯電話に、トヨからメールが届いた。

「明けましておめでとうございます。昨年は大変お世話になり、ありがとうございましたm(_ _)m。
ところで、今日先生のところに新年のあいさつに行ったとき、今年は私もプロのタトゥーアーティストとして、お客さんからお金をもらって、彫ってもよい、との許可をいただきました(^_^)v。
うれしくて、私の背中に住んでいる天女のように、自分も天に舞い上がるような気分です(笑)。
それで、お願いなのですが、もしよろしければ、私のプロとしての記念すべき作品第一号を、美奈さんの肌に彫らせていただけませんでしょうか。
ものがタトゥーなので、無理にとは言いませんが、小さなものでかまいませんので、もし彫らせていただけるなら、とてもありがたいです(^o^)/。どうかよろしくお願いしますm(_ _)m。
卑美子ボディアートスタジオ タトゥーアーティスト 台与」

 若い女性からのメールらしく、絵文字や顔文字をふんだんに使ったものだった。このメールで、トヨの背中の図柄が天女であることを、美奈は思い出した。まだ入門前のトヨに初めて会ったとき、確かトヨは私は背中に天女を彫ってもらっている、と言っていた。卑美子の天女なら、さぞ優美な絵柄だろう。
「そっか。トヨさん、とうとうプロとしてデビューするんだ」
 美奈はトヨのデビューが自分のことのように嬉しかった。
 そのことをケイとルミにメールで連絡し、私たちの友情のマーガレット、トヨさんのデビュー作として彫ってもらいませんか? と提案したら、二人とも、トヨさんのデビュー作なら、とてもいい記念になる、と賛成してくれた。
 その旨トヨにメールすると、トヨから返信が来た。

「とても嬉しいです/(^^)\。友情のマーガレット、すばらしいですね(^_^)。私には負担が大きくて、プレッシャーを感じてしまいます(>_