きょうを生きて living in a moment アドラムの洞窟

できることに集中すると美しさが生まれる。

その美しさを感じて息を吸おう。

しかし神も問題

2021-02-19 06:15:00 | 日記
人​は​言っ​た。「あなた​が​私​に​下さっ​た​女,その​女​が​くれ​た​の​で​食べ​まし​た」。  13 そこで​エホバ​神​は​女​に​言っ​た。「あなた​が​し​た​の​は,いったい​どう​いう​こと​か」。女​は​答え​た。「蛇​が​私​を​だまし​た​の​です。それ​で​食べ​まし​た」。


神はこうもいえたはずだ。


そんなことはない。


あなたのしたことはあなたの責任だと



それを言わないで


あなたのくださった女がと神のせいにされて



神はあろうことか女を責めてしまったのである。






その神は男を叱責しお前がしっかりしていればこんなこと起きなかったと一喝してやればよかったのに。



なぜ神は人のせいにする思考を容認したのだろうか?

最初にひとやもののせいにした会話

2021-02-19 06:11:00 | 日記
人​は​言っ​た。「あなた​が​私​に​下さっ​た​女,その​女​が​くれ​た​の​で​食べ​まし​た」。  そこで​エホバ​神​は​女​に​言っ​た。「あなた​が​し​た​の​は,いったい​どう​いう​こと​か」。女​は​答え​た。「蛇​が​私​を​だまし​た​の​です。それ​で​食べ​まし​た」。


人は神にむかい


あなたがくださった女


あなたが


と神のせいにした。



女は


蛇がだました





最初に人は人のせいにしたのでなく


神のせい


へびのせい


にしたのだ。



いずれにしても


ひとはこのときから何かのせいにする


思考が始まり



人本来の力やしあわせを失ってしまった。

人を責めないひとは成功する

2021-02-19 06:06:00 | 日記
わたしは何度もみてきたが


成功するひとは



口を真一文字にし


決してひとのせいにしたり


あるいはかかわる組織のせいにしないひとだ。



ひとは苦しいとき


だれかやなにかのせいにしないとき


内部で凄い能力の鍵が開けられ


普段の自分では成し遂げない



異常なことを成し遂げてゆく



わたしはそのことを自分の人生で


何度も何度もみてきた。

責任が重くなれば 人を責めなくなる

2021-02-19 05:46:00 | 日記
責任

せめているのは人でなく任

あるいは責められるのか。


ひとは責任が重くなればなるほど


表情や考え方が変わってくる。


人を責めてばかりの


責人では


ひとはいつまでたっても成長できない。


責めるのを人から任に変わるとき



人は顔つきがかわりしっかりした人になる。



なぜなら任を究めることで


関わる人の人生に影響を与えるからだ。



責人するひとでなく


責任を果たせるひとになりたい。