きょうを生きて living in a moment

毎日 死ぬ直前までひとは生きている。

どうせ死んでおわる人生なら
本気で生きてゆきたい。





honesty billy joel bereshit 訳

2016-04-25 06:20:27 | 日記



If you search for tenderness

やさしさを探してるなら

it isn't hard to find.

みつけるのは簡単だ

You can have the love you need to live.

生きるために必要な愛も手にはいる

But if you look for truthfulness

でも、もし真実をさがしてるなら

You might just as well be blind.

きゅうに見えなくなってしまう

It always seems to be so hard to give.

そんなもの、ありはしないのかもしれないくらいに

Honesty is such a lonely word.

しょうじき――なんて寂しい単語だろ?



Everyone is so untrue.

みんな全員に真実がないから

Honesty is hardly ever heard.

しょうじき―聞いたことすらない

And mostly what I need from you.

でも、ぼくがほしいのはそれだけなんだ

I can always find someone

つらいときだれかをみつけ

to say they sympathize.

そうだねって いってもらえる

If I wear my heart out on my sleeve.

自分のこころをだしているふりをすればいいから

But I don't want some pretty face

でも、作り可愛いかおして

to tell me pretty lies.

作り可愛いうそなんかいいのだ

All I want is someone to believe.

ぼくがほしいのは信じられるだれか

Honesty is such a lonely word.

しょーうじき―なんて孤独なことば

Everyone is so untrue.

みんなうそつきだ

Honesty is hardly ever heard.

しょうじき――聞いたことすらない

And mostly what I need from you.

でもいちばんぼくがきみからほしいものだよ

I can find a lover.

すきな女性をみつけた

I can find a friend.

ちょっとした友達も

I can have security until the bitter end.

安定という名が苦味を潰しおわるまではね

Anyone can comfort me

そんなとき肩をたたいて誰かがなぐさめて

with promises again.

口約束でだいじょうぶっていうけど

I know, I know.

ふーん。まぁ いっかってね。

When I'm deep inside of me

自分が内側の世界にはいりこんでるとき

don't be too concerned.

神経質にならないでね

I won't ask for nothin' while I'm gone.

だれにも何も、期待してないから

But when I want sincerity

でも、誠実さがほしいとき

tell me where else can I turn.

振り返ってどこにむかえばいいんだろ

Because you're the one I depend upon.

ほんとうにたよってるのはあなただから

Honesty is such a lonely word.

しょうじき―なんて孤独なひびきなんだ

Everyone is so untrue.

みんなうそつきだから

Honesty is hardly ever heard.

しょうじき―いたばん難しいことばだなぁ

And mostly what I need from you.

でもいちばんぼくに必要なのはそれなんだ

ビリー・ザ・ベスト ビリー・ザ・ベスト
(2003/11/06)
ビリー・ジョエル




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オーストラリア王立委員会のカトリックへの追及

2016-04-25 06:04:05 | 日記

あの統治体 ジェフリー ジャクソンを召喚して

追及した


オーストラリア王立委員会はカトリックをも


追及していたのだ。


驚いたことにカトリック枢機卿はこの問題を正直に認めて謝罪したのだ。


同じ王立委員会によばれて


すべてを正直に話さなかったエホバの証人の統治体のジェフリージャクソンと鋭い対照をなす形になったのだ。



組織として正直さと誠意をみせたのはどちら


だったろうか?


内部告発を排斥して口を封じて


信者に事実を伝えてこなかった


エホバの証人の指導者をどうみたらいいのだろうか?



事実を信者に伝えないことは信者を守ることだろうか?




現役のエホバの証人はつらいだろうけどこの事実


を見なければならない。


以下カトリックの記事をコピーして貼っておきます。








「大きな間違いを犯した」 児童の性的虐待でカトリック教会幹部
2016年02月29日
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ビデオ中継で委員会メンバーからの質問に答えるペル枢機卿Image copyrightAlamy
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ビデオ中継で委員会メンバーからの質問に答えるペル枢機卿
オーストラリアで児童への性的虐待を調査する王立委員会で、ローマ法王庁高官ジョージ・ペル枢機卿が29日に証言し、「教会は大きな間違いを犯した」と語った。
オーストラリアで最も高位にあるカトリック教会幹部のペル氏は、ローマからビデオ中継で委員会の質問に答えた。教会内に小児性愛者がいると把握していたかどうかを問われたペル氏は、「弁護できないことを弁護するために、この場にいるわけではない」と述べた。
その上で、「教会は大きな間違いを犯し、今それを正そうとしている。もちろんオーストラリアを含む、教会の多くの場所でひどいことが行われ、人々の期待を裏切った」と語った。
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ペル枢機卿自身には疑惑はかかっていない。同氏は1970~80年代当時、司祭を務めていたバララット教区に小児愛者の聖職者がいるとは知らなかったとしている。
王立委員会は、豪南東部ビクトリア州のバララット市で起きた児童への性的虐待について調査をしている。1970年代初頭にバララットの神学校にいたジェラルド・リッズデール司祭が小児性愛者だったことが明らかになっているが、ペル氏も同じ場所に居住していた。
ペル枢機卿に対する抗議ポスター(2014年3月、シドニー) Image copyrightGetty Images
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ペル枢機卿に対する抗議ポスター(2014年3月、シドニー) 
神学校付きチャプレン(聖職者)だったリッズデール司祭は1960年代から80年代にかけて、130件に上る男の子に対する性的虐待を行ったことが分かっている。
ペル枢機卿は29日の証言で、カトリック教会が運営する学校で教える神父らについて、「ちょっとした示唆」や「変わった行為」に関するうわさを聞いたことがあると認めた。
ローマに集まったオーストラリアの性的虐待事件の被害者たち(28日)Image copyrightReuters
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ローマに集まったオーストラリアの性的虐待事件の被害者たち(28日)







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エホバの証人関係者が考えなければならい点

2016-04-25 05:47:17 | 日記
このようにカトリックの内部告発はカトリック組織の追及にまで及びました。


昨年 ついにトップのローマ法王事態がこの罪を


公に謝罪する事態になった。


これほどの悪が暴かれてカトリックは崩壊した


だろうか?






崩壊しなかった。


児童性的虐待をいくら追及して


トップが認めてもその組織は崩壊しなかった事実を


考えてみなければならない。






エホバの証人が、この問題に直面したのは


いまから30年前だった。


当時の勇気ある目ざめよ!の編集委員が


児童性的虐待のことを真正面から執筆したとき


世界中の読者からものすごい反応と感謝の手紙が


本部に寄せられた。


しかし、これはエホバの証人にとり



開けてはならないパンドラの箱だったのだ。


その多くのおきた場所が


会衆の外でなく


会衆の中で起きたことを示す手紙が多く寄せられたのだ。


執筆者が心を傷める中、当時の統治対は


このことを会衆に知らされるのを怖れ


この問題を追及する長老たちを排斥して


口を封じ、目ざめよ!の執筆者も排斥して


この問題を一般信者に知らせない方針をとっていったのだ。


そして、大会ではマスコミやネットにある情報は嘘だからみたらいけないと

信者にしんじこませようとしてきた。





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グローブ社のカトリック児童性的虐待の追い詰め方

2016-04-25 05:26:33 | 日記
ボストンの新聞グローブ社の社員は、


最初乗り気でなかった


新しい編集長に対抗しようとさへした。


しかし、ユダヤ人のこの編集長の静かな


真相追及の熱意が全員の記者魂に火をつけてゆく



弁護士も検察も裁判所からも証拠がでないという


状況の中で、被害者が口を開くようになっていく。


記者の母校に加害者の司祭がいたことを気づいたとき、

学校の関係者はなかなかそのことを認めようとしなかった。


この時、記者は在学時に加害者の司祭が監督を務めていたホッケークラブに属していたら自分もあなたも被害者になっていたかもしれないことを想像さすことに成功する。


いずれにしてもグローブ社は声高な非難をしてゆくのでなく

情熱をもち、静かに被害事実の証言を丹念に

集めていったのだ。

また裁判所の封印された法廷資料を開示させ


枢機卿が訴えを知って、赴任先を変えた組織ぐるみの犯罪温床の事実をつかんでゆく。


ひとりの司祭の個人的な犯罪を糾弾する姿勢から


教会組織の構造を追及し、


より多くの被害事実をつきとめていったのだ。


グローブの新聞のトップに


カトリックの司祭の児童性的虐待が80件近く


あったことを公表した朝


奇跡が起きた。


これまでボストンの沈黙を守ってきた


被害者からの電話が朝から鳴り止まない事態に


なったのだ。


そしてボストンから


全米のすべての都市で被害者が声をあげてゆく


きっかけになったのだ。



こうして宗教のカーテンに隠れていた沈黙の声は



社会に届けられてゆく










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カトリックの信者が告発おそれた司祭による児童性的虐待の背景

2016-04-24 06:28:48 | 日記
カトリック司祭が教会にくる信者の子供を

レイプするショッキングな事態を


どうして警察 検察 裁判所 弁護士を含めて


隠蔽できたのだろう。


しかも言論の自由をもつアメリカで


まず信者の数が違う 地域の60パーセント以上が


カトリックで世俗的な権威構造以外に


カトリックの宗教の権威構造がある。


信者としては枢機卿は神に近い近づきがたい


存在という意識が幼少から植え付けられている。


同時にカトリックは地域の教育機関に積極的に経営から関わっていた。


幼少から日曜日には、ミサという集会に定期的に

出席し出席者と兄弟姉妹という関係を楽しんでいた。


ボストンのグローブ社の読者も60パーセント以上がカトリック信者だ。だからカトリックを悪くいうなら読者を失う経営的な危機に立たされてしまうのだ。


社会の世俗的な悪に対して教会という善で社会が

機能している。


また罪を犯せば 教会に行き、司祭に個人を許してしまう 取り決めも活用されていた。


幼少からカトリックの世界に生まれ


カトリックの習慣が染み付いたひとが


善の象徴であるカトリックの司祭が


まさかの児童性的虐待していたという事実は


認めることができず


枢機卿たちは問題をおこした司祭を教区を


明確な理由をつけて移動するしか方法がなかったのだ。


その一時的な問題の対処の仕方が


教会組織に児童性的虐待の加害者を温存させて


しまう仕組みを作ってしまったのだ。


一方司祭には終身独身性を制度的に強いてしまい


若い司祭たちは自らの内側から生じる性的な欲望を対処できず


そのはけ口を児童にしかも男の子にもっていかざるえない環境があった。


このように起こるべくしてカトリック教会内部に


児童性的虐待を行いやすい環境が整ったのだ。


そしてそれが起きたときボストンの街のひとは


知らないふりをするしかできなかった。


新聞は読者を失う


学校は校長含めて教師の思い出をこわす。


弁護士は圧力で生活できなくなる。


家族が信者なら家族を裏切らなくてはならなくなる。


虐待の被害者も自分の罪は虐待した教会に許してもらわなければならないという複雑な選択になり
教会を訴えないほうを選択してしまう。


このようにして多くのカトリックの一般市民は


なにもしない選択肢を選んでしまったのだ。




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