「北九州国際音楽祭」という、れっきとしたクラシック音楽の音楽祭なのだが、そこに「チック・コリア ソロ・ピアノ」というコンサートがあった。副題が〈フロム・モーツァルト・トゥ・モンク・トゥ・コリア〉。1980年代からクラシック音楽にも近づいていたチック・コリアだから、それらしいこともやるのだろう。
チラシに名前を発見して「うわぁ凄い」と思う一方、逡巡する自分がいた。
私はジャズのコンサートで、必ず寝てしまうのである。一流の演奏家でなければ行かないから、演奏が悪い訳ではないはずなのだが、あるいは、とても良い演奏だからなのか、どうしても寝てしまう。それに、中学生の時に「スペイン」が発表され、カセットテープに入れて繰り返し聴いたものだが、何回聴いても面白いとは思わなかったし。
だが、意を決してチケットを手に入れた。事前に睡眠が足りて入れば大丈夫だろう……。
会場は北九州市立響ホール、クラシック音楽専門のホールである。
そこに、チック・コリアは、ほぼ普段着で現れた。我々が拍手で迎えると、彼も拍手をして我々に応える。面白い光景から始まった。この日は日本ツアー最初の公演であること等が、彼の口から英語で語られた。
まずクラシック音楽とジャズ(?)の組み合わせということで、モーツァルト(へ長調のソナタの第2楽章)とガーシュイン(誰かが私を見つめている)を組み合わせて弾くよ、という説明があったのだが「ではチューニング」と言い、ピアノでAの音を鳴らす。そして聴衆の我々に「歌え」というサイン。なんとなく我々もAをハミングすると、次にピアノで「B-G-A」、続けてまたサイン、我々も「B-G-A」、とコール&レスポンスが始まった。
そしてモーツァルトに流れ込んで行った。いやはや、のっけからハートを鷲掴み。(このコール&レスポンスは、この後2回くらいあった。)
続いてはスカルラッティのソナタ(コンクールで良く聴くやつ)とジョビンのボサノバ(ヂサフィナード)の組み合わせ。
ただ組み合わせといっても、続けて弾くだけではある。モーツァルトとスカルラッティは丁寧に譜面を広げて弾いていたのはご愛嬌。
それから、彼の好きな曲ということでデューク・エリントンの《ソフィスケイティッド・レディ》、友人のギタリスト「パコ」のために作った曲と続くのだが、その辺りでやはり睡魔が襲ってきて、もう1曲あったと思うが思い出せない。
休憩が20分もあったのでロビーに出た。聴衆はほぼクラシック音楽の聴衆の雰囲気で、ジャズ・コンサートの雰囲気はほとんど感じられなかった。
休憩後、やはりフード付きパーカーにGパンで現れた彼は「ゲームをしよう」と言い、彼はピアノの前に椅子を出した。「今からポートレートを作る」と言って、会場からポートレートを作って欲しい人を募った。
結局男女一人ずつがその椅子に座り、一曲ずつ彼の即興演奏による「音の肖像」を我々は聴くこととなった。
次のゲームは連弾。「チック・コリアと連弾したい人」と、同じく会場から募ると、ちゃんといるんだねぇ、即興ピアノが弾ける人が。こちらも男女一人ずつ、計2曲即興の連弾曲が誕生した。
ゲームの次は「北九州のための音楽」。この日のコンサートは録音されていて、今から弾く、北九州のための音楽は、希望者にEメールでそれをプレゼントするという企画(帰り際にアドレスが配布された)。なるほどねぇ、21世紀だねぇ。
続いて、最近子どもの精神に啓発されて作った曲集の中から何曲かが披露された。これは、ほぼクラシック音楽のスタイルで、自作であるにも関わらず、楽譜を見ながらの演奏であった。
「And one more...」と言いながら、ピアノの譜面台を外し、内部奏法を始めた。ピアノはヤマハで、多分持ち込みだろう。そうやって始まった曲も、おそらく自作。10分近くかかる曲で、これで予定していたらしいものは終了だった。(曲目が印刷されたものは一切なかった。)
鳴り止まぬ拍手に応えてくれたアンコールは、「スペイン」のニュー・バージョン。最後に例のコール&レスポンスで会場一体となり、休憩含んで約2時間半のコンサートが終わったのである。
子どもスピリッツの曲が、ほぼオスティナート(執拗音型、同じパターンの繰り返し)だったこともあり、「スペイン」の5度進行による循環コードが、とても身にしみて心地よかった。これこそが私にとって、彼から、あるいは天から贈られたギフトだなぁ、と思いながら帰路に着いたのであった。