ヴァイオリンの世界で,最も有名な本の表紙に書いてある言葉。
Scale Exercises in All Major and Minor Keys for daily Study
義務教育を終えたなら,これが読めないことはまずないだろう。でもほとんどの人が読んでいない。次には,こう書いてある。
A Supplement to the First Volume of the Art of Violin Playing
昔なら,サプリメントがわからない人もいたかもしれないが,今や小学生でもサプリの語は知っているだろう。
読めるけれど意味を知ろうとしない,という表現が適切かもしれない。
とにかく,この意味するところを数年に一度は説明しなければならないのが,ややうんざりするのであった。
このヴァイオリン界で有名な本は,20世紀初頭のヴァイオリニスト,カール・フレッシュが書いたSCALE SYSTEMと言って,俗に「フレッシュの音階」と呼ばれるものだ。この表紙にちゃんと書いてある。
「毎日の練習のための全ての長短調による音階練習」
「ヴァイオリン演奏の技法第1巻の付録」
問題は「ヴァイオリン演奏の技法」の存在を知らない人が結構いること。これはヴァイオリニストのバイブルだと,我々は聞かされて育ったような気がする。当然,私などが言わなくても,みんな知っているつもりになっていたが,バイブルだと誰かが言い続けないとバイブルではなくなってしまうのも道理だ。私達が言わなければならない番が回ってきたのかもしれない。
という訳で,これは「ヴァイオリニストのバイブル」です。
少々値がはるが,レッスン代だと思えばそれほどではないだろう。
ちなみに下巻は後回しで良いと思う。上巻だけでもかなりのボリュームがあり,読んだだけで,もう弾けてしまったような錯覚に陥るくらいだ。そこに,この音階はどうやって練習するものなのか,丁寧に書いてある。付録だけ使うのは,カール・フレッシュの本意ではない。
という訳で,ヴァイオリンを志す方,まずは一読いただきたい。
その上で,この本は部分的には「古い」ということも指摘しておきたい。1920年代の執筆だから,いくら何でもヴァイオリンの奏法がそのままということはない。
その後に出てきたのが,ガラミアンの本である。
これもまた,読むのに骨が折れる本である。しかし,フレッシュにはなかった合理性や,クリーピング・フィンガリング等,その後の研究成果も盛り込まれている。
私も時々読み返すが,ジュリアード系の考え方を知らないと,何を意味しているのかわからない,ということも起き得るので,残念ながら万人向きとは言い難い。
フレッシュのひそみにならって,ガラミアンも音階の本を出している。ガラミアン系の人がみんな持っている「赤い本」。この合理性に富んだ,恐ろしくクリエイティヴな音階は,1950年代のものだが,今でも最先端を行っていると思う。先端過ぎて,どう取り扱ったら良いのかわからない人も多い。(ちゃんと「英語で」説明されているのだが。)日本語で説明してあげても,家に帰ったら忘れる人が続出なので,井財野教室ではガラミアンの創造性を犠牲にした井財野版を使っている。
ちなみに,その後も大ヴァイオリニストが本を出している。
私の師匠は翻訳を問題にしていた。そういう問題もあるのだろうが,所詮ヨガ系の考え方を知らないと,何を意味しているのかわからない,ということが私には起きた。ヴァイオリンを持たずに行う準備練習は裸足でパンツ姿でやれ,などと書いてあるのだから・・・。
それよりは,以前にも紹介したが,日本産のこちらがお勧めである。
話をもどすと,とにかくフレッシュの本は必読。日本語で書いてあるのだから,きっと読める!
とは言え,この手の物を読むのは練習するより忍耐力がいる時がある。こんなもの読むより,練習する方が簡単だよ,と思うこともある。それならば練習をすれば良いだろう。読めるけど読まないものは,日本語でもあり得る,ということか。