いろいろ書き留めておきたいことはあるのだが、少々疲れていて字を書く気になれない。ほんの気まぐれに、Under the Sunのコラムに書いた記事を勝手に再掲する。掲載日は8月11日、タイトルは「愛と憎しみのラプソディ・序」。UTSでは「前口上という名の(長い)言い訳」を付けていたが、その部分はカットして、本文?だけ。これはまあ、自分の覚え書きみたいなものである。自分の所以外で書いたものは、何書いたかすぐ忘れてしまうので。(……というわけで、御用とお急ぎのない方だけ暇つぶしにお読みくだされ。暇な人だけ集まるってのも困りますがね)
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ムル:こんばんわ~。おいおい、何かえらく疲れた顔してるなあ。また徹夜したのかよ。仕事? それともまたくだらねぇ本でも読んでたのかい? どっちにしても、疲れてるんなら酒なんか飲んでないで早く寝ろよな。
華氏:何だよぉ、またおまえか……。そりゃ早く寝ちまいたいけどさ、ヤなことが山ほど頭の中に押し寄せてさ、なかなか幸せな眠りってわけにはいかないのさ。
ムル:ふン。おまえがいくら悩んだって世の中1ミリも変わりゃしない。つまり、屁の突っ張りにもならねぇと思うがなあ……まあいいや、何がおまえの眠りを妨げているのか、ちょっと言ってみんしゃい。聞いてやるからよオ。
華氏:(な、なんか猫のくせに、いつもながら偉そうな奴だな……)言ったろ、山のようにあるって。そうだな、小さいことから言うと……たとえば「足し算か引き算か」という問題とかさ。
ムル:足し算か引き算?
華氏:そうだな……ええっとさ、ネット右翼、というのを知っているかい。
ムル:何となくね。左翼的なサイトやブログに殴り込みをかけていちゃもんをつけ、袋叩きにする連中のことだろ?
華氏:うん。定義としてはそうなんだろうな。
ムル:華氏のブログもネット右翼の標的にされてるってわけ?
華氏:まさか(苦笑)。「華氏451度」はちまちまと片隅で呟いているような、どっちかと言えば過疎ブログだからね。自分からネットで世論を形成しようなんて大それたことは考えていない。ネットで問題を提言し、それを大きな流れにする人達はいる。それはそれですごいことだし無条件で尊敬するけれど、「華氏451度」はそれとはちょっと違う。ごくごく個人的に考えたことのメモ、なんだよね。八方破れの。きちっと裏取ったり、資料を挙げたりする形では書いてないしさ。
ムル:きゃははは。開き直りやがった。要するに公開はしているけど単なるメモだし、いようがいまいがどっちでもいい「その他大勢」ってわけだな?
華氏:(う……いつものことながらこいつ、言いにくいことを言いやがる)ま、まあそうだね。だからさあ、標的にしようなんて酔狂な奴はしないさ。ほんの時たま、悪意の感じられるコメントが入ることはある。でも「大挙して押し寄せられる」なんてことはないし、無視したり、場合によっては「ネット上だろうと対面だろうとコミュニケーションの基本は同じ、それを踏まえて欲しい」と要求することで、たいていは2度と来なくなる。ただ、知り合いのブログはしばしば被害に遭っているからね。時々、さすがに真面目に考えるんだ。
ムル:ネット右翼にどう対処するかと?
華氏:いま言ったようにさ、「華氏451度」は実際の被害に遭ってない。だから現実に被害に遭った人からすると、「おまえは甘い」と言われるかも知れない。それを恐れているんだけどね。
ムル:けけけ。華氏って小心者だからな~。
華氏:ほっといてくれ!……って、何の話だっけ。そうそう、「おまえは甘い」と言われるかも、という話だね。若い頃はさあ、理想が先立って、「これでなきゃダメ」という引き算思考だったんだ。ところが年を経るにつれ、だんだんストライク・ゾーンが広くなってきてさ。
ムル:それはおまえさぁ、年とった証拠じゃーん。「そろそろ自分のピリオドが見えてきたかンね、世の中のことなんざ、どーでもいいや」になってきたんだよ。やだねえ、人間が年取るって。
華氏:やかましいっ! このバカ猫!(と、手近にあった広辞苑を投げる)
ムル:おおっと……暴力はんたーい。
華氏:ふン、バカ猫め。真面目に聞きやがれってんだ。
ムル:聞く、聞く。だからモノ投げるなよな。ストライク・ゾーンの話だよな。具体的にどういうことなのさ?
華氏:たとえば……若い頃は「うちの子は」と盲目的に信じる母親の愚劣さなんていうのは唾棄すべきものだった。ニッポンの母、なんておぞましいだけだった。でも今は、そういう母親が後ろにいるから、子供は好き勝手に出来るのだと思ったりする。
ムル:けけけけけ。華氏は根っこのとこ、マザコンだからな~。
華氏:うるさいッ! じゃあ別の話をしようか。以前はジャーナリズムなんて腐りきっていて、橋の端まで権力の手先だなんて思っていた。
ムル:自分もその中で飯食ってるくせに、よく言うぜ。
華氏:そう……飯食いながら、これは生活のためだと思っていた。でも同じように生活のためだと割り切ったつもりで働きつつ、怖ず怖ずと報道者の良心を小出しにする人々と出会って、ジャーナリズムは決して腐りきっているわけではないと感覚的にわかったのさ。「マスゴミ」なんて嘲笑されてはいるけれども、みんながみんな、腐っているわけじゃない。
ムル:ふん。華氏お得意の、ジャーナリズム擁護だよな。まっ、いいや。あんまりそんなことばっかり言ってると、自分がマスコミの人間だから身びいきしてヒステリックにかばってる、と思われるぜ。
華氏:別にいいよ、そう思われたって。身びいきってのは事実その通りかも知れないし。人間誰でも、自分が見通せる限りの範囲でしかモノを考えられないんだから。一部の天才は違うかも知れないが、私は天才じゃないし、こう言うと負け惜しみみたいだけれど天才に生まれたかったと悔やんだりもしない。「ひと山いくら」の庶民で結構。
ムル:あっちゃあ、また開き直りやがった……。
華氏:ほかに思いつくままに適当に言うとだよ、昔(笑)は天皇制を否定していたから、それを認める人達とは絶対に手を携えることができなかった。いや、今でも自分自身の思想としては天皇制否定だけれどね、最近は天皇制を認めている人達とも、「ま、いいか」という感じで一緒に行動できるようになってきたのさ。彼らの考え方も、「容認」できるようになったというか。それからひどく日常的な話題になるけれどね、昔は婚姻制度に対して強い疑義があった。
ムル:それは、おまえがモテなかっただけの話だと思うが……(モテるわきゃねぇよな)。
華氏:やかましいッ!!!! タヌキ汁、じゃなかった、猫汁にするぞーッ! もとい。さらに配偶者を「主人」「家内」と呼ぶことに抵抗があった。友人がそう呼ぶと、「その呼び方の根拠は何か」と言って、いちいち訂正を求めていたんだ。今だって「うちの主人が」「うちの家内が」と言われれば違和感ないことはないけれども、「生活上の、ひとつの習慣」としてサラッと容認することが出来る。
ムル:華氏よぉ、酔ってるだろ? 何か、話が随分と逸れてる気がするけど。結局、何が言いたいわけ?
華氏:う……。答えの代わりに、好きな詩人の一人である茨木のり子の詩を……。
【おらが国さが後進国でも
駈けるばかりが能じゃない
大切なものはごく僅か
大切なものはごく僅かです】
(「大男のための子守歌」より)
ムル:大切なものは僅かなんだから、それ以外は「どうでもいい」、「みんな容認」でいいっていうわけ?
華氏:そう言っちゃうと誤解を生みそうだけどね……ま、いいか。あそこが違う、ここが違うと角突き合うより、「大切なもの」を守ることにエネルギーを注ぎたくなったわけさ。ターニング・ポイントを回って、ようやく「大切なもの」が見えた気がする、ってことかも知れない。
ムル:それと、ネット右翼とどういう関係があるわけさ。
華氏:関係? なーんも、ない。
ムル:うぎゃ……。
華氏:でも、あるかも知れない。ともかくさ、馬齢重ねるごとに、「分断して統治せよ」っていう言葉が身にしみてきたわけ。
ムル:けけけ。馬齢、ときやがった。おまえの場合は、豚齢じゃねぇの? 栄養が足りてないふうだから、山羊齢かね。
華氏:やかましいーーー! 黙って聞けったら! ともかくだよ。弱者というのはいやが上にも細分化され、互いに角突き合うような構図になりがちなんだよな。為政者が意図的にそうしているという面もむろんあるが、同時に人間には「何ものかに対して少しでも優越感を持つことによって、自我を支えたい」という気持ちがあるのも事実だと思う。その二つがあいまって、血に飢えた狂気を産み出すんだろうね。
ムル:何か話が飛躍してきたなぁ。
華氏:飛躍は自分でもよ~くわかってるって。二晩徹夜して、ただでさえ冴えない頭が朦朧としてるんだから。たださ、「不安」とか「不満」とか「憎悪」とか、要するにマイナスのベクトルを持つ感情って、誰にでもあるじゃん。
ムル:華氏もあるのかい?
華氏:むろんあるさ。いっぱい、ね。私は平凡な人間だからね。具体的な他者に殺意持ったこともあるし、世界なんか滅びてしまえばいい、と夢想することもあるさ。破壊的な欲求が膨らんで、何でもいいからそれを満足させてくれるものはないかと右往左往することもある。だから、何かあった時に尻馬に乗ってお祭り騒ぎしたい気持ちは痛いほどわかる。私が子供の頃はインターネットがなかったけれど、あったら一歩間違えば私もネット右翼になっていたかも知れない。あるいはハッカーになっていたかも知れない。暴走族にもシンナー中毒にも殺人者にもならなかったのも、ほんの紙一重のこと。ちょっと話は違うが、今もたとえば自分がホームレスになっていないのは「たまたま」だと思っている。人間て、そんなに強いものでも優れたものでもない。そりゃさ、一部には特別な人もいるかも知れないけれど。
ムル:いい加減に、話をもとに戻してくれよなあ。で、何が言いたいわけ?
華氏:聞いてやるとかって寛容ぶりながら、あいかわらず態度のデカイ奴だな……。ま、いいや。ともかくさあ、マイナスのベクトルを「あっ、そこは危険」という所に向かわせちゃあいけないと思うんだよね。話のとっかかりに使ったネット右翼もさ、組織的にいわゆる護憲派ブログを破壊しに来る連中は論外だよ。でも「世の中はみんな敵だぁ」というハリネズミ風の感覚が昂じて、つかの間の攻撃快感に身を浸している若い子や、改憲論者の威勢のよさに乗せられて――マイナスのベクトルにガンジガラメになった時って、人間、どんなに薄っぺらでも威勢のいい言葉に酔うんだよね。と言うか、あえて乗ってしまうんだよね――尻馬に乗っているだけの若い子たちを、一律で敵視するわけにはいかない。
ムル:けけけっ。いい年して、甘い奴だよなあ。
華氏:ほっといてくれってば。でもね、これは不思議なんだけど(学者や評論家はきちんと説明してくれるけれども、一人の人間としてはやはり根源的に不思議だ)、人間て絶望すると右へ右へと惹かれていくことが多いらしい。右、という言い方は漠然としすぎてよくないかな。じゃあ、マゾヒスティックな方向、と言おうか。国のために。大義のために。正義のために。自分をゼロにしてそういう空疎な概念語に支配される世界だけが、彼らの救いになる。崇高めかした概念に殉じることができると信じる一点で、彼らは救われるのだろう……。むろん、左に寄っていく場合も少なくないけれどもね。
ムル:どっちにしろ、幸福なことじゃないって言いたそうな顔だな。
華氏:目覚めた時、窓から射し込む朝の光、寝巻のまま起き出して挽いたコーヒーの香り、人によってはひとつベッドで朝を迎えた異性(同性でもいいが)のおはようの一言。……この世は本当は、おいそれと絶望することができないほど祝福に満ちているからね。むろん絶望するのも勝手だけれどさ、他人を巻き添えにした絶望は困るよな。……いや、話が逸れてるな。若い子が甘美なニヒリズムで観念語に流されるのを止めるのは、大人の責任だと思う。
ムル:止めるために、どうすればいいのさ?
華氏:わからない。……わかってたら、こうしてグダグダと酒なんか飲んでないさ。でも今のままでは、この国は遠からず、勇ましくて綺麗な言葉に酔って「いつか来た道」を辿り始める。それを見る前にさっさと死にたいという思いと、死んでも死にきれないという思いに引き裂かれて、こうやって朦朧とし、早くベッドに倒れて眼が腐るほど寝たいと思いながら美味くもない酒を飲み続けているわけ。
ムル:おまえねえ、やっぱ疲れてるぜ。何か話が散漫で、言いたいことはわかる気がするけど頭も尻尾もないじゃん。他のコラムニストはきちっと起承転結整えてモノ言ってるのに、これじゃあ恥かいてるようなもんだぜ。日本語書いて飯食ってきたなんて、どの面下げて言えるのかね~。
華氏:くそーッ、うるさい、出て行けーッ!!
(六法全書か広辞苑か、ともかく分厚い本が窓枠にぶつかった音がして、暗転――)