華氏451度

我々は自らの感性と思想の砦である言葉を権力に奪われ続けている。言葉を奪い返そう!! コメント・TB大歓迎。

UTSコラム紹介

2007-08-30 03:33:51 | 雑感(貧しけれども思索の道程)

 夏バテしている間に、TBありがとうございました。コメントもどうもありがとうございます……うーん、反論したいコメントもあるのですが、それはゆっくり考えて近日中に。

 いちおう生きてますというお知らせ代わりに、ひとことお知らせをば。

 Under the Sunで、仲間と手分けてしてコラムを書いています。さきほど、8月30日付けのコラムをアップしましたので、お時間がありましたら立ち寄ってください。

 

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国ゆうのんは……

2007-08-22 23:55:36 | 非国民宣言(反愛国心・反靖国など)

「国ゆうのんは、ろくなことせんもんや」と何かの折にちょいと口にしたのは、随分前に亡くなった祖母である。彼女は戦争中、大日本婦人会(だと思う)に所属して――積極的に入ったのか強制されたのかは知らないが、ともかく所属して、千人針(※)を縫ったり、日の丸の旗を振って出征する人達を送ったりしたようだ。直接じっくり話を聞いたことはないが、「この戦争は正しい」「日本は勝つ」と信じ込んでいたらしい。

 私の母もそうだったようだ。軍国少女だったのである。おもしろいもので(というと語弊があるが)、母の二人の姉は違ったらしい。まだ純粋な?年頃だった妹弟(母や叔父)とは違って、もうコドモという年ではないから、口づてにひそかに伝えられる情報をキャッチしていたのかも知れない。母に聞くと、二人でこそこそと「(ラジオなどの報道について)絶対あれ、嘘やよねー」などと囁きあっていたという。ただし、むろん他人に言ったりはせず、外ではリッパな愛国者の顔をしていた(そういう人達も多かったのではないか)。

 ともかく、祖母。明治生まれでオカミのなさることは正しいという教育を受けた彼女は、国が間違ったことをしでかすなどあり得ないと信じていたのだろう。だから、敗戦で世の中がひっくり返った時、つくづく「国ゆうのんは、平気で国民をだまくらかすもんやなあ」と思ったのであるらしい。

 彼女は根っからの保守的人間で、選挙でも(いや、尋ねたことはないんですが)多分自民党に投票していたと思う。あるいは保守系無所属の候補に。ただ、その保守性は「オカミからぎゃあつく言われんと、しずかーに暮らしたい。国には、大げさなことはせんといてほしい」という感情に裏打ちされていた気がする。彼女は死ぬまで共産党嫌いだったが、どうやらそれは「共産党が大きくなったら、革命戦争ゆうもんが起きる。また国の都合で死ぬ人が出るんや」と思っていたからであるらしい。

「ほんまに戦後はようなった」と言うのも聞いたこともある。祖母が生きていたら、戦後レジームからの脱却だの、美しい国だのというイキのいい言葉を聞いてどんな顔をするだろう。「もう勇ましい話は結構や。国ゆうもんは、大きな顔せんといてほしいワ」と言いそうな気がする。

(祖母が生きていたら――「無難な選択肢」として民主党に投票したような気がしてならない。その祖母と、どんなふうに言葉を交わせばいいのだろうかと私は最近けっこう真剣に悩んでいたりする……)

 最近、安倍首相はこの2つの言葉をあまり使わなくなったそうである。上滑りだとのことで党内の評判も悪いらしい……が、ひとつふたつの「単なる言葉」の問題ではない。これからも「もう少し耳障りよく」化粧しただけの、同じような言葉が次々と出てくるだろう。バーチャンが愛国婦人だった頃のように。

※弾よけの護符として、手拭いのような布に千人がひと針ずつ縫い目をつけて出征する兵士に贈ったもの――であるらしい。

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猛暑の中で

2007-08-21 23:22:29 | 雑感(貧しけれども思索の道程)

 東京にいない時の方が多く、東京にいる時も自宅に帰っていなかったりして、3週間ほどブログを書いていなかった。やっと少しばかり息がつけたところなので、またぼちぼち寝言書こうかと。開店休業が続いていたにもかかわらず、TBを送ってくださった方に感謝。またよろしく……です。

◇◇◇◇◇

 いくつかコメントも入れていただきましたが、苦笑するしかないコメントも(笑)。わざわざこんな過疎ブログを覗かなくてもいいのに……。私は読むだけシンドイし、書く方だってしんどいでしょうが。――あのねぇ、私は何言われてもコミュニケーション可と思われる(自分と意見が違っているかどうかは関係ないです、むろん)コメント以外はあんまり気にならないし、私以外の人は、こういうその他大勢ブログのコメントなんかほとんど読まないんだからさぁ。

【このブログももう終わりだな。所詮自分の虚栄のためだったからな。長く続くもんじゃねえよ。てめえがどれだけ偉いんか知らんがな、見え張るだけの目的の癖にいかにもヒューマニズムっぽいこと言いやがって。構造改革で切り捨てられて本当に苦しんでいる人達をダシにしててめえの虚栄張った罪は重いぜ。必ず思い知らされることになるぜ。覚悟はしとけよ。てめえより頭のある奴はいくらでもいるんだ。新聞記者かなんか知らんが思い上がるんじゃねえ。】(by中村主水氏)

【私も前から偽善的なブログだと思ってました。多分売れないフリーライターなんでしょね。記事を採用してもらえないからその代わりにネットのサイトでいっぱしの論説書いているんじゃないかしら。哀れな人。自分の能力をわきまえて生きろっていうの。
無能は無能らしく農民やってろ。】(by香織氏)

【おい、ウザイからこのブログさっさと閉めろよ。】(UNknown)

 あ、さよか。見栄張る気はないんですがね……。別に自分が頭がいいとも思ってないですし。売れないフリーライター?? あはは、そうですよ。よくわかりますね、アナタとお付き合いもしとらんのに。だから手から口への生活を続けてるんじゃないか。(ただ、私は政治関連の記事は書いておりません。私の守備範囲は小さな社会問題、です。私は小さいとは思っていませんがね)

 それに、ウザイと言われても困るわけでね。ウザイとか偽善と感じるのは個々人の自由ですが、あなたには軽蔑し、無視する自由があり、同時に続けようとやめようと私の自由。

 別にブログで日本中に自分の考え方を聞いてもらおうとか、世の中変えようと思っているわけじゃあない。ひとりでも多くの人に読んでもらいたい!とかも、思ってないさ。正直なところ。読んでくださる人、コミュニケーションを成立させようとしている人だけでいいやっていう感じ(閉めちまえ!というだけのために、つまりコミュニケーション求めてない人にアクセスされるのは「苦笑」ですね)。

 覚え書きを公開しているだけ。二條河原だかの落書みたいなものですね(四條河原だっけ? メモなんで、確認せず)。一部を除いて、ブログというのはそういうものだと思っていますよ。過剰反応されても困るんだよなぁ。

 ま、、罵倒されることだけは慣れてますので、何言われてもあまりこたえません(無神経とか頭悪いとか、好きなように解釈してくだされ)。本気で「覚悟しとけよ」と言われるなら、メール下さってもいいですよ。メルアドは公開しております。失うものは鉄鎖のみ……とは言わんけどね、あんまりたくさんはないからね。本気で私を軽蔑してすりつぶそうというならば、一寸の虫にも五分の魂って、知ってるよね諸君。

 ……というわけで、閉める気はないです(笑)。ま、ぼちぼちとですがね、続くんですよねぇ、残念ながら。私はその他大勢の人間だから、寝言を言い続ける。どんなにくだらない寝言であろうとも。

 

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