華氏451度

我々は自らの感性と思想の砦である言葉を権力に奪われ続けている。言葉を奪い返そう!! コメント・TB大歓迎。

自由でありたい。卑屈になりたくない。

2008-02-04 23:48:28 | 雑感(貧しけれども思索の道程)

  

◇◇◇◇◇身辺雑記――

 昨日、東京は雪だった。今日も街のあちこちに雪が残っていた。道端のそれはほとんど溶けかけのかき氷ふうだけれども、人が踏まないところはまだ白くきらきらと光っていた。雪国のひとにとっては雪は必ずしも嬉しいものではないのだろうが、私は暖かい地方の生まれ育ちなので、この年になってもまだ雪を見ると子供っぽい興奮がわき起こる。

 昨年の暮れに叔母が死んだ。肺癌で、診断がついた時には既に転移していた。私は小さい頃、春・夏・冬の休みは半ば以上、母の故郷で過ごした。亡くなった叔母は母より十歳も下で、私からすると姉さんのような雰囲気があった。私の顔を見るなり庭に飛び出して、裏の菜園から籠一杯のイチゴを取ってきてくれたのはいつのことだったろう。

 年を重ねるにつれて、親しいひととの死別が増えてくる。たとえばここ数年の間に、長く付き合ってきた編集者ふたりと死別した。ひとりはまだ中学生と小学生の子供を遺して。昨年は叔母のほかに、従兄も癌で亡くなった。病死だけではない。自殺か事故か判然としない死に方をした友人もいる。いやでも、命のことや死ぬということを考えざるを得ない。

 私もいつかは死ぬ。いつかではない、明日かも知れない。明日も生きているとは誰も保証できないのだ。船出したいと思い続け、そして船出できぬままで死ぬのかも知れない。だが遠いところ、ここではない所、夢見た地に向けて船出できるのだと思い、私は今日も帆を上げる。誰に命じられるわけでもなく。

◇◇◇◇◇日教組集会の開催をホテルが拒否

 不快に思っている人は多いだろう。いや、不快なんぞという言葉はまだなまやさしい。総毛立つような思い、と言ったほうがいいかも知れない。そう……日教組の教研集会・全体集会が中止になった話である。右翼団体の妨害を理由に、ホテルが開催を拒否した(キャンセルした)のであるという。東京高裁が使用を認める司法判断を下したにもかかわらず、ホテル側は「顧客や周辺住民の迷惑になる」と強弁。ついに日教組は全体集会を断念した、という事件である。

 日教組と関わりのない人にとっては、小さな事件かも知れない(世の中、事件と呼ばれるものは山ほどあるのだから……)。だが、これは決して小さなことではないのだ。私も教育関係者でもなく子供もおらず、つまり日教組とは関わりのない人間だが、それでもニュースに接した途端にゾクリとした。

 日教組という名称だけで拒否反応を起こす人もいるかも知れないが、別に日教組でなくたっていい、たとえば宗教関係の団体であるとか、それこそ「徴兵制復活推進」といった団体でもいい――どんな思想であっても表明する自由はあり、集会を開く自由もある(むろん最低限、それは人間としてノウである、という極端な思想はありますけれどね)。その表明を妨害するのは、人間の自由に対する敵対行為である。私は自分が受け入れられない思想であっても、誰かがそれを訴える自由まで抹殺しようとは思わない。だから街宣車を連ねて妨害しようなんてのはもってのほかの行為であるのだが、それを恐れる(あるいはそれに対する恐れを口実にする)というのは、ひととしての敗北である。ホテルに抗議を!

◇◇◇◇◇せめて屈しない決意を

 居丈高に喚く者に対して膝を屈するのは、一時の方便だと一般に思われているかも知れない。だが、膝というのは一度屈したら二度目以降は自然に曲がる。三度四度と繰り返していくうちに、それが習い性となる。

 むろん、生活のあらゆる場面で昂然としている、なんていうのは無理だ。いや、それができる人も大勢いるだろうが、無理――というのが言い過ぎならば難しいと言い替えてもいいが、ともかく誰もができることではない。私自身、仕事や日常のあれこれの中で、いやになるほど他者に迎合し、膝を屈して卑屈に生きている。ゴマもすります、卑怯な振る舞いもします。それがいいとことだと思っているわけじゃあない、忸怩たるものがありますがね。

 それでも。そう、それでも。……これだけは譲れないということはある。ほかの人のことは知らないが、少なくとも私の場合は、譲れないものばかりが溢れた日々を紡ぐのはきつい。食っていくためにだらしなく、タイコモチのようなまねもするさ。でも、だからこそ、何が譲れないものであるかは知っているし、それを譲ってしまったら死ぬほど恥ずかしいと思っている。そのひとつが、思想信条の自由である。

 突然思い出した?が、私の親戚に、明治生まれの牧師がいた(とっくの昔に亡くななったので、記憶はおぼろだが)。戦争中は非国民と言われ、隣近所から白い眼で見られ、「聖書を読む会」ふうの小さな集会さえ妨害に遭ったという。私は難しいことはわからないが、そういう世の中にだけはしたくないといちずに思う。

 

 

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2 コメント

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司法の軽さ (愚樵)
2008-02-05 19:29:43
華氏さん、お久しぶりです。

日教組の集会についての「事件」ですが、これには私も本当に背筋が寒くなるような思いがします。

理不尽にも集会を拒否したプリンスホテルには、不快感を感じます。ですが本当に恐ろしい感じがするのは、一企業が司法判断を蔑ろにしたことに対する批判がマスメディアの報道ではまったく見うけられないことです。これはどうしたことなのでしょう?

日本という国においては、どうも司法というものに重みが足りない、軽く見られている、という気がします。このことはおそらく、日本に「立憲主義」という思想が根付いていないことと深い関係にあるのでしょうけれども、たかが一企業にすら省みられないような司法では、とうてい国家権力という巨大な力を制御することなど出来る筈もない。司法ですら国家から市民を守る壁にならない。国民がこぞってそんな国の形にしてしまっているのが、私達が暮らす日本という国です。
Unknown (ベストブログ)
2008-02-09 11:03:17
ちょっといろいろ訪問していたら来てしまいました。
読ませてもらいます!!!!
頑張って下さい!!


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