華氏451度

我々は自らの感性と思想の砦である言葉を権力に奪われ続けている。言葉を奪い返そう!! コメント・TB大歓迎。

めでたさも中ぐらいなり参院選

2007-07-30 00:48:07 | 現政権を忌避する/政治家・政党

 妙に多忙な日々が続いてかなりバテ気味。夜は可能な限り早めに寝るようにしているので、本読む時間つくるだけで精一杯。先月からブログは開店休業状態である。今日は久しぶりに……参院選の開票速報をちらちらと観ながら少しだけ走り書きを。

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 戸倉多香子さん、残念です。本当に残念だ。お疲れでしょう、しばらくゆっくり休んでください。そして次の機会に、今度こそ国会に。

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 自民党の敗北、は大いに結構。でも「勝った」のが民主党というのは、私としては素直に喜べない(ほとんどひとり勝ちのような状況に見える)。東京では民主党が2議席を確保。共産党はずっと確保し続けてきた議席を失った。社民党の議席もない。私は「無党派」(注)だけれども、5議席もあってその中に共産党も社民党もナシというのはちょっと……じゃあない、かなり背筋が寒い。左翼政党が凋落し続け、挙げ句の果てに保守二大政党……嬉しくない図だ。

(注/「絶対的に支持」する政党はない、という意味で使っている。国政を担当する政党としては基本的に社民党・共産党を支持するが、どちらの党に対しても「ちょっと違う」と首を傾げるところもある。だから支持政党なし、というのが正しい気がしているのだ。)

 いまの与党に対して否定的な人達が、民主党に流れる。これが本当にいいことなのだろうか。保守とか革新とかいう言葉を使うのが正しいかどうかはわからないし、定義うんぬんを言い出すとどんどんややこしくなるが――いちおうわかりやすいから使うとすると、民主党は保守政党だ。「基本的に現在の社会の仕組みを変えない」という立場。ただし自民党とは少々意見の違いがありますよ、という立場だ。ソバとウドンぐらいの違いはあるが、どちらも同じ麺類であることに変わりない、という感じかなあ。あるいは腹違い(種違いでもいいけど)の兄弟といったところか。

 急な変化は怖いし、いろいろと面倒だ。だからできるだけ枠組みは変えないで、ただし「どうしてもこれだけはヤだ」という所だけは変えてもらいたい。あるいは、妙な走り方だけはしないでほしい。そういう感覚に民主党はフィットする……のだろうか。要するに「無難な選択肢」なのだ、おそらく。

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 20代前半の頃は、議会制民主主義がうさん臭く思えて仕方なかった。だが社会に出てウロウロ、オロオロと口を糊している間に、議会制民主主義のもとで一歩ずつ前進していくのが、迂遠に見えて実は最も良策なのだと次第に思うようになってきた。だから、議会のほとんどを、腹違いの兄弟ふうの勢力で占めてもらっては困る。

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 ただ、「今の与党はちょっとなあ」と感じている人が多かった、ということは確かだろう。だから、「めでたさも中ぐらいなり」。

 これを後戻りさせてはいけない。闘いはこれからだ。

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 安倍首相は続投するそうである。「改革」なるものを推進して「美しい国造り」をすると国民に約束したのだから、それを続けるのが使命――なのだそうだ(約束って、アンタが勝手に言ってるだけでしょうが。わたしゃ約束した覚えはないゾ)。ま、悪あがきをしていなさい。国民の前に、そして海外にも広く恥を晒して、自民党支持層からも「自民党はダメになったなぁ」と愛想を尽かされるまで……一揆が起きるまで、猿芝居をやっているのですな。  

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政治と政治家に望むこと

2007-07-23 23:01:06 | 雑感(貧しけれども思索の道程)

  戸倉多香子さん、頑張れ。

  Under the Sun に参加して、コラムなども書いている。コラムは「定期的に更新している方が多くの人に覗いてもらいやすいから」という趣旨で始まったもので、複数のメンバーが交替で書いている。なかなかおもしろいですから、ときどき覗いてください(おまえのはおもしろくないって? いいじゃん、ほかにおもしろいのがあるんだからさ……いかん、だんだんムルに似てきた)。毎回テーマが決められ、今月は「政治・政治家objection」。こんな人に政治家になって欲しい、こんな政治をして欲しい、という思いを書き連ねようというわけだ。

 ついさっきアップした私のコラムのタイトルは「リーダーシップもカリスマ性もいらない。私が政治家に望むことは……」。え? タイトル見ただけで内容はだいたいわかるから、わざわざ読まんでもいいって? 喜んでいいのか、ガックリした方がいいのか。ま、冒頭の部分だけコピーしておきまする。

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『広辞苑』を見ると、政治とは「人間集団における秩序の形成と解体をめぐって、人が他者に対して、また他者と共におこなう営み」で、「主として国家の統治作用をさす」らしい。ついでに統治というのは、「主権者が国土および人民を支配すること」であるそうな。私は国家嫌いで、統治とか統制という概念も大の苦手だから、こんな定義を読むといっぺんに「政治」アレルギーになりそうだ。

 もっとも、この広辞苑の定義はどちらも少々変ではある。政治というのは人間が集団で生活するときに必要なものだということは確かだが、秩序がどうこうという問題とは(問題によってそういう面は出てくるにしても)直接関係ないし、ましてや国家の統治作用なんぞであるはずはない。統治の方も――生きた概念としては消滅して、歴史用語の中で使われるようになればいい、と思っているからとやかく言う気はないが、日本をはじめとする民主主義国家の場合、主権者は国民ですよねぇ? 国民が人民を支配するって、どうやるのサ。

 まあ、広辞苑にイチャモン付けていても仕方ない。本題に入ろう。

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 続きを読んでやろうという奇特な方かもしおられたら(いるんか、そんな人)、こちらへどうぞ。

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 私が戸倉多香子さんを応援しているのは、彼女が私が「政治家というのはこういうものだろ」と思っている像に近く、私の「政治に対する願い」を理解してくれる人ではないか、と思うからだ。「官」はいらない、「吏」が欲しい。誠実で、国民に恥をかかせない有能な「吏」が。(この辺の話はUTSコラムをどうぞ←さりげなく?宣伝)

 

 

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久しぶりの寝言

2007-07-21 23:59:04 | 箸休め的無駄話

 慌ただしい出張から戻り、10時前からちびちび飲み始めて既に酩酊寸前(下戸なのである。酒代がかからなくてよいのだ、というのは下戸の負け惜しみ)。私はいい加減な人間で、仕事の経費の記録も本の整理も家の片付けも、「忙しいから後回し」などと言ってさぼっているうちにそのままになったりする。ブログも同じことで、ほったらかしにしていると自分がネット上でブログなどやっていたことも忘れてしまいそうになってきた(笑)。大したブログじゃない、たかが個人の寝言だから忘れっぱなしでも全然かまわないのだけれど、酔ったついでにたまには書こう……。

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 なぜか自分でもよくわからないが、超多忙な日々が続くまま7月も下旬。自宅で寝てない日のほうがずっと多かったのではないか。……という感じでしょうもなくあくせく暮らしているうちに、いつのまにか(という感覚で)参院選の投票日も間近に迫ってきた。掲示板に、「日本人に生まれてよかった」(日本に生まれてよかった、だったかな)などと麗々しく書いたポスターが貼ってあり、通るたびに目に入って、そのつど反吐が出そうになる。卑しい人間が「美しい国」と語り、それに対する阿諛が蔓延する。

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 つい先日、宮本顕治が死んだ。98歳であったという。訃報に接した瞬間の感想は、変な言い方だが――「あっ、ミヤケンは生きていたんだ」。彼が引退――というのだろうか、政治の表舞台から退いて久しかったのだ。

 私が10代半ばの子供のころ、彼はたしか共産党の委員長だった。もしかすると議長になっていたかな? いや、多分委員長だったはずだ。ともかく共産党のトップであることは間違いなく、その肩書きでの発言も少しは目や耳をかすめていたはずなのだが、それよりも私にとっての宮本顕治は、むしろ文芸評論家というのか文学研究者というのか……ともかくそういう匂いが濃かったように思う。それは多分、著作のうち一番最初に読んだのが『「敗北」の文学』だったせいだ。半世紀余りの間に無数の評論家や研究者によって馬に食わせるほど書かれた(その多くは消えてしまったのだろうが……)文芸評論のなかで、出色のもののひとつだと今でも思う。

 その後、社会思想系の論文なども少し読んだけれども、まだ私の中で「ミヤケン」は共産党の元議長というより、マルキシストとしての視点から文学を論じた論客、あるいは小説というものの力と怖さを知っていたマルキシスト、と呼んだほうがしっくりする。……宮本百合子との往復書簡を読み直したくなった。その前に『「敗北」の文学』読み直す方が先かな。

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 戸倉多香子さんを応援しています。

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トカゲの尻尾

2007-07-04 23:50:18 | 現政権を忌避する/政治家・政党

 過疎ブログへようこそ(笑)。TBくださった皆さん、ほんとうにありがとうございます。ハードボイルド気取って生きてはおりまするが、やはりほんまのところは心弱い人間、仲間がいるみたいだなという感覚はひそかに泣けるほど嬉しい。

 7月に入ったら少しは一息つけるかと思っていたのだが……なぜか貧乏ヒマ無し状態が続きっぱなしである。むしろなぜか自分でもわからないが公私ともにせわしなさに加速度ついてきた雰囲気すらあり、生活に追われてホント息切れしそう。早死にするのかなあ(実のところ、もう夭折なんていう年じゃあないけど)……そう言えばうちはどちらかというと早死にの家系だったりするのだ。とほほほほ。あ、香典くれとは言いませんのでご心配なく。

 新聞も朝刊と夕刊を一緒に読む、それもうっかりすると摘み読みで、まともに読むのは2日分一緒になどというていたらく。テレビは全く観ていないし(もともとあまり観る習慣がないのだけれども)、ネットにつないでいる時間もあまりなかったりする。

 愚痴はこの辺で……生きている証拠にちょっとだけ本日のメモ。

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 トカゲの尻尾がひとつ切れた。そう……久間防衛相の辞任、である。原爆投下について「しょうがない」などと、ギョッとするようなことをのたもうた大臣が辞任した。

 もちろん「(辞任は)当然すぎるほど当然」と思っているのだが、もうひとつの感想が――「あ、トカゲの尻尾」なのである。久間防衛相は、こういうのが大臣だなんて、恥ずかしくてご先祖さまに顔向けできへんで、というぐらいの御仁だったのは確か。しかし、だからといって他の閣僚が恥ずかしくないわけではない。久間防衛相より小池防衛相のほうが良いとか悪いとか、そういう問題でも、無論ない。久間防衛相(あ、元防衛相と言うべきですね正確には)のトンデモ発言は、彼が個人的にしょーもない人間だったから出て来たわけではなく、彼が棲む世界(安倍政権と言ってもいいし、今の日本の権力者達の集団と言ってもいい)がトンデモナイ世界だから出て来ただけだ。決して「久間章生」なる個人が特別に、あるいは例外的に「悪い奴」だったわけじゃあない(いや、むろんろくでもない男だと思いますがね)。

 腐りきっているから……だから腐った言葉が、そこに所属する人間の口をついてシレッと出てくるのだ。彼は殊勝ぶって辞任したけれども、自分が悪いことをしたなどとはほんのちょっとも思っていないはずである。運が悪かったんだよなぁ、参院選も近いもんだから貧乏くじ引いたよな、と肩をすくめているはずだ。

 昔っから、トカゲの尻尾切りというのはよくある話。尻尾を切ることで、悪いのは彼だけですよ、ほかの人間はみんな真面目なんですよと見せかける図柄も嫌になるほど繰り返されてきたことだ。安倍政権もけっこう毅然としているね、潔癖なんだね、みたいな雰囲気が醸し出されるのが、実は私は一番怖い。ひとりのクビさえ切れば、後の全員は手が白いように思わせる心理的なマジック。

 本当を言うと――ちょっと変な話かも知れないが、私は「問題発言」する閣僚には居座ってもらって、「本音」を垂れ流して欲しいと思っている。醜悪さを徹底的に見せて欲しいと思っている。その意味で、久間防衛相の辞任はいかにも惜しい。

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 副都知事の話ほか、もやもやと頭を掻き乱していることはいくらでもあるが、それはまた、少し落ち着いてから――。日々の情報を追いかけ、日々の事件にそのつど反応するよりも、今は自分の基本の部分を確かめておくのが精一杯であり、半ばヤケクソで、それもまた大切ではないかと思ったりもしている……。 

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