撮り旅・ヨーロッパ

ハンガリーを拠点にカメラ片手に古い教会を主に写真撮影の旅を楽しみ、そこで拾った生活、文化情報を紹介します。

セーケシュフェヘールヴァールの教会

2013-03-03 16:26:20 | 海外生活

<ロケーションの紹介>

 Székesfehérvár (セーケシュフェヘールヴァール)は、ブダペストより南西60km(高速道路M7)

 離れたところに位置し、9世紀末頃よりハンガリー王朝を開いたアルパード大首長がこの地に陣地

 を構え、君主ゲーザ(972-997)公国の時代に彼等王侯の住居とし、その後、イシュトヴァーン1世

 が大聖堂を作って、11世紀~16世紀には33人の歴代王の玉座(戴冠)と埋葬される地となった。

 ハンガリー建国の歴史上、最も古く、重要な役割を果たしてきた町であった。

 ちなみに、舌を噛みそうな長たらしいセーケシュフェヘールヴァールという名前は、ハンガリー語で

 白い城(Fehérvár)=ハンガリーの城、 玉座(Székes)=戴冠 という意味で歴史そのものの地名で

 ある。 

 城壁に囲まれた旧市街の中に、町の歴史がすべて詰まっており教会も多くあるが、16世紀のオスマン・

 トルコの来襲により、壊滅状態になり古い建物は瓦礫と化し、1930年より発掘工事が続けられ、今は

 遺跡公園と呼ばれている。

 現在、人口は102,000人で国内9番目の大きさで、工業都市に生まれ変わっている。

 

市庁舎広場(向こうに見えるバジリカはシトー派の教会(1750年頃建立)

旧市街通りとイシュトヴァーン教会(手前)、その先に見えるのが聖イムレ教会(1750年頃創設)

 

 

 遺跡公園            旧市街通りと向こうがKarmelita教会(18世紀初に創設)

 

 

 

 <九十番札所; 聖イシュトヴァーン大聖堂>

   教会は1470年に建立されたが、オスマン・トルコ軍の攻撃により崩壊してしまった。

  1759~1778年にマルチン・グラブナーの設計で、バロック様式で再建された。

  内陣はオーストリア帝国女帝マリア・テレージアの援助によって1774年に完成する。

  地下霊廟には、王ベラ3世とその妻の遺体が赤い大理石の棺に納められている。

 

 教会西門                  二つの塔に挟まれた聖者像

 

 

 教会正面                 教会の祭壇(裏)側外観

 

 

 教会北側壁にある木製十字架は、ハンガリー動乱の

 殉死者に捧げたもので、古い歴史のものではない。       内陣祭壇側

 

 

 内陣天井のフレスコ画はJohannes Cymbal の作。      教会入口側

 

 

 <九十一番札所; 聖アンナ礼拝堂>

   礼拝堂は1470年頃にゴシック様式で建てられ、旧市街の中で最も古い建造物と云われている。

   単内陣の中には、150年間のトルコ軍占領時代を通して残ったフレスコ画の一部が保存されて

   いるらしい。 但し、公開されていることが少なく、見たことがない。 (いつの日にはと期待する次第)

 

 聖イシュトヴァーン大聖堂の隣に佇む質素な礼拝堂

 

 

 聖アンナが見つめる先は?     正面入口門

 

 

 Székeshérvár の教会はこれでお終い!