「老人タイムス」私説

昭和の一ケタ世代も高齢になりました。この世代が現在の世相をどう見て、考えているかーそのひとり言。

数え日 年の瀬 納めの不動

2018-12-28 05:06:05 | 2012・1・1

数え日という言い方があった。新しい年まであと幾日、昔の人の年の瀬に当たっての気持ちがよく現れている。子供たちにとっては”もう幾つ寝るとお正月”(滝廉太郎作曲 「お正月」)がこの時季で,凧上げしたり、追い羽根を夢見たりしたものだ。しかし、この年の瀬、数え日の風景が、僕の住んでいる東京から消えて久しい。

平成最後の”納の不動”へ老妻が今日、目黒の不動尊へ「災」の一年を納め、転じて来る年の「幸」を祈願に出かけて来た。このところ、わが家では毎年”納の不動”の参拝が終わってから正月の準備が始まる。といっても、障子の貼りかえをするわけではなく、餅つきをするわけではない。夫婦二人だけのオセチ料理の僅かな材料を買い、小さな松飾を買うだけだが。

半七捕物帳の作家、岡本綺堂が明治25年頃、3年間、住んでいた銀座界隈の年の瀬風景の随筆を読んだことがあるが、銀座八丁には夜店が出て大変ににぎやかであった。僕が子供だった昭和10年代でも戦争が激化するまでは、東京には独特の年の瀬があった。歳末大売り出しの籤引一等大当たりをつげる、ガラガラとした鈴の音。チンドン屋のジンタ、それに混じって救世軍の”信ずるものは”の歌声と社会鍋のラッパ。

東京では年の瀬、29日には”九(苦】餅”だから、餅を搗くな”とか、大晦日に松飾りするのは一夜飾りだからするな”といったジンクスがあったが、今やそれを知る人も少なくなってきた。歳の流れを感じる。