Are Core Hire Hare ~アレコレヒレハレ~

自作のweb漫画、長編小説、音楽、随想、米ラジオ番組『Coast to Coast AM』の紹介など

010-新曲発表

2012-09-23 21:03:00 | 伝承軌道上の恋の歌

 そして、その日が来た。アノンとの約束の日。アノンが僕の周知活動を手伝う日。それはあれから一週間後の週末。いつもの場所に立つ僕はショーウィンドウに張り付いてガラスの後ろのマネキンと一緒になって、人の波の向こうに霞むスクランブル交差点を眺めていた。こんな時に周知活動なんてできる訳がないのは分かってた。何を思ってアノンはこんな時を選んだんだろう。
「…はあ」と僕は思わず溜息をついた。
 そのくらいすごい人の波だったから。世界の危機がここに迫ってる訳じゃないし、年に一度の巡礼の日に集う異教徒でなければありえない量の人がごった返してる。
 しかし、今日はちょっと雰囲気がおかしい。普通じゃないのが普通のここの週末でも、視界をかすめる何かがそう感じさせる。人が多いのはいつものことだとしても…そういえば側道にコンテナをステージに作り替えた大きなトレーラーが停まっていてそのすぐわきの広場には妙な人種が集まっているのが見えた。色とりどりに癖のついた髪に鮮やかな衣装…その風貌が一定の方向におかしくて、どうも引っかかる。そうだ、あれは…
「…あそこにアノンはいないよ?」
 耳の側で急に声がした。
「わっ」
 思わず声の方を見ると、マキーナ…いや、マキーナに扮したアノンがいた。
「ごめん、驚いた?」
 アノンはきょとんとしてる。近未来風のエナメル生地の白と青の派手な衣装に、頬に書きこまれた回路のようなメイク、ピンク色の髪。
「お前なんて格好で…それじゃ周知活動はできないだろ?」
 周りを見渡すと、行き交う人達の視線が僕達に集まっているのがよく分かる。それも含めてアノンにとっては普通か。
「そう?目を惹いてちょうどいいじゃん?あんまり見つかりたくないのもいるけどさ」
「じゃあ、あそこで慌ててるのは…」
 僕はさっきの集団のいる方を指さした。
「そう。スフィアのみんな。あはは、よく気づかないね」
 無理もない。僕達までの間に何重にも人の波がある。
「お前、このためにこの日を選んだな…」と恨めしげにアノンを見ても
「待ちに待ったマキーナとスフィアのコラボなんだ。ホント夢みたい…」と彼女は一人でうっとりしてる。
「…あのな…そもそも…」
「待って、そろそろ始まる」
 アノンはビルにかかった巨大液晶スクリーンを見上げた。ちょうど前と同じようにその映像を大きな瞳に映りこませるように少し見開きながら。彼女がそうするからシルシもつられるように視線を追って見上げる。
 ホワイトアウトした画面にSEと同時に浮かび上がってきた文字は『第5類2科統合情報解決型アイドロイド:デウ・エクス・マキーナMS-02』
 そしてそこに映し出された光景だ。SF映画で見たことあるような一面の白い壁に囲まれたやたらと広い実験室の真ん中に楕円形のカプセルが置いてある。白いカプセルは上半分が流線型にかたどった透明なガラスでできているが、光が反射して中が見えない。スクエア波長の分散コードが変化していくイントロが流れる中、カメラが俯瞰からズームしていくと、白く反射するガラスの隙間から、一瞬、まだあどけなさが残る少女の寝顔が見える。そして、ゆっくりとカプセルの『蓋』が開くと、画面はスライドしていく。滑らかなつま先、足、指先、手、腕、そしてピンク色の髪を先から辿ると、それはマキーナの顔だった。長いまつげが一瞬動くと大きな深い緑色の瞳がそこから覗いた。滑らかなコンピュータ・グラフィックは生々しさを感じさせない。ゆっくりと起き上がると腕や背中、頭に接続された無数のコードが何か生き物の触手のように彼女にまとわりながら伸びた。-----それから電子音の波長が合成した歌声が流れる。それは不思議な手触りがあった。記憶までは辿り着かない、既視感と結びついた不確かな感触だけがまとわりつく。



 病室。白いベッドに横たわる少女。この子は、ヤエコだ。妹のヤエコ。窓からの日の光が光の矢になって照らす。ヤエコは窓の外を見ている。それはひどく抽象的な空間で、ヤエコ以外は全体が白くにじんでうまく像を結ばない。
 それは事故が起こるより前の彼女の姿だ。水玉模様のパジャマ姿。袖の先に見える素肌。その手の甲からは幾つかの管や線が伸びている。痛々しさは感じない。それが彼女の命をつなぎとめてくれているのを知っていたから。そんな姿でも長い髪はちゃんと結わえてある。彼女の唯一の楽しみだったから、いつも僕は乞われるままにそうしてやっていた。ヤエコは決まってあの歌を歌っていた。『ヤエコの歌』を。
 その旋律を支点にしてまた目の前の現実に場面が反転する。なんてことだ。ヤエコの歌が今流れている。古代神殿のように交差点を見下ろすビルの巨大スクリーンから。僕はまるでその場で金縛りにあったまま立ち尽くす。あのスクリーンで女の子が歌う歌が自分の知っている曲だとして、その曲より他のどんな曲が流れてたとしても僕は驚かない。でも、それがヤエコの歌だった時には…僕は呆然としてただスクリーンを見つめていた。
 その人工の電子アイドルは透明なカプセルに半身を起き上がらせたまま静かに目を開いた。大きな瞳いっぱいに光の情報が導線を伝うように走る。


「…これは…」
 僕は半分自分を失っていた。
「マキーナの物語。マキーナはアンドロイド。マキーナには元型がいた。それは彼女を作った人の妹。彼は亡き家族の面影を人の形をした機械に求めた」
 アノンの声はまるで海の底から聞いてるみたいにくぐもって聞こえた。
一方、スクリーンでは病衣姿の女の子が映る。その姿は包帯にぐるぐる巻きになって、片目と口だけが覗いていた。それでもアンドロイドの少女、マキーナによく似てるのが伝わる。彼女がつないだ右手の先に同じように立ってこっちを見るマキーナがいた。
「それは交通事故だったの」
 アノンは見上げた視線をゆっくりと僕に向けた。僕を見つめるのは心を奪われたような彼女の瞳だった。
「このスフィアのオリジネイターを私は知りたいと思ってる。オリジネイターと噂される人もいる。名前はイナギ。でも私は違うと感じてる。ただ、そう感じるの。オリジナルのレイヤーはもっと深くにある。それを私は知りたい…だから教えて。事故のことって本当?マキーナはヤエコさんを端末化…投影したもの。違う?」
 僕はただ黙っていた。その間アノンは視線を外さない。
「違う。違うさ…」
---真相は君が思ってるのとはまるで違う。ただ、僕にとってはそれがもっと問題なんだ。これがただの偶然ではないのだとしたら。僕はそう心の中で言った。

…つづき

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