とあるデパートの最上階は八階、神殿のような広い中央階段を上りきった先の重たい扉が開く。『カプセル』と呼ばれてる箱でデウ・エクス・マキーナの新曲発表を祝うイベント『管理-kanri-』に僕とアキラはいた。
「せんぱーい、こっちです」
女の子が呼ぶ声がする。向こうから手を降るのは、天使の羽の生えたメイド服姿のマキーナだ。僕がやり過ごそうとすると、
「もう先輩って素直じゃないんだから!」
いきなりその女の子は僕の腕にすがってくる。
「トト…随分地味な普段着だな」
こいつはトト。アキラと同じ夜間の専門学校のクラスメイトだ。彼女もアキラも同じマキーナではあるけど、髪型とメイク以外は特に決まりはないらしい。
「こういうの興味あるならそう言ってくださいよ、いつでも付き合うのに」
身体の小さいトトが僕の腕にぶら下がるようにすがってくる。
「トトちゃん、蝉としては早すぎる羽化だよっ!」
アキラが引きはがそうとするけど、
「私は常夏ですっ」とトトは離れない。
「アキラ、こいつか。ここに来ようと言い出したのは?」
腕にすがるトトを僕は指さす。
「…そういうことになるね。トトちゃんなら何か知ってるかと思ってさ」
トトは趣味のコスプレが高じてバイトもその手のウェイトレスをやっていた。この手のジャンルにはやたらと詳しくて普段の付き合いもその手の連中が多いようだった。
「…で、どういう魂胆なんだよ?」
「…ふふん、まあ見ててください」そう言ってトトは不敵に笑う。
と、ステージ上のスクリーンに光が灯った。そして。皆が顔の色を一様に染めたその映像を僕は知っていた。この音楽。この映像。僕が昼間にアノンと一緒に見上げた光景に違いない。『伝承軌道上の恋の歌』がこの歌の名。思わず鳥肌が立つ。嘘だ。これはあのCGのアンドロイドの歌じゃない、ましてや新曲じゃない。これはヤエコの歌だ。
「…シルシ君?」
戸惑っている僕の横顔を見てアキラは全てを察したようだった。
「…アキラ…」僕がつぶやくと
「…うん。分かったよ」
アキラは僕の手を握った。
アイドロイド、マキーナの姿。周りが大きな歓声に包まれる。彼らにとって今日は革命の記念日なんだろう。そうだ。アノンは?このアンドロイドの女の子たちの中に彼女はいるはずだ。ただ、探そうにも辺り一面マキーナばかりでとても見つかりそうにない。せめて何か僕の探している答えのわずかばかりのヒントでも見つけなければ。
「あ、モノくん」
会場に響きわたる音楽に分け入ってトトが叫ぶ。その先には片側の髪だけをアンバランスに伸ばして口にピアスをした優男が立っていた。
「お、どうしたのトト?」
想像通りの気だるそうな声だ。
「モノくんのスフィアのこと知りたいって人連れてきたんだ。先輩、この人がマキーナのスフィアのアソシエイトやってるモノくんです」
「…や、やあ」
多少、気後れしながらも僕達があいさつをすると
「ああ、あんたがあの…」とモノは夢見てるみたいな気の抜けた声で笑う。
「あれ、もしかしてお知り合いなんですか?」とトトが僕に聞く。
「いや?」
「…俺達の間でちょっと有名人なんだ。一人で端末化してスフィアしてるんでしょ?」
「何の話だ?」
スフィアは分かるとして、僕が一人で?端末化?何のことだ?
「いいんだ。イナギだって最初はきっと同じだよ。他のスフィアのオリジネイターだって…でも、面白い解釈だよ。はっきりいって今まで俺達のスフィア、デウ・エク・マキーナは閉じた世界の中にただ存在していただけだった。どんなにスフィア化してもそれは閉じた世界からリアルへの一方向な作用に過ぎなかった。ところが、あんたはリアルからのアプローチの仕方を提示したんだ。デウ・エクス・マキーナ神話の元型自体をスフィア化するなんて普通考えつかないよ!」
「…モノ…そのスフィアとか、リアルとか神話とか…ちょっと噛み砕いて説明してくれないか?どうやら僕達はお互いにお互いを誤解してるようなんだ」
するとモノは笑う。
「ほら、やっぱりそう来た。オリジネイターなら間違いのない答えの出し方だよ。でも俺はスクランブル交差点でシルシさんがビラ配ってるのを知ってるからさ…」
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