Are Core Hire Hare ~アレコレヒレハレ~

自作のweb漫画、長編小説、音楽、随想、米ラジオ番組『Coast to Coast AM』の紹介など

ヤエコ01-邂逅

2012-12-15 23:59:59 | 伝承軌道上の恋の歌

 彼女と出会ったのは、今から半年ほど前のことだ。私はいつもこの温室にいて月夜に当たる。月光浴。私はそう呼んでいた。この時ばかりはしぼんだ花たちも妖しく照らされて、しずくをぽたっと落とすんだ。ウケイ先生が心の限り取り付けた色々なポンプの音がこの時間でも鳴り止まない。私はここで歌を歌う。そうすると少し怖いこのうす暗い中で自分の心が閉じていって落ち着いていく。この感じが私はたまらなく好きだった。
 ふと、どこからか物音がした。巡回している警備員だろうか?でも、普段ならこの時間はいないはず。もしかしたら、私がここにいるのがばれたのかも知れない。まずいな。そしたらもうこの散歩も楽しめなくなってしまう。またベッドに寝かされて、いつも誰かの目があって、何かにつながれて監視されてる一日に逆戻りだ。
 とにかく身を隠せる場所は…あっちだ。水槽に浸かる植物たちの群れの中から微かに葉のさざめく音がした。
「どなた?どなたかいらっしゃるの?」
 むやみに怖がるくらいならこちらから声をかけてしまおう。きっと相手だって同じ。すると、もう一度かさかさ音がして、
「大丈夫、私どなたにも言いつけたりしませんから、安心なさって」
 そういうと、ようやくプランターの物陰から頭をのぞかせた人がいる。驚いたことに私くらいの女の子だった。
「ここの子供ですか?あなたも月光浴をしに来たの?ここに座って行きませんか?」
 私は笑った。すると女の子は観念したのか私に恐る恐る近づいてきた。斜めから差す月の光にだんだんとその姿が現れた。大きな目と、小さな口。
「お会いしたこと…ありませんよね?」
 それでも女の子は答えない。
「私はヤエコっていいます。よろしく」
 そう言っても不思議そうに首を傾げるだけだ。もしかしたら耳があまりよくないのかも知れない。ここには色々な人がいるそうだから…その時、辺りで大きなホルンの音が二回鳴って夜の二時を告げた。
「あ、そろそろ時間がきてしまいます。早く戻らないと…」
 そう言って私はその子の手を取った。一緒に帰ろうと思ったのだ。
「ほら、こちらです。こちらからなら見つかりません」
 私には皆の病棟まで行く秘密の道があるんだ。彼女を連れていこうとしたT字になった曲がり角で、女の子は急に踵を返して私と逆の方に進もうとした。
「ダメ!」
 私はこの時ばかりは彼女の手を強く引いた。彼女が何を考えているのか分かったから。もしかしたら音が聞こえないのかも知れなかったから、首大きく縦に振る。
「私もね、前に脱出しようとした時があったんですの。でも、ダメでした。もしよろしければ、二人で案を練りません?だから、その時まで…ね?」
 そう言って笑いかけると、女の子にも伝わったのか黙って私についてきた。足音を立てないように進んで、そして私の部屋の前まで辿り着く。
「ごめんなさい。この後はお付き合いできないけれど、ここから先は安心して」
 そういうと彼女は少し名残惜しそうに、私を振り返る。
「あの、良かったらまたここに来てくださらない?明日の同じ時間」
 私は通じてるかどうかも分からない言葉を投げる。すると女の子は一度だけ頷いて、私に背中を見せてそして走って行ってしまった。

…つづき

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