Are Core Hire Hare ~アレコレヒレハレ~

自作のweb漫画、長編小説、音楽、随想、米ラジオ番組『Coast to Coast AM』の紹介など

053-そして研究室へ(後前編4)

2012-11-24 22:21:28 | 伝承軌道上の恋の歌

 そこは異様な空間だ。部屋の中央にある巨大なカプセル状の装置と、そこから伸びているおびただしい数の配線とポンプの類。木が根を張るように部屋の壁につたって伸びている。が、見ているうちに人の肌から浮き出て見える血管にも思えた。有機的な無機質。それはまるで…
「ここはいわば私の個人的なラボだ。もとは薬品などの管理室だったものを、改造したんだ。ここの職員だったものもこの存在を知るものはほとんどいないだろう。地上にある温室はここの存在を隠すためのものだったのだ。さあ入りなさい」
 ウケイ先生に促されるままに僕はアキラの手を引いて、部屋の中に足を踏み入れた。そこはちょうど温室の広さと対応しているようで、さほどの大きさはなかった。もう一度自分を確かめるように周りを見渡す。しかし、ここに抱いた最初の印象はなおさらに強烈に頭の中で繰り返した。
「『伝承軌道上の恋の歌』のPVみたい…」アキラがつぶやく。
 そうだ。確かに今僕たちの前に広がる光景はまさにそれを連想させてしまう。僕を含めて研究所の関係者にすら秘された空間のはずだ。アノンがいつか言ったように『転写』したというのだろうか。しばし立ち尽くしていると、ふと空調だけが響く静寂に混じって微かな気配がした。あたりを見渡す。僕はある一点で目をとめた。それは片隅に顔をうずめてうずくまっている、人の姿だった。女の子に間違いはない。長い髪が身体を這って伸びていた。異様な部屋の中で、そこから逃れようとしているように身じろぎせずに片隅で身を丸めている。ワンピースに見えるのは白い病衣で、光が八方から反射して影すら落とさないせいからまるで幽霊だ。
「…アノン」
 そう僕が声をかけると、女の子はゆっくりと顔を上げる。やっぱりだ。アノンだ。やっと会えた。アノンは僕の顔を確かめると、それまで曇っていた顔が安堵で緩んでいく。別れてから数日なのにその顔はひどくやつれて見える。窪んだ瞳が泣きはらしたように赤くなって周りが腫れていた。それから力なくよろめきながら立ち上がる僕にすがって何事か必死で僕に語りかけようとする。
「どうして逃げ出したり…」
「…あ…あ」
 でも、うめき声のようなかすれた息が漏れるだけで、それは声にならない。
「…アノン、落ち着くんだ」
 僕はアノンの両方の肩を強く握ってアノンをどうにかなだめようとした。
「アノンちゃん、声が出ないんですか?」アキラがウケイ先生に聞く。
「…ああ。心因性のものだ。強いショックを受けたから」
「先生、アノンは一体…!?」
「あ…」
 アノンは何か声にならない声で僕に訴えかけようとしている。その唇は何か短い言葉を繰り返していることに気づいた。
「何が言いたい?アノン」
「…ヨミ…ヨミ、ヨミだな?それでヨミがどうしたんだ、アノン?」
 僕の言葉にアノンは強く頷いた。なおも何かを告げようとするがしかしかすれた空気がわずかに喉から発せられるだけで、はっきりとした音にならない。強く握った僕の腕は急に力を失って目がうつろになってその場に倒れこんでしまった。
「アノン!」
「アノンちゃん!」アキラが叫ぶ。
「…大丈夫、緊張が解けて気を失っただけだ。ここに来てから一睡もしていないようだったから。そこに寝かしてやるといい」
 ウケイ先生はそう言ってここの雰囲気には場違いに佇むベッドを指さした。
「なぜアノンがここに?」
 アノンを横にした僕は背中でウケイ先生に聞いた。罪のないアノンをここまで追い詰めた理不尽さに怒りに近い感情がこみあげてくる。
「彼女だ…彼女のためにだ」 
『彼女』ウケイ先生はそう言いながら、部屋の真中にあるカプセルにふれた。やはりあれは人を入れるための装置に違いない。よく見ると上部には見開きのように透明な部分があるのが分かった。それまで気づかなかったのは、天井からの強い光が反射していたからだ。ウケイ先生は僕達に確かめるように無言で促している。あのPVと同じならそこに眠るのはマキーナのはずだが、この現実では…
 恐る恐る近づいて二人で覗き込む。が、僕たちの顔が表面の形状通りに歪んで映し出されるだけだ。手をかざして光を遮ると一瞬そこには若い女の顔らしきものが覗いた。

…つづき

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