Are Core Hire Hare ~アレコレヒレハレ~

自作のweb漫画、長編小説、音楽、随想、米ラジオ番組『Coast to Coast AM』の紹介など

イナギ11‐最期に

2012-12-27 21:49:06 | 伝承軌道上の恋の歌

 温室の地下、様々な配管が根を生やしたそのすべてが辿り着く先でヨミは今眠っている。その表情は静かでも、ポリリズムに響くポンプの騒がしさこそが彼女の命を紡ぐ鼓動だった。病衣姿の男が傍らに立つ。彼は包帯の先からわずかに覗いた指先だけが感じられる触覚でヨミの眠るカプセルに触れる。ヨミがこうなる前も彼女には一度も触れたことがない。今ここにある自分とヨミを考えると、一方的な感情をただヨミにぶつけるだけだったあの頃を象徴的に表しているようにも思えた。
  と、後ろで空圧が抜ける音がして重い扉がゆっくりと開いた。
「…うまくいったな、イナギ」
 ウケイの声がした。
「そうなんでしょうか…」
 イナギの深い眼差しはただ死んだように横たわっているヨミの顔に向けられている。
「これでアノンもシルシも救うことができる」
「どのくらいかかるんでしょう?」
「分からない。が、それまでは私の命も長らえていられるわけさ」
 それから長い沈黙があった。ヨミがここ以外で命を長らえる術を持たないという絶望をイナギは改めて思う。一体いつまでヨミは運命に抗っていられるのだろう?大人達のせいでヨミがここの闇に触れてしまったばかりに『地上』で治す術すら失ってしまったんだ。
「…先生、どうか僕の身体をヨミに」
 イナギがまるで罪を告白する時みたいに言うと
「駄目だ。ヨミの目が覚める時までは君には生きてもらう」とウケイは言下に拒んだ。
分厚いガラスを隔てたお互いの距離は多分ヨミがこうなる前の方ががずっと遠かったようにイナギは感じた。ふとウケイが腕時計を覗く。
「シルシたちと会うかい?これから約束してるんだ」
「いえ、やめておきます。それの方が都合がいい」
「それでこそ伝承は語り継がれるというわけだ」
 しかしイナギは答えなかった。
「…これから君はどうするかね」
「ヨミがいつか目覚めるまではここで待たせてください」
「…ああ、分かった」
 ウケイは踵を返すと再び思い扉を開こうとしてふいに立ち止まる。
「あっ、そうだそうだ」とウケイはボサボサの頭をかきながら振り返った。
「イナギ、君はどこからあの歌を知ったんだ?あのアノンの歌った新曲さ。えっと、確か『名のない少女に名づける歌』だったか…ヨミも知らなかったはずだ」
 ウケイはイナギの背中に聞いた。
「ああ、見つけたんですよ。ただの偶然だけど」イナギはそう言って少し笑った。

…つづき

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