夢と希望と

そして力と意志と覚悟があるなら、きっと何でも出来る。

ダリフラ。

2018-03-26 | 中身
 ダーリン・イン・ザ・フランキスが想定以上に面白くなっていて素敵な事です。
 主要5組の中に、まさか2人もガチの同性愛者がいたとは。知った上で改めて過去回を見返すと、きちんと納得のいく描写がされていますし、今後の展開にも期待が持てます。
 まぁ基本的に、イチゴの可愛さを眺めるアニメですけれどもね(
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

世界で最も醜いものの一つ。

2018-03-16 | 中身
 私は醜いものが嫌いです。その中でも醜さを恥じる事なく開き直る輩は最悪に醜いと認識しています。
 とはいえここが私の性質なのですけれども、嫌いなものを自己の領域外に遠ざけようとは考えません。むしろ、その逆。

 一例を挙げるなら、私は小学生の頃、毎年複数のカマキリを飼育していました。
 カマキリというのは私の最も嫌いな昆虫です。それをどうして飼育などするのか。理由は極めて単純明快で、
「嫌いであるからこそ、その生態を掌握したい」
 からです。
 カマキリという昆虫がどのような身体能力を持ちどのような所作が可能で、どのような行動様式により動くのか。それを熟知した上で、どう対処すれば制圧が可能で、どこをどのように潰せば速やかに死に至らしめる事ができるのか。座学では限界がありますから、実際に飼育し観察し触れて殺すのが一番なのです。
 私にとって嫌悪は嫌悪であって恐怖とは異なります。嫌悪する対象であればこそ積極的に接触し熟知し、闘争に際して後れを取らないようにしなければならないと考えています。

 そのような前提もあって、私は自分と異なる思想信条の相手と対話を行う事を好みます。
 相手の意見に筋が通ったものであれば、共感はしませんが理解する事は可能です。より多くの思想信条を生のデータとして理解し把握しておく事は、知的好奇心をおおいに満たしてくれます。
 私の友人達はそのほぼ全てが、私とまるで異なる思想信条の持ち主である事も、おそらくそのような理由によるものです。思想信条の差違はあくまでも差違であって優劣ではなく、その人なりの筋が通っていて敬意に値する人物であるのなら、私は相応の接し方をするという事です。


 さて、以上が今回の前置きです。
 私が世界で最も醜いと断じるものの一つが「信者」という輩です。彼等に論理的整合性はなく、信奉対象を盲目的に肯定する事を目的として持論らしき戯言を組み上げます。己の頭で判断する事を放棄した存在であり、既に知的生命体とは呼べないとさえ認識しています。

 信者にも色々な信者がいますけれども、私の知り合いに一人の自民党信者がいました。
 およそ1年前、マスコミと会食を繰り返し有形無形の圧力で縛ろうとする安倍政権に関する話題では
「別に良いんじゃない。野党もやれば良いでしょ」
と放言なさいました。
悔しかったらそっちもやれば良い的な、極めて不見識な言葉です。彼女は私とは思想信条は異なれど、極めて高い知識と見識を持つ人であると考えていたのですけれども、この発言によりそれは私の買い被りに過ぎなかったと認識を改めました。悔しいとかそういう問題ではなく為政者としての資質の話であり、そもそも政権与党がやる事が問題なのだという事実から目を逸らす、まさに信者の言動だからです。

 更にほぼ同時期、森友学園問題に関して私を
「貴女も大概ダボハゼねえ」
と称し、
「あたしは、洞穴やレコード相手に演説する趣味はないの」
と仰いました。確かに私の意志と論陣は、彼女が打ち崩す事は困難な程度に強靱なものですが、こちらから対話を拒んだ事はありませんのに。要するに「あたしの大好きな安倍総理を批判するなんてとんでもない、そんな非国民と話す事なんてない」という事なのでしょう。まさに安倍信者であり自民党信者の鑑、知的な見識など欠片も持ち合わせていない見下げ果てた言動でした。

 そんな安倍信者であり自民党教徒さんは、公文書改竄さえ「別に良いんじゃない。野党もやれば良いでしょ」と仰るのでしょうかねぇ。
 公文書とは国家の歴史であり礎、これを好き放題に改竄するなど民主主義の破壊であると同時に諸外国からの信頼をも地に落とす行為の筈ですけれども……狂信者には異なって認識されているのでしょうし、狂信者という存在のデータにはおおいに興味関心があります。
 まぁ、私が掌握している彼女の行動データから推察すれば
「何言っても無駄よ。あたしは、遊び相手は選ぶの」
 とか仰って逃げを打つのでしょう。
 勝てない相手とは闘わない、それはそれでクレバーな行為ではあります。彼女は闘う事そのものに愉悦を見出せない惰弱な気質である事も、とうの昔に存じ上げています。とても残念な事ではありますけれども。
コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

反吐が出るシステム。

2018-03-13 | 中身
 内閣人事局というのは、内閣が官僚に対する人事を掌握、つまり生殺与奪を自在とする事で、敢えて官僚に具体的に指示せずとも忠実な犬へと躾ける仕組みです。申し上げるまでもなく公務員というものは本来国民全体に対する奉仕者であるべき存在ですが、これを政府権力者に対する奉仕者へと作り替えるシステムと言えます。
 こんなシステムは権力者が公明正大清廉潔白であり続ける事を前提にしたもので、有り体に申し上げるなら欠陥品です。何故ならば、これまで幾度も幾度も私が申し上げてきたように、そして人類の歴史が証明しているように、あらゆる権力者は権力を握ったその瞬間から腐り始めるからに他なりません。
 腐った権力者と、それに忖度し続ける官僚。それが今現在の日本の姿であり、民主主義国家としては既に破綻していると断言できてしまいます。
 
 大半の日本人というのは強きに諂い弱きを踏みつけ、出る杭を寄って集って打つ気質であり、お上に逆らう事を極度に恐れ平身低頭する事を自ら望む家畜です。隙あらば即座に腐り果てる権力機構を冷徹に監視し続ける事を求められる、民主主義国家の市民としての資質など、そもそも彼等は持ち合わせていないと私は認識しています。
 そういう飼育される事を自ら望む愚劣で下劣な唾棄すべき豚が理想とするのは、要するに中国のような政治システムなのでしょう。
 習近平も安倍晋三も己の任期を延長しました。
 任期制限というものは、権力は続けば必ず腐り果てるものだという人類の教訓から設けられていたものですのにね。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする