夢と希望と

そして力と意志と覚悟があるなら、きっと何でも出来る。

真夏の夜の怪力乱神。

2014-08-16 | 中身
 ちらりちらりと迎え火が揺らめく盆の入りの夜の事。
 私は友人宅でアナと雪の女王のブルーレイなどを見せられ、部屋にいたネザーランドドワーフを愛でる事でなんとか欠伸を噛み殺しつつ義理を果たしていました。失敗に真正面から向き合わず、つまらない誤魔化しでその場しのぎを行い、しかも姉妹揃って愚劣な上に脆弱かつ惰弱。あんな阿呆達の物語では共感も感動も私には到底不可能というもの。根本が腐っている以上はどうせまた似たようなトラブルを招くのですから、まとめてさっさとくたばるのが王族としてのせめてもの責務というものでしょう……等という感想を述べましたら、それはもう非論理的に喚き散らされてしまいました。要約すれば「この物語の良さが判らないなら温かい血は流れていない」というような事らしいのですけれども、阿呆に共感する事が温かい血が流れているという事であるなら、私は別に血の温度に価値は見出しません。

 そんなこんなで夜も更け、草木も眠る丑三つ時近く、同席していたもう一人の友人と帰路につきました。
 私以外は映画を鑑賞しながらかなりお酒を飲んでいましたから、足下がふらついています。わざわざ己の五体を酔わせてまともでない状態にする事が、そもそも私の流儀ではありません。とはいえ友人には友人の流儀というモノがありますから干渉するものでもありません。好きに飲み、喰らい、誰もがそうであるようにいつか死ねばよろしい。いかに私が酷薄無類であっても対象が友人であるなら、酔っ払いを家まで送り届けて差し上げる程度の事はするという訳です。
 ゆらりゆらりと覚束ない足取りの友人ですが、いつか述べたように私は肩を貸すとか腕を組んで歩くとか、そういった行為は苦手ですので、もしもすっ転んだ時には支えられる程度の間合いを維持しつつ傍を歩きます。
 夏の夜の大気はそれはそれはじっとりと蒸し暑く、まるで肌に絡み付くかのよう。さっさと帰宅してシャワーを浴びて眠りたいものだと考えていました。私にとって快適な冷房温度は摂氏23度なのですけれども、これは大抵の女性にとっては冷え過ぎとされる領域。当然の事ながら友人宅でも冷房は27度などという設定がなされていまして、それもまた居心地の悪さに拍車をかけていたのですね。

 こういう理由で可及的速やかに帰宅したかった私の腕に、不意に友人がしがみつきました。
 そういう事を私が好まない、という程度の事は知っている筈の相手がしがみついてくるからには、相応の理由がある筈。その推論は容易ですから、私とて無下に振り払ったりは致しません。転びかけたという様子でもありませんし、顔を覗き込むと……真っ白です。念の為に申し上げておくなら、のっぺらぼうという意味ではなく、顔面蒼白。つい先程まで締まりの無い笑顔でふわふわしていましたのに、目を伏せ、かちかちと歯を鳴らしている体たらく。明らかに何かに怯えています。
 どうしたの、と尋ねても首を振るばかり。私は足を止め、もう一度同じ問いを発します。
 その場を早く離れたいという意志が、しがみついた友人の腕から伝わって来ます。それならば私から離れて一人で歩くなり走るなりすれば良さそうなモノですが、どうやら恐怖がより勝るようです。絞り出すような小さな声で、こう告げてきました。
「あそこの道ばたにね、幽霊がいる。手招きして、あの世に誘ってる。絶対に見ちゃダメ、早く此処を離れよう」
 痛い程に私の右腕を両手で掴み、痙攣に近く震えながら歩き出そうとします。
 が、しかし。
 そんな面白い事を、私が見逃す道理はありません。この世界に神仏やら霊魂というモノがもしも実在するのなら、是非一度見てみたいと常々考えているこの私です。幼少期より古今東西大小を問わず寺社仏閣の類いに冒涜と乱暴狼藉の限りを尽くし、天罰を待ちわびたりもしたものです。恐山から廃屋系まで心霊スポットに足を運び、結局なんら不思議な出来事には遭遇せずがっかりしていたのです。霊能力があると自称する人達とは徹底的に言葉を交わし、そのいずれも論理的整合性に欠ける上に誰も私の前に霊的事象を顕す事が出来ない有様で、困っていたのです。
 それが今、あの世に手招きする幽霊とやらがすぐ傍にいるというのですから、それはもう興味深く嬉しい限り。友人が示す先にぐるりと方向転換し、まずはじっくりと観察開始。
 すると……想定したような人型の何かは、見当たりません。しかし確かに道ばたに、黒く蠢く何かがありました。
 大きな樹の下で、わさわさと蠢くそれは、なるほど人間の掌のようにも見えます。掌だけが地面から生えて、まるで手招きしているように。
 友人は、己の忠告をあっさり無視された憤りか、或いは単なる恐怖なのか、全身を硬直させたまま声も出さず、ただ私を睨みつけてきます。とはいえ、所詮酔っ払い。基礎体力でも劣る上に酔ってまともではない身体状況では、私の邪魔など不可能です。勝手にしがみつかせたまま、その何かへと歩み寄りました。
 怪力乱神上等。今度という今度こそ既知の外のモノであって欲しいもの。もしも霊魂やら死後の世界などが存在し、それがこの世界に物理的影響を及ぼし得るのだとしたら、それはそれで面白い。是非とも闘って勝つか負けるかして、生きるか死ぬかしてみたいですから。
 距離にして、蠢くものまでは10歩を数える程度でした。
 3歩で私は半ば失望し、10歩を終える時には、心底がっかりした顔になっていたと思います。
 黒く蠢く掌のようなもの、その正体はなんという事はない、二匹の大きなカブトムシが絡み合っただけの代物だったのです。おそらく傍らの樹からでも喧嘩して落ちたのでしょう。二匹の角と脚が絶妙に蠢く事で、たまたま遠目には人間の掌のように見える角度が存在した、というだけ。角を掴んで持ち上げて、友人の眼前に晒してやりました。ほら、幽霊とやらはただのカブトムシだよ、と。だから別に怖がる必要なんてない、と。
 ところが一度怯えた人間というのは頭の悪い言動をするもので、頑として首を横に振るのです。
「さっきまで絶対人の手だった。幽霊がカブトムシに乗り移ってたんだよ」
 等とほざく始末。仕方がありませんから私はカブトムシを二匹とも地面に置いて、間髪入れずどちらも踏み潰しました。
 仮に乗り移ってた云々だとしても、これで依代が消えた訳です。そもそも生物に乗り移るなんて事が可能なら、虫ケラなんぞを使わずに今すぐこの私の心身を支配してみれば良い。それは出来ない、虫ケラにしか憑依できないのだとすれば、それこそ取るに足らないゴミのような存在に過ぎません。ゴミを恐れる必要などありはせず、ただ適切に処理すれば良いだけの事ですよ、ウワーッハハハーッ!
 と元気づけて差し上げたのですが……どうもこれも大層お気に召さなかった様子。まぁお酒の効力か、寝て起きたらそんな記憶は丸ごと綺麗さっぱり友人の頭から消えていたようで、事なきを得ましたけれども。

 怪力乱神、妖異幻怪、そういったモノがもしも実在するのなら、くたばるまでにどうあってもお目にかかりたいと……私は心から願っています。
コメント (2)
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