物語の冒頭で、この世界を統治する三王国の一つムーンブルクが襲撃され陥落壊滅したとの報が届きます。襲撃したのは破壊を司る邪神シドーを崇める宗教団体なのですが、そもそも破壊神を奉じる宗教なんてものが蔓延し支持される時点で「この世界の王達による治世というのは余程ろくでもない物であったのだろう」と考えざるを得ません。
この報をもたらしたムーンブルクの兵士は、兄弟国たるローレシアの国王に事の次第を伝え終えると絶命しました。するとローレシアの国王は隣に座る実の息子であり唯一の王位継承権を持つ王子に向かい、こんな事を言います。王子の名前は便宜上、「えにくす」とでもしておきましょう。
「王子えにくすよ、話は聞いたな?そなたもまた勇者ロトの血を引きし者。その力を試される時が来たのだ!旅立つ覚悟が出来たなら儂について参れ」
ローレシア・サマルトリア・ムーンブルクの三国は、かつて大魔王ゾーマを討ち果たし、後に竜王を討伐してアレフガルドに平和をもたらした勇者ロトの血統である事が人々に尊ばれ成立している王国です。要するに有事の際は勇者の末裔たる王様が何とかしてくれる、そう思えばこそ民は国に従い税を納めている訳です。故にプレイヤの分身であるローレシアの王子としては、この緊急事態に王宮で遊んでいる事は出来ません。父王の言葉も当然と思い、後を追うと……ここで耳を疑う発言が飛び出します。
「さあ、その宝箱を開け旅の支度を調えるが良い。サマルトリア、ムーンブルクには同じロトの血を分けた仲間がいる筈。その者達と力を合わせ、邪悪なる者共を討ち滅ぼして参れ!」
待て待て、そういう貴様もロトの血を引く者でしょうに。既に棺桶に片足突っ込んでいるような老いぼれだとしても、ならばこそ捨て石代わりに特攻してきやがれと言いたくなります。この歳まで国王として玉座にふんぞり返っていられたのは、こういう時に勇敢に闘って死ぬという前提があっての事、それなのに何をトチ狂って息子に全部押しつけようとしているのか。百歩譲ってハーゴン討伐は自分が引き受けるとしても、それなら国王は一軍を率いてムーンブルクに向かい、生存者の救助と復興に努めるなりするのかと思いきや、そんな事は一切なし。相も変わらずこれまで通りの生活を続ける始末。
ちなみに宝箱の中身が、銅の剣と50ゴールドという愛情の欠片も見受けられない内容である事は、まぁアレです、試練として受け止めもしましょう。勇者に大切なものは勇気であって武器ではありませんし。
兎にも角にも愚痴を言っても始まりませんから、王子えにくすは銅の剣一本で暴力の荒野を渡るハメに。しかし何とか巡り会ったサマルトリアの王子を見て、私は再び愕然としました。こいつ、装備が布の服と棍棒です!仮にも一国の王子が、一国を滅ぼす狂信者団体を討伐に向かうというのに、布の服と棍棒。これはもう、試練というレベルを超越しています。国家としての品位に関わる問題ですし、サマルトリア王は王子の死を願っていると判断するしかありません。獅子は我が子を千尋の谷に云々というよりも、保険金殺人の香りが漂ってきます。
そして、そう考えると色々と合点が行くのです。
なぜ、ムーンブルクを一夜にして滅ぼしたハーゴンの軍勢が、この状況でも城門を開け放ち危機管理意識なんて微塵も無いローレシアとサマルトリアに対しては積極的攻勢をかけないのか。
なぜ、ローレシアとサマルトリアの国王は一人息子を護衛もつけず裸同然で放り出したのか。
なぜ、兄弟国であるムーンブルクに対して救援を行わないのか。
……つまり、ローレシア王とサマルトリア王はハーゴンと密約を交わしていたのではないでしょうか。恭順の証としてロトの血を引く王位継承者、つまり自分の息子を差し出す。邪教に対する弾圧も行わない。そのかわり、自分の命と地位を保証して欲しい、と。ハーゴンにしてみれば、邪神シドーを降臨させるまでの時間が稼げたなら事足りる話。どうせシドーが全てを破壊するのなら、臆病な国王の首の一つや二つ、胴体に繋がっている時間が多少変化しようと問題ではありません。窮鼠と化して噛まれるよりも、ありもしない幻影の希望に縋らせて闘いを放棄させた方が得策というものです。ムーンブルクが襲撃されたのは、この密約を拒んだ故か、或いは見せしめの為か。どちらにしても、ろくでもない話です。
私がローレシアの王子なら、ハーゴン討伐は行いましょう。シドーが召還されたなら、それも討ち果たしましょう。それは、自分がこれまで享受してきた特権と表裏一体である、最低限の責務だからです。
ただし、この責務に従うならばもう一つ、しなければならない事があります。ハーゴンとシドーの首を獲り、ローレシアに凱旋した暁には……イの一番に父王の首を刎ね、城門に晒してやらなくてはなりません。こんな男を生かしておけば王位を退いた後も院政を敷こうと画策したり、サマルトリア王とつるんで悪事に精を出したりと、害悪をもたらすに決まっているのですから。