夢と希望と

そして力と意志と覚悟があるなら、きっと何でも出来る。

時雨の暗殺四方山噺

2008-01-27 | 時雨

 相も変わらず益体もない題目なれど、仕事とあらば是非も無し。此度取り上げるべく指定されしは「魁!!男塾」より宝竜黒蓮珠、其の概要は以下の通りじゃ。

 プロの暗殺結社が何故に天挑五輪大武會に出場するか、この理由自体は判らぬでも無い。名だたる手練が数多く参加する大武會において自分達の芸を披露する事により更なる顧客獲得を目論んだのであろう。有り体に言うならば宣伝広告の類、それならば参加選手全員を大武會開始前に悉く暗殺して見せる程度で済む筈なれど、宝竜黒蓮珠が選びし手段は何を血迷うたか正々堂々試合に臨むという珍妙極まりなき所行じゃ。此は即ち非正規戦闘のみならず真っ向勝負であろうと素人相手に遅れは取らぬという自負の現れかと思われるのじゃが、さてその実力たるやどの程度の物か順を追い検分せねばならぬ。

 この世で最も完成された殺人技と宣い先鋒たる張鳳が繰り出すは、ゴム紐付き棘鉄球をラケットにて標的へと撃ち出すという代物。暗殺の場で斯様な技が有効である局面は少なくとも儂の知る限りに於いて存在せぬが、そもそも此ならば素直に銃器を用いれば事足りような。道具が嵩張る上に精度に欠け隠密性にも大いに問題がある術技は大道芸としてならば面白かろうが、間違うても仕事に用いたくは無い物よ。されど此奴程度は文字通り序の口、所詮は前座と割り切り次鋒たる寇鷲使の出番じゃ。

 飛んでおるのう、実に見事に飛んでおる。鷲の背に乗り飛ぶ、此は莫迦莫迦しくも見えようが実現可能ならば有益じゃ。機械に依らず空を飛ぶ手段は多いに越した事は無し、斥候のみならず毒や病原菌の散布にも役立とう。……無論、此奴の使い方は論外なれど。

 折角飛行能力を得ておきながら、標的の間合いにて刃を交えるとは正気の沙汰では無し。此が誠に奥義であるならば、最も完成された殺人技やらプロの暗殺結社やら大層な看板は掲げぬが良かろう。怒りに我を忘れ軽率な振る舞いに及ぶ性格上の問題も併せ、宝の持ち腐れを絵に描いた如しの寇鷲使は単に無能である張鳳よりも救えぬ。気を取り直し続くは此の男、馮椿じゃ。

 仲間思いは大抵の集団で美徳とされようが、暗殺結社が仲良し集団では話になるまい。目的の為に必要とあらば代償を支払い、それは自身の命を含め如何なる物とて例外とはならぬ等という事は至極当然であろう。故に馮椿が口にせし甘い寝言は噴飯物なれど、宝竜黒蓮珠の流儀と云う事であれば通さずばならぬ。では如何にして通すか。

 うむ。此奴は一刻も早く息の根を止めるが良かろう。標的に毒を撃ち込んでおきながら、解毒剤なんぞを用意して助かる道を用意するとは何を考えておるのか。明白な利敵行為であり酌量の余地は無し、即刻処分すべき獅子身中の虫よ。
 ところで末端の不始末を放置しておいては組織の規律は崩壊、更に如何なる稼業であれ看板に傷を付ける利点は一つも有りはせぬ。故に宝竜黒蓮珠は此の局面において副頭たる阿們・呍們兄弟を投入し事態の打開を図るのじゃが、まず妥当な選択と言えような。

 ……仮にも副頭たる者が斯様な道化で無ければ妥当であった、と言い直さずばなるまい。此奴等が行使する阿呍拳なる代物は二人の呼吸を一つと為し同時攻撃を繰り出し威力を向上させる事が要諦なれど、暗殺に限らずこの術技が役に立つ状況を是非教えて欲しい物よ。人間の息の根を止める際に必要以上の威力なんぞは不要無用、無用を求める余裕は一芸を極めし後にのみ許されよう。阿們・呍們兄弟は富樫虎丸にさえ討ち倒される体たらく、到底許されよう筈も無いわ。

 そして事此処に至り、漸く宝竜黒蓮珠の残りの面々も事態が容易ならざる事を悟る仕儀と相成る。遅きに失するにも程という物があろうが、面子なんぞを気にせず仕留めにかかるという心がけは悪く無し。一切の感情を持たず精密機械の如く正確に人を殺す事を生業にするという手並みを拝見じゃな。

 むう。槍を持ち囲むまでは良し。問題は、そのまま数人の犠牲は構わず田楽刺しにすれば済む物を、何故走り回るのかと云う点よ。とはいえ元より雑魚である此奴等に期待なんぞは掛けておらぬ、いよいよ宝竜黒蓮珠首頭たる罦傑の登場じゃ。

 大した自信よな。ではその自信の源たる尰家蛇彊拳とはどのような物か。

 成る程、確かに有効であろう。此処に来て漸く真っ当な暗殺結社らしい術技の登場じゃ。汎用性も高く、使いこなしたなら充分に結果を出せよう。罦傑の使い方に注視せずばなるまいて。

 えぇい、巫山戯ておるのかこの男は。折角の毒蛇を真正面から見せる利点は皆無、更に間合い云々について懇切丁寧に解説してどうする。一撃必殺なんぞ蛇を使わずとも成し遂げられよう、蛇に限らず他の生物を使役するにおいて肝要な事は一方を囮として標的の虚を突く事にあろうに。されど罦傑とて宝竜黒蓮珠首頭、或いは尰家蛇彊拳さえも囮として必殺の刹那を見据えているのやも知れぬ。それならば合点が行くというものじゃ。

 ……もう良い。
 暗殺と一口に言うても多種多様、余所の流儀は余所の流儀よ。所詮日陰の商売に、かくあるべしと規範を語るも滑稽よな。
 
 詰まる所は要するに、莫迦と鋏は何とやらという事じゃ。

コメント
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