京都楽蜂庵日記

ミニ里山の観察記録

コノプカの法則ー不思議なビギナーズラックと連続の法則

2019年02月11日 | 日記

  人生いろいろ経験を積むと、ビギナーズラックといった事を経験したりする。麻雀を初めてやった人が役満を上がり、それですっかり病みつきになったりする。あるいは、不運や幸運が連続して起こる事もよく見聞きする。宝くじなど普通は(庵主の場合は特に)、当たったためしがないのに、連続して高額賞金の当たる人がいて、まったくうらやましい。初心者(ビギナー)には大きな幸運が起こりやすく、不運や幸運はそれぞれ連続することが多い。

  1960年代末のことである。カリフォルニア工科大学で行動遺伝子学の研究を目指していたシーモア・ベンザー(Seymour Benzer:1921-2007)の研究室にロナルド・コノプカ (Ronald Konopuk :1947-2015)という大学院生がいた。この研究室は、ショウジョウバエにおける行動遺伝学の分野でめざましい成果をあげていた。コノプカはショウジョウバエを突然変異剤のEMSで処理し、羽化リズムの異常な時計ミュータントを作成しようと試みた。当時は、体内時計の突然変異体などは絶対に作れないと考えられていたので、研究室の先輩達はコノプカに「それこそ時間の無駄だからやめた方がいいよ」と忠告したそうだ。ところがコノプカは、わずか200本目の培養瓶で、羽化リズムの異常なハエを見つけ、最終的には3種類(短周期、長周期、無周期)の体内時計ミュータントをつぎつぎ作成する事に成功した。通常は何千本もの培養瓶のハエをスクリーニングしても取れるかどうかわからケースが多い。それにはものすごい退屈な時間と経費がかかるものだ。

   これらのミュータントの遺伝子座位はいずれもX染色体のwhite (白眼) 遺伝子のすぐ近くに位置し(これも遺伝子座を解析したりするのに幸運な位置)、period遺伝子と命名された。この結果はベンザーとの共著で、権威ある米国科学アカデミー紀要(PNAS誌 1971)に掲載された。これは、動物における時計遺伝子の最初の発見であり、分子レベルでの体内時計研究のビッグバンとなったものである。

  日本人の堀田凱樹博士(後に東大教授)はその頃、ベンザー研究室に留学していた。彼はコノプカのために、ショウジョウバエの歩行活動リズムを測定する装置を開発した。しかし、この論文(PNAS)の共同研究者とはならなかった。同一の遺伝子部位に3箇所も変異を起こしたミュータントがほぼ同時に取れる確率を計算し、「これはやばい話ではないか」と感じ、辞退されたそうである。それほど、低い確率のことが同時に起こっていたと言えよう。研究における「ビギナーズラック」と「連続の法則」の典型的な例であり、科学史家はこれをまとめて『コノプカの法則』とよんでいる。これはジョナサン・ワイナーの著『時間・愛・記憶の遺伝子を求めて―生物学者シーモア・ベンザーの軌跡』にも出てくる有名な話である。

 

 

   コノプカの発見したピリオド遺伝子 (period)は、その後の時計生物学におけるイコンとなり、分子レベルの研究はこれを原点に発展したと言える。period遺伝子は数グループの間のデッドヒートの末に1984年に完全配列があきらかになった。一昨年 (2017)、ジェフリー・ホール、マイケル・ロスバシュ、マイク・ヤングの3人が「概日リズムを制御する分子メカニズムの解明」によりノーベル賞を受賞したのは記憶に新しい。

   ただ、その後のコノプカ博士の研究者としての人生はそれほど幸せなものでなかったようだ。時間生物学者のピッテンドリク教授の博士研究員を経たのち、母校のカリフォルニア工科大でassistan professor(助教授)になったが、完璧主義であったことや分子生物学の潮流に乗り遅れたこともあり、あまり論文が出ずに失職した。米国の研究大学では6年毎に教員への厳しい査定があり業績が少ないと辞めさせられる。別の大学に移ったが、そこでもうまく行かず、結局、研究の継続を断念した。人生の後半では「不運の連続の法則」がつきまとった人と言える。彼は素晴らしいチョウのコレクターであったという。

   『コノプカの法則』については、似たようなことを古生物学者の瀬戸口烈司さん(京都大学名誉教授)も述べている(1999年9月3日京都新聞朝刊「現代の言葉」)。瀬戸口さんのグループは、南米でサル類の化石の発掘調査を行った。調査機関は約3か月である。化石は見つかる時は別々の場所で同時に複数個見つかることが多いそうだ(良い事の連続の法則)。一方で、調査隊員から腎臓結石と急性肝炎といった確率の低い病人が同時に出る事もある(悪い事の連続の法則)。そして化石調査に初めて参加した学生が、まぐれで立派な化石を発見する事がある(ビギナーラックの法則)。この学生は大喜びして、ますます化石研究にはまりこみ、活動量が増えてどんどん成果が上がる。すなわち正のフィードバック効果が起こる。こういった化石の発見には運がつきもので、特定の人について回る性質があり運の良い人は次々貴重な化石を見つけるが、悪い人はなかなか見つからないそうである。これも連続の法則の一種である。

 

追記(2020/05/10)

 ロブ・ダン著『家は生態系』(今西康子訳)白揚社 2021にも同様のビギナーズ・ラックの例が書かれている。高校生のキャサリン・ドリコスがダンの研究室にボランティアでやって来た。彼女はタイガー(トラ)に興味をもっていたので、ダンは「タイガーアント(トラ蟻)」を調べたらとアドバイスした。そうすると彼女はたちまち、ラボの裏で「タイガーアント」(ディスコシレア・テスタシモ)の巣を発見してしまった。それまでは、誰もこの種の巣や女王を見た事がなかったのに。

 

参考図書

 ジョナサン・ワイナー (2001) 時間・愛・記憶の遺伝子を求めて―生物学者シーモア・ベンザーの軌跡、 早川書房

松本 顕 (2018) 時をあやつる遺伝子、 岩波書店

Michael Rosebush (2017)「Ronard Konopka 1947-2015) Cell 161, April 9, 187.


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