京都楽蜂庵日記

ミニ里山の観察記録

悪口の解剖学:昨日の友は今日の敵

2020年07月30日 | 悪口学

ブライアン・サイクス『イブの七人の娘たち』大野晶子訳 ソニー・マガジン 2001

   科学研究者は、同じ目標に向かって、お互いに仲良く協力しあっているものかと思うのであるが、そのようなケースはむしろまれである。たいていは、商売敵として反目し合っている。この世界では2番手や3番手では意味がなく、一番であることが大事だ。いつもライバルに出し抜かれないかと注意してなければならない。そういったストレスが、相手への敵愾心と闘争心を高めることになる。これは、あらゆる学問分野でみられる傾向である。

ジャナン・レヴィンがドキュメント『重力波は歌う』(田沢恭子, 松井 信彦訳、早川書房 2016)において、物理学者のジョセフ・ウェーバとリチャード・ガーウインとが、重力波の有無をめぐって、MITの会議場で殴り合いになりかけたエピソードを書いている。敵対するマフィアでも、人前では紳士的にふるまっているというのに。

ライバル同士だけでなく、一度、共同研究をしたことのある教授と弟子、しかもその弟子が女性の場合は、相克はたいへん深刻なものになる。その例がブライアン・サイクス(Bryan Sykes, 1947~ )とエリカ・ハーゲルのケースである。ブライアン・サイクスは、イギリスの分子人類学者にしてオックスフォード大学分子医学研究所遺伝学教授である。1989年、『ネイチャー』誌で古代人骨からDNA型鑑定が可能であることを明らかにし、アイスマンのミトコンドリアDNAを解析したり、帝政ロシア・ロマノフ王朝の子孫と称する人のDNA型鑑定、イギリス人の姓とY染色体ハプログループの関係についても研究を行った。エリカ・ハーゲルは1980年代にサイクスの最初の助手になった女性研究者である。彼女は生化学の学位を持っており、DNA分析に関しては優秀な技量をそなえていたという。

サイクスの書によると、「エリカがわたしたちの研究所で過ごした最後の日々、われわれ二人のあいだに亀裂は広がるばかりでだった。それをなんとか修復しようとお互いに試みたことが何度かあったものの、彼女とわたしはあれ以来、ぎこちない関係のままだった。その緊張が、それからくりひろげられようとしていたドラマに特別な一面を加えることになる」と述べている。

要するに同じ職場の男性上司と女性の部下の間になんらかの深刻なトラブルが生じた。エリカは別のグループに移り、しばらくして、意趣返しするように、サイクスの学説を覆す内容の論文を発表した。

すったもんだしたあげく、結局、サイクスはエリカのデーターが間違いであることを自白させる。この著はそのドラマをなまなましく追っている。有名な学者が、これほどある個人との関係をさらけ出して、科学論争の顛末で述べるのはめずらしい。

 

 

 


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