京都楽蜂庵日記

ミニ里山の観察記録

PCRの苦労話と新型コロナウィルス

2020年03月08日 | 環境と健康

 新型コロナウィルス (SARS-CoV-2)の騒動が始まって、「PCR」という用語が新聞やテレビにさかんに登場するようになった。最近では、うかつに人前で咳なんかすると「PCR検査でも受けたらどう?」といやみを言われる。

   PCR (polymerase chain reaction)はDNAを増幅する方法で、キャリー・マリス博士(1944-2019)が発明した技術である。これにより博士は1993年にノーベル化学賞を受賞した。(拙ブログ2019/08/29付「悪口の解剖学 : Nature誌なんかぶっ壊せ!」)。PCRは原理的にはDNA鎖一本でもこれを無限に増幅できる技術である。

庵主が大学の生物学系の研究室に勤めていた頃、PCR実験に明け暮れていた時期があった。材料の調整、遺伝子DNA抽出、精製、エタノール沈殿、濃縮、溶解、増殖、電気泳動、切り出し、シーケエンス確認(これは場合による)などといった細かい約30項目もの作業を連続でこなさなければならない。RNA(mRNA)の場合だと、RNAからDNAを逆転写酵素という酵素を利用して合成し、これをテンプレート(鋳型)にして増幅を行う。今回問題になっているSARS-CoV-2もRNAウイルスであるので、同様の逆転写処理が必要となる。

 数多い操作ステップの一つでも手抜きしたりすると、出るべき結果が出ない。学生の中には個体差があり、要領よくサッサとできる学生と何度やっても失敗する学生がいた。PCRに限らず分子生物学研究の試薬やキットは高価なものが多い。そんな不器用な学生の失敗が続くと、指導する先生の顔がだんだん青くなっていく。そして最後は怒って赤くなる。

 国立感染症研究所 (NIID)の作ったコロナウィルス検出マニュアル (https://integbio.jp/dbcatalog/record/nbdc01308)をみると、詳しい実験プロトコールが書かれている。ともかくこのマニュアルをみると、PCRによるウィルスの遺伝子検査がとても大変な事がわかるはずである。ここには2-StepRT-PCR法とTaqManプローブを用いたリアルタイムRT-PCR法の二つが記載されている。2-StepRT-PCR法ではnestedPCRを行うので、PCR操作が2回も必要である。しかも電気泳動で該当バンドの確認をしなければならないので時間がかかる。一方リアルタイムRT-PCR法の方はPCRは一回ですむし、電気泳動が必要ないので比較的早い。陽性コントロールだと、増幅曲線の立ち上がりが40サイクル以内に観られるように調節してあるそうだ。ただ、この機械は普通のPCRの機械に比べるとかなり高価である。

 インターネットの関連記事を読んでみると、ウィルス検査で偽陽性とか偽陰性という表現がみられる。これは何の事であろうか?PCR検査での偽陽性とは抗体検査のそれとは違って、採集現場あるいは実験室でのキャリーオーバー(コンタミ)である。すなわち事故的な余分な試料の混入ということだ。サンプル処理室とPCR機器室を別々に分離するなどして、これを防止しようとするが、それでも起こる。それほどPCRというのは感度の鋭敏な技術なのである。コンタミで一番の悲劇ケースは、プライマーなどの試薬チューブにDNAが混入した時である。これでは後、どんなに注意して操作しても検体の100%が陽性にでてしまう(追記を参照)。純水のブランクを必ずコントロールとしてPCRにかけるのは、こういった事をチェックするためだ。

一方、偽陰性というのはウィルスに感染しているのに、PCRにひっかからないケースの事らしい。この原因はウィルス量が少なすぎて検出されない場合と、分析におけるなんらかの操作不備でそうなるケースが考えらえる。新型コロナウィルス感染症(COVID-19)の科学的な判定は、今のところSARS-CoV-2のPCR検査しかないので、偽陰性かどうかを決める手だてはない。再度、提供者からサンプルを採りなおして分析を繰り返すといった事は、症状がある場合はやるかもしれないが、全てやりなおすのは実際的に無理である。

 PCR検査が保険適応されて担当医師から直接民間委託されるようだが、民間会社でいますぐどれほど取り扱えるのかは疑問である。SARS-CoV-2の分析は、バイオセイフティーレベルBSL2の施設で行う必要がある。さらに、上で述べたような特殊な装置と器具および技術が要求される。分析要員には、こういった病原微生物取り扱いの教育、訓練も必要である。そのあたりの民間の事業所で急にできるわけではない。

こんなパンデミックは想定外の事として油断してたのが、そもそも間違いであった。天災は忘れた頃にやって来る。

 

 

(リアルタイムPCRの機械の一例)

 

追記(04/13)

実際そのような例があるのが報道された(https://www3.nhk.or.jp/news/html/20200412/k10012383491000.html?utm_int=all_side_ranking-access_005)。

<愛知県は県の衛生研究所で実施した新型コロナウイルスのPCR検査の結果として、28人の感染が確認されたと11日に発表した。しかし、県によると、県内の保健所の1つから「検査を依頼した検体がすべて陽性になったのはおかしいのではないか」と指摘があり、12日に改めて検査した結果、実際には感染していたのは4人だけで、残る24人は感染していなかったことが分かった>。

 

追記(05/12)

ウィルス専門家の西村秀一さんもPCRの問題点で同じ指摘をしておられる。東洋経済Online(5月12日号)

「PCR検査せよ」と叫ぶ人に知って欲しい問題: ウイルス専門の西村秀一医師が現場から発信

 

追記 (06/25)

中小の民間診療所が陰性確認のためにPCR検査を自由診療で受け付け始めた。保険適用ではなく2-4万円費用がかかる。保険適応となるPCRの検査業務は国立感染症研究所などの公的機関や民間検査受託会社が請け負っている。検査数は一日8000-9000人とされている。また保健所を介さずにPCR検査できる拠点が近畿に7ヶ所設置されている。これは秋までに29ヶ所まで拡大される予定(日経新聞 06/16.

18).

 

 

 

 

 

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