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Remembrance 2006/09/06-2020/06/08  2020/07/01-

   ある日のできごと、心の呟き、よしなしごとetc

えらい!!と思う。

2008年12月01日 | 
「見たいと思う番組がBSであることが多いから、衛星放送が見られるようにしようと思うの。」と、実家の母から電話があった。
(母は、滅多にテレビを見ない人である。実家ではテレビが何となくついているということは、この50年全くない。)


先日もNHKのBSで「桂離宮」の番組があったらしい。


「そりゃあ見られるようにしてもらったらいいと思うわ。」と即座に賛成する私。


この電話の数日後母は「いつものご近所の電器屋さん」に電話して、アンテナ等を含め工事の依頼をしたようで、今日は「見られるようになった!」という電話がかかってきた。


(以前実家では衛星放送が見られたのが、数年前に家の一部を取り壊して、お風呂や寝室等を新築した折に衛星放送のアンテナを外してしまっていたのである。)


数ヶ月前にデジタル放送対応のテレビを買ったのも「いつもの電器屋さん」」から。
だから今回も話が通じやすい。

ネットや量販店で買えばテレビももっと安いというのはわかっているのだが、「いつもの電器屋さん」から敢えて数万円高いテレビを買い求めるのは、設置や工事等に見知らぬ人が家に来ないという安心料、ちょっと操作がわからなくなったときに気軽に電話して聞けるという安心料だと思っているから、これは必要な経費なのだと母も私も理解している。


「こうしたい!!」と思い、「そうする」ように自分で手配が出来るというのは、素晴らしい能力だと思う。

いつも判断に間違いはないが、しかし独りよがりにならず、「どう思う?」と人の意見を聞こうとする姿勢を持つ母を尊敬してしまう。

そして、最後にはいつも、「こうしたい」ことができる程度のお金が母にあるのは父のお陰だわ‥と思い至るのである。


ご飯茶碗

2008年11月04日 | 
私が子どもだった頃、新年用の新しいお茶碗を買い求めるのが恒例の年末行事のひとつだった。
新しいお茶碗になったということだけで何だか気分も新たになるものだと思いながら育った。


ずっと毎年新しい茶碗を買い求めていた両親だったが、父が亡くなってから、母は「ご飯茶碗はもうたくさんあるから‥」と言って、年末に新しい物を買い求めなくなっていることに気がついた私は、新年に使えるよう、ご飯茶碗を買い求めて母にプレゼントするようになった。


先日行った播磨中央公園「秋のばらまつり」のお店でご飯茶碗を目にした私は、母へのプレゼント用に一つ求めた。

いつもはMAMAIKUKOやデパートで「和」や「イラスト」的なものを選ぶのだが、今回はバラの絵柄。かなり「西洋」的。



今の私自身には毎年お茶碗を新しくするという習慣がないのだが、母のためにはこれはナイスなプレゼントかなと思っている。
母が来年もこのお茶碗で美味しくご飯を食べてくれますように‥と祈りながら年末に母に手渡すつもりでいる。

デーゲーム

2008年10月02日 | 
先日の「傘寿」の続き。


そごう13階の「大和屋」さんで、2時間以上もかかってゆっくりとお食事をした後、屋上のガーデンへ。
眼下には大阪の街が広がる。

  オリーブの木には緑色の実もたくさんついていた。


青空の下でゆっくりお喋りをした後、階下の「丸福珈琲店」へ。


そごう心斎橋本店11階「丸福珈琲店」(丸福珈琲店の創業は昭和9年)‥昭和レトロな街並を再現した中にあり、落ち着いた雰囲気の中で珈琲や焼菓子などが楽しめるお店。

  昭和9年ブレンドコーヒー(650円)


珈琲を飲みながら、いろいろな話をしている時に、息子が携帯でゲットした「カープVSジャイアンツ」の最新情報を披露してくれる。

息子はカープファン、姉は熱烈なジャイアンツファン、義兄は熱烈なタイガースファン。

「今日は、カープとジャイアンツはデーサービスをしているのね。」と、母。
「うふふふ‥それを言うなら、デーゲームだよ。」と、残りの5人。
「あははは‥ほんまや!!」と、母。
これはかなり笑えた!!
屈託のない母の笑い!
いい味を出している!
この明るさが母の魅力!!




ちなみに母は若い頃ソフトボールをしていたらしい。しかもかなり運動神経もよかったという話を何度も私は聴いている。

父がジャイアンツが好きで、夏はずっとプロ野球をテレビで観る家だったので、母は完全に野球のルールはわかっているし、プロ野球についてもなかなか詳しい。多分私以上にプロ野球の今の順位や選手についてよく知っていると思う。




傘寿

2008年09月28日 | 
先日、母が満80歳を迎えた。

「近いうちにみんなでお食事会でもして傘寿のお祝いをしようか。」と、姉と相談。

みんなの都合のつく日を選び、場所は、母が行きたいと思っていたという、そごう心斎橋本店13階にある「大和屋」さんに決定。

姉が早速6人で予約してくれた。

本当は姪(母から見たら孫)にも来てもらいたいのだが、姪の娘(もうすぐ3歳)がかわいすぎて、どうしてもみんなの注目が姪の娘に集まってしまう。これでは、何の会なのか、ちょっとわからなくなり、ゆっくり話もできないわけで、今回は大人ばかりの会ということにした。


「久しぶりに心斎橋が歩けるわ。」と、母。

数年前までは、母にとって、難波や心斎橋や京都はすぐ近くにあったのだが、このところ、大阪京都に出かけるのには「よいしょ」と気合を入れる必要があるというか、かなりの距離感があるようになったらしい。

でも、80歳を過ぎても1人で行動できるのだから、母はすごい!と私は尊敬している。


傘寿の会当日。約束通りの時間に6人が集合。

食前酒(HPの『食前酒プレゼント』のページを印刷して持参した)から始まった祝いの会は、約2時間半近く続いた。
母もビールを(そんなにたくさんではないが)美味しそうに飲んでいた。
次々と運ばれてくるお料理を食べ、今のこと、昔のこと、母を中心にいっぱいお喋りができた。姪は二人目の赤ちゃんを懐妊したというし、華やいだ話題もあり、本当によい会となった。

「こんな楽しい会は何回でもしたいものやねぇ。次は米寿の御祝ね。」と、私。
「いや、次はお義兄さんの還暦祝いだな。」と、彼。

「『食事の後、いっしょにプレゼントを買い求めに行こうと思っているから、何か考えておいてね』と先日電話で伝えたけど、欲しい物は見つかった?」と、姉。
「今は何も欲しい物ないわ。」と、母。

というわけで、今回はプレゼントはなし。プレゼントがないと、ちょっと締まらないのだけれど、仕方がない。(古希の時は、食事の後に大丸へ行き、腕時計を買い求めてプレゼントしたのだが‥)



そごう心斎橋本店13階「大和屋」のお料理の一部

  

  




バルサン

2008年08月21日 | 
先日、帰省した時、「ダニがいるんじゃないかと思って、一度バルサンがしたいなぁと思うんだけど、なんだか1人では不安で…。」と母。

バルサンをしようとすると、家を閉め切って3,4時間は外出せねばならない。
この暑い中、どこへ行こう??
どうやって時間をつぶすかを母と相談。

先ずランチ。安価なランチでは時間が少しで終わってしまうから、ちょっとリッチに、お気に入りのお店「○吉」でランチをしようということに決定。
ランチの後は、○○ナンで乾電池とテープとペーパー等々買おう。
その後は、喫茶店に行って、コーヒー一杯を1時間ぐらいかかって飲もう。
帰りにスーパーへ寄って、夕食のお買い物をして…と計画を立てた。

バルサンを開封して、容器に水を入れ、あとは缶をそこに入れるだけという状態にして、全ての窓を閉め切った。

「家を出る準備はOK?さぁ、缶を入れるわよ!!」と私。

先ず、母の寝室。煙がすぐに出てきた。と、次の瞬間、煙感知器が作動して、「ピーピー。火事です。火事です。」を連呼。

うわぁ、煙感知器のことを忘れていた。(数ヶ月前に煙感知器を設置したのは私だったのだが‥)
脚立にのぼり、急いで取り外し、ボタンを押して音を止め、寝室から逃げるように走る私。

台所の煙感知器も取り外し、バッグに入れて持ち出す準備をし、バルサン残り3個を計画通りのところにセット。煙に追われるようにして玄関を出た。

なかなかスピーディさが必要だわ。母1人ではやはりちょっと不安なことだろうと思った。



車でちょっと走ったところにある「○吉」では、美味しい懐石がお昼は2625円という手ごろなお値段でいただける。

お品書きを見ると、その日の刺身は「平政」と「鮪」と書いてある。私は「鮪」が苦手、母は「平政」も「鮪」も苦手。
お店の人にそう言うと、「では、何だったら食べられますか?」
「イカなら大丈夫ですが、無ければお刺身は結構です。」と母。

その結果、運ばれてきたのは、母には「イカ」、私には「平政」と「イカ」。

好き嫌いの多い私だが、そのチェンジのおかげですべてきれいに食べられた。
一品ずつ運ばれてくる料理はどれもいい味だし、器も美しい。

お品書きの「鱸」を「スズキ」と読むことはできたが、「ズイキ」の漢字表記が「芋茎」であることを初めて知った。なるほど、そういえばズイキは芋の茎だわ。

後で喫茶店に行かねばならない私たちは、最後のお品としてコーヒーは選ばず、母はマンゴーシャーベット、私は水蕨餅を選んだ。

ゆっくり美味しく食べられた私たちはすごく幸せな気分で店を出て、その後も計画通りに行動し、4時間半後に帰宅。

すべての窓を開け、換気扇を回した。
しばらくは、すだれを掛けたり、ブロックを運んだり、草を取ったり…と、外での作業。

もう換気ができたかなというところで、部屋に入り、全室に掃除機をかけた。
最高気温34℃の午後、汗だくになりながら、しかし、なんとしてもやりあげようという意気込みで頑張った。
後は食器を洗いたかったが、もう5時過ぎ。
そろそろ帰らなきゃ…という時間。明日はバイトだし…。
というわけで、「食器はぼちぼち洗ってね。」と言い残して実家を後にした。

帰宅後食事を作る元気もない私、「お好み焼きでも作ろうかねぇ。」と言うと、彼がキャベツを千切りして、お好み焼き粉を入れ、卵を割りいれ、ホットプレートを準備してくれた。

まぜまぜして焼いて、なんとか夕食が食べられた。

この暑さの中、バルサンは本当に疲れる!!
体力がないと、バルサンもできやしない!

「juke tower」 のその後

2008年08月08日 | 
6月と7月に「juke tower」のことをブログに書いたが、その後の「juke tower」 がどうなっているか‥。


7月、帰省した折に母に使い方を教えた「juke tower」、果たして喜んで使っていてくれるかどうか、私にとっては、先日(8月)の帰省の、最も気になるチェックポイントだった。

「洗濯をしたり、洗濯物をたたんだりする時に喜んで聴いているの。流れてくる唱歌や童謡はどれもみな知っている曲だから楽しいわ。」と母。

この一言を聞いて私はすごく嬉しくなった。

その後もCDを図書館で借りてせっせと取り込み、今は「懐メロ・演歌」が453曲、「唱歌・童謡」が283曲になった。どちらも2GBのUSメモリに保存。
もうこれだけの曲数で十分だろうと思いながらも、図書館の棚に「懐かしの‥戦後編(1)」などが目にはいると、つい借りてしまう私である。

独り暮らしの母は静かに流れる音楽で少しは寂しさが紛れるのでは‥と思う。
もしも父が生きていたら会話があるわけで、「juke tower」はそれほど必要がなかったかもしれないし、母は音楽をゆっくり聴く余裕がなかったかもしれない。

「地上波デジタル32型」がやってきた

2008年07月18日 | 
先日帰省した時に、ご近所の電器屋さんにテレビを1台注文した。地上波デジタル32型

実家にはテレビが新旧取り合わせて、4台ある。
和室、台所、母の寝室、フローリングの部屋に各1台ずつ。

和室のテレビは、壊れている。(「滅多に和室でテレビを見ない」と母が言ったから、昨年の春頃、私の壊れたテレビを実家に運び、代わりに和室にあった壊れていない大きなテレビをもらってきた。)壊れたテレビは新しいテレビを買ったときに処分してもらおうという考え。

しかし、夏は、その和室がどの部屋よりもひんやりとしていて涼しく、母は午後そこで横になるらしい。
昨夏はごろんと横になって高校野球を見られなかった、今夏は何としても和室にテレビを‥とのこと。
母から高校野球の楽しみを取り上げてしまったと知った私は心苦しく、テレビを戻そうかと思ったが、これがなかなか重く、私一人では絶対に運べない。

地上波デジタルに対応しているテレビを買おう!!
きれいなテレビで高校野球を楽しんでもらおう!!(もちろん、母がお金を出すわけだが。)
というわけで、地上波デジタル32型を注文した



母は、年金生活。テレビを買う程度のお金はなんとかあるようだが、どの機種を買うといいか‥という点で私は頼りにされる。

今回の帰省で注文をしないと、次の帰省の時にはもう甲子園が始まっているかもしれない‥と思うと、私も急いで近くの量販店とちょっと遠くの量販店に行き、どれがいいかしらと調べた。

量販店で買い求めると、この値段。近くの電器屋さんではこの値段。と比べると、数万円の差がある。
しかし、いつもお世話になっている馴染みの電器屋さんが来てくれるという安心感と、なんかの具合で映らなくなったり、トラブルがあったりしても、電話をするとすぐきてくれる安心料だと考えると、この差は許せる範囲かなと私は思う。

テレビのことで困ったときに母に呼び寄せられるのはちょっとしんどいという思いがあり、私にとっても、意味のある安心料。
(以前、FAX付きの電話機が全然反応しなくなったときは緊急帰省を余儀なくされた。電話の使えない生活はどうやら独り暮らしの母には不安で耐えられないらしい。この時は初期化して解決できたのだが、近くにちょっと見てくれる人がいたら‥と思った。)



注文の電話の後、母といろいろ話していると、和室でテレビを見るのはやはり、夏の甲子園ぐらい(もともと母は、昼間テレビを見る習慣が全くない人である)で、その他は自分の寝室で見るとのこと。

それでは、地上波デジタル32型は和室に置くよりも、母の寝室に置こう!!
一番長くいる部屋に、一番いいテレビを置くべきだ!!
母の寝室にあった小さめのテレビを夏の甲子園用に和室へ移してもらおう!!
ということになった。



電器屋さんが寝室に据え付けてくれた新しいテレビは鮮明に映るし、とても嬉しいと、先ほど母から電話があった。

あ~よかった

私は、実家からもらってきたテレビを、これからもまだまだ大切に使うつもり

「juke tower」をプレゼントした

2008年07月14日 | 
この週末帰省した。

今回の手土産は、いただきものの「メロン」、私の作った「カレー」、「juke tower」。

母は、どれもみな喜んだが、「これはいいわぁ。」と、とりわけ明るい声を出してくれたのが、「juke tower」を出して、音楽を流して聴かせた時だった。

新しい電化製品に対しては、少なからず気持ちが臆してしまう母。
しかし、この「juke tower」は違った。

真ん中のボタンを押すだけでonとoffができる簡便さに、母は「これなら、私にも使えるわ~。」「どこへでも持ち運び出来るし、いいわ~。」

USBメモリ(1G)を2個持参。
1個には200余曲の「唱歌と童謡」、もう1個には200余曲の「懐メロ」が入っている。

今日は「唱歌と童謡」をセット。
onとoff、ボリュームの大小の調節ができるよう、何度かボタンを押して練習した母、「どの曲も好きな曲ばかりやわぁ。」

よかった。やっと母が楽に使えるものをプレゼントすることができた。

母は電化製品を壊すことも恐れる。だから、私は「安い物だから、壊れても気にしなくてもいいからね。こういう物はあたりはずれがあるし、いつかは壊れるものなんだから。」と付け加えることも忘れない。

電池やUSBメモリの交換についても教えたかったが、ここで欲ばってはいけない。
取り敢えず、単3電池3本で12時間聴けるというから、12時間、楽しんでもらおう。

次回、母にその気があれば、電池とUSBメモリの交換の練習をしよう。ただ、母の指先の力で器具を回すことが出来るかどうか。防水だから、かなりきつく締めてあるわけで‥。


「juke tower」がやってきた

2008年06月27日 | 
ネットで注文していた「juke tower」が届いた。

iTunesでAACファイルからMP3に変換した懐メロ(美空ひばりや藤山一郎など約220曲)と唱歌(約200曲)を、USBメモリ(2つに分けた)にコピーして、さっそく再生してみた。
十分いい音で聴ける。これならOK!!

再生とストップが簡単にできるから、母にも使えそう。
1ヶ月半遅れの母の日のプレゼントになるわ!!

もし母が喜んでくれたら、次は耳慣れたクラシックを3つめのUSBメモリにコピーしよう。

「普通が一番!」が口癖の母の骨折

2007年10月20日 | 
「普通が一番よ。」といつも言っている母が、先日骨折をした。
「間が悪かったとしか言いようがないよね。これぐらいで済んでよかったね。」と私。

しかし、右手の骨折により「普通」でなくなった母の嘆きは大きく、こんなことも、あんなこともできなくなった‥というような繰り言を聞かされ、私は少なからずウンザリしてしまっている。

「できないことよりも、できることの方がずっと多いではないか!
もっと悪い状況だってあり得たのに‥!!」と思ってしまう。

もっと共感力をつけなきゃ!と自省する今日この頃。





普通が一番

2007年10月07日 | 
今朝の朝日新聞の「おやじのせなか」欄で、しまおまほという人が、「父の口癖は『普通が一番』。」だと書いていた。

私の母の口癖も「普通が一番」。

時に私が「あ~あ、私ももうちょっと○○だったら‥、もうちょっとマシな人生が‥」と言う(○○には『能力』や『体力』や『気力』や『容姿』など、自分が持ち合わせていない、本当は手に入れたいものが入る)と、「普通が一番。」といつも母にきっぱりあっさりと言われてしまう。

結局、私のような平凡な人間にとっては、普通の人生の中にささやかな幸せを見出して生きていくのが、最も生きて行きやすい生き方なんだと思う今日この頃。

母の日

2007年06月01日 | 
母の日に、実家の母の元に届いたプレゼントのラン。
小さくてかわいく、テーブルの上に置ける。鉢もなかなかいい感じ。

義兄は、母によく花を贈ってくれる。

このランは、今年もらった唯一の母の日プレゼントだったわけで、母はかなり喜んでいた。

マッサージチェア

2007年04月16日 | 
前々から母はマッサージチェアを欲しがっていた。
今まであったものは故障してしまい、動かなくなって久しい。

先日他のものを買い求めるために電器屋さんに行った時、マッサージチェアのコーナーにも足を運んだ。
いつかは買わねば‥と思っていたマッサージチェア。そして、買うなら今がいい‥マッサージチェアが体に合うのなら、一日でも長く使える方がいいに決まっているから。

係のお姉さんからいろいろ説明を聞いて、体験して、これにしよう!!と母と決めた。私たちのこの決断は早かった。

納品されてから、母は毎日15分エアーマッサージをしているが、「体調がいいわ。」と言っている。

買ってよかった。貯めたお金は価値のあるものに使ってこそ値打ちがある。

マッチ

2007年01月04日 | 
年末年始家族がそろった時、箱に入っていないタイプのマッチはどうやって擦るかということが話題にあがった。

「箱に入っていないタイプのマッチを、先輩がうまく擦れずに困っていたから、挟んで擦ることを教えてあげたわ。」と、大学生の息子。
「え~!挟んで擦るのは常識やろ~。」と、私。
「え~?挟むんで擦るってどういうこと?」と、母。

1月3日に遅い昼ご飯を食べに入った店に置かれていたのがこのマッチ。
早速挟んで擦るということをおばあちゃんの前で実際にしてみせる息子。
「へぇ。そうするのかぁ。今まで普通に擦っても点かないことはなかったけど、それはいい方法やね。」と、母。

しかし、今日マッチをよく見ると、小さな字で「挟んで擦らないでください」と書いてあった。
母にまた教えてあげなきゃ。



               

今年の紅葉狩りは京都高台寺

2006年11月23日 | 
「今年の秋は、平野家いもぼう~京都高台寺の紅葉~祇園鍵善くずきり」という計画を立て、天気と体調のよい日を選んで、母と姉と出かけた。

京都駅に降り立った私は、京都のあまりにも多い観光客に驚き、これは昼食の予約を入れないとだめかもしれないと思い、駅の観光案内所で平野家の電話番号を教えてもらった。電話をしてみると、やはり今からの予約では1時過ぎとのこと。まず昼食をと思っていた私たちだが、「1時過ぎ」でお願いして、先に高台寺へ行くことにした。

姉と私は高台寺に参るのは初めてだったが、二度目の参拝で、お庭はかなり勾配が急だと知っている母は、傘亭まで登れるかしらと、心配していた。が、自分のペースでゆっくりと歩き、母も園内をすべて回ることができた。今年も母と姉といっしょに紅葉狩りを楽しめたことに感謝‥。

高台寺から円山公園に向かう途中で、写真の舞妓さんたちに出会った。本物を見るのは初めて。(母と姉は9月の鴨川納涼床の日に祇園で見かけたらしい。)京都らしくていいもの!!

平野家に到着し、入り口で「今朝電話で予約した者ですが‥」と言ったところ、「そのお名前ではご予約いただいておりません。」と言われた。

(えっ!そんなあほな‥)と思っていると、続けて「お客さんが電話されたのは、平野家本店ではなく、平野家本家の方と違いますか?」

(えっ!本店と本家があるの?!)と驚くばかりの私。

私の予約した平野家本家は、本店から50mほど西にあると知り、本店を出た。
母は「前は本店で食べたから、今回は本家で食べるのもまたいいわ!」と言ってくれた。
平野家本家に着くと、どのテーブルにも予約席のプレートがあり、1時過ぎの予約の人たちがどんどんやって来た。流行っている。

日本酒とビールを頼んで、いもぼう・和え物・梅椀・祇園豆腐・とろろ海苔巻の「花御膳」をゆっくりと味わった。なんと幸せなひととき。

「次はデザート」ということで、祇園の鍵善へ。テーブル席は満席で、中庭を通って座敷へ。毎夏必ず鍵善でくずきりを食べる姉は抹茶のジュースを注文。私は鍵善は初めてだから迷わずくずきり。母ももちろんくずきり。ほうじ茶といっしょに出される菊寿糖は上品な干菓子。
「値上がりしたね。」とか「○○のくずきりよりも、やはり鍵善のくずきりは美味しいね。」とか母と姉は話していた。